ステアリングキーに関わる手記。そして戦局は核心へ。
ステアリングキー。
七本揃える事で、ゲームの創造主たるあたし、鳥文良襖さえ越える特権を使えるという願い玉のような鍵。
材料はわたし自身の魂データとの事。その存在は過小に偽装され、ただの共通アクセサリーとしてAi‐tubr達に配布……日々の会議の中でひっそりとその効力を発揮していた。
用途は大きくわけて二つ。
ひとつは七本中四本以上の同意を得ることで、ゲーム中に新たなオブジェクト、記述を追加する事。
っと言ってもゲームの根幹に関わることはできず、あらかじめ決められたルールに従うアップデートに留まるらしい。新たなカードの作成、ナーフ、ちゃちな模様替えくらいはこれでできる。
もうひとつは全会一致……七本全ての鍵を意志を揃えて使う事で、一時的にゲームのあらゆる要素を操る事ができる、らしい。
破壊に創造、生殺与奪も思うがまま。まさしく神のような特権だけど.......恐ろしい事に、全盛期のあたしはこれに似た力を持っていたらしい。タギーに記憶の大部分を奪われたあたしだけど、当時の記憶が戻ったらと思うと少し怖く思う。
あたしの魂に、どうしてこれだけの力があるのかは誰も知らない。
記憶を失う前のあたしも、タギー社の人員も知らなかったらしい。あるいはあたしの魂を切り分け、七本の鍵に変えた先駆借夏なら知っているかもしれないけど.......今彼はゲームのボス、チエカ・ブロンズコーデとなって敵対している。その彼も、魂に制約装置を仕込まれ自由に動けない。
真相を聞き出すには、やはり手綱を握るマリスを撃破するしかない。
現在、ステアリングキーはこちらに五本ある。
残りは敵対する御旗チエカのオリジナルとマリスの秘書シイカが一本ずつ持っている。とはいえオリジナルチエカは上位種たるブロンズコーデに守られ、シイカは無尽蔵に湧き出る分身に紛れて逃げ回る。どちらの鍵の回収も一筋縄では行かないだろう。
この二人を撃破して、揃えた鍵を使って終わりならいいけれど.......マリスがそれで終わるとは思えない。
彼が主導権を握ってから時間がありすぎた。最悪の場合、この世界を「外から」塗りつぶされる覚悟も決めなければならないかもしれない。
それでも、七本のキーが揃う事で打てる手があるはずだ。それがこの世界のリソース全てを仕える権限なら、思う全てを成し遂げられるはずだ。
この世界は負けない。
あたしが創った 《カードレース・スタンピード》は負けたりなんてしない。
人のエントランスを土足で踏み荒らすような奴には、ぜったいに。
戦いはこれからだ。
全ては彼らにかかっている。
丁場姉妹と、もう一人。
全てを揃え、かつ間違えたあたしを正し、そして約束した..............
「千里.......!!」
再び時系列は現在へ。
マリス率いるタギー社との最終決戦の真っ只中。世界を創った魔王は先駆千里に想いを馳せる。
彼方で消し飛ばされた勇姿は、しかし狙い通りの場所へ転移したはずだ。
マリスの迎撃作に敢えて乗る。
それこそが、我らが千里の作戦なのだから。
しかし気になる事がひとつ。
「ていうか。なんでいるの母さん?」
「っ。小声でもやめなさい良襖。誰かに聞かれたら事よ」
「そう? さすがにネットで本名呼ぶよりはマシだと思うケド?」
「.......あ」
そう言われて固まるのは、良襖の母にしてAi‐tubrの一柱 《豪鬼の狩り手ルイズ》だ。
彼女がこちらで活動する際は、カードイラストにもなっている鉄巨人の内部に格納されていたはずだ。
だが今は違う。鉄巨人のパーツをあしらったような、ビキニアーマーもどきの搭乗用装甲そのままの姿で出てきている。背中こそマントで隠れているが、誰にも負けないであろう胸囲も経産婦とは思えないくびれも、本人以外誰も不安を覚えない太ももだって惜しみなく晒していた。
はっきり言って健全なアバターの服装としてはよろしくない。拘束範囲を減らしつつ、鎧の外に投げ出された際の最低限の装備だけをつけたのがこれだ。.......まあそれはそれとして、デザインにも力を入れたのだけれど。
良襖は頭を抱えながら。
「てかさ。これまで誰にも見せてないから、その格好でもルイズだとバレない.......なんて思ってるかもだけど違うからね? そのデザイン 《巨影への転身》で思いっきり使ってるからね? バレバレだからね思いっきり」
「あ.......ああーー、」
「そもそもそのスーツ自体思いっきりルイズのデザイン入ってるし。ちなみに聞くけど、専用の偽名とか用意してる?」
「あーあー、母さんキコエナーイ」
「もう自分から母さんって言っちゃってるし.......はぁ」
ルイズがうずくまってさめざめと泣き始めたので、追求をやめて戦局に頭を移す。なんだかんだ言っても、いざと言う時の巨大盾と化すべくそばに居てくれるのは心強い。
(ま。そこまで気にする程でもないカモだけど)
現在、旗色は我らがベテラン勢が優勢だ。数で勝るビギナー勢だが、その練度はかなり低い。
所詮は生え抜きの戦団だ。無限に湧き出る戦力、シイカの分身に引率されなければ戸惑うばかりなのだ。
分身の大半は、千里の先制攻撃が焼き払った。良襖達の役目はこのまま進軍し、マリスにとっての重要拠点と思しきステアリングタワーを破壊する事。
ちらりと最前線を見やる。
指揮を執るのは丁場姉妹の片割れ、丁場詩葉の男性型アバターだ。彼女の妹の或葉もまた、マリスの元へと向かったはずだが.......
ーーーーバキュンッ!!
「.......っ」
彼方で甲高い音が響く。彼女もまた、千里同様に別の戦場に飛ばされたようだ。
これでいい。
全ての準備は整った。
「後は、三つそれぞれの戦場で勝てば.......ま、そこまで上手く行く物でもないだろうけど」
「あのー、ヒトリゴト呟いてる所ちょっといい?」
と、ルイズが問うてくる。どうにも困惑気味で、Ai‐tubrとして作ったキャラではなく母親そのままの口調で問う。
「勝てば済む.......みたいな感じに考えてそうだけど、大丈夫? なんだかみんな動きが悪いように見えるけど.......」
「? 前線の方は押せ押せムードで大丈夫に見えるケド.......ああ」
すぐに不安の理由がわかった。
「その格好のせいじゃないの? 娘のあたしから見てもやらしすぎるもん」
「え.......その、え?」
「だから、はっきり言ってその姿はエロエロなのよ。乳がこぼれそうだわお尻が際どいわでもう大変よ? 後で修正するつもりだったのに、カードイラストに使われたもんだから変えられなくてさ.......アレ? もしもし聞いてる?」
「え...ぇぇええええええええええええええええ!!?」
「いや自覚なかったんかい」
慌てて身をよじり体を隠そうとするも、そもそも緊急装備と鎧を動かす接続部品だけで組まれたアーマーには羞恥を隠す機能はない。無駄な足掻きと彼女に目を奪われ足を止めるプレイヤーから目を逸らし、彼女は自分にできる事をやる。
戦局の管理は詩葉に、自身の護衛はルイズに任せていればいい。
ならば、ゲームの創造主たる彼女のやるべき事は。
「補給管理.......戦場に必要なものを供給しないとね?」
複数のウィンドウを開き、新たなカードの作成を始める。
既に手元には五本のステアリングキーがある。理屈上はどんなカードでも作ることができるはずだ。
「味方の助けになり、かつ敵に狙われない程度のカードは.......と」
戦場の喧騒の中で思考し、少しづつ結晶を成す。
ひとりでやろうとするな。
そうやって失敗した。
派手な手ではなく、穴を塞ぐようなイメージを持て。
「それじゃぁ.......こういうのはどうかしら?」
ライブのセッションのように、即興でカードを作り上げていく。
魔王、鳥文良襖。
マリスに魂を半分に割かれ、記憶の片割れを失ってもなお、その才覚には一切の陰りは無い。
そして、別の領域にて。
「.......う、痛ってぇなぁ.......?」
まさに今、先駆千里が、己の戦場で目覚める所だった。
物語が、再び始まる。