魔王落涙。カードゲームに命を捧げた男!!
鳥文良い襖の自室。
俯いた千里が入り口に立っていた。。
ここまで走ってきたのか、息を切らしていた。
その手には、果物ナイフが握られていた。
(はは……なるほど……そのナイフであたしを殺るって訳ね!?)
予測していなかった訳ではない。この手のトラブルは想定していた。
統率者とはそういうこと。ある程度の頂点に立てば、踏みしめられた山のような人間に恨まれることになる。
熱狂的なファンに命を狙われる事も想定済みだ。
(でも甘い! 血糊を仕込んだ防護チョッキを着こんでいるし、催涙ガスのスプレーだって腰に着けてる。警棒だって常備してる!
あたしは負けない! 絶対に負けるもんですか!!)
魔王は臨戦態勢だった。
だが目の前の銀髪の少年は、一向に仕掛ける気がない。
ナイフを置いた。
まるで、魔王に献上するように。
「?」
そして。
「俺を…………殺してくれ…………」
これまでで、一番信じられない事を言った。
「は?」
「俺はとんでもない過ちを犯した。ゲームに負けたにも関わらず癇癪を起こし、あのドラゴンを呼び出しちまった。
アレがなんなのかはわからない。呼び出した俺自身も把握できてない!!」
「ちょ、ちょっと待って……」
対応できない。
相手がなんと言っているか理解できない。
「そんなバケモノを! 敗者の身分で怒りのままに! 野に放っちまったんだ!」
「いや…………」
「だから! 俺を! 容赦なく殺してくれェエエエ!!」
…………鳥文良襖は、他はどうあれカードゲームへの情熱では誰にも負けないと思っていた。
だが違った。
上には上が居た。
カードゲームに命をかけるとはこの事か?
その狂気に気圧されてしまった。
「む、りよ……無理! そんなことできるわけないじゃない!!」
「いいややれ! 早くだ! お前は俺に勝ったんだ! だから敗者のルールを破った俺の首をその手で落としてくれ!」
「やめてよ……やめてよおおおお…………」
鳥文良襖はもたなかった。
耐えきれず崩れた。
少年はそれを見て呟く。
その目は死んだ魚のように濁り乾いていた。
「お前が殺さないなら…………」
言って、ナイフを逆手に拾う。
己に向けて。
「……ま、さか? やめて、やめなさいよちょっと! バカなまねやめなさいよ!」
「これが、敗者の礼儀だ」
「待って!! やめて! お願いだから! そんなことされても困るから!」
「いいやこれはカードゲームそのものへの礼儀だ。敗者には罰を。そのルールに抗った者にはより重い罰を!!」
もう少女にはなにもできなかった。
あれだけの頂点に立っていた彼女が、もう崩れ泣いて懇願することしかできない。
「やめてよ! ねぇなんでもするから、運営態度も改めるし出張ったりしないから! 今までの事も謝るからぁ!!
ごめんなさいするからあ!! だからそれだけはやめてちょうだいよおおおおお!!」
「お前はゲームに勝ったんだろ。もっと堂々としろよ。
それに謝らなきゃいけないのは俺の方だよ。やったことの責任はとらなきゃよ」
さくっ。
じゅく。
「ぐっ…………」
「あぁ……」
首筋から鮮血が流れる。
カーペットが血に染められていく。
「うが……くそったれ……もっとよく、勉強しときゃ良かった……場所わかんねぇよ……頸動脈……」
「やめて……もうやめて! お願い死なないで! ここであんたが死んでなんになるのよ!」
「さあな……俺にもわかんねぇよ。でもさ……こうして、血を流して、血の気が引いて……頭が冷め、て……」
もう、少年の意識は明滅していた。
震える口で、言葉を紡ぐ。
「そんでやっとわかったんだ。俺の……『役割』……」
「は? 役割って……」
「こうして、血が流れれば……誰もが『真剣』になる……事件が起きてからじゃないと動かない警察みたいに、今更ながらと慌て出す……」
立っていられず、うずくまり。
それでも少年は語る。
「俺は……『生贄』だ。それでなにがどうなるかまでは……わかんねぇが……まあ……お前はスゲーから……」
震える手で、今度こそ命を奪う動きが始まる。
少年の刃が、腹部に押し付けられる。
「……やっぱ、日本人なら……切腹、だよな……」
「よして……もうよしてよ!」
最後の抵抗として、良襖が少年に掴みかかるが……その体は石のように動かない。
「俺が死んだら……タギーに隠蔽頼んでくれ。なんかわかんねーけど、そういうこと得意なんだろ大企業」
「ドラマの見すぎよ……ガチで死を隠蔽できるわけないじゃない!」
「そっか……でも……なんとかなるよ。お前100%被害者だし……なんも悪くないし……」
「悪いの……」
もう負けていた。
幼い心が折れていた。
「たくさんの人の人生を振り回して! 守るべきゲームのロマンを破壊した! そしてあなたまで、ここまで追い込んで……
あたしは最低なの! あたしは最低最悪の運営なのよッ!!」
「お、まえ……」
最後の顔は、安らかだった。
安らかだった。
「最後に……それ聞けて、なんか良かった……」
…………………………ざくぅううう………………
肉が沈む、音の後に。
「さよなら………………良襖。りっぱな魔王に……な……」
崩れ落ちる。
己の血の上に。
「千里……うそでしょ、そんな……嫌よ、やめてよ、千里? 返事してよ千里! いや……千里イイイイイイイイイイイイイイイイ!!」
叫べど叫べど、答えは返らず。
もはや取り返しはつかない。
絶望向かう電子の舵から、少年の手は離れて…………
無かった。
「るっさいなもう!! 耳もとで叫ぶな鼓膜割れるだろーーーーよッ!!」
「………………………………………………………………………………は?」
「おいなんだその表情…………ああそりゃそうか。びっくりしてるとこ悪いけど……俺なんで生きてんの?」
「いや知らないわよ!? なにアンタ悪趣味なドッキリとかじゃないの!?」
「んなわけねーだろ!! 俺はいつだって命懸けだ!」
「やめなさいよ今すぐ! その命がけはなんか違う! てか間違えてる!!」
「マジで!?」
と、先ほどまでの空気が嘘のような頭の悪い問答が続くが。
それを断つ影があった。
「……どうやら、間に合ったようにござるな」
「「え?」」
暗闇の中、立っていたのは…………
 




