夏休み特別編〜電子の海にて会いましょう♪〜その4
「……なーに、やってるんだろーなぁー俺」
またしばらく時間は流れて。
ビーチバレーにも飽きた千里は、他のメンバーと入れ替わりで海に出た。せっかくだからと軽く泳いでみたが、意外とガクンと深くなるので早々に色々諦め浮くだけにした。見えない所はサンドボックス式に雑に組んででもいるのだろうか?
浮き輪をはめた海の上、千里はボーゼンと回想する。
…………結局チエカにははぐらかされっぱなしで、このエリアの実態について詳しい事は何もわかっていない。
いくら聞いても逃げられるため、ならばと試しに起動中のイベントを攻略してみたが。
その実態は……
ルイズの右腕装甲の守り・殺人鬼ジャックリーナ…………残り討伐数百万体
ルイズの左腕装甲の守り・海峡鬼カイニネウス…………残り討伐数百万体
ルイズの大車輪の守り・麗剣士デオーネ…………残り討伐数百万体
『ごめーん、ソシャゲあるあるだと思ってレイド要素実装しちゃった☆』
『しちゃった☆ じゃねーぞこんな少人数で百万単位の討伐レイドこなせるわけねーだろ!? てかそもそもカードゲームでこの手のレイド実装すんな駆け引きもクソも無くなるだろーがぁあああああああああああああ!!』
……と、ド畜生幼女元GMのせいでとても攻略できたものじゃないと判明したため先送りとなってしまった。
(……で、全部倒しても胴体を守る新キャラがラスボスとして立ちはだかる……と。良襖のヤツもひでー無理ゲー繰り出しやがって)
ぷかりぷかりと波間に浮きながらの回想。
あれでも、よそのゲームのレイドよりは随分と控えめの討伐数だ。が、カードゲームでコレをやってしまえば色々と終わってしまうのもまた事実。
一応コラボイベントなどで周回前提のイベントが出ることもあるが、己の限界に挑むだけの周回と奪い合い必至の擬似レイドでは話が違う。早い話が「親切な目立ちたがり屋」が掲示した最速で回れるルートをコピペし続けるだけのくだらない作業になってしまうのだ。死にすぎてる相性。ゲームの寿命が縮みかねない組み合わせと言えよう。
……結果、果報は寝て待てとばかりに遊んで回る事とあいなった。
幸いにも遊び道具に困ることはない。イベント中は休息も大事と、良襖がありったけの遊具や露天を配置したからだ。
現に仲間達はビーチバレーで楽しく遊んでるし……沖合へも一人、浮きを持って近寄る少女が居た。
どうにも古風な雰囲気の同級生、或葉。
「どうした千里よ浮かない顔をして……その格好なら似合っておるぞ」
「嬉しくねぇ……嬉しくねぇよ……はぁ……」
「うーむ……穏やかなのは好まないのかの?」
嘆いてみても現実は変わらず、一人俯き加減でぼやく。
辺りを見回す。
夏の日差しと空と海の青に囲まれた場所で、しかし心は曇り空。寂しさの正体はこれっぽっちも掴めない。
今回の特攻メンバーに、彼の友人の一人たる風間傍楽は居ない。現状ではマリスとの関係が切れてないからで、この特異点自体を教えていないのだ。
結果として千里はこの集団で唯一の男性となったのだが、彼の心情としては自分で手一杯であんまり嬉しがれない。
例え、至高の女性陣に囲まれていたとしても……
「ふむまぁ、無理してまでとは言わぬが。こういう時は楽しまなければ損というもの。気負い過ぎるのもよくないとだけ言っておこうかの」
「ん、ああ……ありがとな……」
言って、泳ぎさって行く級友の背を見送りつつも違和感は拭えない。
(てーか……これ恰好のせいでもあるよなたぶん。自分がとびっきりの女子な格好だから、混ざってもアリガタミがねーって言うか)
しみじみと涙目に。
彼が中学生や高校生なら、倒置した欲を滾らせたかもしれない……が、小学生の身分でそこまでの域に達するのはさすがに無理があるようだ。
というかもしそうだったら、本イベントのヒロインを前に正気で居られたかどうか……
《海辺の守り手ルイズ・ファムファタール/アクア》✝
ギア4マシン ラバーズサイバー POW 0 DEF20000
【進路妨害(相手は走行できず、マシンで攻撃する場合は【進路妨害】を持つマシンしか攻撃できない)】
【手札を二枚捨てる】手札のこのマシンを場に出し、カードを二枚ドローする。こうした場に出たこのマシンは、次のターン終了時まで【二回行動】を得る。
そこには、白く眩く輝く女神が居た。
『ああもう、よしなさいったら……そんなとこに打ったら水着ずれちゃう……っ』
「…………いや。アレで子供産んでるって無理あるだろ……」
白目で見据えるは今回のイベントのヒロインたるルイズ……その正体は良襖の母親なのだが、1メートルあるんじゃという胸囲と折れそうに見えないギリッギリを攻めたような腹囲の組み合わせを軸に、とても経産婦とは思えないスタイルを維持していた。
電子のアバターは本人の認識であり、招き入れられた魂そのもの。つまりあの容姿は、女子に見える千里の外見同様に100%現実と同じ自前のものなのだ。凄まじい。
他にも、彼女の同僚を含め相当なメンツが揃っているはずなのだが……
「……はぁ。ダメだ、ぜんぜん楽しめねー」
何かがおかしい。
どーにもピースが欠けているような違和感がある。
焦り、ともまた違う。
タギー社やチエカの謎を追う時でさえ感じたことの無い、奇妙な『急かし』が落ち着きを許さないような…………。
「……ま、もうちょい落ち着いたらどう?」
と、またも不意の声。
振り返ると、年に合わず黒基調の悪魔的な水着を着こなす同級生が居た。
「このまま何も起きなかったとして……決戦前のちょうど良い気晴らしだったと思えばいいんじゃない?」
「ん……そんなもんなのか?」
と、或葉と入れ替わりでやって来たのは良襖だった。
「ワリ……なーんか状況に着いてけなくてさ。……そこへ行くと、ずいぶんと楽しそーだなお前のカーチャンはよ」
「ええまあ。……いつもは遊びに行くにしても、あたしを気づかってだからね。あーやって自分のために遊ぶってのは珍しいのカモ」
「ふーん……俺にはわかんないな」
「? なんか意外……家族愛が足りないイメージないケド?」
「ああ。トーサンもカーチャンもちゃんと物心付く前に逝っちまってたみてーだし」
「…………ッ」
ーーーー地雷を踏んずけた。
そんな戦慄した表情で向き直るも、当の本人は涼しい顔をしていた。
「……ごめん。こないだお兄さんから全部きいたばかりなのに」
「いーんだよ、こっちの家庭の話だ。それにこんだけ立て続けに色々起こって、全部覚えとけってのも無理な話だ」
先駆千里は、言うほど人を責める性格じゃない。
いや、そういう性格に育ったと言うべきか。今の彼が人を責める時は、考慮を重ねてなお汚点が勝った時だけ。
「それにオマエの言う通りだよ。ブラコンなアニキのおかげで、今の俺には沢山の家族が居るみてーなもんだからよ。……ダイジョーブだよ、俺は」
「……そっか」
「…………」
「…………」
気まずい、沈黙。
そもそもこの事態は彼女に責任の多くがある。その上地雷原を裸足で歩き回ったとあっては罪の意識もあるだろう。
そして千里は……そうして心を病む良襖を見てられなかったりする。
この事態の源流は、彼も少なくない分量絡んでいる。
例え自意識のない頃の話といえど、その罪は彼にとっても軽くない。
だから。
だから、一歩を踏み込む。
「あのさ。良かったらだけど」
「ん?」
「この戦い……マリスとの戦い全部終わったら。またちょくちょく、オマエんち行っていいか?」
「来て……どうするってのよ」
「べつに。なにか、しなきゃってワケじゃないだろ」
「…………」
少し間を置いて。
背負いすぎた荷を少しでも受け取るように。
「特別なにかしなくてもいい。ただ……そんな時間があってもいいんじゃないか?」
「……かもね。母さんにも話してみる」
ーーーー思えば、彼女とは落ち着き払って話すなんて機会はほとんどなかった。
決戦間際の慌ただしさから開放された今だからこその会話。
「ありがとな、良襖」
「えっと……どういたしまして? あ、アレ? なんであたしが感謝されてんの?」
「ま、気にすんなっての」
これでいい。
誰かがどこかを肯定してやらなければ、この幼い魔王は罪悪感で潰れてしまうかもしれない。
そうならないためにも。
(それでいーんだよ良襖。オマエはジューブン苦しんだ後だ。これ以上は壊れちまう。……だから今は、自信満々でナルシスト気味な神童サマのままで居とけ)
あるいはこの時間は、彼らにとって必要な幕間だったのかもしれない……
そう思いかけた時。
「……ん?」
なにかを感じ取った。
「どしたの?」
「いや、どこかで悲鳴のような声が…………」
「「い、いやぁああああああああぁぁぁ!?」」
『『『グギャーーーーッギャッギャッグァ!!』』』
「「ッッッ!!!!」」
もはや出処を考えるまでもない。
声の主は、思わぬ襲撃の被害者。
そして、先程も来たキルハルピュイアだった……。