傍にいる楽しさを語れ。傍楽、弁舌の戦い!!
「今更だってんだよ、お前が出てくるのは」
「ぼう……ら……」
引き続きの鳥文邸に、良襖のうめきがもれる。
かつての……いや一応は、現在の同僚良襖母への気安い言葉が傍楽より放たれる。
「元から、わかっていたはずだ。小学生の身分でゲーム運営の柱になるのは無理があるって。それでも良襖は期待に応え続け、数多くの人々を感動させ続けた」
そこには途方もない力が注がれていたはずだ。
そして、彼女を囲む誰もがそれを知っていたはずだ。
「それは間違いなく才能だ。そしてその結果を良襖自身も望んでいる。……できることとやりたい事が一致している良襖を……自分の娘を否定するつもりか、ルイズは」
「……それは」
「Ai‐tubrは、元から良襖を支えるための集まりのはずだ」
それは始まりの時からの掟。
大前提として、コワレモノの良襖を七人の力で支えるのがAi‐tubrの役割だった。
「それが上から悪意を込めてぶち壊されたのが良襖の暴走の真祖だ。……いいや、チエカの正体を知った上で人員を見渡せば、あらかじめ衝突が起きて誰かしら暴走するように仕組まれていた」
袋の中に卵をぎゅうぎゅうに詰めたら割れる、というだけの話。ましてや尖った石ころまで詰められたらひとたまりもない。
それを、良襖だけのせいにしていいのか?
「良襖の暴走を、良襖だけの責任にするには無理があるんじゃないか。子役をサポートするマネージャーみたいに、常に誰かが付いているべきだったと思うよ……ま、その役割をやってたはずのチエカがタギー社の……マリスの手に落てたんだがな」
「………」
「ルイズ。もう分かってるはずだ。俺たちはタギー社に、その長のマリスに操られかけてる。それを自覚した上で、悔いの残らない行動をしないとあっという間につけ込まれるぞ」
ここで彼女がタギー社に付いたら、きっと間に合わない。
マリスは少し前に、二週間以内に全てを終わらせると言っていた。千里が命懸けの駆け引きで『逃がさない』ようにしたが、それでも時間切れまで足枷を引きずり回すのがマリスだ。
ここでステアリングキー……このゲームの舵を逃せば全てが終わる危険は限りなく高い。
それでも。
「勝手な、事を」
ここで怒りを覚えるのももっともだろう。
自分の娘を全然守れていない……そう言われて怒らない親もそういまい。
怒りが、傍楽への八つ当たりとして吐き出される。
「ーーーーなら、そういうあなたに何ができるっていうの? もう辞めるつもりのあなたに、いったい何が!
私だってずっとそばに居たつもりだったのに、一緒に住んでいた私でさえどうにも出来なかった事なのに!」
「なんだってできるさ」
対する傍楽は怯まない。
良襖から受け取り、育てられた心は今、良襖を守るために前に立っている。
「お前の視点が届かない所には俺が居る。俺が良襖の傍に居る。役に立たなかったAi‐tubaの冠なんていらない。友人・風間傍楽として、良襖に暴走なんてさせない」
「…………ッ!?」
あまりにもまっすぐな言葉に、ルイズが一歩後ろに押される。
そこを更に押す。
押し切る!!
「もう分かってるだろうルイズこんなに馬鹿らしいことは無い。良襖はマリスのせいで追い詰められたんだ。そして崖から落ちるように暴走した。
それで? 咎めるのは娘のほうか? そんなのちぐはぐだ。最初の加害者より、反撃して傷を残した方が否定されるなんてどうかしてる!」
「そ、それは…………でも」ルイズから、身を守ろうとする言葉が出てしまう。「いくらなんでも危険すぎる! だって世界の運命よ! そんな重荷が良襖に背負えるわけが無い! そして持ってくれる相手が一人しか居ないならそこに託すしか」
「しゃらくさい!!!」
話を断ち切る。
もうまどろっこしい言い訳はうんざりだ。
「それで重荷を他所に持ってもらうのか。他でもない加害者の悪意に持ってもらうってのか身勝手だ! 世界が背負えないから世界を捨てるって言ってんのと同じだ!
いいか世界なんて誰だって背負ってるんだこんくらい誰にもできる可能性があるんだ時代の進化が可能にしたんだ誰だって世界を変えられるんだ!
良襖はそれを見せてくれた。最高の素材を受け取って最高の舞台と遊びを提供してくれた! 俺は最高の夢の中に居たし、ゴタゴタして夢から醒めたが外側から見ても凄いと思う!
その可能性を当人じゃなく、親の身分で勝手にゴミ箱に捨てるなんてものが良襖のため? ふざけるな! 子供の未来を閉ざすのは親の仕事じゃないだろ!」
「あ、ああ……」
「いいかもう一度だけ聞くぞはっきり答えろ!」
そして、締めくくるように傍楽は言い放つ。
「選べルイズ!! 娘を追い詰め突き落とした男を信じるか、それとも俺が支える実の娘を信じるか!!」
ルイズが尻餅をつく。
「……母さん」
決着は付いていた。
何もかもが間違っているマリスに、自力で世界を築いた良襖が負けるわけがなかった。
もっとも、それを迷える母親に自覚させたのは。
彼女の傍で楽しんでいた傍楽の、心からの叫びだったが。
「……………………………………………………………………………全く、狡い問い方ね……そんなの、一択しかないじゃない……」
呆れたように立ち上がり、再びPCを起動する。
スタンピードのゲーム画面、そのメールボックスには、タギー社からの山のような連絡が来ているはずだ。
その全てを。
いっぺんに。
「ーーーーーーーーーーーフンッッッ!!」
ゴガグシャアアアアアアア!! ……と。
ルイズの、鋼の魂の剛腕でまとめて砕いてしまう。
「ありがとう、傍楽君……私も大概、どうかしてたわ」
「例や詫びには及ばない。俺も一度、自分を見失った経験がある。……いいや、最近まで自我があったかも怪しいくらいだ」
経験者は語る、という話。
一度壊れて組み直された心は、かつてとは比べ物にならないほど頑丈で粘り強く状況に寄り添えた。
「この短い間に俺は学んだ。『後悔する道を選んではいけない』ってな。俺はお前に、ルイズに後悔する選択をして欲しくなかっただけだ」
「後悔、ね。言われて見ればそうよね。あんな選択肢選んだら一生後悔し続けてた」
その上で、と心の鎧を脱ぎ捨てた女は気安く語る。
「タギー社を信用しないのは、分かる。でもタギー社が信用ならないからって娘を信じきる訳にも行かない。もちろんあなたも。だから………」
「だから?」
「?」
陰鬱な枷を吹き飛ばし、何もかもから解放された彼女は、まっすぐに言う。
「…………私も行く」
「そ、それで? 来ちまったってのか、ご本人がよ……?」
「うん、来ちゃった♪」
「いや来ちゃった♪ って!! アンタ美人だけどさすがに歳を考えた方がグハびぶるち!!?」
余計な発言で千里が床のシミになりかけてるが、ユリカの喫茶店の床は柔らかいので多分なんとかなるだろう。実際、千里も割りとすぐに立ち上がり、なんてことないように頭を振っていた。
「……本当に良かったの、母さん」
「いいの。ここで動かなかったら、きっと私は後悔する。娘の一番大事な時に寄り添えないなんて、そんなの私で私を許せない」
「母さん……」
「もう、繰り返さない」そして、自分に言い聞かせるように宣言する。「良襖が暴走した時……そして今回。あんな馬鹿らしい姿には二度とならない。後悔しない道を行く…………だから、あなたも自分の進みたい道を生きなさい」
「うん……わかった。あたしにやれること、全力でやるわ」
ようやっとの、和解。
状況を歪にしていた原因のひとつが、ようやく解消された瞬間だった。
「…………んじゃ、やらせてもらうぜ」
「ええ。一思いに」
言って、両者はPCに触れる。
ログイン中の二つのアバターが向かい合いーーーーパァン、とステアリングキーだけが吹き飛んだ。
世界を統べる舵、そのひとつがまた回収されたのだ。
集めるべきステアリングキー…………残り3→2
「感謝する前に聴いておきたいんだけど」
その光景を眺めながら、隣に立つ部下兼友人に言ってやる。
「さっきは調子いいこと言ってくれるじゃない。あたしが全部の記憶を失った時はそばにいなかったくせに」
「傍に居たさ。……お前の片割れのな」
「へ?」
それはこの良襖は知らない情報だ。
「アイツの、マリスのそばにいた時、良襖の精神データと何度も会った。意識不明の入院患者に声をかけ続けるみたいにな。結局、一言も話せなかったけど……それでも収穫はあった」
笑みの理由は信頼。
良襖ならなにかやってくれるというものだ。
「笑ってたよ」讃えるように。「意識なんてないはずなのに。こんな程度の束縛に負けるもんかってくらいふてぶてしくさ」
「…………」
「きっとあっちの良襖は、ひとつに戻り次第『何かしら』やらかすはずだ。でもそこで狂気になんて、二度と落とさせはしない」
「……っ」
彼の心に、良襖もまた打ちのめされる。
「…………ありがと傍楽。でもさ」
だからだろうか。
お返しのように、とんでもない事を言ってしまったのは。
「もう離れないでよね。あんたの傍は、めちゃくちゃ楽しいからさ」
「ーーーー!?!?!? 待ったそれどう言う……」
「へーーーーあっ!! ヤバい今のナシ! いやナシでもないけど……そーいうんじゃなくて!」
なんて競り合いを無視して、話は進んでいく。
「それじゃぁ、やることやらなくっちゃね」
「やること?」
「決まってるでしょ? 修行よしゅぎょー」
にいっと微笑むのは、喫茶店の主たるユリカだ。
「マリスの成長速度に追いつくんでしょ? ちょっとばかし気合い入れなきゃね」
…………それはそうと、タギー社では。
「社長、ルイズのステアリングキー……奪われました」
「ンゴオオオオオオオオオオオオ!!」
当然のように、マリスが大ダメージを受けていた…………。