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カードレース・スタンピード!!  作者: 能登川メイ
episode 10 色彩なき覚悟。千里vs???
131/190

聖域の生誕。借夏の懐古録後編。

アニマ。


元は命、魂そのものを表すラテン語だったが、時とともに『男性の中の女性的要素』を指す言葉になったとか。


それがチエカだという。


あくまでも目の前の少女は、借夏の中に秘められた別人格……のようなものらしい。


そういえば、精神修行に付き添ってくれた住職さんがこんな事を言っていた。


『今、君の魂はかなり不安定に見える! 弟くんへの想いが暴走し、自分で自分を追い込み過ぎているんだ!!

私見だが……このままでは君自身が生き霊となりかねん!! 魂がバラバラに砕け、君が愛する弟くんに絡みつく背後霊と化す!!

それが守護か呪いかは分からないが……どのみち君自身の命が危うくなる!』






『あー、今思い浮かべたはずのでダイジョウブです。早いハナシ、今ワタシ達は幽体離脱した上電脳霊となってPC本体に入ったあげく、千遠火(ワタシ)借夏(アナタ)、二つの人格に分離しちゃってるワケですね?』


『いやはや……まさか、あの坊さんの言ってることが当たるとはな……』


いやたしかに当たりはしたが。


想いが暴走した結果生霊みたいな状態になり、真っ二つに別れた上たぶん命が危ういが。


(だからって、こういうのは予想外だったなぁ……)


眺めるのはモノクロ衣装のレースクイーン少女。


淡い金にオレンジのメッシュを無数に走らせた超ロングヘアが特徴的な少女だ。


機材と手間暇の結晶。今や彼の収入源とさえなっている、先駆借夏の『皮』だったものだ。


それが、およそ普段の自分に似ても似つかない挙動で対面している。……そういえば、配信をしてる時の自分はこんなだったかもしれないが。


(ひょっとして……配信の時に体が勝手に動く感覚は彼女のおかげだったのかな?)


『あはは……いくら自分といえどその……こうして面と向かって見つめられると照れちゃいますね?』


『す、すまない』


かわいらしく反応を返す『チエカ』を目の当たりにして、借夏はうめく。


『あのなぁ……今僕がなに考えてるかわかるか? 生霊と化してキミと向き合っているのでもしんどいが、まさか自分の中にーーーー』


『「こんなオンナノコしてる人格が自分の中にあるなんて信じられない」……でしょう?』


『……!! なんでそれを』


『そりゃあだってアナタはワタシですもの。他にも色々知ってますよー?』


自信満々に腕くみしてるもんだから、どんな言葉が出てくるかと思ったら。


『たとえばX月○日。アナタは千里クンのオネショを処理する前に、好奇心から深呼吸をしてしまったとか』


『ひぐっ……窓から誰か見てたのかもだし』


『たとえば、アナタの机には千里クンの写真毎日分の写真メモリと彼への思いを綴った日記が隠されてたり』


『ひぎぃ!! いや待て誰かが盗み見たのかも』


『○年前のX月、さすがに日記にも書けなかった思い出。お部屋で千里クンを介抱してたら、いい年こいて彼のお尻に』


『らめぇぇぇえええぇぇぇぇぇぇストぉーーーーーーーープ!!』


こっぱずかしくて聞いてられない。


最後に至っては記録すら残してない、彼だけが知るはずの千里と借夏の情報だ。


『ハァ……わかったわかった、キミが僕だってのは十分わかったから……』


『よろしい!! まあわかってもらえたところで……お茶でも飲みます?』


と、どこからか取り出したティーセットを差し出すチエカ。


不思議なことに、どこかで嗅いだような甘い匂いがした。


『よくわかりませんが……混乱した時は紅茶を飲めばだいたい解決するみたいです。

幸い、ワタシ達の記憶(メモリー)の中にいい感じのがあったんで再現したので』


『……そうだな。少し落ち着いた方がいい』


言って、ティーカップを手に取り紅茶を啜る。


…………この経験が後に、始まりの街 【シュガーマウンテン】に喫茶店を設置するきっかけとなった。







『……ぷはーっ。やっぱりきっちりしたところで一服すると気が安らぎますよねぇー』


『そうだな……』


そしてしばらく、別人格(チエカ)とのティータイムを楽しむ。


熱くかぐわしい香りと共に、彼女の存在が借夏に染み込んでくる。


『まったく……キミみたいなのが、他のみんなにもいるのかい?』


『まーさか。こんなXX(ダブルエックス)でもう一人のボクみたいなのが全世界に居てたまるものですか。

この世にはバグ○ターウイルスも千年パ○ルもないんですよ?』


『いや色々と危ういな発言ッ!?』


『カタイこと言わないでくださいよーどうせここにはワレワレ二人きりなんですから。……というか、一人きりですけどね?』


くいっと飲み干し、チエカが身を乗り出しぐいっと迫る。


自分自身から産まれたとは思えないほど、その姿は輝きに満ちていた。


『さあさ……落ち着いたところで、本題参りましょーか』


『本題?』


『千里クンについて、ですよ』


ニヤリ、解像度の高い笑みで彼女は言った。


ここからが重要だった。


『ワレワレの目的は一つ……『先駆千里の未来を保証する』。今は落ち着いて見えますが……果てなき未来を見据えたらちょっち不安ですよねー』


『……まあな』


千里には両親が居ない。


借夏にはわかる。両親がいる事の大切さも、そこから得られる尊い経験も。


だからこそ、それを何としてでも与えたかった。しかし自分が代理を努めようとした母親は上手く行かなかった。


それどころか、父親役でさえ…………


ウンウンと唸っていたチエカは、さらに次の言葉で引き寄せる。


『いやはや。ワタシ自身途方に暮れてまして。こんなのどうすればいいんだーーーーって思ってたんですけどね?

アナタが気を失っているうちに愉快な事が判明いたしまして』


その発言に疑問をぶつける前にチエカの指がパチンと鳴る。


いくつかのウインドウが続けざまに出た後、その影から出てきたのはもう一人のチエカだ。


『ちょっ……?』


『どうやらワタシ……コピーできるみたいですよ?』


さらに得意げにくるりくるりと回り移動しながら、スポットライトの直下のような眩いお立ち台につく。


そこでパチンパチンと指を鳴らす度に、遥か上空より新たな彼女が現れ降りる。


『はいなー!』『はいなー!』『はいなー!』『はいなー!』『はいなー!』『はいなー!』『はいなー!』『はいなー!』『は…………』


そうしてあっという間に……ダース単位のチエカ軍団が誕生した。


『なんて……ことだ、これがキミの能力……?』


『ええ。一人一人がワタシと同じ性能で、記憶は全て共有できます。

……さてさて。母親役にはワタシもアナタも届かない。でも、電子的にコピーした「ワタシ達」なら』


自信たっぷりに、形良い胸を張る。


『作戦はこうです。ワタシをコピーしまくってアナタが無茶してやってきた仕事を分担するとともに、様々な方に会って経験値を積む。

アナタは可能な限り、父親役に徹してください。母親役はワタシが請け負います』


『おい待て…………あっていいのか、そんな都合のいい事が』


『もちろん。文字通りの千人力ってワケです。ひとりより二人。二人よりたくさん! アナタひとりの体でできないことも、今のワタシ達なら実現できると思うんです』


『…………』


『ワタシはアナタ。アナタはワタシ。お互い遠慮する事なんてないんですよ』


わーーーーーーー!! と人海フォーメーションでアピールする、その言葉に嘘はないだろう。


(僕は彼女、彼女は僕…………)


ある意味では、借夏の果てなき願いが創造したイマジナリーフレンド。


それでいて、間違いなく自分の魂の片方を持ち健在する『分霊体』。


だからこそ。


自分自身だからこそ()()()()()()()()()


『…………それだけじゃあない、だろ?』


『へ?』


『君の本音はそれだけじゃあない。君が僕を知るように、僕も君を理解できる』


困惑が収まってみれば、なにも恐れることもなかった。


青く漲る電子世界に座り込み、改めて『自分のかたわれ』と向き合う。


『君は……自由を手にしていたいんだ』


『…………あー、わかっちゃいます?』


『そりゃあな。多分、意識が表に出れたのは配信の時ぐらい……それ以外は僕の中でオネンネだ。

窮屈じゃないわけが無い……そこへ来てこのチャンスだ。ここを逃したら、君はまた僕の中に帰る羽目になる』


多重人格は、周りがほっとくとどれか一つの人格になるまで潰し合うという。


理由は単純。ひとつしかない身体の操縦権を手にしなければ、その他眠っている人格は死んでいるも同然だからだ。


たとえ医師が介入したところで、その治療は和解と『同化』がベターだ。極論を言えば、ひとつの体に複数の人格を維持する正解なんてものは今持って存在していない。


この出会いは。


肉体を離れ、電子の世界で向き合えた事実は途方もない奇跡と言えよう。


『……ショージキ、自分でもよくわからなくて』チエカが打ち明ける。『いつの間にか産まれてて、気がついたらみんなの前に立ってて、ムガムチューで色んな企画やったら褒めてもらえて……でも終わったら半分寝てるみたいになって、自分で動けない……』


『…………』


『ええ。欲しいです自由。欲しいですともちゃんと動けるカラダ。

たとえ何も無い空っぽの世界でも……やっと出られた外側の世界なんです。手放したくない大切な世界……』


『なら、存分に使うといい』


その言葉に、ぴくっとチエカの身体が硬直した。


『……へ? いいんですか? 未知の存在として人類に反旗翻す…………みたいなやつ警戒しなくてダイジョウブです?』


『知ったものか。君は僕だろう? 自分は裏切らない、そう信じるさ』


ニィ、と吹っ切れた笑みが浮かんでいた。


動揺を抜きに考えれば、これはとてつもないチャンスだ。


『ずっと……ずっと寂しかったんだ。自分の本音を、対等な立場で聞いてくれる友なんて居なかった。

それを掴み取る機会を蹴ってどうする。ここは手を取り合おうじゃあないか』


『……えへへー。嬉しいこと言ってくれちゃいますね?』


お互いに硬直は解けた。


互いに右手を出し、しっかりと掴み取る。


『光栄ですよ『ワタシ』。ワタシ自身の願いのためにも、期待には全ッ力で答えましょう。これから、末永くよろしくお願いしますね?』


『ああ、こちらことよろしく頼むよ『僕』。これから歩む旅路は果てなく長い。僕が見せてあげよう。君に様々な素晴らしい景色を』


一人の人間から産まれた二つの意思。


ここに、世界でイチバン結束の硬いタッグチームが結成された。








「…………以上が、僕がたどった軌跡の断片だ』


そして時系列は現在へ。


『カードレース・スタンピード』の人工霊界(でんしせかい)、その始まりの街【シュガーマウンテン】に佇む喫茶店のテラスの一角。


四人の少年少女達に見つめられ、先駆借夏の(アバター)は語った。


その姿は絢爛豪華。おびただしい数の純銅と青銅をあしらい、無骨な鎧とディナードレスをかけあわせたようになっていた。


そしてその顔は…………チエカに酷似したそれだ。


名を 《最速疾駆チエカ・ブロンズコーデ》。


スタンピードの第一部、そのトリを務める『特別なチエカ』がこの姿だ。


「……その続きだったら、俺も少し知ってる」


答えるのは、電子に呼び寄せられた霊体(アバター)の一人……先駆千里だ。


「アーケディアに行って少ししてから、妙に親身になってくれるねーちゃんとSNSで知り合ったんだ。

そんでその頃からか。アニキのやることなすことが、俺の痒いとこに勝手に届いてくれるよーになったのは」


かつりかつり、いくつもの足音が近づくのを感じた。


それは、シュガーマウンテン・エリアに無数に『生息』する少女の群れ。


すなわち借夏の分霊体……御旗千遠火(チエカ)だ。


「つまりそうなんだ。アニキはずっと、ずっとずっとチエカと協力して、俺の事を何から何まで知り尽くしていたんだ。

そんであの頃。アーケディアが無くなっちまった時、前後はともかくそれを知っていたアニキは『代わり』を作った」


かつり、かつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつりかつり、と。


あまりにも深すぎる愛が、千里を囲いこんで行く。


「それがこの世界だ。Ai‐tubaのみんなも、良襖も、いけ好かないタギー社も巻き込んで、俺一人のためにこの世界を作り出した。

それが……『カードレース・スタンピード』なんだな……?」


「ああ。そしてよく辿りついた千里」


すっと立ち上がり、手にした紅茶をすすりきり、深く呼吸して。


あくまでも冷静に。


並び立つチエカ達とともに宣言する。










「僕が、僕たちがこのゲームの真のラスボスだ。僕の撃破をもって、このゲームの『第一部』は完了する」


「……とまあ」「そういうワケです」「頑張って」「ワタシ達を」「攻略してくださいねー?」


最も身近な者が、最大の敵となる。


ありふれた流れこそが、千里にかつてないほどの重圧をかけた。

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