最重要の空隙。真夏を遊べ電子の戦士たち!
「……ヒマだな、良襖」
「……ええ千里。バカバカしいくらいにね」
攻略二日目……かつ最終予定日。
この世界に来てから数えてもたった四日目。
ピーカン照りの空の下。ざぶーーーーーーんと、勇者と魔王は気の抜けた音に包まれる。
奇遇にも土日の二日間での攻略日程。どうせ他にやる事も無いからと、とりあえずログインして戦術の見直しもしたが……。
「水着チエカたちはきっちり成長して、指揮の必要はもうない。見張りを残す必要はあるケド、あとはもー勝手にやらせとけば良いっぽい。きっちり午後八時に、全ての準備は整うわ」
「そりゃー。頼もしーこったな」
寝ぼけ眼で他所をみやる。
ちょっと後悔した。
「うがー…………」 「ほへー…………」 「はうぅぅぅぅぅ……」
「……うわぁ」
一瞬、肌色のスライムでも散らかってるのかと錯覚したくらい……そういえば、以前ホムラが「寝てるアバターは溶ける」とか言ってたか。
指揮を執っていた大人達……ユリカ、詩葉、ルイズはトリプルダウン。誰も彼もがぼけっとした目。マリス戦に備えて張り詰めていた糸が、このバカンスもどきと攻略戦の往復ビンタでプッツンしてしまったのかもしれない。
コレではとても仕事できそうにないが、何故か頻繁に体勢を変えるなどして落ち着かない。
気持ちはわかる。
単に落ち着くならリアルでやってる。
「どーするー千里? マリスとの決戦の前にやれることはだいたいやりきっちゃってるし、このまま休んどく?」
「それも良いっちゃ良いけど……どーすっかなー、マジで」
「……なんて言うか。なんかやらずには居られないって顔ね」
空気が。
気の抜けた空気が、彼らから力を引っこ抜く。
それでいて夏の日差しとは別の、内からの熱が下がらない。
だから止まれない。
暖かな日差しの中で間抜けな会話が続く。
ずっとこうしている。そんな事ができるならこんな早くログインしていない。
黙っていることがむずがゆい。
止まっている事が許せない。
どこまでも駆けていく戦士の性か。
物足りない。
なにかが惜しい。
小さな体で大きな頭を抱えながら、良襖が辛うじて一案絞り出す。
「ああ〜もうっ……どうせやれるコトないなら……ダメモトで例の謎スキル解析してみる? 【ワイルドステア】……ヒントは皆無だったケド、決戦の時の足しにはなるカモでしょ」
「そうか……そうかもな……どうせ黙ってらんないなら……」
まあそれもアリかもしれない。
と、言いかけた時。
…………ぽんっ。
「あてっ……なんだ?」
不意に飛んできた衝撃に中断される。
「ボール……?」
「あー! すみませんそっちに飛んでいってしまってーっ!」
寄ってきたのは、金髪ロングに碧眼の看板娘……ご存知チエカの水着版だ。
「お、おう…………?」
「ではではーーーーっ♪」
とててとかけて戻っていく。
そうして戻って行った先で……
『ヘイヘーイ、パスですよワタシ!!』
『はいなーっ! きっちり決めて下さいよワタシ!!』
『おおーっと! そう簡単にやられはしませんよ、ねぇワタシ?』
『もっちろん♪ ちゃーんと打ち返してあげますともワタシ!!』
「……………………ナンじゃアリャ」
「えっと……分身使って一人遊び?」
楽しげな声に目をやれば、水着チエカたち四名がビーチバレーで遊んでいた。…………どうやら、戦場で余ったチエカが時間潰しにやっているらしい。
繰り返し、小気味いい反発音が響く。
「……………………」
ただ打ち上げる。
ただ弾く。
ただ打ち込む。
そして拾い上げ、また打ち上げる。
その繰り返し。
それが、なにかの足しになるとは思えない。
だが。
『はーっはっはっは! やってくれましたねワタシ!! 今度は負けませんよ!』
『やれるものならやってみなさいな♪ こっちはまだまだ全力じゃありませんよっ!!』
『フレーフレー、ワタシ! ファイトですよワタシっ!!』
「…………………………………………………………ははっ…………ナニやってんだかなー……っと」
なんとまあ腑抜けた光景なものか、と思わないでもないが。
それこそが。
果てなき未来を見据えればこそ、そこに真理があるように見えた。
しばし、間を開けてムクリと起き上がり。
「…………アレが、答えかもしれねー」
「答え?」
「俺らも、アイツらみたく遊べばいいんじゃーねーのって話」
「へ? なに、言ってんの? 寝ぼけてる?」
そんな反応が返ること自体、本来は違うのだ。
「俺はそーしたい。元々は……いいや、今だって遊ぶための場所だろ? ココは」
「そりゃま、そうだけどサ……でも、えぇ……?」
本質を忘れてはいけない。
ここはあくまでもゲームの中なのだ。
いいや、ゲームの中でも外でも関係ない。
遊び心、それを忘れては行けない。
「なんだってそうだ。遊び心を忘れたら、きっと何もかもがオシマイだ。生きる楽しさをなくして、意味を見失って、そのうちぐずぐずと腐っていく。
なのに俺達は忘れかけてる。……多分、俺が一番深刻だ」
一度頭を空にして客観視する。
己の異常性を視認する。
「どっかにあったんだ。こんなことしてる場合じゃないって考えが。だから遊びを楽しめ無かった。その後ハルピュイアとの戦いを楽しめたのは、固まった状況が前に進む実感があったからだ。
でも、あとは親玉倒すだけって状況になって思ったんだ。いつだって遊んでる場合だろってな」
遊べない、楽しめないのは明確な状態異常だ。
現にあの後、ハルピュイアの懐柔にカードを使っていた時は、楽しさよりも胃が痛む感覚の方が先に来た。
そんなものはゲームであっても遊びでは無い。
舞台をゲームに移しただけの、魂すり減る「現実」。
否……現実の中でも醜悪な「理不尽の押し付け合い」だ。
「楽しんでナンボなんだ。そのために戦ってたはずなのに、いつの間にかイロイロ乗っかり過ぎて……なんかその、心だ。心が、ダメになってた……」
「千里……アンタ…………」
とまで言って、濁った空気を払うように振り返り。
「ーーーーってぇさぁッ!! 思わねースか大人方ッ!?」
「「「…………ッ!?」」」
ぼけっとしつつも、会話は耳に入ってたらしい大人組が肩を震わせる。
「ぶっちゃけッ!! 心重いんじゃ無いっスかッ!? そーしてダラケてんのも『休むべき時に休まなきゃいけない』って思ってるから……とか。
でも無理やり休んだって、心が重けりゃ台無しだ。どうせ降って湧いたバカンス、思い切り楽しんだ方がいい
…………のかも……って思ったンスけど、どーです?」
「「「う、うう…………」」」
一瞬何かを返そうとしたようだが、撃つべき言弾は元から無く。
お互いに顔を見合せ、数瞬。
過ちを認めるように、静かに起き上がる。
「ま、まあ一理はあるだろうな……うん……」
「確かに。肩の力が張り過ぎてた」
「そうね……言われてみれば、そうかも……」
……振り返って見れば、最初に遊んでいた大人たちもどこかぎこちなかった。
はしゃぐのが似合うタチでもなかったろうに、とりあえず。いいや「仕方なく」で遊んでたのだから無理もないし無理しかない。
自然体が一番。
ソレを失なえば不自然に呑まれて自滅あるのみ。
それをようやっと思い出し、理解した所で。
「うむうむ。結局は楽しんだもの勝ちというものよの!」
満を持して来る、娯楽の化身。
「? 或葉、オマエ何やってたよ?」
「それはもう、チエカ殿がくんずほぐれつする様を目に焼き付けておったに決まっておろう」
「こんな時までブレねーなオマエッ!? ちくしょうまたこんな時とか言っちまった!」
一人自己矛盾に苦しむ中、わかってないわねとばかりに良襖が割り込む。
「言いっこなしよ。コレは私からの依頼でもあるんだから」
「はァ? 見てるだけで達成って、何の依頼だよ……?」
「ひーみーつー。アンタに言ったらどうせ口滑らすもん」
「……ッ…………! オマ……ソレッ……!!」
ムカつき加減で耳を済ますも、例の件は? およそ問題ない……などと何を言ってるか分からないセリフがボソボソと。
わいわい、がやがや。
細かい話を経て、結論の実行に移る。
「さて。向こうでチエカ殿が待っておる。方針が決まったなら、こちらで楽しむとよい」
「ああ。ぜひともそーさせて貰うぜ」
背伸び柔軟、電子の身体を解して前へ。
「んじゃ、行こーぜ!」
真夏の日照りの下へ。
最重要の空隙へと歩みを進めるのだ。
「…………コレでいい。コレでいい」
見送る背中は寂しげに。
小さく震えるその内には、抑えるしかない特記事項が眠っていた。
『どーしたんだよ良襖、早く来いよーーーーっ!!』
「あーうん、いま行くからっ!! ……ハァ」
この秘密だけはまだ明かせない。
そう解りながらも。小さな内で、使命と罪悪感の天秤は揺れていた……。
(『いい流れだ。これでいいんだよ』)
そしてこちらも動き出す。
(『このまま行けば私の…………このエレンの勝ち。例えそこを抜けても…………ふふ。逃した魚は大きいと知れ。後悔しても遅くなれ、ばーか』)
《大海の護り手エレン》はこの場に居る。
(『さてさて。どちらが先かな? 罪悪感が弾けるか、私の計画が成就するか。どちらにしても逃がさない。逃がすわけないんだよ、私の大事なターゲット達』)
暗躍は鮮やかに。
荒巻く計略のうねりは、既に勝った気でいる千里達を奈落へ引きずり込まんとしていた…………!!