悪役令嬢の誘惑!! vsユリカ勃発!!
舞台に、鳥文良襖が合流する。
「…………」
「あら、もう一人来ちゃったわけ?」
「ええ。友人皆が出てきたので見に来たのですがまさかこんなことになっているとは」
「驚かせてごめんなさいね」
「いえ。気にしていませんので」
何度も語られた通り、彼女の正体は《スタンピード》の最上ボス、Yagami123なので元から全てお見通しなのだが。
こうして情報のすり合わせをしておかないと後の会話に支障が出るのだ。
と、事前準備が済んだところで。
本題が始まる。
「……話を纏めるに……つまり、ここはAi−tuba達の収録スタジオの1つだったって訳か」
「ハイ……」
惨劇よりしばらくして。
無事改めて『チエカとマアラの初心者講座』の最終回を収録し終えたマアラは、店長にして遥と共にネットブースの防音セクションで正座させられていた。
その前に立つのは。
目を赤く光らせる憤怒の黒影達。
「よう、言いたい事は色々あるがまずはこれだ。『オレがお前に裏切られるのは二度目だな』?」
「……ゴメンナサイデス」
片方は、憤怒の紫炎を背後に燃やし血の涙を流しかねない表情の詩葉。
もう片方は。
「せっかく……新しい『遊び場』を見つけたってのに、なんで見つけたそばから幻想が崩れ去りやがる!?」
「すみませんっ!! 夢を守れなくて不覚のいたりですっ!」
考える人のポーズのまま涙が止まらない千里だ。
言葉が続く。
「なんで……ここは『休息所』なんじゃ無かったんすか……?」
「大人には色々あるのよ」
遥=ユリカが仕方なげに答える。
「あたしの歳で、お店一つ持つってのは本当に大変なコトなのよ。どーしたものかと頭を捻っていた所に話を持ちかけてきたのが『連中』よ」
「このゲームの運営、か」
「そ」
歌うように続ける。
「この店を開くために、あたしにかけられた条件はAi−tubaになることだけじゃない。『Ai−tuba達の管轄』も任務のうちよ。
個性が強過ぎる彼等が暴走しないよう、この店から見張っておく事が高給取りになる条件だった……それが」
ちらりとスタッフの女性達を見やる。
そしてマアラも眺め、最後に自身の頭に手をやる。
「……まさかちょっとしたホウレンソウの綻びからガラガラ崩れ去っちゃうとはね。
確認を怠ったのもまずかった。あたしもまだまだ器が足りなかったか」
遥の監視が緩んだ隙に。
マアラの報告が遅れ。
報告を受けた店員からのフィードバックも遅れ。
『貸し切り』の掛札のかけ忘れに繋がり。
この大惨事だ。
詩葉は語る。
「いつの世も、きっかけは些細なものさ。それを放置するから惨劇が起こる。だろ?」
「……そーね」
「その上でだ」
詩葉は切り出す。
幹部との交渉だ。
「……いいか。オレ達は『このゲームの未来を憂いている』。こういう惨事がいつ起きてもおかしくない程の『問題』がゲームにあるはずだ。
はっきり言わせてもらうが、このゲームの管理体制は今、ツギハギだらけのガタガタだ。それをどうにかするためにオレ達は戦っているんだよ」
「確かに? オンラインゲームなんてちょっとした事で炎上するものね?」
「だからだ遥。お前が全部きっちり話してくれればオレ達は無用な戦いをしないで済むんだ。
聞かせてもらうぞ……『このゲームの管理者は誰だ』? それを聞ければ全ては解決するはずなんだ。答えるな?」
上位は崩さない。
立ち位置は最大限利用する。
(…………………………)
良襖が冷たい視線で見やる。
ここで全てを今バラされたら厄介な事態になるだろう。
だが。
「……しーらない♪」
「な!?」
「いうて大ボスよ? そう簡単に顔を明かすと思う?」
「思うさ……多分だが、お前の使命には『ボスの制御』も入ってる。
お前は直接会って、ボスの心のケアをも担当していた。違うか?」
「さあ〜てね」
詩葉が驚愕する。
まるで応えていない。
「知ってたって訊けない相談よ。いい? あたしは確かに金で雇われている。
でもそれ以上に『ボス』には人を惹き付ける力があると信じている。あれは輪の中心に立つ才能よ」
ゆっくりと、遥が立ち上がる。
良襖の視線にも熱がこもる。
「アレを、ボスを裏切る事はできないわ。あたしの夢の為にも……《スタンピード》のためにもね」
(……………( ̄ー ̄)ニヤリ)
良襖が内心でほくそ笑む。
起立する遥に、それでも詩葉は食い下がる。
「だが……今の運営は迷走しかけている。ここで正さねば……」
「でも『真実』を明かしてもこのゲームにとって良い事は一つも無い。人生上手く行かないわね?」
いつの間にか対等へ。
秘密を握るアドバンテージは崩されていた。
遥が更に切り込む。
「まあ、でも見つかったからには色々するつもりだわ。たとえば……優先的に招待状を送付する、とか」
「…………それは受け取れねーわ」
「どうして?」
戦慄しつつ千里が答える。
「だってアンタの試練は『アンタを楽しませる』事だ。そんなもん受け取っちまったが最後だろ。
アンタは俺を『相手に屈服した軟弱者』という理由で合格させない。ゲームは強者に挑んでこそ楽しめるからだ」
「せーかい」
駆け引きをする余裕がある。
全く追い詰められていない。
こちらもあちらも、望むことの根っこは『スタンピードの存続』なのだ。
相手を蹴落としていくやり方では解決しない。
運営とユーザー、どちらが欠けてもオンラインゲームは成立しない。
千里の心中に汗が流れる。
(ちくしょう手詰まりかよ! せっかく敵の重要拠点に乗り込んでたってーのによ……
なんの収穫も無く、休息地点も得られないまま手ぶらで引き下がるしかねーのか!?)
焦燥が走る。
苛立ちに背が震えた、そのとき。
「ーーーーーーーだが、せっかくの誘いを蹴るのも癪だな」
動いたのは詩葉だった。
「!?」
「せっかく挑戦権をくれるって言うんだ。遥、千里の奴は要らないようだし、オレが代わりに招待状を受け取っても良いか?」
「おい待て、アンタそれじゃあ……」
「気にするな。オレは元から負け犬だ」
詩葉は何でもない事のように言う。
己の未来を閉ざす行動と知りながら。
「だがこの一戦を無駄にするなよ? オレの散りざまからお前は学ばなくっちゃあいけない。コイツの『攻略法』をだ。
ーーーー異存は無いな遥ッッ!!」
「ええ。盛大に歓迎してあげるわ」
火花が散る。
今日会ったばかりの千里などより、よっぽど因縁深いであろう決戦。
二人のやり取りに、千里はついていけなかった。
この段になって、少年はようやく思い知る。
自分は話の中心になどまるで立てて居ないと。
担ぎ上げられこそしたが、この流れの軸は詩葉であり。
最悪の場合『別のゲームを探す』という選択肢すら残してしまっている千里にとって。
二人の熱量は、どこか対岸の火事のように手が届かないものであった。
そうして、千里はかすかに思ってしまう。
(俺が、この場に居るのは正しい事なのか……?)
そして電子の海。
薄汚れた曇り空の世界。
枯れ果てた地獄、ヘル・ディメンション。
アバター、シルヴァへと姿を変えた二人は電子で向き合う。
「スゲ……ラグがゼンゼンねーわ。動かしたいと思った時にはスデに動いている見てーだ」
「どうだ凄いスペックだろ? これからはここを気軽に使えるぞ」
「へ?」
「さっき遥からタダ券をたんまりせしめたからな」
ニヤリと笑むのは、黒ずくめの男性アバター姿の詩葉……シルヴァフィアだ。
「良いか。打てる手に乏しいのは向こうだって同じだ。秘密を握る相手を追放する訳にはいかない」
「だからタダ券で縛り付けておく、と……」
「おう。大人はいつだってめんどっちい駆け引きばかりだが、ここからはだいぶラクができる。
予定とは逸れたが、結果として最高の環境は手に入れた。後はお前が勝つだけだ」
「……………」
黙りこんでしまう。
彼女は自分の苦痛を計算から外してまで、自分に未来を託している。
そこまでの価値が、自分にあるのか。
「みなまで言うな」
ハッとした。
アバター越しの瞳は、きっと全てわかった上で包み込むくらいのやさしさに満ちていた。
「お前は今、自分が場違いじゃないかと考えているな。だが違うぞ。オレにとってお前は場違いなんかじゃあない。
あの日、オレの悩みの本質をぶち抜いてくれたおかげで正しい道に進めたんだ」
「っ…………」
「だからそう自分を卑下するな。お前が居てくれるから、オレは迷い無くアイツにぶつかりに行けるんだからな」
「でも……でもっ!! アンタ前に言ってたろ! 自分にも『彼女』が居たってよ!! それって多分さあ…………」
「千里ッッッ!!」
檄が飛ぶ。
何かを噛みしめる音が響く。
「今は、無粋だ」
「詩葉……さん……」
そして、駆動音が響く。
ーーーーBURURRRRRRRRRRRR!!
「来たか」
桃色のバイクに跨り、天上より極彩色の女王が現れる。
ウエディングドレスからかさばりを取り除き、スポーティかつサイケデリックに仕上げた服装。
ドギツいピンクにイエローのアクセントは足先から頭上までを包み込み、かぶったヴェールが短髪姫にロングヘアのような印象を付与する。
その顔は、嗜虐の笑みに彩られていた。
廃ビルの屋上に立つなり彼女は見下しながら高らかに叫ぶ。
「よく来たわねしもべ達!! あたしは戌岸ユリカ!! 七天のAi−tubaが一人、ヘル・ディメンションの女王とはあたしの事!!」
「ハッ!! 毎日の『刷り込み』の成果は上々のようだなッッ!!!」
「るっさいってーのッ!! ひとまずま、《娯楽恐悦の試練》へようこそ。歓迎するわよシルヴァフィア!!」
娯楽恐悦の試練。
内容は単純『ユリカを楽しませきれば合格』。
本来は長ったらしい前条件のある試練の門は今、彼女の裁量で詩葉=シルヴァフィアに開かれていた。
その代わり。
(これを受けた詩葉に、合格は出ない……)
勝っても負けても詩葉にクリアは無い。
故にこのゲームの意義は、千里がどれだけ多くの物事を持ち帰れるか。
距離を取る。
見逃さない。
一瞬たりとも。
ユリカのバイクが飛び迫る。
落下音とエンジン音を響かせ詩葉の元に並ぶ
地面を突き破り、レース用の信号が湧き出る。
詩葉が叫ぶ。
「ーーーーよう相棒!! お前に『正規の前条件』を伝えておく!!」
「!!」
「『300戦』だ! 300戦毎に一度チャンスが来る!!
その時送られる『かぐや姫もびっくりの難題』をクリアして初めて挑戦権が得られるんだ!
だから戦え! 戦って戦って闘い抜け!! それをコイツもオノゾミだろうからよッッッ!!」
フゥー、と息を吐き。
スッキリした表情でユリカに向き直る詩葉。
足元に、骨でできたバイクが組み上がる。
「……言うべき事は全て言った。待たせたなユリカ」
「ええ。待ちくたばるかと思ったわ」
詩葉=シルヴァフィアがバイクにまたがる。
信号機のカウントが始まる。
呼吸が高まる。
鼓動が加速する。
魂が熱を帯びる。
そして。
「さあ行くわよ!! 合言葉を叫びなさい!!」
声は揃う。
「「ーーーーーーーPassion for sprinting‼」」
信号は赤へ。
轟音と共に、疾走は始まった。
シルヴァフィア残り走行距離……100
ユリカ残り走行距離………………………100




