借夏の語る終末。最終イベント・スタンピード開幕へ!!
「……ハッハッハーーーー!! 見たかよシイカ、アイツ、イチバン大事なところ端折りやがったよ!」
「ええ、律儀なものですね……ふふ」
同時刻、タギー社。
笑いこけるのは、理屈上は借夏と協力しているはずの男。
タギー社の社長にして、全ての元凶のように振る舞う顔の見えない存在、マリスだ。
「その後がイチバン面白いんだけどなぁ……ま、俺さんとの『約束』を守ってくれているんだから有り難く思っとくかぁ……」
いくら真相が明かされても、この男の鉄面皮は未だ剥がれきることを知らない。
彼は動かない下半身をキャスター椅子に任せ引っ張り、次の手を打つ。
戦局を決める、最後の一手だ。
「さあ、美しい兄姉弟愛に乗っかったクライマックスだ。
最後の戦いを始めるぞシイカ!! 広報の準備はいいな? スタンピード史上最大の祭りだ!!」
「滞りなく」
暗躍は深く。
三人の物語に、割り込む不届き者の高笑いは未だ絶えない。
「ハッハッハッハー!! いいぞォ、アイツらが最っ高に盛り上がった所へぶつけてやる!」
嘲笑の中じっと見つめるは、彼が物語の始まりから目をつけていた三兄姉弟。
その行く末こそが、彼の目指す世界なのか。
それはまだ、誰も知らない。
「アニキ……」
「どうだい千里? この豪華な姿。既に一部のユーザーには、機能を制限した状態で配られている。
だから、この姿でここに居ても何の問題もないわけだが」
その立ち姿は、険しくも美しいもの。
かつて彼が、借夏が目指した、父と母を混ぜたような『親』という概念の結晶か。
《最速疾駆チエカ・ブロンズコーデ》✝Cheek_Copper wire……
ギア5マシン スカーレットローズ POW30000 DEF 0
【デミ・ゲストカード】【任意】手札のこのマシンを、自分の 【デミ・ゲストカード】一枚の上に重ねて呼び出してもよい。
【同名含め一ターンに一度/このマシンのセンターとのバトルの勝利時】自分のマシンゾーンに存在するマシンのギアの合計分、走行する。
【XXXXXXXX】XXXXXXXXXXXXXXXX。
【XXXXXXX】XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX。
「その姿が。それがアニキが目指した姿なのか……?」
「んーやー。ちょーっと違いますかね?」
そう答えるのは、ブロンズコーデの影から出てきた新たなチエカ。
その首元には、たしかにAi‐tubrの証たる『ステアリングキー』がぶら下がっていた。
Ai‐tubr一人に付きキーは一本。つまり、
「その鍵……お前がアニキから飛び出した最初のチエカか!」
「イエース♪♪ ……と言っても、もうあまり意味はありませんけどねぇ。ワタシは既に無限増殖する意思あるクラウド。
たとえこのアバターが消失しても、今更ワタシという存在は消えませんので♪」
「…………ッ」
「それと、カルナのこの格好も、単にラスボスっぽいデザインを依頼しただけなので悪しからず。
……まぁ、そこから滲み出るものは紛れもない本人の意思ですけどね?」
気安くあっさりと言ってのける。
あくまでも、チエカの本質は自他共に認める電子のバケモノだった。
その上で、改めて千里は自らの兄と対峙する。
親のふりをしようとした兄と。
「状況を整理しようか」
カルナは、言葉のナイフを持って睨みをきかせる。
「さて。チエカの真実を知って君たちはどう思う? ……まずは風間傍楽くん。
君はたしか、強すぎる輝きを放つチエカにコンプレックスを抱いてたね。そしてそれを軸に、予定調和の当て馬にされた」
始まりは尖兵へ。
切り崩すように言葉をかける。
「そして丁場或葉ちゃん。君はチエカの生き様にゾッコンだったというじゃないか。
どうだい? その源流が僕みたいなつまらない男でガッカリしたかい?」
続いて或葉へ。
ケーキを切り分けるように、順番に。
「最後に鳥文良襖。君の才能を、僕らは寄ってたかって食い物にした。
散々利用された君の中には、間違いなく僕らへの怒りがあるはずだ」
そしてより深くへ。
無遠慮な言葉の刃が切り裂く。
「三者三様。君たちは僕の身勝手な思想に振り回された被害者だ。君たちは僕に石を投げる権利がある……さあ、どうする?」
「…………」
「…………」
「…………」
三人はしばらく沈黙を保った。
いずれもスタンピードには、人生の少なくない部分を振り回されていた。
だが。
「恨むかよ」
傍楽が前に出る。
試練を経て、彼らは成長してもいた。
「コンプレックスなんて、俺が勝手に抱いたもんだ。それに、一回海にドブンして目が冴えた。
きっと俺は、今までずっとぬるま湯に浸かってて、そこから追い出されるのが怖かっただけだ。
だったらもっと上を目指せばいいって気が付けた。目的さえあれば、裸一貫の旅路も楽しめるってな。それに適任なのはそこなチエカだよ」
「滅ぼすべき敵ではなく、目指すべき北極星にすると?」
「ああ。……ま、その兄貴分のアンタがどうなろうと知ったこっちゃないがな」
「あいにくと」
良襖も前に出る。
「あたしは恨もうにも、酷い目に逢った記憶がまるっとこそげ落ちててね。
あたしにとっちゃあ、いいパートナーと出逢えたって認識しかないのよね。こーして夢は叶ってるっぽいし。だから恨みようはないわ」
「拙者も恨まん」
そして或葉も。
「結局の所、チエカとは無限増殖する怪物であったのであろう?
なんと素晴らしいことか。
左様な偉大な者は生涯推せるではないか。それをこの世に送り出した事を罪と裁くは無粋にござろうよ」
「協力する者に愛でる者。それぞれの事情でチエカを受け入れてくれるか」
「千里……お前はどうする?」
「…………」
ここで、千里が頷いたらどうなるだろう。
ゲームである以上戦いは避けられない。だが事前に和解していれば過程が変わる。
それは決戦というより、ラスボスを倒したあとのイベント戦やエキシビションに近くなるだろう。予定調和で千里は勝利し、おそらくはそのままずるずると…………
「……………………くそったれめ」
「千里?」
浮かんだ一つの可能性に、千里は吐き気と共に突き返す。
「ダメだ。返事はできない」
「何故?」
「前提が足りない。まだ、なんか隠してるよな?」
「…………」
「三者三様なぁ? 上手い事言って俺の事ハブりやがって。端折った俺への被害はこうだ。
『せっかく新しい居場所を見つけたのに、次から次にメッキが剥がれるせいで安心してのめり込めない。挙げ句身内もろとも命まで危うい』だ」
味方を切り離されるのにはもう慣れた。
細かい枝葉に惑わされず、千里はただ本質のみを突く。
「さっきの話を信じるなら、この結果はなーんかおかしいよな? まして、コンテンツを作るのに慣れてる『大企業』が協力してるなら、リスクヘッジを心がけるはずのメンツなら。
俺に新しい居場所を作りたいなら、それを囲む幻想は何がなんでも守りたいはずだ」
「…………」
「言えないことがあるんだろ? たぶん、マリスに関わるナニカをさ。
そしてこうも言われた。『もう十分試練を与え終わった。千里の味方を懐柔し、戦う意志を切り落としこっちに引き込め』ってな。アニキの言う通りにしてたら、そのあとなあなあで全てを失うのが目に見えたぜ」
ゾワァ!! とした悪寒が仲間たちに走る。
複雑な表情のチエカに囲まれながら、やはりバツが悪そうな借夏に続けて言う。
「ま、アニキやチエカが黙って従う以上は俺『だけ』は何とかなるんだろーがな。
それじゃぁ意味ねーっての。俺が求めてるのは居場所なんだからな」
「……、全く。ほんっとに成長したんだなぁお前は……」
驚きうろたえる借夏を後目に立ち上がり、踵を返し去ろうとする。
「言いたくないなら言えなくていーよ。事情がどうあれ俺はアニキをぶっ飛ばす。
だったら下手な真実はむしろ邪魔だ。全部の決着がついてから、じっくり聞いてやんよ」
「そうか。理解が早くて助かる」
そして色々、諦めたように。
「どうせ、激突は避けられないんだ。思い切り敵対したほうがいい」
その時、電子世界が光に包まれた。
「!?」
「……始まったか」
冷静な反応を見て千里が噛み付く。
「始まったって……何がだ!? いったいなにが起こる……!?」
「マリスは言っていた。この世界はプロトタイプだったってな」
それは恐怖の回答だった。
「荒削りであやふやで、生まれたばかりのマグマのよう……そもそも、僕らの『奇跡』と彼の『計画』を悪魔合体させたこの世界が、最初からうまく行くわけがなかった」
ぺらぺらと。
薄っぺらで、全てを馬鹿にしたような計画が語られる。
「だからこう考えた。あやふやなままに一定の経験値を積み、それを抱えて『脱皮』することで成体となればいい。
まるでゲームのしもべのような進化手順を経て、このゲームは本当の意味で完成する」
世界のどこかで、ポンと気の抜けた音がした。
声が響いた。
チエカの代替、マリスの秘書シイカの演技声だ。
『さぁーてみなさまっ! スタンピードは一つの節目を迎えようとしています。
そこで現行の『第一部』を完遂すべく、その終止符を打つ最終イベントの開催を予告しますよー!!』
どこか作ったおっとりさとともに、電子の世界を揺るがす時間割りが発表される。
『その名も【群集事変】!! これをクリアすることで、このゲームは全く新しい世界へと突入します。
当日期間は 《七つの試練》の遭遇率超極大!! 更にーーーー』
「これ、オマエ……借夏、これどういう……」
「つまりこういうことさ。僕は彼に、マリスに千里のためのゲームを作る協力を持ちかけた。本心を隠し、チエカシステムを手土産にな。
だがマリスは小賢しく僕の狙いを見抜き、協力の比率に見合った契約内容を突きつけてきた。つまり、僕に協力できるのは年内までだと言っきったんだ」
疑問符がたくさん浮かんだ。
何一つ理解に至らないまま、結論だけが鮮明だ。
「一度終わるのさ。僕の敗北を以て、今までのスタンピードから僕の意思は切り捨てられる。
同時に……千里の成長のためにあしらわれたあれこれもね」
「………………………は?」
「より噛み砕いて話そうか」
そして。
今度こそ借夏は、理解できる言葉で話した。
「このゲームのプレイヤーの誰かが僕を倒した時ーーーー『カードレース・スタンピード』はそのサービスを終える」
理解はできた。
しかし理解したくない現実が、そこにはあった。