幹部たちとの再会。試練の業火へ挑め!!
「痛ってぇ……なぁ、全くよー」
見覚えがある場所に来た。
というか、千里は最初からここを目指していた。
和の領域、サムライスピリット。
千里が消化すべきミッションのひとつが、ここに埋まっていた。
「…………たく。要らん手間をかけさせおってからに」
遠くから声が響く。
古風な天守閣よりの声。呆れ顔で歩みでるのは、この領域の長たるAi‐tuba……老狐ホムラだ。
嫌々な感情の根元を千里はわかっていた。
「……ワリ、付き合わせちまってよ」
「全くじゃて。何が悲しくて茶葉の中で茶番をせねばならんのじゃ」
ポリポリと、前足で顔をかきながら、化け狐は少年を睨める。
ホムラの言うことも間違いではない。馬鹿馬鹿しいと思うのも無理はないだろう。
だとしても千里は願い出る。
「それでも頼む」
「わかっておるな? 省ける手間じゃぞ」
「だろーな、でも俺にとっては必要なんだ」
間髪入れぬ返しが示す熱意。
彼がどんな道を選んだのかは、わかりやすく示されていた。
焔の試練。
ホムラは倍の距離を走るハンデを負うが、挑戦者はホムラの三つの必殺技を受けきらなければゴールできない。
必殺技は一ターンに一度。更に必ずプレイヤーの先行で始まる。
よって最強の必殺撃は最後のターンに飛んでくる。
もっとも、そこさえ覆すほどの斥力がこのゲームにはあるのだが。
(やろうと思えば、先行前提のデッキで戦うこともできる訳だが……)
と思って打ち消す。ハンデが倍もある時点でただ早く走る事に意味は無い。ゴール前に着いてからが本番だろう。
千里は自覚している。
このバトルは、ラスボスたるマリスを打つべく七枚の鍵を集める戦いではない。
そんな思考を引っ張るように声が届く。
「こっちじゃ付いてこい。なるべく時間はかけとうない」
「……っと。乱暴な運搬よのぉ」
一方の或葉は、マリスの攻撃によって化学の領域に飛ばされていた。
サイサンクチュアリ。ついこの間、彼女が我を失った戦場だ。
「全く。結局ここに来る羽目になったか」
こちらも呆れ顔の敵兵士。
ビルの一角の屋上から見下ろすのは、ホムラと同じAi‐tubrの一角。
白衣を着込んだ少年、アルジだ。
「忠告はしておいたからな。マリスに攻撃を仕掛けた以上、俺はお前の敵になる」
その言葉には、確かな敵意があった。
冷めた視線に導かれるように、或葉の付近に人影が立ち上がる。
それこそが、此度の試練で守るべきもの。
守護の試練。
ゲーム開始直後から置かれる、特定のマシンカードを守りきることがクリア条件の試練だ。
あらゆる攻撃や除去を凌がなければならないのはもちろん、三枚しかないマシンゾーンの一角を塞がれるのも非常に厄介な点だ。
そこに輪をかけて、件のマシンカードはそのものにとってもっとも守りたいものに形を変える。
《ヒロイン・スタチュー》✝
ギア1マシン サイサンクチュアリ POW 0 DEF30000
【守護の試練はこのカードを設置した状態で開始する。このマシンがフィールドを離れた場合、試練は失格となる】
「…………ふふ」
「?」
そんな障害を前に、何故か或葉は笑う。当然アルジも怪訝におもうが…………
「ははは……なに、気にすることはない。少し想定内過ぎただけよの」
「? お前は何を言っている?」
「これでいいと言っておる。全ては計算通りというわけよの」
「何を言っているのかわからんが、そんなこと言ってられるのも今の内だと思うぞ?」
人影が、よりはっきりとした姿で凝固する。
金髪を靡かせ、溌剌とした立ち姿を見せるのは。
『…………ヤーヤー、ミナサマ、…………』
このゲームを象徴する看板娘。
「チエカ殿……やはりか」
「守り切って見せろ。お前にとってもっとも大切な偶像を」
こちらの戦場も千里と同じ。
戦う理由は、型通りの攻防戦のそれではない。
「く…………ハァッハッハッハハッハッハッハッハ……ハァ……」
そしてメインの戦場、スカーレットローズ。
或葉に切り捨てられかけた仮面の男が、傷つきながらもなお笑っていた。
「痛っつつ……何を勘違いしているやら……俺さんに勝てると、いやそもそも戦いになると思うな」
攻め手を削がれながらも、仮面の男、マリスは健在だった。
「お前たちと戦うのも、倒すのは俺じゃない。合計五人の手勢ではたき落としてやる。……まあ万が一、全員を倒して見せたなら」
天敵を退け、仮面の裏で嘲笑う。
その手のひらには、最後の最後まで取っておく切り札が転がされていた。
それを使うつもりは無いが。
「俺さんが直々に相手してやってもいいけどな? そう簡単にさせはしないさ……シイカ」
『はっ』
「ボチボチ反撃の時だ。やられっぱなしでいるんじゃないぞ?」
『承知しました、マリス様……しかしお言葉ですが、少々一人言が過ぎるのでは?』
『心配するな。自分に言って《・》だけだ』
通信にて指令を送る。
敵対者を踏み潰す、凶悪な一手だ。
直後、戦場に異変が起こる。
『なんだ……? シイカが復活したぞぉ!!』
『な、なんだってぇ!? あとはビギナーの始末だけだと思ってたのに!?』
『さっきので一掃したはずじゃないのか!?』
「来たか」
慌てふためく群衆に反し、戦場にて身構えるのは詩葉だ。隣り合う戦友に観察を求める。
「慌てずよく確認してくれ、ぼちぼち本体が来てるはずだ。ヘルメットの代わりに鍵をぶら下げた個体がな」
「はァ!? いったい何言って……」
「そいつが司令塔で本体だ。そいつを叩けばシイカに関わる全てが終わる!!」
鍵の名はステアリングキー。偽物でも複製品でもない本物の証。
本来のシイカの領域、マギアサークリットを飛び出したここで。
疑似的ながら魔女による試練も始まろうとしていた。
探査の試練。
広大なゲームエリアからAi‐tuba・シイカの姿を見つけ出し、あらゆる意味で撃破する事。
しかし無限の分裂体に紛れて行動する本体を拘束するのは至難を極める。砂漠に落としたガラス片を見つけ出すようなものなのだ。
ゆえにどんな些細な異変も見逃せない。細かな気付きの積み重ねこそがこの試練を突破するための鍵と言える。
(冷静になれ)
気休めにしろ、魂の呼吸を整え落ち着かせる。
(シイカの本体は必ず来ている。山のような撃破データと直結した肉体がタダで済むはずがない。チエカの本体がそうしているように、分裂元がこっちに来てないと耐えられるわけないんだ)
普通の人間がチエカになれるわけが無い。
御旗チエカが今までああもバケモノじみた立ち回りができたのは、生身の肉体というリミッターが無かったからだ。
なにせ人体は死んだと思ったら死ぬ。目を隠し、体を伝う水道水を血液と勘違いさせ、一切血を流さない失血性ショック死に追い込む拷問があったくらいだ。自身の魂のコピーが数千体規模で爆死する以上、それに耐えるべく肉体を切り離すのは自然と言える。
それを理解せず……あるいは理解した上で無理やり運用したということは。
「わかっちゃいたが……やっぱタギー社にまともな運営する気ないのな」
「……? なんのことだい?」
「なんでもない。とにかくシイカだ。外見の特徴がある個体もちろん、『被弾してないのに苦しんでる』個体も探せ。そいつは本体の可能性が高い」
「??? よくわからないが了解した……」
指示は緻密。そして細かな考察は勝利に貢献する。
鋭く読み解け。
(敵にとって、現状維持を続けるのは不可能。なら今のまま満足するわけがない。ここから次の段階に進むはず……それが何か)
ただのバージョンアップ以上のナニカ。
マリスの狙い、その真実。
(それを突き止めて……阻止すればオレたちの勝ちだ。オレがやるんだ。ゲームの実力では劣っても、オツムの皺の数じゃあ負けないってとこを見せてやる。オレがこの手で謎を解く!!)
静かな決意を燃やして挑む。
何の役にも立たないと思いこんでいた「その辺の大人」が、いまや世界を変える戦いの指揮官として立ち向かっていた。
「マリスは本気ぞ?」
土埃舞うサーキットの上で、千里を睨みながらホムラは吐き捨てる。
「そしてイレギュラーを許さない。どう足掻いても勝ちの目が出ないくらいの準備は既に整えてあるじゃろう」
「かもな……それでなんだって?」
「何故、わざわざ勝率を下げる?」
「……この戦いで消耗するだけ無駄って言いてぇのか」
本来、ここで馬鹿正直にホムラと戦う必要はない。
なにせ彼とは和解済みなのだ。直接渡してもらってもいいし、何らかのロックがかかっていたとしてもガイルロード・ジューダスの力で無理やりもぎ取ることもできる。
だが。
「それでも上がるさ勝率は。そのための戦いなんだ。イチバン困難な道だから見えるものがあるって思うんだ」
「ほう?」
「シンプルに限界を超えたいってのもある。だがよ……アンタはマリスの父親なんだろ? そのアンタと『今』全力でぶつかることで、マリスの事もある程度わかるんじゃねーかなって思うんだ」
「…………」
「きっとそれでもわからないことはあると思う。大人の都合を全部理解できるコドモ様だなんて言うつもりはねーよ、だがよ」
千里は手を抜かない。
手を抜いた結果どうなるかを、できることを省いたらどうなるかを彼はよく知っている。
「どうせわからんからほっとけ、ってのは違うと思うんだよなぁ。やるだけやらねーで大事なモンを見落として、それでめでたしめでたしじゃあねーだろうに!! 俺は入れ込むぜ。余計な御節介だろーと、手に入るだけ手に入れてからあいつをぶっ潰す!!!」
「お前」
言葉が、肝心な事から目を逸らしたせいで静かな悲劇の波を産むところだったホムラに突き刺さる。
理解の中断が惨事を招く。
それはホムラもわかっているはずの事だ。
だから千里は理解を求める。
「だからだ。殺す気で来いホムラ!! それがこの戦局に一番必要だと俺は思う!! オマエはどーだ!!!」
しばし、押されたホムラだったが。
考えて。
考えて。
考えて。
考えた末に。
「一理ある、か」
理解を示す。
戦闘の姿勢を整える。
「よかろう。その提案に乗ってみようじゃあないか。だが……後悔はするな千里よ? 試練の与え手の字名は伊達ではないぞ」
「わーってる」
「お主が負けたら冗談抜きに魂を喰らうぞ」
「おーよ。そんくらいじゃないと緊張感出ねぇからな?」
千里が得うるのは単なる経験値。
対して失いうるのは、文字通り魂そのもの。
そんな状況で千里は笑う。
己を前に、状況を打開に押し上げるための行動と信じて笑いきる。
そんな姿をブレなく認識し、千里とホムラは同時に思った。
((ーーーーーーずいぶん、イカれた育ち方をしたもんだ))
千里の成長こそが、兄たる先駆借夏やそこから生じたチエカ達の願いだったはずだ。
そんな彼らが今の千里を見たらどう思うか、ろくな想像はできない。
それを自覚した上で彼は止まらない。
止まったら終わりだと知っているから止まらない。
「さあ覚悟はいいな!! 電子の合言葉を叫べ!!」
「あたぼうよ! 何時でも来い!!」
サーキットに、信号機代わりの鬼火が降りる。
鼓動が高鳴る。
魂が熱を帯びる。
そして。
そして……。
「疾走に情熱をーーーー」
「Passion forsprinting!!」
信号が青に変わる。
過激な速度で走り出す。
魂に火を配ろ。
状況を切り開く刃、最後の焼入れの始まりだ。
episode count 6→5