結論提唱。乗り越えた先の邂逅へ!
「まだ、言うべきことを言ってなかったわね。もう人づてで聞いているかもだけど」
桃色の女王は、その四肢を妖しく組ながら語る。
幹部が来ているというのに、辺りはいつも通り流れている。
まわりには、ごく普通のアバターに見えているのかもしれない。
「やっぱり自分の言葉で伝えなくっちゃね」
律儀さがあった。
「貴方との勝負。本気でぶつかってきてくれたのを感じたわ。熱すぎて溶け落ちてしまわないかと思ったぐらい」
「ショージキ、俺も燃え尽きるかと思ったぐらいっすよ」
「命を燃やし尽くす音を聞いた。すべてを捧げる誠実さを見た。
極限まで楽しさを追及したレースを繰り広げた貴方は尊敬に値する」
その瞳は、いたく優しかった。
「だから、ね」
そして。
不意に。
ーーーーーーーーむぎゅ。
「…………!?」
柔らかく、温かなものを感じる。
不意に抱き締められた。
現実の彼女が。
ユリカこと遥が、自室に居た。
「来ちゃった。ま、無茶してないかの見回りも兼ねてたんだけど……やっぱり無理してたのね」
「えっ!? ちょ、ま……」
突然の事態に混乱する。
遥は構わず続ける。
「詩葉にもさ。こうしてあげてるの」
耳元で優しく語る。
「両親が居なくなったって言ってたでしょ。その時から、たびたびね」
はじめてこの店に訪れた時も、二人は抱き合っていた。
「一人っていうのは、本当に辛いから。戦いの果てが一人ぼっちの祝杯なんて、いくらなんでもあんまりでしょ?」
「一人きりの……祝杯?」
ぬくもりに包まれながら千里は答える。
人など現金なイキモノ。報酬が無ければやっていけない。
なのに。
千里はここまで、本当に死ぬ勢いで戦っていた。
楽しむために戦っていた居たはずが、気づけば詩葉と出会い運営との全面対決に突入していた。
癒しの拠点を手にいれようとしたら、逆にどろりとした大人の世界に立ち向かう事になり。
それを解決するために身を削るも、今度は更なる大人によって道を閉ざされ。
その妨害をこじ開けたと思ったら、今度は身内の手で足を引っ張られ。
最後には、大好きなゲームに止めを指され倒れた。
「…………あれ?」
ぽろり、ぽろりと涙がこぼれる。
自分はなんで、こんなに頑張っていたんだっけ?
「辛かったでしょう。苦しかったでしょう。もう大丈夫。これからは、いつでもうちに来なさい」
「そんな、でも、あんたは……あなたはAI-tubaっすよ!? あそこはあなたらの運営の拠点だ。
それを度外視したって詩葉の相手だってある。そこに俺が居ちゃいけない……」
「ホンットに、超が付くほどお人好しなんだから」
呆れたように言う。
それでも、と彼女は言う。
「でも大丈夫。あたし強いんだから。あのお店は、元々癒しを届けるためのもの。
だから、あなたが来ることになんの問題もない」
言葉は続く。
「それにね。あなたが来るって事は、あたしの最初の目的を果たすってことなの。
あのお店を開いた、最初の最初の理由は「わかってほしい」だったから。あなたがあたしたちを認め、普通に接してくれるってことがとても幸せだから、ね」
より深く。
優しく強く、抱き締める。
「貴方はなんの遠慮もする必要も無いわ。あたしが頼られるって事は、あたしが幸せだって事だから」
「あ、う…………」
溢れる。
決壊する。
楽しさで築き上げたダムが、崩れ落ちり…………
「うあ…………うあああああああああああああ……ああ……ああああああああああああ…………ああああああああああ!!」
「よしよし……」
大人の役割は子供を守る事。
そんな当たり前が、どれだけこの世界で実行されている事だろう?
それでも、今この瞬間だけは。
当たり前の遠き理想が描かれていた。
「それじゃ、改めて言わせてもらうわね」
そして、抱きしめたまま。
改めて、電子の幹部Ai−tubaとして告げる。
「貴方とのレース、骨の髄まで楽しめたわ。《娯楽恐悦の試練》、クリアよ」
千里、現在のクリア状況…………
《初陣強襲の試練》……クリア済み
《若葉の試練》……………クリア済み
《百人切りの試練》……クリア済み
《娯楽恐悦の試練》……クリア済み
手付かずの《試練》……残り三つ
…………計七つの《試練》をクリアし、ラスボス仕様の御旗チエカを討伐した時、《カードレース・スタンピード》クリアとなる。
また一歩先へ。
先駆千里が、攻略の歩みを進めた瞬間である。
そっと、遥は千里から離れる。
その耳にはワイヤレスのヘッドセットが装着されていた。あるいは、それで下の階にあるパソコンと通信しているのかもしれない。
「あのあと、詩葉ともちゃんと話したわ。じっくりとね」
その瞳は優しげだった。
「そっすか……でも、もっと一緒に居てあげてくださいっすよ」
千里は心づかいの言葉をかける。
「たぶん、あの人は駆け引きに巻き込んだのを悔やんでる。思いっきり抱き締めてやってくださいよ。あの店は元々、詩葉のために作った店でしょ」
「ははは……思いっきり手段が目的になっちゃったけどね」
自嘲するように言う。
「ともかく、もう私達の事は心配いらないわ。敵対する理由も無くなっちゃったしね」
そして。
切り替えるように言った
「だから……続きはあちらの魔王としなきゃかも」
ハッとした。
示された先には。
赤毛の少女。
現実に似せたアバターを持つ、鳥文良襖の姿があった。
「……………………ッ」
「あれは止められなかった。ご武運を、祈って居るわ」
そう言って、ユリカは戦局から手を引く。
少なくとも千里たちにとっては、敵ではなくなる。
情報源になるとかいうことも特にない。
より深部がそこに居る。
ユリカが最後に忠告する。
「貴方のために行っておくわ。……その子、あたしよりヤッバイわよ」
そうして彼女は姿を消した。
ドアが閉まる音がした。
現実の自宅からも退出したのだ。
「…………さあ、いらっしゃい?」
魔王が誘う。
「お茶でも飲みながら、ゆっくり話をしようじゃない」
「このカフェではね。電子の紅茶を嗜みながら、現実でも呑むってのが作法なの」
慣れた調子で紅茶を配る。
つい先日入った新規ユーザーの立ち回りではない。
もっと古くからゲームに使ってなければ嘘だ。
あるいは。
彼女が、このコンテンツを作成したのか…………?
「……なあ。一つ良いか」
千里が問いかける。
「今まで、どんな感情で見ていた?」
「そりゃ、ね。悪いなと思ったりもしたし、あなたのゲーム愛にウルッと来たこともある」
わざとらしい声。
「でもね……残念なことに、あたしはあなたの敵って事になる」
それこそが魔王の有り様。
気圧されながらも、言葉を紡ぐ。
「なあ……もう二つだけ良いか」
「どうぞ。ただし……あたしを魔王だと突き止めた根拠を聞いてからね」
「大したもんじゃ無いと思うぜ」
千里は向き合う。
幼女の皮を被ったバケモノに。
「お前は、合宿と称して俺達を引っ張り出し、適当なデクとの戦いで俺を煽てた。
相手の陣地で作戦を練るっていう愚策をやらせるとともに、ナーフ予定の鬼コンボを使わせて試練を不合格にするためだ」
楽しいゲームが重要なユリカとの試練での地雷を踏ませる行い。
非道と呼ばざるを得ないだろう。
「しかもだ。一連の流れから大人の目線を除外するために、お前は詩葉に一服もった。
これらの蛮行に遥さんが気付かない筈はない。だから運営側、しかも遥さんと同格以上だと踏んだ」
「どうして? ただのコマ使いかもしれないのに」
「喫茶店で一服盛る手を店主が認めるか? 大方、あの人もお冠でお互い疎遠ってとこだろ」
千里は軽く罵るように言った。
「……それでも、どのくらいの地位かまではわからなかった。だからお前に「スタンピードのボスか」と訊いた。
この聞き方なら、ユリカさんの同僚、AItubaでも反応するだろう。だがお前は迷わず上司って言葉を使った。使い慣れてる言葉だからだ」
「口を滑らせちゃったって事か。我ながらなっさけないものね」
「ゲーム開発の一端も担うAi−Tuba。その上司は最初の開発者自身と、出資者のタギーくらいしかいない。
そしてかぐや姫の難題の顛末からして、タギーはお前の味方じゃあ無い」
「つまり、あたしが開発者って答え以外ありえないってわけか」
解説は終わり。
ここからは質問の時間だ。
「そーゆーことよ。……じゃあ、遠慮なく一つ目から聞かせてもらうわ」
そして突きつける。
核心を。
「ーーーーーーお前の目的ってなんだ?」




