合宿開幕。千里vs良襖!!
遥の一日は静かに始まる。
朝起きればシャワーを浴び、ゆったりとストレッチをしてから朝食へ。
熱い紅茶をゆったり飲みながら1日の予定を組み立てるのが彼女の日課だ。
店長といえど店に出るかは気まぐれで、時たま気晴らしに近場の街角に出掛けたりするのだ。
『常に余裕をもって優雅たれ』なんてことを大まじめにやらないと、女店主はやってられない。
そのはずなのだが……
「びっくりしたぜ。まさかお前からケンカ売ってくるとはよー!」
「そんな日もあらーねって事よ!」
千里残り走行距離……100
良襖残り走行距離……100
「負けるんじゃないぞ千里! 後から登録したユーザーに負けてるようじゃ連中には勝てんからな!」
「せっかくだから、僕は良襖さんを応援します!」
「どちらも頑張るにござる!」
わいわいがやがやざわざわどやどや。
「…………えーっと、朝からなんの騒ぎ? てかいつからウチに居たの?」
「昨日の晩から」
「ちょ!?」
場所は喫茶の二階、防音ネットブース。
そこは今、彼らに占拠されていた。
良襖の先行からレースが始まる。
ゲーム世界。
此度のレースは桜吹雪舞う花の城下町で行われていた。
「あたしのターン! センターの《騎馬王アカトバ》で走行してターンエンド!」
良襖残り走行距離……100→95
「俺のターン! センターの《ゴールド・グース》で走行! 更にギア2《パイクリート・サイドライド》《ゴールデン・ハイウェイキッド》を呼びだし走行!」
千里残り走行距離……100→95→85→75
「これでターンエンドだ!」
「ハン! 随分と控え目な走りじゃない!」
「いってら! 《スカーレット・ローズ》はここからが本番だってーの!」
序盤が流れる。
そもそもよほどの事がない限り長々とした決戦にはならない。
このゲームだって、場合によってはあっというまの決着だ。
「あらそ。じゃああたしのターン、アカトバで走行! 更に《戦国騎兵隊》を重ね走行!!」
良襖残り走行距離……95→90→80
《騎馬王アカトバ》✝
ギア1 サムライ・スピリット/マシン
POW2000 DEF2000 RUN5
◆『常時』自分センターが三回行動する度に、山札からサムライ・スピリット/チューンカード一枚を手札に加える。
《戦国騎兵隊》✝
ギア2 サムライ・スピリット/マシン
POW6000 DEF6000 RUN10
『自身の上か下にマシンが置かれる』山札から《戦国騎兵隊》一枚を選択して場に呼び出す。
サムライ・スピリット。
チューン一枚一枚を必殺技のように扱い、派手な闘いを得意とするクラスだ。
そのため、各マシンの素の打点は低い傾向にあるはずだが。
「さあここからよ! 重ねいでよギア3《機動城》!! これで走行して、更に戦国騎兵隊の効果で新たな戦国騎兵隊を呼び出すわ!」
良襖残り走行距離……80→65
それを感じさせる事はなかった。
「ここで騎馬王アカトバの効果が起動して《居合走法》を手札に加える。そのまま発動!」
良襖の手に、ひとふりの刀が握られる。
《居合走法》✝
ギア3 サムライ・スピリット/接地チューン
『使用コスト・自分マシンを任意の枚数このチューンの下に』
◆《常時》相手がゴールする場合、かわりに自分がゴールする。
◆『ターン終了時』このチューンの下のカード一枚を捨て札にする。そうできないならこのチューンを破壊する。
「使用コストには増えた分の騎兵隊を重ねるわ。これであたしはターンエンド!
……さ、好きなだけしかけて来なさい?」
「できるかぁ!?」
刃を構えた良襖の、豪快な無茶ぶりに頭を抱える。
しかし並走する観客席、イマイチ状況がわかってない二人の級友、或葉は首を捻って隣の姉に問う。
「どういう事にござる?」
「つまり、これで千里は次のターンに勝負を決められなくなった訳だ。
何せ自分が勝つ手を打ったら逆に負ける訳だからな」
居合走法は千里のターンいっぱいで自己破壊されるが、そのターンの間は千里の勝利を完璧に閉ざす。
スタンピードは『往復4ターン目の駆け引きで決着のあらかたを決める』ゲーム。
それを安全に踏み倒す事がどれ程勝利に繋がるか。
確実に到達した5ターン目に《サムライ・スピリット》の特色のギア5チューンが飛んでくる。
例えば、こんなカードとかが。
《秘剣・大蛇狩酒呑炎斬》✝
ギア5・ サムライ・スピリット/チューン
◆相手マシン一枚を破壊する。この時自分の残り走行距離がゲーム開始時の三分の一以下だった場合、自分はレースに勝利する。
一目でわかるくらいの『出したら勝つ』カード。
これを着地させるわけにはいかない。
先の先まで読んでこそのカードゲーム。そんなこと、千里ははとっくのとっくに把握している。
「俺のターン、ドロー」
心なしか声ものわよわしく千里がプレイを続行する。
手札は五枚。
何をどこまでできるかを考察する。
勝てないながらも、詰み王手をかけねば千里に勝ちはない。
そして結論は出た。
「……《ゴールド・グース》の効果発動。レース中一度だけコイツをセンターの下から引っ張り出せる」
《ゴールド・グース》✝
ギア1 スカーレット・ローズ/マシン
POW2000 DEF2000 RUN5
◆『レース中一度のみ』このマシンをセンターの下から場に呼び出す。
「続いてセンターにギア3《ダイナモ・アーミー》を置いて疾走。更にギア4《ブラック・グリズリー》を呼びだして走行!!」
千里残り走行距離……75→60→40
勝利への挑戦。
力強い走りが芯に迫る。
「更に手札から《魔弾の打ち手マアラ》を呼び出す! 効果でグリズリーを破壊して30キロ続行!!」
千里残り走行距離……40→10
マアラの効果は一ターンに二度使える。
本当ならこのまま勝てるはずだが、それを今やると《居合走法》の効果で千里の負けだ。
なので、準備だけを済ませる。
「最後にマアラのコストでゴールド・グースを破壊してターンエンド! このターンで居合走法は破壊されるぜ?」
「……?」
刀を手放しながら良襖は疑問に思う。
相手のターンにマアラの走行能力は使えない。そして次の千里のターンがくる前に勝負かマアラのどっちかは終わる。
だが。
直近の闘い、最近流行りのカードプール、千里の残り手札が二枚という情報から。
結論を導き出す。
「あー!! あ、あ、あ、あ、あー!! まさかあんた!?」
「さーて、どーだかなぁ?」
「ああもう、わかってても対策法が浮かばない!!」
混乱する良襖を見て困惑声を上げるのは傍楽だ。
「なにあれ! 多分千里が凄すぎてなにがなんだかわからない!」
ほとんどの面々が結末を察する中、彼だけがなにが起こっているのかわからない。
「わからないか? 千里は見事に詰め込んだんだよ……対戦者をな」
だとしても、と良襖が動き出す。
「《機動天守カチドキ》の効果! 自分ターン開始時に《機動城壁》二枚を展開する!」
《機動天守カチドキ》✝
ギア3 サムライ・スピリット/マシン
POW7000 DEF11000 RUN15
◆『自分のターン開始時』手札または山札から自分の場に《機動城壁(ギア3/サムライ・スピリット/マシン/7000/11000/15)》二体を呼び出す。
ギア3が三枚。
この三枚で走ればアカトバの効果が起動、確実に良襖の勝ちのはずなのだが。
それでも彼女が負ける流れなのだからこのゲームはわからない。
眉をひくつかせながら指令を下す。
「……あーもう絶対間抜けな奴じゃない! 走りなさいカチドキ!」
「だったら!!」
予定調和の返し手。
貫禄すら感じる圧倒的実力が吹き出す。
「ここで俺はマアラの効果を発動! 破壊するのは……俺のハイウェイキッド!!」
一見意味不明な行動。
しかし意味はある。
「ここで手札を一枚捨てて《死炎印》を起動!!」
「……やっぱり」
《死炎印》✝
ギア3 ステアリング/チューン
《使用条件・自分マシンが破壊されるとき/手札一枚を捨てる》
◆ターン終了まで、このカードは使用条件となったマシンのRUNと同値の《デットヒート(相手が走行したとき、デットヒートの数値分走行する)》を得て設置される。
「あんたってば……人には流行りに乗るなって言っておいて自分はやるのね!?」
「調子の良いこと言ってスンマセンでした! ルイズにも言ってきた!」
炎が灯る。
千里がゴール地点目掛けて飛翔していく。
「そんじゃー、デッドヒートウイニング! 死炎印の効果でゴールだ!!」
千里残り走行距離……DHにより10→0=GOAL!!
炎に包まれた千里がゴール地点に着弾する。
今日も千里は絶好調だった。
そして帰還したリアル。
黒のあぶくが甘く勝利を祝う。
ごくりと飲み干し、ぷはーと息を吐き。
「……なにやってるのコレ」
「合宿っす」
細い目で問う遥に千里は答えたのだ。
「なんか、良襖のやつに誘われて」
ハッとして隣をみる。
なぜかドヤ顔の幼女君主と目が合う。
我が魔王の信じられない行動に、恐れ慄く家臣の図である。




