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カードレース・スタンピード!!  作者: 能登川メイ
episode11 最終決戦の始まり。千里vs???!!
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最終決戦前夜。千里の決意、兄と『姉』の覚悟!!

「まったくよ……ほんっとに、アニキとチエカは、一心同体なんだな……」


『正確には、二心同体かな? まあココロザシは同じだから間違ってないし、電子の世界では二心二体にもなれる。そしてこっちの世界では……』


コホン、と咳払いひとつ。


兄の声から、姉の声に容易く切り変わる。


『こーして、ワタシの人格と借夏サンの人格を入れ替えながらお喋りできるってワケです♪ 女の子の声も元から肉声で出せてましたからね?』


「……そこまでやれるまでの努力を。労力を注いだってのか」


『コホン……そうだ』またすぐに戻し。『だがまあ、ホントはこんな事に使うチカラじゃなかったんだがな」


「だろーよ」


千里も、その辺の事情の察しはついていた。どうせ何かしら首輪的なものでもついてるのだろうと思っていたが……


「アニキの状況はだいたいわかってる。ナニカサレタせいで自由に動けないっていうかーー」


『そうだな。確かに僕たちは自由には動けない。僕らの霊体(アバター)には、マリスがリモコンを持ってる制約装置(ギアス)が埋まってるからだ。

奴がその気になれば、いつでも僕たちの命を吹き飛ばせるという算段だ。家に帰って来なかったのは正解だったな』


「ぶ!? ゲホガッ……オオゴトじゃねぇかそれ!?」


兄の状況は千里の想像を超えていた。


そんな爆弾を抱えながら、千里との日常を過ごしていたのか……?


『まあアイツもやる時はとことんやるからね。何か逆らおうとしたら、無線で大量のジャンクデータを注入して魂を破裂させる仕組みだ。最近はチエカシステムの電子的な解析が終わって、殺傷能力が上がったと喜んでたよ』


「……そこまで、そうなるまで入り込まなきゃなきゃいけなかったのかよ」


兄の口調は気安いが、内容は笑って済ませられるレベルではない。


彼らも、彼ら以外もタダで済むとは思えない。このルートが最善だと、千里にはどうしても思えなかった。


「だってアニキの言葉を信じるなら。アニキが望んだのは。世界でたった一人、俺がちゃんと成長することだったんだろ? ここまでオオゴトになる必要なんてなかったんじゃねーのかなってさ……思わずにはいられないんだ」


『千里……』


「マリスの計画のせいで、大勢の人々が苦しめられてるんだよ。プレイヤーも、運営も。計画が叶っちまえばきっと、もっと世界中の人が不幸になる…………。あんな詐欺師なんて、頼るべきじゃなかったんじゃってさ、思うんだよ。

そうなる前にさぁ……もうちょっと、話して欲しかったよ。まどろっこしいことなんてしないでさ。俺たち……兄弟なんだからよ?」


「…………」


「わかってるよ」千里は、己の言葉の矛盾を自覚していた。「たらればを考えたって意味ないってことも。俺がこう『思える』のは、これまでの経験があればこそってこともさ」


そう。この旅路の始まりの時、千里は明らかに未熟だった。いきなり全て真実を聞かされても耐えられるとは思えない。ましてやチエカの起源の事も含めて考えると、幼少期から続くこの流れの中で「成長前の千里に真相を明かす」選択は不可能と言えよう。


第一……もしも、なんて都合のいい未来は存在しない。あるのは過去の選択の結果辿りついた現在だけだ。


そこから目を逸らしてはいけない。


だとしても、全てを手遅れだと諦めていい理由にはならない。


「だから。せめて今からでもまだどうにかなるってふうに思いたい。だってアニキは、チエカだって電話の向こうに居るんだろう? ならまだ間に合う。俺の魂にプリントされたガイルロードジューダスで……」


『無理だ』


淡い希望は容易く踏み抜かれる。


『あの悪魔が、そんな温い結末を認めるものか。僕は助からない。マリスが今際の際で僕を道ずれにするのは目に見えてる。ちゃちな妨害なんて気にも止めずにね……そしてそれでいいんだ千里』


「…………っ」


安らかな声色だった。


今この瞬間も死が襲いかねないというのに、その声はどこまでも優しく、暖かだった。


「それでいい……? どこがだよ! 俺一人救うためにアニキが犠牲になったら意味ねーじゃんよ!」


『それは違うぞ。お前がそこまで考え、行動できるようになった事こそが僕の救いだよ。僕の望みは既に、叶っていたんだ…………』


「アニキ……そんな……」


『だから悔いは残さない。燃やし尽くすだけさ。僕に残された貴重な自由。この決戦のために全てな。僕がお前にしてやれることは、もうそれだけなんだからな』


そうして願いを託す。


まるで、遺言のように。








「……いいか。僕はもう自死すらできない、全力でお前を倒しにかかる以外の行動を取れない。選べるのはその方法だけだ。だからせめて、小細工抜きに真正面からお前にぶつかる。このゲームにおける最大最強の戦術でお前を打ちのめしに行く。今までの全て、あらゆる試練がお前目掛けて降り注ぐだろう。

だからお前は、それを全力で阻止してくれ。観察し、見破り、針の穴のような隙を突け。一見完璧に見える盤面でも崩し方があると知れ。魔王を味方につけたならなおのことだ。

僕を倒せ。完膚なきまでに打ち倒せ。僕の原形が残らなくなるほど、塵になるほどに文句の付けようがない勝利を掴み取るんだ。僕のその後は気にするな。どのみち僕がおかした過ちは千度死んでも償えないものだ。パンドラの箱を空け、悪魔と目を合わせてしまった。僕自身の望みの為にそれをやった、世界と人類を危機に晒したんだ。だから気負う必要なんてない。馬鹿な兄貴を持ったと思って一思いにやってくれ。

その経験をもって、どうかマリスを超えて欲しい。あの悪意の塊の野望を打ち砕いた先にしか未来は待っていない。ただの打倒では赤点、まして抹殺なんて論外だ。奴の心をへし折り、説き伏せ、わかり合い、そして罪を償わせる。そうしなければ誰の明日も訪れない最悪の世界を出迎えてしまう。

僕がやりたかった。そうできたらどんなに良かったか。でももう、お前に託すしかないんだ千里。奴の目論見を逆利用し、もろく細い茨の道を超えて成長したお前にしか。だから贅沢は言わない。僕の命は無視してくれ。敗北の状況がどうあれ、無理に生かすことも殺すことも選ばないでくれ。そんな余力があったらマリスを攻略する方に集中して欲しい。そして生き延びて欲しい。どんな過程をたどったとしても、奴を沈め、暖かな日が昇る明日を迎えて欲しいんだ…………!!』






「…………………………………………………………………………………………………………、」


決死の訴えが、凍え荒ぶ大気に響く。


弟を想い、しかし状況に振り回され続けたの兄からの最後の願いが届く。


その声を聞いた千里は。


千里は。





















その通話の裏で、もうひとつの語らいがあった。


「あら、戻ってきてたの?」


「ああユリカさん……はい、恥ずかしながら帰ってきました」


ネットブースの隅、闇夜に浮かぶ白く小さな影。


Ai‐tubrの一人…… 《魔弾の射ち手マアラ》だ。


確か二週間ほど前、ゲームを壊すべくタギー社の尖兵として送り出された。しかしその本質はチエカと借夏によって潜入させられた忠臣で、その事がバレたためにタギー社に囚われた……というのが大まかな概要のはずだ。


「いや、なんて言うか。よく戻って来れたわね。ああいやイヤミじゃなくて。あのマリスがあっさり解放してくれるとは思わなくてさ」


「あはは……マリスさんも、作戦を前に死体や事件を作りたくなかったんでしょう。……ていうかそう思えるギリのタイミングで、知ってること洗いざらいゲロっと吐いちゃいました……用済みのコトばっかりですけれど」


「つまり、そこが解放される唯一のチャンスだったと。なら良かったじゃない……おかえりなさい、マアラ」


「ははは……ただいま戻りました、ユリカさん」


もとよりAi‐tubaの管理とケアはユリカの役割だ。ここの常連だったマアラとも、少なからずリアルで触れ合っている。


だからこそ、出てくる本音もある。


「千里さんは、どちらに」


「ああ、さっきお兄さんと電話しにどっか行ったわ。話なら後で……」


「いえ、けっこうです。ぼくの言動が余計な負荷をかけてもうまくありません」


「?」


「ぼくはここまでですので」


やはり、できることはない。


急場を岩になって耐え、仲間も己の身も守ったが、これ以上の方策はやはり打てそうにない。


「あの日のイベントカードのチュートリアル、鬼のようなコンボを彼は見事に乗り越えて見せました。クリアできないくらいでやれ、との指示だったので、本当に最新かつ全力で挑みました。

しかし、新規の要素とぼくの全力を合わせても彼は乗り越えて行きました。今の彼は間違いなく、僕らAi‐tubaの水準を遥かに超えています。ぼくごときではあしでまとい、この先の戦いについていけないでしょう」


「ふぅん……じゃあ、あたしもパスかな」


「へ?」


意外そうに眉をひそめるマアラ。彼女ならまだ戦場に割り込む地力とタフネスがあると踏んで居たのだが……。


「いまさら。傷んで来ちゃったんだ、首」


「え……」


「調べたら、霊体(アバター)の傷の影響が体にも出たんだって。まああたし一回魔王サマ直々に首チョンパされちゃってるからねぇ。それhわかった時はホント泣きながら謝られちゃってさ……」


戦いの傷は、真っ先に彼女を引き裂いていた。


冷静に見回してみると、動ける駒はそれほど多くなかった。


「ルイズも……良襖のお母さんも、自分の娘を守ることを最優先にするってさ。そしてアルジも、タギー社に仕組まれた因縁に逆らうつもりは無いみたい。当日は向こうに回るってさ」


「ちょっと待ってください、ホムラさんとシイカさんはタギー社の一員、チエカさんはタギーに首輪をつけられている……そ、それじゃあ七人のメンバーのうち三人が戦線離脱、残り四人は全員敵になるってことですか!?」


「そういうコト。こうして見るとエッグイ立場のメンバーばっかりよねぇ」


自身も当事者でありながら、俯瞰すべく他人事のように見下ろす。


「だからもう、あたし達Ai‐tubrは、マリスの討伐をあの三人に託すしかない。私たちがよく知る彼らにね」


「丁場姉妹……そして、先駆千里さん」


「ええ」


憧憬に浸る瞳があった。


情熱のただ中にある彼らを、どこか羨ましがるみたいに。


「彼らに、冗談抜きに世界の命運がかかっている。魂を自在に操るマリス、その目的がなんであれ……それを伐つ力や資格を持ってるのは彼らだけなんだから。特に……先駆千里」


「……、」


「彼には因縁しかないもの。めいっぱい頑張るでしょうよ。それで背負いきれなくなってたら……助けてあげましょ? ほんのちょっぴりの力でもね」


「そうですね……諦めきるには、まだ早すぎましたね。ぼくにできる事、かんがえておきます」


「よろしい」


言い訳みたいな笑顔で、彼が居るはずの方角を見る。


世界を肩に載せた少年は、果たして潰されずにいられるものか…………












「……なめんなよ」


潰れはしない。


残酷に足場を切り崩されても、もうそこら中に張られた根が彼を支える。


彼は一人ではない。


「実の弟に、生死問わず(デッドオアアライブ)を求める兄がいてたまるかよ。それを忘れずにマリスを生け捕りにしろ、それが唯一世界が助かる道だって?

ふざけた事言ってんじゃねーよアニキ。身内を殺してでも悪の親玉を助けろなんて無茶ぶりはまっぴらだ」


『だ、駄目だ千里!! お前だって身に染みてるだろう。悪を根絶やしにして訪れる平和なんて無いって』


「誰がマリスを殺るって言ったよ」


そんな過ちは侵さない。


ここでマリスを始末すれば、良襖の半身は戻って来ないし……この事件の真相は闇に葬られる。


それではダメなのだ。開きっぱなしの箱を閉じるか、放たれた災いの正体を見切らない限り世界に明日はない。チエカシステムが人知れず感染し、第二、第三のマリスが現れて再び危機が訪れるのではあらゆる努力が水泡に還る。


だから千里は間違えない。


「俺は守るよ。世界も、俺自身の命も、マリスの命も……そしチエカや、アニキの命だって!!」


『……!!』


「甘いだなんて言ってくれるんじゃねーぞ。こちとら地獄みてーな旅路を巡ってきてんだ。これがどんだけ大変かってのはよーくわかってるつもりだ」


七つの領域を巡る旅路は、千里を大きく成長させた。


もはや、小学生男児の範疇に収まらないほどに。


「それでもやる。持てる力を総動員してやり抜く。もちろんアニキにも歯を食いしばってもらうがそれでも助ける。覚悟しろよ死ぬより痛いぞ当然罰だって待ってるからなたっぷりアバターに刷り込んでやる!!!」


『千里……』


「だからさぁ……簡単に死ぬしかないとか言うなよ……」


しかしそれは、背伸びの結実。


続けた結果、背伸びしたまま過ごすことに慣れたという、それだけの話。


だから、反論は手短にする。


己が崩れてしまう前に、すうと息を吸い。


「チエカ!! ()()()()()()?」


千里は()()()()宣言する。


「……明日の決戦で全部終わらせる。だけど俺は、一人の死体だって作るつもりはねーよ。明日までのこの旅路を!! 誰もが明後日の笑い話にできるように!! だから絶対に誰も死なせない。死なせるもんか!!! マリスの思い通りの展開になんて欠片だってさせやしない!

だから無駄な負い目を感じるんじゃねぇよアニキ!! 俺がアニキを……先駆借夏を肯定してやる! いつかどーにかしなきゃ行けなかった世界のバグを引っ張り出して、対処しやすいように表に出してくれたんだってな!!!!」


『千、里…………』


「だからアニキは、借夏は地獄に行かない。()()()()()()()。全部終わらせて、俺も必ず帰るからさ」


そして宣言は放たれる。













「借夏!! チエカ!! 全部終わらせた後で!! 三兄姉弟(きょうだい)、つっかかり無しで暮らそうぜ!!!!!」














不殺と和平の誓い。


少年が刻んだ誓約は、世界を、そして三人を繋ぐ楔となる。

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