挨拶無用の電撃戦。ステアリングキー争奪!!
状況を整理しよう。
現在の問題は、単に宿敵・マリスがゲームを私物化しているだけの問題では無い。
このゲーム……『カードレース・スタンピード』の状況が深刻になっているのは、魂をアバターとして利用する『チエカシステム』が原因だ。
このため、ゲームでの結果が魂そのものの危機に直結しかねないのだ。また、悪意を込めてアバターを拘束すれば生死さえ操りかねない。
更に深刻なのは 《ガイルロード・ジューダス》の存在。その役割自体は『ゲーム世界におけるイレギュラーの駆逐』と平和的だが、強すぎる権限は魂そのものを砕きかねないほどの恐ろしさを秘めていた。
あらゆる魂を、ブラウザーを窓口にして招き入れ、煮るなり焼くなり好き放題できてしまう特権……それがこのゲームにはあった。
スタンピードの頂点とは『全人類の生殺与奪権を握る』も同義の玉座だったのだ……
時間をかけ幾万もの魂を咀嚼したスタンピード世界は、今まさにその特権を覚醒させ現実世界を侵略しようとしていた。
だが、対抗策がない訳では無い。
現在、ガイルロード・ジューダスは先駆千里の元にある。人としてはともかく、ゲーマーとして正しい心を持つ彼がそれを悪用することはない。
そしてもうひとつ。Ai‐tubaに配られた特権に『ステアリングキー』がある。
これを七つ全て束ねる事で、一時的にだがこのゲームのコントロール権を奪取できるらしいのだ。
現在、先駆千里が手にしているステアリングキーは二本。
残る五本のキーを含め、全て手にした者が全てを制する。
このルールは秘匿されていたが、公開された以上はビーチフラッグのような鍵取り合戦が始まる。
早い話が、こういう事だ。
「やっべぇ……ステアリングキーってドラゴン○ールだった……」
「は……はぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいい!?」
動乱に襲われたのは、宿敵マリスとその秘書のシイカだ。
舞台はリアルの社長室。
彼らは必要な情報を得るためにマアラを拷問していた。しかしいつまでたってもなにも吐かないため、仕方なく彼の過去の言動や関連する出来事をかき集めて考察していた。
そうして出た結論がこれだ。
「アレで手に入る権限は、ジューダスの比じゃない。考えればAi‐tubaの円卓の時点でこの特権は使われてたんだ……」
「え、円卓? ああ定期週会のことですか……いや! わたしもずっと参加してましたが、そんなこと一度も」
「だから知らないうちに使ってたんだ」珍しくマリスは焦っていた。「鳥文良襖は間違いなく天才だが、それ故に融通が効きずらい性格だ。筆が乗ったら寝食を忘れる作家みてぇにな。
それがどうして、形式的にでも毎回週会に顔を出てたんだ?」
「あ…………」
「必要だったからだ。どうしてもステアリングキーを黙らせておいて、自分が望まない議決結果を出さないようにする必要があったからだ」
抑止力とはそういうこと。
もしものルールは施行される事を目的としない。それが存在する事で、そのルールを起動させないように心がけるようになるのが重要なのだ。
だが、そこで違和感に気がついたシイカが否定する。
「ちょ、ちょっと待ってください? それでは良襖ちゃんがステアリングキーの真の力を知っていた事になりますよ!? 今までの言動と矛盾します!」
「だからチエカとマアラで制御したんだろ?」
冷静に考える。
それが自分の首に突立つ刃を『自覚』することと知りながら。
「良襖の相棒、チエカは上手い事を言ってキーの権限を別の言い回しで伝えた。『アナタが居ない間に、Ai‐tuba自体の権利でゲームを書き換えられかけましたー』みたいにな。それをマアラに補完させればセカンドオピニオンも完璧だ。
とにかくこのままじゃ、俺さんの考えを無視してスタンピード世界が書き換えられちまう……!」
事実が解れば行動は早い。
より多くの鍵を確保すべく、まずは会社の中にある父親の部屋を目指す。彼の父、ホムラもまたAi‐tubaでキーを持っているからだ。
「クソッタレめ。キーはおそらく魂にプリントされている……きっとジューダスもだ。運営のコマンドで所有権は動かせないし、ジューダスの機能で一度分離しないと移動自体できない。まどろっこしい交渉が要るってわけだめんどくさい……」
「あ、あの……? キーが全て揃わないと効果が出ないのなら、わたしやオリジナルチエカの持っているキーを守るのが最優先なのでは?」
「バカ、それじゃお前やオリジナルになんかあったらそれまでだろ。一本でも多くキーを確保して保険にするんだよ……!
シイカ、お前は他のAi‐tuba……ルイズとユリカに連絡しろ。連中より先に二人を口説きおとしてキーを保護するんだ」
「り、了解しました!」
判断は迅速かつ正確。
信頼する秘書に外の事を任せ、自分は自らの父親を説得しに駆ける……これだけ見れば、マリスは優秀に見えるだろう。
しかしマリスは自覚してなかった。
自分がどれだけ、無作為に敵を増やし続けてきたか。
それはタギー社のエレベーターの先。屋上にある会長邸宅にて示される。
がちゃりと合鍵で玄関を開き、挨拶もせずどたどたとホムラの部屋へ急ぐ。
「親父、入るぞ」とさすがに寝室兼ログイン部屋に入る前は挨拶をしてから襖を開ける。
そこで待っていたのは…………
「ご、ごぶふゎあああ…………ゴボボボボ……」
泡を吹いて倒れる。
ご高齢のAi‐tuba、稲荷焔の姿だった…………。
「お…………親父イイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!?」
マリスはその地位に付いて初めて、本気の絶叫を経験した。
「……今頃アイツ、オヤジのあられもない姿見て驚いてんだろーな」
「うむ。そしてその出来事をなんとか利用して、ホムラを『復讐者』に仕立てようとするにござろう」
「はっ。全部計画通りだ」
所変わってユリカの喫茶店。
暗躍の第一波を終えて、ゲームからログアウトしたのは千里と或葉だ。
ちなみに彼らはとっくにホムラと和解済み。もちろんホムラを闇討ちしてキーを奪い取ったとかいう訳では断じてない。
千里とホムラは事前に電話で連絡を取り、キーだけを渡す打ち合わせを済まして秒で回収してきたのだ。
ホムラを被害者に偽装した理由は二つある。
「ホムラには前線に出てきてもらわないと困る。なんせ俺はホムラの試練をクリアしてない。
あの場で悠長にカードを取り出すのを待ってくれるほど、タギー社のセキュリティは甘くないだろーしな」
そう。千里はまだ七つの試練を完全攻略していない。アルジの試練はスキップしたが、事実上は或葉に変わりにやってもらうことになりそうだし。
そしてもうひとつ。
「それに……今ホムラに退場されたら困る。あの人には、マリスを追い出した後のタギー社を立て直してもらわないとな」
「うむ。ただ敵を葬って終わるなら苦労はないのであるがの……」
「ステイだぜ或葉。気持ちは分かるけど抑えよう」
ともかく、作戦は成功。
千里の手元には、三本目のステアリングキーが刻まれていた。
集めるべきステアリングキー…………残り5→4
「あら。なんだったらわたしが次期社長をやってもいいんだけど?」
そしてもう一本の持ち主がきた。
当然だ。ここは彼女が経営する喫茶店なのだから。
「あ、ユリカさんちっす」
「はいどうも。……要件はこれでしょ?」
ユリカが手近なPCを操作する。
画面には彼女のアバター画像が浮かび上がる。その胸元にも当然ステアリングキーが下がっている。
その所有権を動かそうとして……その指が止まる。
「これを渡すのはいいけど……二つ条件があるかな」
「? 待たれよ、今更拙者らの間柄でそんな……」
「まー待て或葉。……なんです条件って?」
「一つは、家に帰らないこと。あなたにとって一番厄介な敵が、あなたのお兄さんであるうちはね」
「……っ」
それは重要な条件だろう。何せ千里の兄は今、マリスの側に付いている。何らかの『首輪』がかかってそうせざるを得ないと言った体だが、とにかく千里の敵でないとは言いきれまい。
そして。
「もうひとつは……そうね、スタンピードを、この世界を救ってくれる?
「え……」
いきなりの提言だが、続く言葉ですぐに理解する。
「あのいけ好かないマリスを!! ギッタギタのグッッチョグチョのメッタメタにぶっ倒す事でね!! それが誓えるなら、このキーを託せるわ」
「……ははっ、もちろん。言われるまでもねーっすよ」
もとより、先駆借夏との決着はつけるつもりで居た。
そして当然、マリスをギッタギタにぶっ倒す事も予定に含まれている。
だから誓いを恐れない。
「誓います。俺がこの世界を護りますよ」
「うん。なら、よろしい!!」
契約は完了。
ジューダスの特権による、キーの譲渡は速やかに行われた。
集めるべきステアリングキー残り…………4→3
そして当然、タギー社も察知するわけで。
ーーーーpirrrrrrrrrrr!! ……ピッ。
『社長、悲しいお知らせが』
「あー、だいたい予想つくけど、何だ?」
『Ai‐tuba・ユリカのステアリングキーが、先駆千里に奪われました……』
「ンゴオオオオオオオオオオオオオオオ!! やっぱりか畜生オオオオオオオ!!」
一回栓が抜けたら止まれない。
父への襲撃に続く衝撃に、マリスは凄く久しぶりに本気で号泣してしまうのだった。
そこで止まる彼ではなかったが……
「……こうなったらルイズだ。鳥文良襖の母に連絡しろ、いいな?」
『あ、あのそれが……先程から連絡がつかなくて……』
「は?」なにもかもがこぼれ落ちる悪寒がマリスを襲う。「アイツの家には固定電話があるはずだ。なのになんで……」
『それが妙なんです。何度電話してもコールさえ鳴らず……』
震え上がる。
全方位から針で追い詰められるような恐怖を感じた。
(まさかアイツら、俺の動きを見越して電話線を外しておいたのか……?)
『こうなっては仕方ありません。今から現地へ飛びますので……社長? 社長ーーーー?』
返事をする余裕はなかった。
マリスはただ再起動を待つロボットのように、しばし呆然自失のまま立ち尽くすだけだ。
それでも。
(が……ひ……そう上手く行くものか)
思考を立て直す。
自分に有利な材料を掻き集める。
(ルイズは良襖の母親だ……ステアリングキーは、良襖が暴走しないためのリミッターでもあるんだ。そう簡単に首を縦に振るものか)
『社長? どうなさいました……』
「ああ、大丈夫だ。それと、お前はここに残れシイカ」
再起動。なんとか判断を下す。
「向こうにお前が出向けば、力ずくでステアリングキーを奪われる危険がある。他の部下を向かわせる」
『は、はい……かしこまりました』
冷や汗が止まらない。
肝心な所を人任せな事実に虫酸が走る。
それでも彼が石ころで終わることは無い。
断じて。
「……後は頼んだぜ、良襖」
そしてこちらでも、千里が『人任せ』を敢行していた。
しかし、仕方無しに頼ったマリスとは訳が違う。
ある分野において、全霊信頼を寄せる相手への『人任せ』だ。