状況完了。千里のアンサー!!
「……ただいま」
「おかえり、千里」
自宅。
うつむき顔で帰還した彼は暖かく迎えられた。
「どうだった?」
「え? まあ……いろいろあったよ」
「そっか。ま、ゆっくり休みなよ」
そう言って出迎えるのは千里の兄だ。
華奢な身体付きに腰まで届くポニーテール。
色素の薄い肌、中性的な面も相まって彼を女性と勘違いする人は未だ絶えない。
名は先駆借夏。千里に《スタンピード》を勧めた張本人だ。
すとん、とリビングの椅子につく様子を見て、借夏が声をかける。
「どうした? 顔色が良くないけど……」
心配する声音も高く、柔らかな手が千里に触れる。
「まあな……」
「悩んでいるなら、言ってほしいな。これでもいろいろ経験してきているからさ」
その言葉に……迷いながら。
「知り合いがさ、苦しんでるんだ」
口を開く。
「その知り合いはさ。前に一緒に居た人とその……反発するっていうか……どっちかが得してどっちかが損をするしかない、そんな状況になっちまったんだ」
とぎれとぎれ。
自分の言葉で、話す。
「わかるよ。そりゃあ人と人とが向かい合ったらくっつくか反発するかって事はよ。
でもさ。あんまりだよ。だって二人ともなにも悪くない。相手の事を嫌ってる訳じゃないし、むしろ好きどうしなくらいだ。
……なのに、なんでこんな事になるのかな……」
数拍の間。
それを置いて。
「それはさ、起こるべく起こった事だよ」
借夏は優しく、そして厳しく語る。
「友だろうと、親兄弟だろうと、恋人だって。反発するときは反発するさ。
だって『今』は有限だ。今を全力で生きようとすれば必ず同じ時間を生きる誰かとぶつかり合う」
その事を、彼は否定しない。
「例えこの先、誰もがが一生、なんなら永遠に困らず過ごせるだけの仕組みができたとしても『今』という瞬間だけは配り歩けない。
だから地位も事情も関係無い。彼らが衝突するということは、それだけ『今』を全力で生きているって事。それだけさ」
「でも……それじゃあ反発を避けるって事は」
「片方が『今に手を抜く』事になるね」
うつむく。
もしも、彼らが手を抜いたら。
遥さん=ユリカが手を抜いた場合、あのお店の未来に影が射す。
詩葉が手を抜いた場合、或葉とあのゲームの未来に保証は無い。
答えを出せず、答えを求める。
「どうすれば、良いのかな?」
「そうだなぁ……」
少し間を置いて答える。
「お前も、今に全力を出してみる……ってのはどうだ?」
「え?」
「お前は全力の二人を止めたいんだろ? だったらお前も全力で行くのが妥当だ。じゃないと、話にすら入れないからね」
「でも……それじゃあぶつかり合うメンツが一人増えるだけだ」
「それはね、ただぶつかりに行くからだよ」
ぽん、と。
肩に手を置き語り掛ける。
「千里。お前が事態を『解決したい』と願うなら、その根底にある思いを自覚してぶつからなくっちゃあいけない。
じゃないとその場その場に対処するうちに、どこに向かっているかわからなくなる」
言葉に熱量が乗る。
乗せられたその手のひらは、とても暖かかった。
「大切なのは……『イチバンに掲げる思い』だよ。己にとってナニがイチバンなのかをわかっていれば……お前は迷わないよ、千里」
「イチバンに掲げる……思い……」
回想する。
『大人になるということは! 自分が愛したイチバンの為に己を切り売る覚悟を決める事よ!!』
『オレは或葉。アイツはあの店。お互いのイチバンが別に居るから…………』
(あの人たちもそうだった。自分にとってもっとも譲れないイチバンの為に戦ってた!!
俺はどうだ? 俺の掲げるイチバンは…………!)
「難しい話じゃないさ」
借夏はこともなげに言う。
「真っ先に思い浮かんだものが、きっとお前のイチバンだ。
だから訊くぞ。ーーーーお前のイチバンはなんだい?」
「俺の、イチバンは……………………………!!」
目を見開く。
時間はかからなかった。
答えは出た。
覚悟を決めたように、千里は言う。
「気づけたよアニキ。俺のイチバンに」
問いかけをくれた兄に感謝しながら。
「ありがとう。さっそくだけど……一個良いか?」
「ああ。どんとこいだよ」
借夏のその言葉は嬉しげだった。
なにしろ、彼が愛するイチバンは…………
翌日。
借りられし夏の千遠火が残る正午近く。
熱量をはね除け、思い足取りで魔王城に向かうのは詩葉だ。
(……また遥と、気まずい状況のままで会うのか)
そう思うと胃が痛む。
それでも進まなければならない。ここで止まれば妹の危機もゲームの問題も解決しない。
そう思いながら、今日の予定を確認する。
(まずは……幹部ルイズの百人切りを成功させなければ。それから………)
と、考えていたところで足が止まる。
(……………? 千里の奴どこだ?)
店まで来たが……店の前で待ち合わせしていたはずの千里がどこにも見当たらない。
まさか迷子か、二度目にして案内無しはキツかったかなどと考えて。
中に入る。
階段を上り二階へ。
ネットスペース、個人ブースを巡るも千里の靴は見当たらない。
まさか、と思い防音ブースに向かうと。
その一角に。
千里が既に居た。
「…………なんで」
PCの置かれた机に突っ伏し、すうすうと寝息を立てる千里を見て驚愕する。
「……なんでタダ券を持ってる自分を待たなかったんだ、って顔してるわね?」
「!? 遥……」
歩いてきたのは全ての事情を知る遥だ。
「彼はね。あのあと割とすぐ戻ってきたの。ルイズの百人切りに挑むんだって。状況をシンプルに整理するってね」
「まさか……お前ヘの挑戦条件の『三百戦』をこなす為に?」
「そ。彼は過去に、モヒカン相手に百人切りをしている。そして既に一度、ルイズの百人切りで80人前の対戦をこなした。
他のフリーも数はこなしてたから、もう一回百人切りに挑めば雑に『三百戦』に到達すると思ったんでしょうね」
「なんで…………オレを待たなかったんだ……?」
「こー言ってたわよ」
息を吸い込み。
「『あんたらにいがみ合って欲しくない。だから、気まずい時間は一秒でも短くしたかった』……てね」
「まさか……自腹で来たのか……」
「あたしも驚いたわ。でもね?」
『《ブラッド・ハーレー》で疾走!!』
千里残り走行距離……15→0=GOAL!!
『《グレイトフル・トレイン》で疾走!!』
千里残り走行距離……25→0=GOAL!!
『お年玉袋……この時期までとっとくなんて頭が良いんだか悪いんだか』
『……この店の料金プランは、昼来たときにきっちり記憶してある。これだけあれば昼まで余裕で居られるってーのはよーっくわかってる』
『どーして詩葉を待たなかったの? 彼女にはタップリタダ券配ってるのに。彼女を待てばこの出費は不要なものなのに』
『それじゃ、俺を待ってる間あんたらが気まずい思いしちまうだろ?』
少年の目に迷いは無い。
『俺はさ。あんたらにいがみ合って欲しくないんだよ。
だってゲームは『楽しむ』もんだ。
詩葉の企みには相乗りしたけど……それだって楽しめる空間を守るためだ。そういう場所を潰すためじゃ絶対に無い!!』
見栄を切る。
口上を放つ。
『俺のイチバンは『楽しむ事』だ。どんづまりなんて見てられるか。この状況は俺がぶっ壊す!!!』
「良い相棒見つけたじゃない、詩葉」
「…………そだね」
硬直が緩む。
表情が氷解する。
「あたしにも、見る目って奴はまだあったのかな」
「なーにいってんのよ。あなたの目は昔から綺麗なままよ」
「そう、かな」
そして。
どちらからでもなく、眠れる勇姿の背に手を置く。
「…………んく、しは、さん?」
「ああ。おはよう、千里」
「おはようさん。スープでもサービスする?」
目覚めた勇姿。
その両肩には、百合の花が添えられていた。
千里が慌て飛び起きる。
「あ…………やっば、俺百人切りの途中で…………!!」
「途中じゃ無いわ。立派に『やり遂げた』のよ、三百戦」
「ああ、でかした。お前は正規の手段で《女王》への挑戦権を得たんだ……!!」
「じゃ……なら!!」
「ああ」
最高の笑みで言ってやる。
「お前は見事に打ち破ってくれたんだよ。停滞した現状をな……!!」
「やった……ならもう!」
「た、だ、し!!」
もう勝った気でいる二人を遥が正す。
まだ『作業』が終わっただけだ。
「百人切りの試練もまだルイズとの『決戦』が残ってる。あたしの試練だって、
『かぐや姫もびっくりの難題』とあたしとの『決戦』が残っているので。そこ忘れないよーに!!」
「ウ、うす!?」
「いやそこ驚くなよな!?」
ははは、と笑い声が防音ブースに響く。
先はまだまだ長い。
せっかく得たチャンスも、『決戦』に敗北すればチャラになりかねない。
だが絶望は無い。
一人の少年が手ずから起こした行動が、明るい道を描く。
その心に光が絶えない限り。
彼らのもとに、絶望など訪れないだろう。
千里、現在の《試練》クリア状況…………
《初陣強襲の試練》……クリア済み
《若葉の試練》……………クリア済み
《百人切りの試練》……ボス戦以外完了
《娯楽恐悦の試練》……三段階中一段階完了
手付かずの《試練》……残り三つ
…………計七つの《試練》をクリアし、ラスボス仕様の御旗チエカを討伐した時、《カードレース・スタンピード》クリアとなる。




