決戦前夜。千里と『借夏たち』の対談!!
決戦までの残る一週間を、千里たちは自陣の戦力増強に費やした。
「くらえシイカビッド!! ブラッドサガーンで攻撃!!」
『ヒギィーーーー!!』
「受けてみよ我が秘剣。過甘で攻撃!!」
『ラメェーーーー!!』
「……つー感じで、シイカビッドには十分抵抗できるんだ」
「マジか……普通に負けイベだと思ってたわ」
「いやそも、なんで公式がこんなこと黙ってたんだ……」
電子の世界でのやりとり。
味方を引き入れる事に余念はなく、その力を引き出すべく立ち回る。
前提として、シイカビッドの倒し方を撃破する方法を教えなければならない。ただ 《死骨の愛で手シイカ》を倒す打点を用意するだけなのだが、常にそれだけの手駒を維持するにはコツが要る。
「これなら、俺たちにもできるかもな……」
「だっしょ? ならイベント当日でも……」
「それはまぁ、うん……」
「……だよなー」
対抗できるからと言って、全てが味方になる訳ではないけど。
ーーーージジッ。
『あーこちら千里』
『ーーーーこちら詩葉!! こっちは十人呼び込めたぞ!』
「おっし、報告サンキュー!!」
『こちらは二十五人ぞ。掲示板からの引き込みに成功した』
「或葉もありがとな!! これで希望が見えてきたぜ……!!」
それでも、前に進む事はできる。
一歩ずつでも、確実に前に。
そんなやりとりを受け、プレイヤーたちの反応も変わってくる。
「……そんな、結構集まって来てんのか?」
「ああ。今は二万ちょいくらいか」
「ちょっ……!?」
普通、ソーシャルゲームは同接三万も行けばやって行けるという。よくあるダウンロード数で誇るゲームは何千万の数字を誇るが、あんなものは規約外のリセットマラソンを勘定に入れているに過ぎない。
それだけのプレイヤーが育っていたのかという実感。
多くの味方が居ると知って、心境の変化もあったのだろう。
「…………やっぱり、参加させてくれないか?」
「ん?」
「怖かったけど……なんかこう、今のを聞いたら立ち上がらない方がマズイんじゃあないかって思ってさ」
「俺たちもそうさせてもらうぜ。虫のいい事言ってすまねぇとは思うが……」
「とんでもない。大歓迎だ」
ガシリと手を繋ぐ。
そして報告。
「こちら千里。クラン二つのリーダーを懐柔に成功、六十名追加だ。引き続き勧誘を続けるぜ」
『『了解!!』』
一歩ずつ前に。
少しずつ着実に、千里の道を彼らは行く。
「素晴らしいです、これ…………!!」
「ああ、ここまでうまく行くとはなぁ」
対するはタギー社。
新規呼び込みによる徴兵、その目論見はまんまと成功した。
歓喜の社長室で成果は発表される。
「シイカ。お前は知ってるだろうが、大概のソシャゲは同時接続が三万もあればやって行ける。さて今回入ってきた人数だが……」
グラフを見て、満足気に語る。
「十万以上……!! それもほぼ丸ごと同接勢に加わってます……!!」
正しく桁違い。
大企業の権力をフルに使った広告作戦は、千里たちの努力を嘲笑うような成果を上げていた。
「ま、俺たちの側につけばシイカビッドは襲って来ないからな。それを除けば快適なもんさ。地面の下の根は太かったんだ、あとはちょっときっかけを与えりゃ開花するに決まってる」
「しかもこれまだまだ伸びますよね? 場合によってはイベント期間中に業界トップまで行けたり!?」
「落ち着けシイカ。気持ちは分かるが、俺たちの目的はそこじゃない」
「で、でしたね、すみません……」
ぺこりと頭を下げるシイカだが、その心境までは否定されない。
彼らの『野望』には多くの人員が要る。初心者の中でどこまでが使い物になるかは知らないが。
「ま、『元手』が大いに越したことはない。素直に、そして適正に喜ぼう。俺さん達の計画は、今まさに叶う寸前まで来てるんだってな」
「はい!!」
歓喜の中、しかし悪意の暗躍は止まらない。
チエカシステムの解析も進んでいた。状況を変える『もう一声』の手も既に『完成』していた。
既に、鳥文良襖の魂のカケラたるステアリングキーをほぼ失った彼に、何かを追加する権利はないはずだが……
「さてとだ。前提を疑う、のが大事なんだよなぁ。そもそもなんでコイツの魂だけトクベツ権限が高いんだって話だ。……なぁ、鳥文良襖?」
少し前までは、浮かび上がるビジョンに向けて放たれていた言葉。
しかし今は、どの方向にも向いていない。
ひょっとしたら。
その中に。
両者譲らぬ策の撃ち合い。
派手に、地道に、時に密かに。
その成果は、決戦の日に向けて着々と積み重なって行った。
そして。
そして。
そして…………。
「……………………」
かくて迎えた決戦前夜。
漆黒の帳の暗がりで、カチリ、カチリと時計は進む。
やれるだけの事はやったと思う。修行も可能な限り済ませたし、味方もできるだけ増やした。
ゲームフィールドの修繕は良襖が全力でやっていた。正直彼女が最前線に出れば最強なのだが、さすがにキングで敵陣へ攻め込む訳にも行かないだろう。
そんな思考をこんがらかせつつ、痛いくらいの静寂に千里目を覚ます。
「あら、寝れてなかったの?」
「……うん。てか、ユリカさんもっすか」
「ええ」
共に起きてきたのは、喫茶店の主たるユリカだ。
彼女が経営する喫茶店は、すっかり千里たちの拠点になっていた。当然、様々な思い出もある。
その中に、今相当に重要な情報があった。
「……前に。ホムラとガチでやりあった事あったでしょ」
「?」
「その後こっちに帰ってくるまでに、あなたのお兄さんと少し話してさ」
「え」
それははじめて聞く情報だ。
千里と兄、借夏とは戦う運命にある。
その中で何を語ったのか?
「ああ言っておくと、あたしは彼の正体がチエカの片割れだって知らなかったからね? その上で話してたんだけど……どう見ても、弟くんを心配するお兄さんにしか見えなかったな」
「…………」
「本当に、純粋に、あなたには幸せの中に居て欲しかったんだと思う。今回の件、全部が全部不本意で……苦しかったんだと思う。わかってあげて、と言うには重すぎるし、今の状況が許さないかもだけど。少しでも寄り添ってあげた方がいいと思うかな」
「…………」
言葉が出ない。
なんて返事をしたらいいかが見つからない。
純粋に喜ぶには、彼らの物語は捻れすぎていた。
と。
ーーーーPrrrrrrrrrrrr!!
そんな時、携帯電話が鳴動する。
名前を見てギョッとする。
「アニキ……!?」
「出てあげたら?」
「でも……」
「それくらいはいいんじゃない? 誘拐されに行くでもあるまいし、隠すほどの作戦もないんだしさ」
「…………」
悩み、ためらい、そして停滞を悪と決め、覚悟を決めて通話に出る。
「……もしもし?」
『僕だよ』
聞き慣れた声。
電子を通すことで、よりいっそう『彼女』の原典なのだと思い知る。
御旗チエカ。
カードレース・スタンピードの看板娘の起源こそ彼、先駆借夏だ。
その口から、果たして何を語るのか。
「どーしたよ」
『少しだけ、はっきりさせておきたいと思ってね。ちょっとゲーム以外で通話をしたかったんだ』
「え、どういう……」
『つまりだ……けふん……』
と、咳払いののち、あ、ああ、ああ……と調整を重ね、その声色が変わっていく。
出てきたそれは。
まさしく。
『つまりワタシが居るって事です。借夏サンの魂の片割れであるワタシが』
「…………!!」
溌剌とした少女の声。
精神の二人三脚。
一つの体に二つの心……いや魂が同居しているのだと改めて思い知らされる。
別な誰かがそばにいるのでは、という疑念を晴らすように、咳払いひとつで彼らは声を切り替える。
『コホン……という訳だ千里。今のうちに僕たちと話しておかないか?』
「……そう、だな」
語るべきことがある。
全てが始まった時の『三兄妹』、その決戦前最後の対談が始まる。