クリスマス特別編・平和なる希望の鐘の音。
これはもしもの可能性の話。
「きたきた来たァ! やっぱソシャゲって言ったら季節イベだよなー!」
「うむ。しかも拙者の推しのチエカ殿も季節版で配布ときた。これは心踊らずにはいられんのぉ」
「だが代わりに人気が出たルイズと、ついでとばかりにヨルノカミがパック行きだろう? 上手くできてるよ全く」
「これで正月パックも出るってんだろ? こりゃ目が離せないぜ!」
ある勇者と姉妹が、新たなる物語を前に心ときめかせるような日々。
あたり前の日々の一幕、ありうる未来の可能性の話である。
「な、なによこれぇえぇぇえええええええええ!?」
「いーでしょ? クリスマス特製、サンタ衣装よん♪」
叫喚が響く今宵は聖夜。
多くのソーシャルゲームがクリスマスならではのイベントを開催する中、ここカードレース・スタンピードの世界にもから騒ぎの波が来たのだが.......
「そ、そうじゃなくて!! この露出度!! ほとんどバスタオル巻いたみたいなものじゃない!?」
.......その結果、楽屋裏にて涙目で抗議する者が出ていた。
《聖夜の運び手ルイズ・ファムファタル-サンタ-》✝
ギア4マシン ステアリング/ラバーズサイバー POW 0 DEF20000
【登場時】場の露出したマシン全てのPOWとDEFの数値を入れ替えてもよい。そうしたなら自分の山札を、入れ替えた回数分めくり、表返して対象のマシン全ての下に一枚づつ重ねる。この効果を使ったこのカードはこのターン走行できない。
【進路妨害】【二回行動】
この通り、我らがゲームマスター鳥文良襖の腕前はいつも通り見事だった.......実の母に、風呂上がりじみたサンタ衣装を着せたこと以外は。
だが当の実行犯は悪びれもせず、不要な装飾ばかり集めて肝心な所があまり隠れてない実母に言ってのける。
「だってしょーがないでしょぉかーさん? このゲームもたくさんのトラブルがあって信用ガタ落ちなんだから。ドル箱ヒロインだったチエカも飽きられて来たし.......
そこに来て、起死回生のポテンシャルを秘めた逸材が身内に居るってなったらねぇ? そら使い倒すっての。こーなりゃ親のスネだって噛み付いてやるわ」
「そ、そんなぁ.......」
さめざめと泣き出す良襖の母ことルイズの頭脳体。三十年に迫る人生と傷んだ白髪を引き摺ってもなお、その気品ある美貌とあどけない可愛らしさに陰りはなかった。
このキャラクター性を引き出したのは「ある戦場」でのこと。
美少女とさえ見まごう愛らしい美女がビキニアーマー級に際どい格好で彷徨いてる事がSNSでしれっと話題に。それが公式カード 《巨影への転身》のイラストにて 《豪鬼の狩り手ルイズ》に化けていると=ルイズの中の人だとわかると、鉄巨人としてのルイズとのギャップにやられた紳士が続出。
ルイズはとにかく顔が良い。そして比較的、チエカよりもちゃんと恥じらってくれる。
結果、同決戦で己の物語全てを燃やし尽くした看板ヒロイン、チエカを喰う勢いで人気が爆発。GMにして魔王として君臨する良襖こと、ヨルノカミの母というキャラ付け(まあ事実だが)も相まって属性盛り盛りな彼女は世界中の男性プレイヤーのハートを射抜いた。.......ある意味、擬人化に似た味わいもあったのかもしれない。
というわけで。
「ってことだから、今度のイベントはよろしくねルイズ・ファムファタルサンタ....いや長いわ。略してルイズタンとかでいいか」
「る、ルイズたん!? わたしこの歳でたん付けで呼ばれちゃうの?」
「さぁってね? それはプレイヤー次第かなぁ。じゃーあたしはイベント開催の準備があるからよろしくねー」
「う、うわぁぁぁん.......」
崩れ落ちる涙目年増サンタをスルーして、ぴちゅーんとエフェクトを残し現実に復帰してしまう幼女魔王。
むき出しの肩を過剰包装の手袋で抱いてうずくまる中、入れ替わるように非の打ち所の無い少女が部屋に入ってきた。
「やーやーどもどもー? 元気してますー?」
「しくしく...はぇ.......?」
「アハハ...ちょっと気になって、来ちゃいました♪」
そこに居たのは、ルイズ同様聖夜らしい装いの少女。
サンタ帽よろしくツリーのようなとんがり帽子を被り、プレゼントボックス柄のトップスを軸に雪を模したケープやスカートで仕上げた.......これから全プレイヤーに配布される予定のヒロイン。
《聖夜の彩り手チエカ-ウィンターツリー・コーデ-》✝
ギア4マシン ステアリング/スカーレットローズ POW14000 DEF11000
【登場時】お互いにカードを二枚引いてもよい。そうしたら、このターンを終了する。
【場札二枚を疲労/自分のターン】このマシンを破壊する。
【このマシンの破壊時/手札を一枚捨てる】捨て札になったこのマシンをセンターに重ねて置く。
「あなたは.......」
「恥ずかしながら帰ってきました! 御旗チエカ、クリスマスバージョンです...えへへ」
先程、旬を過ぎたと言われてしまった金髪碧眼の看板娘、御旗チエカがそこに立っていた。
◆
「いやはや、まさか素顔のアナタがここまで人気者になるとはびっくり仰天ですよ!! なんせいつもは鎧兜の中でオラついてましたからねー♪」
「わたしだってびっくりしたわ。こんなふうに、ありのままの今がみんなに好かれる日が来るなんて…」
「言うてきっかけさえあればなんだってバスりますからねー今。いやもちろん本人にその素質があればこそですけど、その点ルイズさんはパーフェクト!! 外見的な若さの奥から覗く、人生を重ねたからこその恥じらいがなんとも....」
「あ、ははは.......」
褒めちぎりに押されてしまう。チエカを人気者たしらめるトークスキルは健在のようだ。
電子の楽屋裏で二人は語り合う。双方同じ階級の幹部格だったが、二人きりで話す事は意外にもこれが初めてだった。ルイズが男勝りキャラを作って人を寄せないようにしていたのも、チエカが常に表舞台に居たのも要因だろう。
故にか、ルイズも少し考えてしまう。
(こんなに明るく振舞ってるけど……大丈夫かしら、この子?)
ーーーー御旗チエカは、現実世界に出られない。
厳密に言えば一応出られるが、それは『男性である先駆借夏の別人格』という本来の在り方に戻ればこそだ。御旗チエカとしての実体など存在せず、故に彼女が真に自在に動き回れるのはこの世界だけなのだ。
だからこそ、不安になる。
「....だから今回限りだけじゃなくて....どしましたルイズさん?」
「え? ああ……ちょっとね。こんなことになって、よかったのかしらって思って」
「はい?」
「わたしなんかが、看板娘.......て言うのもおこがましいけど、その役割を奪うような形になっていいのかな、って思っちゃって」
「.......あー、たしかに、良襖サンはそういうつもりカモですねー。ですがそれでいいのでは? ワタシもいい加減使い古し感が否めませんし」
あっさりしみじみと浸る少女に、託されかけてるアラサー美女はあわてて詰め寄る。
「かもですねー、って! そんな軽く流しちゃって大丈夫なの!? だってあなたにとって、この世界は全てなんじゃ.......」
「大丈夫ですよ。ていうか、そのへんは気にしてないんです」
にっこりと。胸に手を当て想いに耽るチエカは、同性のルイズから見てもぐっと来る魅力に満ちていた。
それでもなお、どこかしら底が見えたら人が離れるのがこの業界なのか。
「ワタシはもう、じゅーぶんに愛情を貰ったんで。たくさんの人々にちやほやされて、カードとして使われて、アバターとして対戦した。
ワタシちゃんと満たされました。だから今度は、このゲームが満たされる番です」
「それでも.......」
だとしても、とルイズは不安に思う。
彼女の物語は完結している。そしてこと創作において、物語を終えた者の末路は凄惨な物か忘却されるかの二択だろう。
彼女は、先駆借夏の創作活動そのものから産まれたような存在。
今回は別バージョンが出たとはいえ、落ち目の彼女はいずれ忘却の道に向かうだろう。
そうなれば、現実に生きるルイズと異なり真の孤独が待っている。
それが怖いのだ。
それでも。
「……おやおやルイズさん? ワタシのコト勘違いしてるんじゃありませんか?」
「え?」
電子の少女は、あくまでも明るく話す。
「たしかに、今のワタシにとってこの世界はほとんど全てです。ムリして現実に出てもワタシとしての自由は無く、今のところこの世界以外での生き方をキチンと理解してるワケでもありません」
「だったら……」
「それで、なんで諦める必要があるんです?」
ニッと笑って返す。
「ワタシをどういう存在か忘れてません? ただ無限に増えるだけじゃありません。ただムードメーカーなだけでもありません。沢山のワタシが、頭を突き合わせながら笑って突き進むんですよ? ワタシを一個人の物差しで測って貰っちゃあ困ります♪」
「え……」
まともな反応を返す前に、ガチャリと部屋の扉が開く。
そこから。
「やーやークリスマスのワタシ‼ 借夏サンから、この世界を作った時の日記をお借りしてきましたよー‼」
「来ましたかノーマルのワタシ。これで独り立ちのヒントが得られそうですねぇ♪」
《勝利の導き手チエカ》✝
ギア4マシン ステアリング
【デミ・ゲストカード】【このマシンがバトルに勝利した時】このマシンをセンターに移動できる。
【このマシンの破壊時/センターに置かれたカード二枚を取り除く】破壊されたこのマシンをセンターに呼び出す。
【二回行動】
「ちょ……!?」
いきなり別の装い……基本の姿のチエカが乱入してきた。
更に……ガチャリ。
「やーやーノーマルのワタシにクリスマスのワタシ‼」
「「待ってましたよワタシのブロンズコーデ‼」」
「いやーやっぱりこのアバターだと、ノーマルのワタシより権限が強いようです。おかげでこんなものが出来ましたっ‼」
言ってズン……と木製の小舟のようなものを部屋のど真ん中に出現させるのは、青銅と純銅で彩られた……かつて、先駆借夏が使っていた豪華版のチエカだ。
《最速疾駆チエカ・ブロンズコーデ》✝Cheek_Copper wire……
ギア5マシン スカーレットローズ POW30000 DEF 0
◆【デミ・ゲストカード】◆手札のこのマシンを、自分の 【デミ・ゲストカード】一枚の上に重ねて呼び出してもよい。
◆【同名含め一ターンに一度/このマシンのセンターとのバトルの勝利時】自分のマシンゾーンに存在するマシンのギアの合計分、走行する。
◆【XXXXXXXX】XXXXXXXXXXXXXXXX。
◆【XXXXXXX】XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX。
異なる衣装のチエカ達は、先の宣言通り頭を突き合わせながら。
「一人用のボートですかぁ? こんなものじゃあ電子の海は漕ぎきれませんよ?」
「いえいえただのボートじゃありません。ワタシの魂のコピーだけを素材とした、純度100%の独立した小世界です♪♪」
「そ、それってこの世界の作り方と同じでは!? てことは借夏サンの日記を参考に規模を拡大していけば……」
「「「ワタシ達全員を運ぶ、ノアの方舟的なのだって作れるかも‼」」」
一斉に声を上げ、諸手を挙げて喜ぶ面々。
「……ああ」
そうだ、彼女とはそういう存在だった。
魂を培養する『チエカシステム』を運用し、自身の分身体を無数に作り出し、その思考を同期させながら自己を改善していく。
今まではスタンピードの運営にばかり注力されていたが……それは本来、一介のゲームの中で収まるような器ではない。
今も目に見えない所で、無数とでも言うべき数のチエカとリンクして未来の演算でもやっているに違いない。
肉体の枷に縛られる故に限界があるルイズ達とは違い……彼女達は『新しい種族』とでも呼ぶべき凄まじい電子生命体の群れだったのだ。
そんな彼女を、ヒトの物差しで測れるものか。
おこがましかった。
「……ああ。そういうワケなんで、見ての通りワタシ達はダイジョーブなんです。ここに居場所がなくなったとしても、その時はその時‼ だったら自分で自分の居場所を作るまでですよ♪♪」
「ははは……見る限りそうみたいね?」
気遣いなど無粋。
たとえコンテンツとして消えても、命あるものとして残り続けるのが彼女だ。
正真正銘、陽気に突き進む電子の怪物。
どれだけベールを暴かれても、その本質が揺らぐことはないのだから。
ならば、心配する方が失礼か。
「なら安心ね。わたしも全力で目立つように言われちゃってるから。気にしないで頑張っちゃうんだから」
「へっへーん。どーぞどーぞ。ただ、あんまし甘く見ない方が良いですよ? 準備こそしますが、それはそれとしてまだまだこの世界で出張るつもりですので」
ニッといい顔で笑い合う。
やはり彼女らとは、Ai‐tubrとは、競い合い高めあってこその存在なのだ…………
……と。
そんなところへ。
「……あはぁああああああああぁぁぁ、やっぱこれ着なきゃかぁ……いや着なきゃなんだ、うん……」
「「???」」
物凄く鬱な誰かがログインしてきた。
その姿は茶色っぽくて角が生えてて、真っ赤なお鼻のってちょっと待て。
「トナカイさん……のコスプレ?」
「って良襖!? その格好は……」
「ああ二人……? とも……『準備』完了ってヤツよぉ」
陰鬱な表情で入って来たのは……
《聖夜の走り手ヨルノ・カミ》✝
ギア4マシン ヘルディメンション/ステアリング POW15000 DEF15000
【手札からの登場時】自分の場のマシン一枚を破壊する。その後山札から、破壊したマシンと同じギアを持つステアリングまたはヘルディメンションのマシンを、一枚選んで手札に加えても良い。そうしたら、相手も同じ条件で山札から手札に加える事ができる。この効果を使ったターン、このマシンはマシンに攻撃できない。
【ターン終了時/このマシンを、自分の場のギア1、2 、3のカードと共に破壊】このゲームの経過ターン数を0にする。その後、山札からカード名に 《聖夜の》とあるカード一枚を手札に加える。
ボディスーツにトナカイのパーツを合わせたみたいな、小っ恥ずかしい魔王の姿だった……
「ってなにそれええええええええええええ!?」
「あ? あーこれ、今回めでたくパックで回るヨルノカミ……つまりGMのあたし自身のカードの衣装。
……しょうがないでしょ、イチバンやらかしたあたしが体張らないでどうすんのって話だしさ……」
「いやいや‼ だってこれ……バージョン違いとかじゃなく基本バージョン扱いじゃない」
「いいのよもう……こんなあたしなんて万年見せ物がいい所よぉ……」
「もぉぉおおおおおおちょっとぉぉおおおおおお!?」
意外と自戒の念に駆られていた幼い魔王に、自分の格好すら忘れて本気で心配する母親。
そうして母娘は、空気を読んで一歩下がったチエカ一同を意識から外し二人の会話に熱中していく。
(コレはまた……年末年始も楽しく賑やかになりそうですね♪♪)
愛しい親子のやり取りを見つめつつ、チエカ達が脳裏に浮かばせるのは正月用の特別お年玉パックの事。
彼女はあちらでも新たな姿を見せる予定であり、今度はちゃんとパックで回る予定だ。
供給は絶え間なく。たとえ己の物語が燃え尽きても、プレイヤーと紡ぐ新たな物語は尽きない。
それは目の前の二人にだって、きっと当てはまる。
この世界、カードレーススタンピードが続く限り。
「ーーと、とりあえず布面積増やさないと! こんなトナカイの飾りにボディスーツみたいなのマズイからっ‼」
「へーきへーき、世の中には水着みたいなサンタだって居るんだもの……」
「せ、せめてケープとかマントとか羽織りなさい‼ わたしも羽織るからっ‼」
「いや自分が羽織りたいだけじゃないのソレ……?」
(まだまだ……お世話になりますよ、ミナサマ♪♪)
彼女らという幻想は、決して消える事はないのだ。