プレイヤー達、魂の叫び。立ち上がれ電子の戦士達よ!!
魔術の領域・マギアサークリット。
純粋な魔法よりも、ハロウィンの雰囲気をふんだんに盛り込んだ怪しげな空間。
そこらで顔つきかぼちゃ灯が飛び交い、不気味に辺りを彩る『緑』の炎がとんがり屋根の街並みの影をさらに濃く演出していた。
ごく一部を除けば背の低い建物ばかりの街は、箒や絨毯に乗って上空を行く事も十分可能。上記のかぼちゃ含め非アクティブの雑魚モブも程よく湧き、それを火力魔法カードで撃ち落とすなどの遊びもできていた。
ともあれ敵こそ沸けど総じて平和な領域であり、始まりの街シュガーマウンテンの平均値からレベルを上げたエキスパート御用達の街として重宝がられていた。
だがそれも一週間前までのこと。
『出してくれぇ!! シュガーマウンテンに帰らしてくれぇ!!』
『人口密度高すぎだろぉ!! ヘルディメンションで静かに走りたい……!!』
『太陽を見せてよ……サイサンクチュアリの空が恋しいのよ……!!』
……今はこの通り、嘆きに満ちた有り様である。
どこまでも広がっていたはずの夜空や、他のエリアに向かうための転送門とは、プラスチックのような透明色の結界で切り離されてしまっていた。
ゲームマスター・良襖は需要に応じて、性質の異なる七つの領域を創った。その利点をわざわざ削ったマリスの所業は、控えめに言ってもコンテンツを自殺させてるようなものだった。
無論、プレイヤーが一点集中することでの問題も起きている。不可思議が煙るはずの聖域も、雑多ばらんに人を押し込めば雰囲気台無しとなるのも仕方ない事だ。
そんな人混みの中に、懐かしい男も居た。
「うぉおおおおおおん!! 大魔女サマ助けてくれよおおおおおおおおおおおお!」
世紀末ファッションの上からマントを着込み、さながら正体を隠した七魔集かなにかのようになった男。かつて千里とも戦ったモヒカン集団の一人、魔女の信奉者だ。
彼のホームは元からここで、時折仲間たちとともにヘルディメンションに遠征していたのだ。だがそこへ嘆きが詰められたせいで、彼のゲーム環境は最悪もいい所まで落ち込んだ。
「どうすりゃいいんだ俺はよぉぉぉ……何も感じねぇんだよぉぉぉぉ……こんな近くに居るのによぉぉぉぉ……」
嘆く彼が縋るのは、マギアサークリット不動のエース 《大魔女キルケー》の石像だ。もちろんただのオブジェクトなので何もしてはくれないが、それでも彼にとっては心の拠り所だった。
と、少し離れたところで小さな爆発が起きた。
『ちくしょう、なんでだよギア5で殴ってんのに!』
『もう何百回やってんだオメーは? ありゃカードとなーんも関係ない破壊不能オブジェクトだ。何やったって無駄だっての……』
『でもよ、でもよ!』
『悔しいじゃねぇか蓋されてポイってよ! 後で新エリアが解放されるだかなんだか知らないがこんなのってねぇよ! 俺は今、自由に走りてぇんだよッ!!』
『まあ、気持ちはわかるがなぁ……どうしようもねぇだろこんなの』
『ちくしょう……くそっくそっくそっくそっくそっ!!!!』
届く事のない攻撃を繰り返しながら、名も知れぬプレイヤーは思いを吐き出す。
彼らの憤りはもっともだ、と信奉者は思った。
(そりゃクソッタレだよなァ……散々自由をウリにしてきてこりゃないぜェ……)
一応の期限は設定されているが、どうあれゲーム内で一度得たものを奪う事があっていいはずがない。こんなのは二週間もの長期メンテも同義だ。
ましてこのゲームはレースの要素を織り交ぜている。広大な世界だからこそできていたことに、制約が致命的なヒビを入れていた。
何より……プレイヤーの尊厳を奪がう如き暴挙は、間違いなく屈辱だった。
と。
ーーーーブォン…………ゴトグシャアアアアアアアア!!
「……お?」
「……痛っつつ……。へー、ここがマギアサークリットねぇ」
魔法陣が広がり、新たなプレイヤーが放り込まれたようだ。
銀髪の少年。小学生かそこらで、何故かこのゲームの看板娘の面影を持つ……
その顔には見覚えがあった。
「あ……あーーあーー!! お前確か百連戦の時のチビッ子!!」
「え? あーあー、確か最初にマアラに挑む前にバトったおっちゃん!!」
そう。少年……先駆千里と信奉者は知り合いだったのだ。
千里がまだ未熟なプレイヤーだったころ。その腕を上げるべく一際好戦的な群れとして紹介されたのが彼らだったのだ。
「おいおい元気だったかぁ? なんか最近相当暴れ回ってたみたいだが!」
「おー、元気も元気超元気よ!! おっちゃんは?」
「まあ……いや、うん……」
「あーワリ、元気なわけねーよな……」
千里はマギアサークリット内の惨状を見回す。広大なはずの領域が、まるでスーパーの特売日のような混み具合。
「ずっとこんななんだ」悲しげに信奉者は語る。「俺は元からここが拠点だったから、酷くなっていく過程を見てる。初日に山のようなプレイヤーが放り込まれて、そのあとはじわじわと。最初はわけもわからず叫んでたプレイヤーも、この一週間ですっかり大人しくなっちまった。そんで逆に、大人しいやつほどぶっ壊れた。何をしても無駄で、まともに動くスペースも無いんだからしゃあないわなぁぁぁ」
「そんなに、酷いのか」
「ああ。一度入ったらもう出れない。それが今のココだ。自由も何もあったもんじゃない。プレイヤーに『待て』を何日も強制する運営がいてたまるかってんだ」
「…………、」
千里は、本来エリア間移動ポータルがあるべき場所を見やる。
紫水晶とは違う、透明で純粋な電子データの塊。
一介のプレイヤーである限り、破壊できないの拒絶の意思表示。
シイカビットとは違い、抵抗すら許さない脅威を認識した、その上で千里は。
千里は、きゅっと拳を握り。
「出られないからどうにもできない……なら出られたらどうとでもなるってこったな?」
「そ、そりゃそうだが……それができたら誰も苦労は」
「そっか。やれ、ガイルロードジューダス」
「へ?」
即時即発迷いなき号令。
信奉者の動揺も意に介さず、虚無より街路樹の悪魔が現れる。
世界樹をヒトガタに固めたような偉容が銃口を向け。
そして。
ーーーーーーZUGAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!
障壁が崩れ去る。
ガラガラグシャアと道は開く。
「「「!?!?!!?!?!?!!??」」」
ものの一撃……いや、一遍に放たれた無尽の掃射で。
魔王の配下の弾丸は、世界を阻む壁を粉々に砕いた。
当然、囚われていた面々に衝撃が走る。
『なんだ……おい待てマップ見ろ、他の領域に転移できるぞ!』
『始まりの街にも帰れる……やった、自由なんだ!!』
『え、でも確か向こうには……』
「ガキ……いや、アンタ、一体……?」
それぞれの感情が噴射する中、信奉者の困惑が溶ける。
千里はそれに答えるよりも問うべき事を優先した。
「……んで? 道は開けたけど、どうする?」
動揺が走る中、得体の知れない少年からの提案が飛ぶ。
「ど、どうするって言ったって……」
「出られないから出なかったんだろ? それとももう出たくないか? まさかこの一週間で心まで縫い止められた訳じゃないよな?」
「そうじゃねぇけどさ……ほら、向こうにはアクティブ状態のシイカが居るだろ? そいつをなんとかしない限りは……」
『だったら戦えばいい』
腑抜けた恐怖に喝を入れるように、砕けた障壁の向こうから声が響く。
貫通したゲートの向こうからやってきたのは、先程一瞬だけここに囚われたプレイヤーだ。
「あ、あんたはさっきの……」
「ああ、おかしな奇跡で助けられてな。大丈夫だ、ちゃんとここから外に出れる。コイツの反抗の意思も聴いた。少なくともその意思は信頼できる相手のはずだ」
カツリとエリアの境を跨ぎ、怖気付くプレイヤーたちに詰め寄る。
「俺は彼らに……先駆千里の陣営につこうと思う。これから今の運営、その頂点をぶっ倒してゲームを取り戻すつもりだ。それであんたらはずっとそこにいる気か?」
「い、いやしかし……」
「俺は……俺は出るぞ!」
困惑に震える影達の中で一人、先ほどから血気盛んに叫んでいたプレイヤーが立ち上がる。
「こんな所で閉じ込められてゲームを終えるなんてまっぴらだ! 俺たちがログインしてるのはこんな所でおしくらまんじゅうするためか? 違うだろ!? 楽しむために来てるんだろ!?」
どよめきが走る。
停滞していた流れが変わる予兆があった。
「ーーーーーーーー、」
それを受け、信奉者が千里に問う。
「よぉぉぉ……千里とやらよ」
「なんだよ?」
「……たった二つ答えてくれ。まさかこのゲームをぶっ壊して終わりじゃあないよな? ちゃーんと先の事まで考えた上でやってるんだよな?」
「ああ。こっちの味方には、このゲームを創った魔王サマが居る。ぶつかり合ってわかりあった大人達も居る。一番の厄介者一人さえどーにかすれば、この世界は必ず取り戻せる」
「ならもう一つ」
小難しい顔をやめ、ニイっと笑みを見せて。
「その祭りってのは……楽しいんだよなぁ?」
「なにを……あたぼーよ!!」
とてもとても大事なこと。
遊び場を取り戻す動きがつまらなかったら本末転倒だ。
「今までのイベントの比じゃないぜ? なんせ運営とのガチバトルだ。こっから世界をひっくり返して見せる。眉間に皺寄せながらじゃない、笑いながら軽々となぁ!!」
「よぉし、それを聞けたら安心だ!!」
答えは得た。
吹っ切れた信奉者が、何らかのアシストカードで浮き上がる。
「やあやあ紳士淑女の皆々様!! 確かに外にはおびただしい数の敵が居る。なれどここの彼がくずかごを砕いた以上もう我々を抑えるものは何も無い!! 玉砕上等、この体は仮想の身!! 連中に無限に襲われる恐怖というものを味あわせてやろうじゃああないか!!」
演説は高らかに。
闘争を娯楽とするものの代表として世界に問い叫ぶ。
「これより聖戦を始める。異論なきものは咆哮を上げてご賛同願おうか!!!」
数瞬の間。
言葉を咀嚼し、理解し。
ーーーーうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!!!!
そうして成される答えなど、決まりきっていた。
これほどの仕打ちを受けて怒らないものなど居るはずがない。
今ここに、大いなる厄介者を打つべく大軍団が立ち上がる。
だがまあ、言わなきゃいけないことはあるわけで。
「あー、水さすようなコト言って悪いんだがよー」
「?」
「このゲーム、場合によっちゃ完全電霊化するから気をつけてな? まあ帰る手はあるけど」
「…………ほゲェ!?!?!?!??!?!????」
衝撃的な事実は、彼らの心にほんのちょっぴりブレーキをかけてしまった。