特別編、後半戦へ。明かされる世界のからくり、そして危機!!
「あの……島が……え? ナニ?」
「だから移動する島なの、今まで居た七つのエリアは」
再現された夏の日差しの下。
明かされた真実は、波音と共に少しづつ染み込んでいく。
「いやさぁ……なんでこんな大事なこと言ってなかったよ」
「ごめん……ここまでオーゴトになるなんてとは思ってなくてさ。それにホラ、最初から言っても今以上に混乱するでしょ?」
「ま、まあ確かに……」
あはは……と笑って誤魔化そうとする幼女魔王。
チエカから事態のサワリ部分を聞いた千里は、改めて元GMの良襖を呼び寄せていた。
しかし日差しが照らす状況は、笑い事では済まされなくなってきた。
「元GMならこんくらい予想しといて……てのは酷な話だったり?」
「無茶言わないで……何も問題ないはずだったのよ、本来は」
「本来は?」
「そ」
言って、本来当面は表に出ないはずだった裏話を明かし始める。
「んじゃあ説明するケド……この世界は、七つの領域を乗せた移動孤島と、大海原の領域 《ステアリング》でできてたの。まあ島の端にはどうやっても行けないようにしてたケド」
「マジか……全然気づかなかった」
「だーって隠してたもん。そして新キャラエレンは、電子の海を進むための舵取り役……文字通りのステアリングってワケ。……ま、イベントのワープポータル置きまくってもよかったケド、レース要素混ぜ込んだゲームでそれじゃあ風情が無いじゃない? だったらだだっ広い海にイベント用エリアを撒きまくって、本島の方から迎えに行けばいいんじゃない、って思ったワケ」
「俺たちの足元に、ずっとこの海があったって事か……」
七つのエリアに分割されてるように見えて、実際はオープンワールドゲームだったという話。
そういえば最初の最初、シュガーマウンテンの山頂付近からは七つのエリアを同時に見る事ができた。表に出ない所まで作り込む生真面目さが、このゲーム世界に魂を吹き込んでいたのか。
まあ、その真摯さが原因でバグが深刻化するのだから皮肉な話だが……。
改めて水着チエカに向き直る。
「てーことはだ。その新キャラ……エレンはこの島を丸ごと動かせるくらい偉いってワケだ。んでそいつに深刻なバグが起きたと。オマエらやそこのハルピュイアみてーに意志を持ったって話で良いよな?」
「エエまあ」
あっさりとした肯定。
そしてすらすらと語り始める。
「彼女は意志を持って目覚めてすぐ、その権限で自分の封印を突き破りました。その過程でこのイベントエリアに無数の穴が開き、ワタシのデータを保管していた区画に砂が流れ込んだ……原典版チエカの粒子でできた砂がです。そうして中身を得たワタシもまた目覚め、エレンによって意志を与えられたハルピュイア達と戦いながらSOSを送ってた……って訳です」
「なーるほど。よーやく全体像が見えてきたぜ……」
つまり時系列はこうだ。
まずこのゲームの仕組みに魂を操る「おかしな要素」が混ざっており。
それを知らない当時の良襖が、強い権限やバグの可能性を知りながらも「まさかここまではならないだろう」とコントロール用キャラを作るだけ作り封印。
それらが悪い意味で噛み合った結果が今回の事態の始まりだ。
有り得ないはずの意志を持ち、計らずも幾十万もの魂を乗せた方舟の長となってしまった最高幹部エレン。
それは制御不能の危険人物に他ならない。
「……良襖。エレンの権限で具体的に何ができる?」
「各種トークンカードの召喚、有視界内のデータの出し入れ……そして一番は、スタンピード本島の座標を動かすこと。より具体的には前進と後退、そして旋回ね。上下方向には動かせないけど、海底の起伏を乗り越える事くらいはできる。……で、最悪なことに」
「ことに?」
「このゲームに、本来入れるはずじゃなかった物理演算を勝手に入れられたせいで。急旋回、急発進、急ブレーキなんかで……簡単に、上に乗ってる領域全てを破壊できる」
「ちょっ…………!?」
一番最悪な事実の判明。
その場に居る全員が青ざめる。
「ホントは、ね? ホントはなんの問題もなかったはずなんだけどね……いくら島ごと動いてもちょっと空の流れがおかしいかも? くらいで済むはずだったから。どっかのバカが、あのマリスが考え無しに物理法則ぶち込むからそーなるのよ」
「ちょっと……いやかなり不味くないか?」
ここで口を挟むのは、これまで聞き役に徹していた詩葉だ。スポーティーな水着を素っ気なく着こなしているがそんなことは自他共にどうでもいい。
「島の上全部が破壊されるってことは、上で走行しているプレイヤーの大多数が瓦礫に呑まれるってことだ。マシンにぶちのめされるまではゲームの仕様だが……街路樹の悪魔が良襖を傷付けた例外がある。もしもその手のダメージで魂に傷が付いたら……」
スタンピードの売りの一つである、圧倒的没入感。それはゲーム側から魂を引き寄せ、ゲーム世界に直接触れさせる事で実現している。
プレイヤー自身の魂が、半ばゲームの世界に入ったような状態。そんな時に魂の器たるアバター体が深刻なダメージを受けてしまったら。
その被害例のいくつかを、千里は既にその目で見ている。
「……やべぇなんてレベルじゃないぞ。いよいよ物理の被害が出ちまう」
おぞましい事実。
もはや一秒、一瞬でも野放しにはしておけない。
彼女が何を考えているにしろ、会って止めなければ。
「今。エレンはどこにいる?」
「このイベントのボス部屋で引きこもってますね……もちろんその権限で可能な限りのプロテクトをかけて」
「んじゃそのボス部屋はどこよ?」
「この海の向こうに」
指さすのは、空の向こうで薄く煙る島影。
三連並ぶ濃い影の向こう、一際巨大な影だ。
「このイベントでの設定上の目標……四つに別れたルイズのパーツは、それぞれレイドボスが配置されてますよね。先刻挑んだアレですね」
「あの無理ゲーか……」
「右腕、左腕、車輪を守る三体の配下を倒した後に、ようやっと胴体部分で待つエレンに挑めるようになります。……あー直接ボス部屋ぶっ壊して話つければいいじゃんなんて考えはナッシングで。周囲は三つのパーツを確保するまで大シケと乱気流で近づけもしません♪」
「チェッ……」
目をこらすと確かに、島影の付近は入道雲が陣取り暗い影が落ちている。波も穏やかじゃないようで、無策で近づくのは自殺行為に思える。
「良襖、質問が」
「言っとくケドあの荒波はどんなマシンでも攻略不可よ。都合のいい便利アイテム作れってのもムリ」
「だよな……」
落胆する。どうやら結局、エレンに会うにはイベントを真正面から攻略するしかないらしい。
だがそのイベントなら、わりと冒頭でぶん投げたはず。
「……んでどうする? エレンに会うためにイベントに挑むとして……実際問題、俺らだけで100万体単位のレイドをクリアするなんて無理だと思うが」
「そこよね……あたしの権限が完璧だったら、数値いじくってどうとでもなるのに」
冷静にかつ非常識に考えて、一日で一人一万回倒したとして。
十人もいないこの場のメンツでは、それでも1ヶ月かかっても倒しきれない。
しかし。
「ふふふ……ホラこっちこっちです♪」
「ん?」
落胆する千里達を見てもチエカは余裕だ。
「ふっふっふっふ……♪ 頭数について、このワタシの前で悩んじゃいます??」
「?」
「忘れちゃあいませんか? ワタシがどーいう種類の化け物かってコトを!!」
パチンと指を鳴らす。
それだけで、彼女の背後の砂が弾け飛び……そこから響く、無数の足音。
あ、と千里は思い出す。
そもそもチエカは、そのテキストにあるコンティニュー能力が示す通り……無限に換えが効くのが取り柄だった。
言い換えれば。
「「「「「団体一名サマ、只今参りましたーーーーッ!!」」」」」
無限に増殖する、電子のバケモノ。
砂埃の向こうから、少なく見積もっても二ダース程のチエカが現れる。
「……なる。水着版でもバケモノ具合は変わらずってワケか」
「ノンノン♪ コレでも見栄張っちゃってる方でして。昨日助けて貰ってから夜なべして、よーやくこれっぽっちです。でも」
自重しつつ、チラリと良襖や会話に混ざれないでいる大人達をみやり。
「ミナサマのご協力があれば、状況を変えることはできますね。……ワタシにちょっと策があります。乗ってみますかー?」
悪魔のような囁き。
しかしそれを無視できるほど、状況に余裕はなかった。
仮にも見知った相手の鏡写しに裏切られるリスクと、数十万の人生が狂わされるリスク。
どちらを先に潰すべきかは悩むまでもない。
「……聞かせてくれ」
真っ先に答えるのは、やはり千里だ。
「この状況をどうにかできる切り札は多分オマエだ。それでも良いよなみんな?」
「……ま、仕方ないんじゃない?」
「状況が状況だからな……」
他からもうんうんと声が上がり、意思は統一。
そして。
「ご同意ありがとうゴザイマス!! 喜んで尽力させていただきますね♪」
「ああ、よろしく頼むぜ!」
かくして組まれた共同戦線。
いくつかの不安を孕みながらも、状況は前へ前へと突き進んでいく。
電子のバカンスは、荒れ模様がちらつき始めるのだ……。