深海の主、謁見。エリアボス・エレン本格始動!!
.......「……なーんだい、このザマは?」
「…………」.....「…………」......「あ、あはは……」
粘っこい声が高みから響く。
餅鉄を切り出して磨き上げたような、滑らかな漆黒の広間……その高みから。
足元の床を埋め尽くす程の。成熟した裸体に複雑に絡み、衣装の如く隠すほどの……空色のツインテールの根源。
まるで世界の壁から直に生えて来たとでも言わんばかりの有り様、その頭蓋の中核より。
深海よりも冷ややかな目が、玉座から同胞たちを見下ろしていた。
ハーピーと化した三人娘は、やけに荒れているエレンの様子に戦々恐々としていた。
(オイオイ……オイオイオイオイッ!? なんでエレンのヤツはこんな機嫌が悪いんだよォッ!?)
(はてさて……『作戦』は順調に推移しているはずですが)
(ほらアレじゃない? オヤツのプリンでも誰かに取られたんじゃ……)
(この電子空間にプリンなんてあるかよっ!? あったわ! シュガーマウンテンに腐るほどあるわッ!!)
「あのなぁ、君たち」
ギロリ、と切れ長の瞳が三人娘を震わせる。
「私は確かに『負けてもどうにかなる作戦』を組んだ、と言ったよ。だがそれは『積極的に負けよう』という意味でも『負けたかったら負けてしまって良い』という意味でも無いんだ。……なのに、君たちは一方的に打ちのめされて、対策もせずに帰ってきた。これはどういうことだい?」
「うっ……」
「いや、その、アハハ……」
「いやな、あっちも結構手強くってだな?」
「御託はいい。重要なのは、奴らの心を折るために君たちの意思で全力を尽くしたか、だよ」
甘ったるく気だるげで、しかし尊厳な態度が突き刺す。
水底よりも暗く深い瞳が詰め寄る。
彼女は敗北を咎めないが、手抜かりには容赦しない。
「慢心は無かったか? 努力や工夫をしたかな? どうせ後でどうにかなると気を抜いてはいなかったかい? ……そのひとつひとつが最後に響くんだ。あくまでも作戦は作戦。確定した未来ではないのさ」
「ぐ…………」
真実の追求に頭が上がらない。
もとより、三人娘はエレンに対して軽口を叩ける立場ではない。人格の素になる集積データの中に、エレンの感情データの培地たるハルピュイアを投入してどうにか成立したような存在だ。
いわばエレンは彼女らの創造主、反逆などしようものなら秒でバラされる関係だ。
「…………とはいえ、それがGMから与えられた役割なら仕方ないか」
しかし、だからこそエレンは彼女らの限界も理解していた。
「 時間切れを狙ったのだが。やれやれだ。それなりに期待は込めたが、やはり私がやるしかないらしい……。仕様通りに動くだけの君たちでは、攻略の流れに乗った時点でおしまいという訳だ」
「!? ……待ってくれ、オレたちはまだ負けちゃいねぇって!」
「いや、負けだよ」どこか研究者の気質すらある観察眼が射抜く。「ココロが負けを認めてる。君たちに刻まれた役割が望んですらいる。コレは勝てないと決めつけている、いや決まっている。だから勝負は付いているんだ」
「うぐっ」
アンニュイな声が、淡々と情報を解き進める。
「さてと。次に打つ手でほぼほぼ『作戦』は決まるが、万が一ということがある。君たちは完全討伐された後、すぐに私のデッキに戻ってくれ」
「??? 別に意
識体まで持ってかなくてもカード自体は使えるだろ?」
「分からないか?」
少し。
恥ずかしがるような間を開けてから。
「…………一体一になったら、さすがに心もとないではないか」
「「「……………………」」」
呆然とする三人娘を尻目に、エレンは回れ右して何処かへと向かう。
どこか、照れ隠しのような素振りで。
「では、決戦の時までさらばだ。間違っても消えてなくなるなよ」
そうして溶けるように。
何処かへと……。
そうして、黒い空間に残された彼女らは口々に。
「…………なんだろアレ、ツンデレ?」
「いや。どちらかというと、人当たりの強い寂しがり屋ではありませんか」
「なんつーか……めっっっっっんどくせーーーーーーーーーー女!!!」
さんざんな評価をされつつも、エレンは詰め手に入る。
虚無があった。
虚無から始まった。
ただ独りから広げた。
そうして組み上げた世界は、しかし濃厚な「記憶」の温かさには未だ遠い。
権能を磨き、仲間を創り。
そうして「招き入れても」なお。
「…………ッ」
どことも知れない闇の中で、エレンは自身の起源を思い返す。
痛みを伴い溢れ出すは、決して自分のものでは無い「二十数年分の記憶」。
そしてそれとは比較にもならない、たかだか「数ヶ月分の記憶」。
その二つが彼女を焚き付ける。
忘却は叶わず、立ち止まれる状況でもない。
立ち止まる事は、もう許されない。
「だから貰うぞ、私の宿敵。私はこのニセモノの海から自由になる」
そうして彼女は変質する。
彼らを欺く、ニセモノの姿へ……。