相互理解の戦い。詩葉vs千里・前編!!
「……どうしたのさ、詩葉。ゼンゼン見かけてなかったが?」
「ああ、千里か」
からっ風吹く冬の屋上。
誰も居ない天地で旅路の始まりが揃う。
千里達の物語が本格的に動き出したのは、詩葉との出会ってからだ。それを切り捨てることなどあるはずがない……そう思って千里はここまで来た。
もっとも、詩葉はそうは思ってないようだが……
「……もう、みんな打ち解けつつある」
哀愁が背中に滲む。
「オレの役目もぼちぼち終わりなんじゃないかってな。俺は弱い。今のお前には遠く及ばない。だからまとめ役を買ってでてたがそれもここまでだ。不和のない場所に自浄は要らない。役割のないオレはただのお荷物だ……」
「……、寂しいこと言うなよ、詩葉。俺の旅路はアンタとの出会いから始まったんだぜ? アンタが居なくちゃ……」
「今度の戦いはでは遊びに行くんじゃない」
「う……」
「情けや温情に縛られて、足でまといを連れていくことはない。ちょっとのつまづきが事態を大きく狂わせる…」
千里は、かつて自我が乏しかった頃の風間傍楽を思い出した。彼も自分の存在意義を、存在理由を求め彷徨い、そしてタギー社に利用されていた。
彼女もそんな状態なのかと思ったが、そうでも無い。
たった一つ残ったアイデンティティーを自重気味に語り出す。
「……いや。ただまあ、できることならまだあったか」
乾いた開き直りが溢れ。
「オレが誰よりも先行して、敵の脅威を体を張って確かめてやる。オレにできるのはそれくらいだ。こんなガラクタレベルの実力なんて、噛ませ犬として活かせれば上等だ……!」
「そんな……」
大局『だけ』見ればそうかもしれない。
マリスが何を考えて居るかはわからないが、ここでしくじれば、イタズラ電話をかけられる程度の手間暇で魂を引っこ抜かれる世界になってしまう。
だが。
そうして眉間に皺を寄せる策を講じて『楽しさ』を失ったゲームを、誰が楽しめるというんだ……?
(それはダメだ)
その疑問が。
「……なあ、久しぶりに俺とレースしないか?」
「?」
彼を、先駆千里を動かす。
ただまあ、人の心当人知らずというやつで。
(どうした!? どうしてこうなったああああああああぁぁぁ!?)
詩葉は当惑するしかない。
突然誘われて、あれよあれよという間に戦場へ。
選ばれたサーキットはヘルディメンション。
黒雲立ち込める死の荒野、詩葉のホームグラウンドだが……
「さあレースは始まってるぜ詩葉!! 思いっきり愉しもじゃーねぇか!」
「くそ、問答無用か!?」
「俺のターン、ドロー!! 初期マシンの 《コズミックエッグ》で走行してターンエンド!!」
千里残り走行距離…………20→19
わけもわからず連れ出された戦場。
しかし詩葉もプレイヤーの端くれ。やる時はやる。
「くそ!! オレのターン……《スカル・スクラップ》の効果で一枚捨てて二枚ドロー!! 更に 《ハルピュイアの暴走》を使う!」
地獄鳥が舞い踊る。
スイッチを押され、覚醒した嫌われ者が群れなして詩葉を運ぶ。
《スカル・スクラップ》✝
ギア1マシン ヘルディメンション POW3000 DEF3000
【手札を一枚捨てる】カードを二枚ドローする。
《ハルピュイアの暴走》✝
ギア1アシスト ヘルディメンション
【マグネスイッチS】【手札4枚を捨てる】捨て札、山札、手札のいずれかから《キルハルピュイア》四体をマシンゾーンに置く。こうして呼び出したマシンはターン終了までギア1として扱う
「四体の 《キルハルピュイア》を作成。二体をセンターに重ね、残りは左右に一体ずつ配置する! 三体のハルピュイアで走行だ! 更にその走行時、手札から 《バリアブルグリップ》を発動!」
鮮やかな連携が飛び出す。
本来、プレイングスキルなら彼女も負けてはいないはずだ。
なのに、何故か届かない。
もう一押しのなにかが足りていない。
(まただ……なんだこの違和感は……)
《キルハルピュイア》✝
ギア2マシン ヘルディメンション POW5000 DEF5000
◆【進路妨害】
◆【マグネスイッチN(マグネスイッチSを持つカードの効果で場に出たなら有効)/場を離れた時】カードを一枚ドローする。
《バリアブルグリップ》✝
ギア2アシスト ヘルディメンション
【自分マシンを任意の数選択】コストカードをエンドフェイズに破壊する。また、選んだ枚数によってこのカードは以下の効果を得る。
●一枚以上・コストカードのうち一枚の走行距離を1追加する。
●二枚以上・自分は破壊したコストカードの枚数分ドローする。
●三枚以上・次の自分ターン開始時、山札から名前に『大悪魔』を含むマシン一枚を選んでセンターに重ねる。
詩葉残り走行距離…………20→17→15→13
十分、早く走れているはずなのに。
これでは足りない、役立てないと心が叫んでいる。
「……コレでオレはターンエンド。この時バリアブルグリップの効果で三枚ドローするが、破壊された三枚のハルピュイアでも一体につき一枚ドローできる」
こんなにも、こんなにも強かに立ち回れるのに。
状況に、千里たちの戦場に出向くには役者不足となってしまう。
無茶を強いる状況。それに心が挫ける彼女を誰が責められようか。
と。
「よってオレは、合計六枚をドロー!! ……ん?」
そんな中。引き入れたカードを見ておや? と思った。
ドローカードをよく見ると、希少カードのはずの 《絶影・スナイプシュリーカー!!》が二枚まとめてやってきた。
(なぜ、『絶影』が二枚いっぺんに!? ……ハッ!!)
気づいた。
そういえばさっき見たレースで『 《絶影》を二枚使うのは正気じゃない』みたいな話を聞いたような……
まさかと思い周囲を見回す。
荒野に突き刺さる瓦礫や廃墟。その上には見知った顔がちらほら居た。
その中には、本来のゲームの支配権を握る少女の姿も……!!
(コイツが、コイツらがやろうとしているのは、まさか……!!)
「俺のターン、ドロー!!」
「!! この瞬間、バリアブルグリップの効果で山札から大悪魔一枚を呼び寄せる! 来い 《大悪魔マモン》!!」
戸惑いの中、それでも大型のしもべを呼び寄せる。
強欲の悪魔が翼を広げる。
《大悪魔マモン》✝
ギア3マシン ヘルディメンション POW10000 DEF8000
【登場時/手札を三枚捨てる】《大悪魔マモン》二枚を作成してマシンゾーンに置く。その後自分センターの守備力を+16000する。
「マモンの効果で手札を三枚捨て、マモンを三体に増殖させる……」
「俺はセンターへ 《クリスタルハイヤー》、 《ミスター・トレーラー》の順に呼び出す。そしてトレーラーの効果で 《アドバンス・フォーミュラ》を呼び出す!」
「ッ!?」
打てども打てども、千里はその先を行く。
《クリスタルハイヤー》✝
ギア2マシン スカーレットローズ POW6000 DEF9000
《ミスター・トレーラー》✝
ギア3マシン スカーレットローズ POW10000 DEF5000
【場札二枚を疲労】山札からギア1マシン一枚を選び空いているマシンゾーンに置く。
《アドバンス・フォーミュラ》✝
ギア1マシン スカーレットローズ POW 0 DEF 0
◆【常時】自分マシンの走行距離は全て+1ずつされる。
「ここでコズミック・エッグの効果。俺の場に置かれたアドバンス・フォーミュラは二枚に増える。そして二枚分の効果で総力を増やして走行だ!」
「な……この流れは……」
ともすれば禁じ手に近い流れ。
そういえば、彼は一度禁じ手レベルの戦術を繰り出した事もあったか。
《コズミック・エッグ》✝
ギア1マシン ステアリング POW 0 DEF 0
◆【インナー】
◆【自分がギア1マシンを呼び出した時/1ターンに一度】山札から対象と同名のマシンを呼び出す。
千里残り走行距離…………19→14→11→8
「早……!?」
一瞬で、あまりにも力強い走りで追い越される。
「ここで俺は 《七色の呼び声》を発動。山札から 《豪鬼の狩り手ルイズ》と 《超越・エボルアルジャーノン!!》を手札に加える!」
《七色の呼び声》✝
ギア3アシスト スカーレットローズ
【手札を一枚捨てる】山札からギア4ステアリングかつ【デミ・ゲストカード】を持つマシンカード一枚を手札に加える。その後、ギア1ステアリングかつ名前に 《!!》を含むアシストカード一枚を手札に加える。このターンの終了時、経過ターン数を1増やす。
とんでもない戦術の最中で、あるワードだけが意識を引き止めた。
(ルイズ……超越……!!)
もう、何が起こっているかはわかりきっていた。
これは千里から詩葉へのチュートリアルだ。
先程、千里と傍楽が繰り広げたバトルの再現をして、詩葉の理解が追いつかなかった部分を補完するつもりなのだ。
だが、そこへ至る道は過激すぎる。
「俺はコレでターンエンド。七色の呼び声の効果で経過ターンが1進むから、詩葉のターンは5ターン目になる。さあ、どうする?」
がら空きに見せかけて、手札の巨大盾のおかげで守りも完璧。
隙がないのに走行は苛烈。
…………千里のことは、わかっているつもりでいたが。
(こんなの……強いなんてレベルじゃない。とんでもない、バケモノじゃないか……!)
今、千里が使っているデッキは【ドラッグトレーラー】だ。マシン同士の殴り合いを考えず、いかに早く走り切るかを優先するドラッグレース仕様のデッキだ。
(こんな事なら、ハルピュイアを壊さない方がまだマシだったか……!)
相性もあるが、攻めの切れ味からして別次元。
しかし詩葉に先を読む実力があれば、この攻撃もいなせただろう。
それを得る手段は。
力づくで勝利を引き寄せ、掴み取る才能の正体は。
(まさか……『勝利への執念』か!?)
そういう意味では千里にとって、このレースだって必要なのだろう。決戦のために、人員を強化するのは自然な流れだ。
ただし。
その恩恵を受ける資格がある者は『戦力として期待されている者』に限られる。
(なんでだ、そこまでオレを……)
たまらず叫ぶ。
「千里……なんでだ!! なんでそこまでオレに拘る!! あんなにも頼もしい味方が居るのに、オレなんかにどうしてそこまで……!!」
「んなもん、ひとつしかないだろ!」
当然のように叫び返す。
「楽しむためだ!! ゲームはみんなで遊んだ方が楽しいし、ゲームをよくわかってた方が楽しめる!! ただ、それだけだ!!」
「え……それだけ……たったそれだけのためにか?」
「ああ。戦術的な切り捨てなんざクソくらえだ」千里は、自戒するように言う。「マリスとの戦いの日々でよーくわかった。楽しくない手を打てば打つだけ、俺たちの日々には影が差した。さっき今度の決戦は遊びじゃないって言ってたが、ゲームで遊び心捨てたら終わりだ」
「そ、それは……」
「遊んでたら足元掬われるって? なら話は簡単だ。遊んでても勝てるくらいに強くなればいい! だってそうだろ! わからないものをそのままにしちゃいけないなんて小学校でも学ぶ事だ!! 俺は実践して、ここまで来た。それが大人のアンタに出来ない訳が無い!!」
そうして、締めくくるように吠え叫ぶ。
未だに手を伸ばし続ける、絶望の触手を振り払うように。
「強くなろうぜ詩葉! マリスのヤローの陰謀に負けねーぐれぇに!! 笑って乗り越えられるようによォ!!!」
悪夢を打ちのめすだけの力がその言葉にはあった。
言葉を裏打ちする程の道筋を千里は駆け抜けて来た。
「……全く。無茶を言ってくれるなぁオイ」
吹っ切れたような笑い声。
その手札には、見慣れぬ切り札があった。
粗暴で凶悪ながら、どこか儚さを感じる芸術品。
使いこなしてみろ、ということか。
「あぁもうクソッタレめ!! 悩んでんのが馬鹿らしくなってくんなぁお前と居たら!」
「ソイツはどーもありがとな」
「喜ぶなっ、ばか……!!」
プイッと返し、体内の瘴気を吐ききり、どこか清々しい空気を取り入れ。
(……でも、ありがとな)
心中で述べ。
必ず伝えると決め。
口上を唱える。
「ーーーー蜃気楼、熱砂に堕ちる幻よ。血錆湛えて決意を握れ。進め!! 挑め!! 砂漠を駆けよ!」
紅蓮の砂塵が詩葉を包む。
無数のレンガ状の砂団子は出処不明の血糊で固められていた。
それが積み重なる。
スフィンクスとゴーレムを継ぎ接ぎしたような、浮遊する巨人が誕生する。
紅く漲る、詩葉の新たな切り札だ。
「ーーーーぶっ壊せ!! 《一方的勝利ブラッドサガーン》!!」
ーーーーーーーGOGAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!
新たな覚悟の産声が、地獄より世界に響く。
こんな前哨戦に、そう長々とかけることは無い。
このターンの攻防で、その粗方を決めてやる。
そう思い、詩葉は自分の殻を破るべく戦場を走る。