夏休み特別編〜電子の海にて会いましょう♪〜その7……そして、本格なる電子の戦いの物語へ。
「ちょっと待て……千里って小学生だったよな?」
「そーだけど? なにをイマサラ」
良襖共々傍から見る身分で、圧倒されたのは詩葉だ。
「信じられん……今の戦いっぷりもそうだが。奴がハルピュイアを祓うときに使った 《屑鉄流走法》の中身は中学以降で習うような複雑な代入法だ。なんで使いこなせるんだ……?」
「決まってるでしょ」
自分の事のように自慢げに、元ゲームマスターは騙る。
「ゴゾンジの通り、カードゲームでは複雑な処理が日常茶飯事だもの。彼ってば、別ゲーではプログラム言語みたいに複雑な有限ループを回してたらしいわよ。そこまでする意味ある? って言われても『お互いに満足できればいい』って言い切るんだってさ」
「うわぁ…………」
「それを支えるものはナニか……小学生の身分で考えたケド、やっぱり『熱』以外に無いと思う」
「熱……」
それはかえって、詩葉のような大人になるほどわかりにくくなる概念だろう。
「熱中、熱量、熱意。あらゆる行動には熱が伴う。熱が高まるほどに限界は遥か遠くなり、前に進む力が湧く。この世界を組み上げる時のあたしがそうだったように、彼もまたこのゲームへの熱を燃やしてくれている。ゲームマスター冥利に尽きるってものよ」
「…………、」
言葉に詰まる。
千里には何度も何度も驚かされてきたが、この幼女魔王だってトンデモだ。
幼さ故の感性か、なにか踏み込むのを躊躇うような聖域を感じてしまう。
そうして逡巡を重ねるうちに。
「まあ、そこまで並べ立てずとも」
裏手から彼女らの同年代がもう一人、詩葉の妹の或葉もやってきて。
「『好きこそ物の上手なれ』……千里殿の強さを語るには、それだけで十分であろう?」
「そゆこと♪ わかってるじゃない」
あっさりと纏めてしまう。
幼気な会話にはついていけないと、詩葉は大人にできることを全うしようと心に決めるのだった。
★
「…………ふぃー。こんなもんか」
叩きのめしたハルピュイアを見下ろし、千里がふっと息を吐く。
最後の生き残り。倒してしまう訳に行かないので、ノビてたソレを大樹ジューダスで取り込み拘束している。
「んじゃそろそろ話してもらうぜ。オマエらは誰の命令で来たんだ?」
『シ……死ンデモイワン……!!』
「言わん、ね? 言わんって事は居るってことだよな、上司。オマエら自身の意思で来たなら「上司なんて居ない」って言うはずだもんなぁ?」
『ギクッ………!?』
やはり鳥頭か、と憐れみつつもなお詰める。
「だから誰か居るはずなんだ。だいたいヘルディメンションに住んでるオマエらが、誰の手引きもなくこの海に来れるワケねーだろ」
『チ、チガウ!! 我々ハオマエ達二繰リ返シ壊サレタ恨ミヲ晴ラスタメ』
「と言いつつさっきはノリノリで自分が死にまくるデッキ使ってたよなぁ? ぶっちゃけオマエもチエカと同じ『一つの意識で無数の身体を使う』タイプだろ。個々体の顛末なんかどーでもいいってスタンスじゃねーとあのデッキは握れない、違うかよ?」
『グ、グハッーーーー!!』
完全に論破され、白目剥いて泡を吹く怪鳥。
さすがにこれ以上はこの個体から話を聴けないと、千里は矛先を変える。
前に。
「確定だ。コイツらを唆した『上司』は必ず居る。……良襖、このイベントのラスボスって誰よ? ここで起きた事件、順当に行ってソイツが最有力だ」
「え? ああ……ホラ言ったでしょ幹部級の新キャラ出すって。ソイツよ……えーと名前なんだっけ……」
「ふーん……新キャラねぇ……?」
「……ッ。あのー千里サンなぜコチラを見るんです……?」
ちらりと、後方を振り返る。
本件の始まりたる、水着版のチエカだ。
おそらく全部わかった上でダンマリを決めていたであろう彼女。しかし物騒な事が立て続けに判明した今、これ以上の引き伸ばしは許さない。
「さてと。そろそろ何がどーなってんのか教えてもらうぜ、水着チエカさんよー」
「あははー、イヤですねーやられっぱなしのワタシが何か知ってるわけが」
「逃がさねーぞ? この砂の島は全部チエカの分身が変化したものっつってたろ。それってこの電子世界じゃ、島全部に目や耳が生えてるのと同じよーなもんじゃないのか? 異変はここから始まってんだ、分からないとは言わせねーよ」
「うぐっ……」
更にジト目で詰め寄られ、あとがなくなった者の呻き。
逃げ場なんて千里は与えない。
看板娘の面の皮も、さすがに持たなかったようで。
「……あはは、さすがにしょうがないですか。モーちょい楽しく遊んで居たかったんですけどねー」
苦笑一つ、遠くから集まって来た仲間たちにも聞かせるように語り始める。
仕方なく、といった体で。
「まあ色々お察しの通り……先ほど語られた新キャラにバグが起きてたんです」
「うげっ……」
バグ。
良襖が最も危惧した可能性。
制御不能が産まれる危機。
「言い換えるならシンギュラリティとも。とにかく意志を持ったそのキャラは、困った事に中々の権限を持っていまして。そこな鳥さん達も、目覚めた彼女によって思考能力をオスソワケされてそーなっちゃったワケです」
「権限?」
「ええ。そのキャラは普通のNPCにはない権限を多く持っていました。階級は無印のワタシ達と同じ最高幹部。名を…… 《大海の守り手エレン》」
そして。
続けて明かされた真実は。
「特殊クラスにして大海原の領域 《ステアリング》を管轄する…………疾走孤島『スタンピィ島』の舵取り役です」
「………………………………………………………………………はい?」
衝撃の嚆矢だ。
耳を疑った。
理解が途絶えた。
今聞いたのは。
こんな息抜きみたいなバカンスで判明していいものなのだろうか?
ゲームで遊びな時間は終えるしかない。
ここからが、本番だったのだ。
ーーーー波打つ音が、彼らの空白に響く。
★
「さぁ……いよいよだな」
世界のどこかにある場所で彼女は笑う。
薄暗い揺りかごの中で空色のツインテールを揺らし、均衡の取れた肉体を一矢纏わず組み時を待つ。
怪鳥達が騙る、薄っぺらな復讐すら彼女は掲げない。
全ては、産まれたての欲を満たすため…………
「この私を…… 《大海の守り手エレン》を止められるかな?」
女は……エレンは、強敵たちを見据えて静かに笑った。
★
と、こちらも世界のどこかで。
「ーーーーほうほう、ふんふん? ほーう……ふふふっ……」
「どうしたシイカ。なにかいいことでもあったか?」
「ええとても。面白い事が……ふふふふふふ」
「そいつはいい。是非とも、話を聞かせて貰えないか?」
「勿論です、社長」
『彼ら』も動き出す。
陰謀の色は濃さを増し、電子の空を黒く染めていくのだ。