情景への挑戦。ミッションの行方。
「おーおー今日も1日疲れたろう! どうじゃ? ワシの所に寄ってくか、ええ?」
白髪を揺らし老体が行く。
多くの生徒に敬遠されつつ、一部低学年には寄り付かれる影島名誉会長。
哀れ幼き命は、これから長らく拘束されては理解が追い付かない話を聞かされるのだ。
その後ろを、千里たちはしのび足ですり抜けようとするのだが…………
「待たれよ若いの」
ビクッ! と一同が震え上がる。
「そんなに身を隠して何処に行く。大した用で無いならワシの所に来んか?」
(やっば……)
「なーに心配は要らん。親御さんに話は通すし教員の席ははずしてるから問題にもならんて」
(ならただの近所のめんどくさいじいさんじゃねこの人ヨー!?)
(肩書きだけ利用してるんでしょうに! ああもう後は祈るしか無いか……)
(祈る?)
その言葉の意味はすぐ判明する。
「くぉらそこのガキンチョーーーー!!」
「ゑ?」
血相を変えて走ってきたのは、先ほどハリボテで人払いした骨川瞳記者だ。
地域密着型の取材をしようとしていたら一杯食わされた格好の彼女は怒り心頭で。
「そこの子達私を騙したんですよー嘘のニュースなんか作って!!」
「えーと、そうなのか君たち……」
…………ヒュウウウウウウウ…………
「あれ?」
「居ない! 何故に目を離したんです!?」
「そ……そんな事言ったって……のうとみちゃん?」
「とみちゃんって何!?」
不毛なやり取りの最中、真実を知る上級生によって低学年は救われた。
一方、どさくさに紛れて逃げ延びた千里達はというと。
「あっぶなかったー!!」
「念のため、時間差で戻ってくるよーにオテガミ添えといたのよ」
ギリギリだったが、名誉会長も攻略した。
「さーって後はうちの親だけど」
「どーするよ? 一旦帰って身なりを整えてから行くか?」
「ばーか。『一旦持ち帰って』は悪しき文明よ。
スケジュールが厳しい。このまま行くしか無いわ。……家族や先生には怒られそうだけどね」
元より、幼女ゲーム運営というぶっ飛んだ肩書き。
今更帰宅前の外室がどうのを気にする彼らではない。
「無視していっちゃう手も無くはないけど……駄目ね。家族からは逃げられない」
「心配をかける訳にもいかない故。しかたなしにござろう」
「そーいや傍楽。俺と或葉は事前に許可取って来たけどお前は?」
「習い事行く予定だからサボりだな」
「説得力!!」
学校から鳥文邸まではそう遠くはない。
たどり着き、意を決して家のドアを叩く。
「あら良襖おかえり……あれ?」
出てきた母親を出迎えるのは四名の勇姿。
優れたプロポーションを持ちながらも、陰気なオーラにすっぽりくるまって隠してしまっている
「……遊びに来た……訳じゃなさそうねぇ? ウチの良襖になんの用?」
「用はお互いにあります」
前に出てきたのは千里だ。
「少しお話が」
それからしばらく。
停車駅から出発した彼らは路面電車に揺られ、彼らは予定を確認する。
「……ここを降りたらバスに乗り継ぐ。そこから500メートルほど歩くけど……まあ往復一キロくらいなんとかなるでしょ」
既に日は傾き始めている。
ただ見つければ良いのではない。メンテナンスが入る6時までに動画を撮影して提出しなければならないのだ。
悪夢のような要求。
刻限は近い。
一同に焦りの空気が漂う。
そんななか、千里は呟く。
「普段よ」
なにげなく。
「一瞬で乗ったり砕いたり、一瞬で駆け抜けたりするけどよ」
「?」
「ホントはさ、10キロ走るのも大変なんだよな」
ガタンゴトンと。
揺られる中で千里は呟く。
非契約のスマートフォンから画像を選ぶ。
見やると、彼の相棒とも言うべきカードの画像が写されていた。
「グレイトフル・トレイン…………走力15キロ。ひとっ走りでそれだぜ? どっかの平成の魔王様もびっくりだ」
「ま、そんだけ走ってる事にしないと待機中の演出に困るでしょうしねぇ?」
「それでもさ」
だとしても、と千里は語る。
「本当に、スゲーゲームだと思ってるのよ。スタンピードをよ。
ぶっ飛んだ発想。それを形にする行動力。そんで更に高めようとする姿勢。
『本物の理不尽』に出会って良くわかった。『製作者』はうまくやってたんだ」
噛み締めるように次の句をつなぐ。
「だからこそ、こんな事をやらかしたヤツの気が知れねぇ」
「…………」
彼は気がついている。
ゲームを作った人間と、今回の事を起こした犯人が別に居ると。
「大人の事情かなんか知らないけどよ。なんでせっかくのゲームがここまでメチャクチャにされなきゃなんねーんだよ……」
本気の悲しみ。
『愛』があればこその感情。
ーーーーもしかしたら。
そんな考えが彼女によぎってしまう。
だが。
ーーーーpurrrrrrrr…………
その決断を下す前に停車駅に着いてしまう。
一同が立ち上がる。
「………行くわよ。ここでの乗り継ぎが勝負なんだから」
決意を持って立ち上がる。
ここをしくじれば次は無い。
停車地点は、ちょっとしたバスターミナルになっていた。
普段はバイクから外車、列車まで様々な車両を操る千里だったが、バスを呼び出した経験はなかった。
「……今度探して見るかな」
「よそ見しない。時間がないわ」
思考を挟む猶予は無い。
このバスだらけの場所で、目的のバス停を見つけなければならない。
「これにござるか!」
「違う。その乗り場からは海辺に向かわない!」
「あの、このバス停は?」
「ばーかそれは廃棄立て札よ!」
木を隠すなら森とは良く言ったもの。
なかなか見つからず、焦りを募らせる一同。
だが。
「……これだ!!」
声をあげたのは千里だ。
「八重浜行き。間違いなくこのバス停だ!」
「時間は?」
「五分後に来る!」
「でかした!」
言って、受かれる。
その目の前で。
乗るはずだったバスが過ぎ去ってしまう。
「は…………?」
「どうなってやがる!!? 予定より5分も早い時間なのに……!!」
「それ以前の問題だろ。今俺の事無視しやがった!」
バスは遅れる事はあっても、早く過ぎ去る事はない。
それは取り返しがつかなくなるからだ。遅れる分には待てば済むが、予定より早く去られた場合『正しい時刻に向かったのにバスが居ない』という理不尽な事態が発生する。
例えば、今のように。
「…………!!」
良襖が目をみひらく。
ちらりと見えたロゴ。
そこには《Thuggee》の文字。
「嘘でしょ……!!」
「どうし……!!」
追走は無駄だと判断し、立ち尽くす。
隣に立つ千里も驚愕する。
どうやら『記憶』していたようだ。
「おい待てよどうしたお前ら、わかった風にしてんじゃねえょ、何があった!?」
状況を飲み込めてない様子の傍楽に、良襖が語る。
「…………タギーよ」
「?」
「あのゲーム……《カードレース・スタンピード》の『支援者』。雲の上の大企業……」
黄色いスカーフを旗標に持つ巨大複合企業。
落ち目のカードゲーム業界など、指先で転がすようなものと思っているに違いない。
「……株式会社タギー。最悪…………あのバスはこのゲームの『支援者』が退けたのよ!!」
「「ナニィ!!?」」
最低最悪の盤外ゲーム。
その全ては、彼らの手のひらの上で転がされていた。
「くそったれ。そこまで俺達をコケにしたいかよタギー!!」
千里の叫びが、無人同然のターミナルに響いた。
千里達のゴールまで残り……約5キロ




