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カードレース・スタンピード!!  作者: 能登川メイ
episode 10 色彩なき覚悟。千里vs???
130/190

役割の喪失、そして。借夏の懐古録中編。

決意の日以来、借夏はチエカの皮を被り活動を続けた。


ノウハウはなかったはずだが、何故か自然に体が動いて声を発して居た。


自分が知らない自分が目覚めて行くような感覚があった。機材集めの足取りも軽く、どんどん生まれ変わって行くような気分だった。


だが……








ーーーーーーズドドソドドドドドドドドドドオドドドドドドドヂドドドドドーーーーーーーーーー







『のおおおおおおおおおおっっっぉおおおおおおおおおおおお!!』


あれからしばらくの後。


借夏は荒ぶる心を鎮めるべく滝に打たれていた……


『あがああああああああああああああぁぁぁ!! 違う違う違うそうじゃない……どうして、こうなったあああああああああああぁぁぁ!!』


借夏は途方に暮れていた。


例のチューバー活動。千里を優しく包み込むような母性を目指したはずが、なぜかいつの間にか近所のおねえさん的なキャラ付けになってしまったのだ。


レス返しのひとつひとつの成熟が足りない。どうやっても若さが印象に混ざってしまう。


『何故だ!? 何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だッッッッ!?』


千里一人を相手にするのとは訳が違う。不特定多数との相手は一挙手一投足を監視される舞台だ。


つまりはみせかけのガワを被っても無駄。すぐに本質が暴かれ、自然体の本性が表に出てしまうのだ。


その凄まじい状況に、見守りに来てくれた近所の住職さんも声をかける。


『ど……どうした借夏その荒れようは、君らしくもない!!』


『今のままでは弟の未来を守れないんですぅぅぅぅ!! ここに来ればなにかわかると思っていたのですが!』


『そ……そうか!! ならひとつ、忠告しておこう!』


困惑が混じりながらも、つるっぱげの頭に後光を背負い住職は告げる。


『今、君の魂はかなり不安定に見える! 弟くんへの想いが暴走し、自分で自分を追い込み過ぎているんだ!!』


『そ、それは確かにそうかもですが……!!』


『私見だが……このままでは君自身が生き霊となりかねん!! 魂がバラバラに砕け、君が愛する弟くんに絡みつく背後霊と化す!!

それが守護か呪いかは分からないが……どのみち君自身の命が危うくなる!』


『…………!!』


ザバァ!! と声をかき消すように滝を抜ける。


『……そんなオカルト』


『信じるか信じないかは君次第だ。だが控えめに言っても、今の君は無理を重ねすぎている。少しくらい休んだ方が良いだろう……』


『…………』


確かにそうかもしれない。


千里のために尽くしてはや数年。己を省みた事など一度もなかった。


『……だとしても』


呟いてしまう。


どれだけ努力を重ねても、自分が千里のためにできることがまだあるのでは、と思ってしまう。


思ったら、いてもたってもいられない。


二十四時間年中無休でだって考えるだろう。どこまでだって千里千里千里千里千里千里千里千里千里千里千里千里千里…………


『とにかくだ。今日は顔色が宜しくない。帰って休みなさい』


『はい……』


とはいえドクターストップも同じの忠告を受けては従うしかない。水から上がり、体を吹いて服を着て帰路へ向かう。


『なあ……素朴な疑問なんだが、小細工なんかせずに傍にいてやればいいんじゃないか?』


『いいえ足りません。彼には記憶の中にさえ両親がいないので……それに、どのみちこの時間の彼は遊びに出てて居ませんよ』


『なら、一緒に遊んであげればいい』


はっとした。


その発想はなかった。上から千里を見るばかりで、同じ目線に立つことをできていなかったのかもしれない。


『そういえば……千里はどんなとこに遊びに行ってるんだ?』


『行って確かめればいいんじゃないかな?』


それもそうだ。


店名は知っている。検索すればすぐに地図が出た。


『行ってみます……ありがとうございました』


礼をひとつ、彼は修行の滝を後にする。







『ここが……』


カードショップ・アーケディア。


辿りついた、千里が足しげく通う現つの遊び場。


カツン、と足を踏み入れるとともに、その熱量を知る。





ーーーーウワアアアアアアアアアアアア…………!!





『ッ……』


凄まじい熱気があった。大会の最中だったのか。


誰も彼もが色とりどりのカードを手に、カード名の宣言を繰り返す。


全くついていけず、たじろぐ借夏の手に、一枚のカードが触れる。


『……? これは』





《グレイトフル・ワーム》

グレード3 メタルワームズ パワー6000




描かれていたのは、巨大な金属の青蟲だった。


『これが、千里が夢中になっているもの……?』


『おお、なんだ? 参加希望か?』


声に振り返ると、そこに立っていたのは中年くらいの男性だった。


『……あなたは?』


『俺は……まあ名乗るほどでもないさ。いい歳こいてこんなところで遊んでるただのオッサンさ』


自重するように言うが、その立ち姿に老いは感じない。


むしろ、この場所から若さを得ているように見える。


『なるほどその顔つき……千里の言うアニキってのはお前の事か』


『はい……いつも千里がお世話になってます』


『まあなぁ。ま、言ってもただの遊び仲間だがなぁ』


涼しい顔をして言うが、それは借夏が担いたかった役割だ。


顔を曇らせる彼の心情を知らずか、男は更に追い打つ言葉を言ってしまう。


『お兄ちゃんよ、ちゃんと弟くんと遊んでやってるかぁ?』


『え……遊びに関してははあまり……』


『ちゃんと遊んでやれよォ? アイツ、ここに来てからよく笑うようになってなぁ……。

言ってたよ。ここに来なかったら、楽しみを分け合うなんて発想自体がなかったって』


『へ……?』


『絵が趣味らしくてな。自分で遊び道具を用意して自分だけが楽しめればいい……そんな事をしてたら友達ができなかったんだと。

そんなときに、カッチョいー絵につられてフラフラここに迷い込んだってわけさ』


初耳だった。


そういえば、わりと最近までは友達の事を聞いても言葉を濁していたような……


『そんで声をかけてやったら、どーにもオツムが歪んじまってたからな。ちょいとカードゲームを通して、楽しさを分け合うことの大事さを教えてやったわけよ。

なんせカードゲームは相手ありきだからな……そしたら友達作りまくること作りまくること。毎日嬉しそーに話してたっけなァ、俺さんもゲーマー冥利に尽きるってもんよ』


『え…………』


『最近じゃあ学校のこともよく話してくれるようになってなァ。なんてーの? カードゲームには人の全てが現れるっていうの?

あーゆうのってガチなんだなぁって…………おいどうした兄ちゃんよ……』


『帰ります。千里をよろしくお願いします……』


『え、おいちょっと待てってば遊んで行けよォ!?』


制止も聞かず、借夏は家までの道をひた走った。


その頬には、大粒の雫が溢れていた。






『なんて、ことだ……』


一人、自宅に帰った借夏は、自室まで辿りつくなり倒れてしまう。


髪からはツヤが薄れ、肌はカサつき、全身の関節は悲鳴を上げていた。


急にこうなったのでは無い。ずっと目を逸らし続けていただけだ。


『あ……ひょっとして今日ってチエカの配信の日……』


用事を思い出しても、体がついていかない。


献身は、己の身を削り捧げること。


その芯が揺らいだら成立しない。


彼はもはや、自分の行動に価値を見いだせなかった。


その理由は明らかだ。


「はは……千里は結局、父親役は自力で見つけ……そして母親役は務まらなかったと……は、ははは……」


壊れたように、力なく嗤う。


何もかもが無駄だった。


いくら努力を重ねても、弟の悩みひとつ見抜けなかった。


自らの父やら母に引き上げる事ばかりに気を回した結果、肝心の千里と目線が合わなくなっていたのだ。


『これじゃあ本末転倒じゃないか……』


そうして自身に怒り、ない力で机を掴み、よじ登り。


『それじゃぁ僕のやってきたことは……今までの努力は……』


目の前の配信機材。かき集めたその全てを台無しにするように。


怒りとともに、岩をも砕く拳を振り上げ。






「いったい! なんだったってんだよぉぉおおおお畜生おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」




ズガバギゴガズガアアアアアアアグシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンン!!




揃えた高級機材のひとつを木っ端微塵に砕く。


感電により意識が明滅する。


死ぬならもうそれでいいと思ってしまった。


自分が千里にできることはなく、むしろ足枷になっているのなら。


こんな体など、諸共滅んでしまえ。







『…………ン?』


知らない天井の下で目を覚ます。


青い空だが様子がおかしい。海が真上にあるような濃い蒼に、幾何学的な雷のような軌跡が音もなく走る。


有り体に例えるなら、これは……


『電脳……世界?』


『あ、目覚めました?』


『!?』


誰だ、と思い振り向くと、そこに立っていたのは。


『その姿……チエカ…………?』


『ええ。ずぅーっと、アナタの中から見ててんですよ?』


その出会いには、世界を変える意味があった。


だがそれを自覚する前に、まず疑問があった。


『君はナニモノなんだ……なんで僕が作ったアバターを動かしている。そもそもここはいったい……』


『まー場所の説明は置いといて、まずはワタシの話をしましょうか』


こほん、と可愛らしい咳払いひとつ『彼女』は向き直る。


『ワタシはアナタ。ずっとアナタと一緒に過ごした、アナタのタマシイの一部。そして』


きらりと輝く髪を靡かせ、電子の彼女は名乗りをあげる。






『ワタシはチエカ。あなたの中で育った別人格…………言うなれば「アニマ」ってやつですかねぇ?』






()()()()()


この出会いから『カードレース・スタンピード』は始まった。

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