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カードレース・スタンピード!!  作者: 能登川メイ
episode 10 色彩なき覚悟。千里vs???
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誰もがいつか、同じ灯りを持って辿り着く場所に。

「ずっとわからなかった。オマエの『役割』がよ」


崩れゆくシュガーマウンテン。


千里とマアラは、ひび割れ行くゴール地点にて最期の語らいを続ける。


「今まで会ったAi‐tuba……電子の最高幹部達にはみんな何らかの役割があった。チエカは客寄せと場ならし、良襖の母(ルイズ)はゲームマスターの良襖のお守り、ユリカさんはAi‐tubaの統括、アルジは事実上の黒一点。でもってスポンサーからの視察がシイカで、カードゲームのご意見番がホムラだ」


それぞれに重要な役割がある。


だがマアラは、それほど大事な役割があっただろうか?


「しかもだ。もっと言うなら、Ai‐tubrは陣営で真っ二つに割れる。魔王こと良襖に付いてたのがユリカ、チエカ、ルイズ。タギー社の長、マリスに付いてたのがユリカとホムラ……アルジも番犬として雇われてたな」


つまりは三対三の構図。


同数のバランスの中で、どっち付かずのマアラだけが浮いている。


「じゃあオマエは何しに出てきた? チュートリアルの担当ならチエカもやってたし、良襖の味方でもマリスの味方でもない。

チエカの正体がアニキの分霊体(アルターエゴ)だってだいたいわかってから、それをずっとかんがえてた」


電子世界の法則が、マアラにだけは当てはまらない。


彼だけはなにをするでもなく、チエカに引っ付いて動いたりふらりと現れては消えたりしている。


しかしそれも、千里と借夏を軸に見方を変えれば意義が出てくる。


「そんでここに来て、オマエとアニキがどこか似ていることに気がついた。そしてこのゲームと関わる前に、チエカとしての地位を築き上げたのはアニキ自身だ。

でもって、オマエはチエカの正体を知った上で尊敬している風だった」


『外見も性格も中性的な、客寄せパンダ気質の男性』が偶然ふたりも揃うことなどそうはあるまい。ましてゲームというエンタメでは、属性の被りは極力避けたいはずだ。


なのに揃った以上は、必ず理由がある。


「つまりだ」そして真相を解剖する。「オマエは『チエカの古参ファン』だ。そしてアニキと交流を深め、このゲームの開始直後から俺の見張りをやってた……アニキの『共犯者』ってワケだ」


「…………ははっ。おみごと。大正解のどまんなかです」


マアラも肩を落とす。


彼は、彼だけはどちらの味方でもない。ただ借夏とチエカを信仰するだけの『従者』とでも言うべき存在。


気質は或葉と同じく、飼い慣らされた消費者側のそれ。本来ならば、幹部Ai‐tubrとして肩を並べるような器ではない。


それを同僚として滑り込ませたのは。


「アニキか。アニキに誘われて、オマエは電子の幹部をやっていた。無限増殖のチエカシステムでも塞ぎきれない穴を埋め、俺の動きを監視したりサポートするために」


「ええ……大変でしたよ? ゲームの最初期、他のクラスが順に実装されていく中、僕が担当するシュガーマウンテンはいちばん最後でしたから」


苦労の積荷を下ろすように、少年が本音を吐く。


建前を棄てたその顔は、酷くやつれて見えた。


「必然的に、僕がいちばんしたっぱに。とっくに知ってた情報を吐き出さないようにするのでせいいっぱいでした。そしてそもそも、僕は表舞台に立てるようなひとじゃない……」


ひょっとしたら、何者でもない裏方がいきなりタレントに抜擢されたようなものなのかもしれない。


きっと毎日が限界すれすれで、いつ倒れてもおかしくなかったのだ。そんな、細枝で重荷を支え続けるような日々…………


「それでも、頑張れたのは借夏さんが居たからです。あの人は徹底的に自分を改造し、御旗チエカさんの誕生という奇跡を引き寄せました。

それを更に発展し、ついにはこのゲーム世界全体に浸透する概念になるまでに……様々な制約を力づくでひきちぎっていくあの人は、なにもできない僕の憧れでした……」


「マアラ……」


他のAi‐tubaが、チエカに抱く感情は様々だ。


ユリカは怪異への疑惑。ルイズは娘の友への信頼。ホムラは若輩者への侮蔑。アルジは上位者への憤怒。


そしてマアラは。


「オマエは……アニキやチエカになりたかったのか?」


「いいえ。あの人と同じくらい……いや、それ以上の唯一無二になりたかった。

あの人の輝きが眩しくて、僕ももっと輝けたらな、っていつも思ってました」


「…………」


罪な話だ、と千里は思った。


まるでたった一人へ贈るラブソングを歌っていたら、そうとは知らない民衆に熱狂的な評価を受けたアーティストのように。


先駆借夏と、彼が生み出したチエカシステムの織り成す幻想は彼のようなフォロワーを数えきれないほど生み出していた。


無限増殖するコピー達はともかく。


その大元の心は、たった一人の家族へのみ注がれているというのに。


「そしてその願いは…………今も変わっていません」


「へ?」


急に風向きを変えた声に気の抜けた声が出てしまう。


それも無理はないだろう。







曖昧な笑みを浮かべた彼に。


唐突に銃口を向けられたのだから。







銃声が響く。


苦悶とともに、千里のアバターから『ステアリングキー』が飛び出した。


「……やっぱり。アルジさんから取り上げたキー、まだ持ってたんですね。特にシステムに干渉できない魔弾でも十分に分離できます」


「が、は…………なんで……!?」


「なにを驚いているのです? いまやこのゲーム全体から狙われた立場だというのに」


「だって……だってそうだろ! オマエがここに来たのはアニキの……借夏の指示のはずだ!」


(アバター)に響く苦痛を堪えながら吠え叫ぶ。


「俺がマリスとの決戦に勝てるように……アイツが作り出した第三のカード、イベントカードのチュートリアルをマジにやりに来たんだ!

アイツはきっと、今も成長している最中だから……その速度に追いつけるようにって!」


「そのつもりだったんですがね」


マアラは、どうにもドス黒い笑みが止まらない様子だった。


何か、手違いで感情のインクをぶちまけてしまったような症状だ。


「でも、あなたが全力でぶつかってくれたおかげで、それを全力で迎えうった過程で気がつきました。『なにをかませ犬に徹しているのだ』と。僕自身だって、脅威に対する切り札になり得るんじゃないかって」


「無茶だ……だってオマエはガイルロードジューダスを……このゲームのキルスイッチを持ってないんだろ!? あの卑怯者に喧嘩を売る手段さえ持ってないんじゃないか!?」


「なに、外法には外法をぶつけるまで。僕にはこの魔弾がある」


歴史を変えるのは、いつだって一発の弾丸だ。


マアラはAi‐tubaの中で唯一、それを与えられている。


「そしてスタンピードMikiを見たならおわかりでしょう。僕のカードの評価は、今やAi‐tubaでも一二を争うほどに高まっていると。

それが僕自身の力でないのは百も承知……重要なのは、僕にも勝ちの目があるということ」


踏み出す一歩は重すぎた。


あまりにも深く、自分の足場さえ壊しかねない歩みだ。


熱狂の中、壊れたような声が響き続ける。


「ならばゆくのみ。他の誰でもない、僕自身の意思と力で。この破滅的な状況に風穴を開ける!

だからあなたの道を預かる! あなたが持つジューダスには及ばずとも、この鍵には状況を打開する力がある! だからできるんです! こんななんの取りえもない僕にだってーーーー」






たんーーーーっ、と。


再び、より長く響く銃声が響いた。






撃ち抜かれたのは、もちろん白い少年だった。


「あ…………が…………?」


「外法には外法をぶつける……なら、当然ぶつけられる覚悟もあったんだよな?」


千里の背後には、うっすらと 《ガイルロード・ジューダス》が浮かんでいた。


電子世界すら射抜く弾丸がマアラを打ち砕いていた。マアラの分も含め、獲得した二本のステアリングキーが、完全なる撃破を証明していた。


「あぐ、うう、うご、けな……痛い、なんで……」


「……ごめん、マアラ。でもオマエじゃあ、マリスには勝てない」


戦いの中で、乾いた心がマアラに語りかける。


「アイツはどんなヤツだって利用する。それも、相手に利益があるように装ってな。俺のダチの傍楽だって絶賛利用され中だ。

オマエの芽生えたての自我なんて、きっとアイツにコロッと騙されてオシマイだ」


「そ、そんな……」


「だから、ここは俺に任せてくれ。アイツに対抗できんのはきっと、アイツへの敵意を積み上げ続けた俺だけだ」


千里の手から枝葉が伸びる。


ステアリングキーを回収するべく穿った孔も、ジューダスにかかればきれいさっぱり治ってしまう。


「んでさ。オマエ借夏に憧れてるって言ってたけどさ」


そして、千里は締めくくるように言い放った。






「『憧れは理解から最も遠い感情だ』……だってさ。前にどっかで見た言葉の通りになってるよ、オマエ」






「……ぐす」


白い少年は自覚した。


あくまでも、マリスにぶつかるべきは先駆千里をおいて他にはないのだと。


自分の役割はあくまでも端役で、この場において活躍する余地などもうないのだと。


ここで打ち砕かれる以外、もうなにもできないのだと…………!!


「ああ……ああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ………うあああ……ああああああああぁぁぁ!!」


崩れ落ちる。


憧れを『利用されていた』……そんな感覚なのだろう。


「恨むんじゃねーぞ」それでも戒めるように。「借夏はきっと、できる範囲でできることをやってる。すくなくとも事態はそう動いてる。

だから、怒ってもいいが恨むんじゃねえ。それをやるとしたら、全部が台無しだったとわかったあとだ」


「はぁ……ハハハ……そうですね……」


言いながらころがり、仰向けになり、クッキーの地に沈む。


そして、せめてもの役割を果たす。


「その鍵は……その鍵も、良襖さんの……魂の欠片です」世界の仕組みのご教授。「借夏さんが……もしものために……チエカシステムを使って……良襖さんの権限を、切り分けてあったんです……」


「…………」


「全部、集めてください」


主役にはなれずとも、状況の足を引っ張って終わりたくはないとばかりに絞り出す。


「その鍵が全部揃えば、一時的にですが……完全な良襖さんと同等以上の権限が与えられます。それこそが、このゲームに隠された裏のグランドクエストです……!」


「…………わかった。教えてくれてありがとな」


「礼には、及びません……」


マアラから笑みがこぼれる。


溢れたインクを綺麗に吹いたような、どこか寂しくも晴れやかな笑みだ。


「ただ思っただけです。何者にもなれなくたって……足でまといにだけはなりたくないって、思った……本当に、それ、だけ……………………」


それだけがせいぜいだった。


白い少年は、役目を終えたかのように音もなく崩れたのだ。


「…………」


彼のアバターは、まるできめ細やかな粉砂糖のようになってその場にたまった。


それもすぐ、あたりの熱風に煽られ大気の塵と化す。


立て続けの衝撃に耐えかね意識を落としたのか。


それとも。


「…………マアラ」


主役になりたかった少年への声は誰にも届かない。


ただ敗者は去り、勝者が勝ち残るという結果があるだけだった。

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