正体との邂逅。チエカ、全てを暴かれる時。
最初は前提の確認。
「まず言っておきたいのは、今から会う相手がそのままいつも会っているチエカの正体ってわけじゃないってことだ」
「え?」
「意外そうな顔すんなよ傍楽。いくらなんでも、一人でおびただしい数のチエカを全員演じきれるわけないだろ?」
あくまでもチエカ自身は人間ではない。自身のカード 《勝利の導き手チエカ》の使用をトリガーとして増殖するデータの群れ……それが彼女なのは間違いない。
だから、より深く本質に迫る。
「その上でだ。俺はずっと思ってた。チエカのカラクリと、ガイルロード・ジューダスのあり方がよーく似てるって」
「? どこがだよ、効果も姿も全然違うじゃんか」
「いいや似てる。ジューダスは植物みてーな手順で増殖し、チエカは使われるたびに増殖する。そんでどっちも、スタンピードの中でつえー権限を持っている」
「あ……ああー……?」
「ま、こればっかりは使ってるトコを実際に見ないとわかんないかもな」
良襖を止めた時やホムラとの決戦で、世界を塗り替えるほどの暴れっぷりを見せつけたジューダス。その活躍のほどは、実際に目撃しないと染みないだろう。
アレは、電子を占領するバケモノだ。
「そんで思ったんだ。ジューダスのカラクリがわかればチエカの正体もわかるんじゃないかって……そんで、良襖に聞いてみたら案の定だった」
「ええ。あれは『わたしの精神データを培養』したものよ」
「ちょっ……!?」
傍楽は驚愕するが、考えてみれば当たり前だった。
ダイヤモンドはダイヤモンドでないと加工できないという。
ただの電子的なデータでは、精神体へのダメージは乏しかった。他人の精神を引きずり込んだ以上、害するには同じく精神のデータが必要なのだろう。
「ついでにマスター権限で過去ログも漁ってもらった。そしたら俺が初めてジューダスを使ったあの日、チエカはジューダスの力を自分に近いものだって漏らした。つまりだ……チエカも、誰かの精神データを培養して作られてたんだ」
「…………? それじゃ、向こうに立ってるのはチエカの正体じゃないんじゃないか? ジューダスの正体が良襖ってわけじゃないんだし……」
「それが多分、扉の向こうに篭ってる一番の理由だ。自分がいきなり出張ることで、チエカに迷惑がかかるんじゃあないか……そう思ったから出てこれなかった。だよなぁ?」
ーーーーコンコン。
「な?」
「今ので『正解』と確信できるオマエが怖えーよ」
そこまで言っても、鍵は解かれなかった。
ここまで来たら最後まで暴けということか。
「……問題は誰がチエカの元になったかだ。ジューダスと違って、チエカは人間性を保ってる。その人格は、元になった誰かの影響をどっぷり受けているはずだ。チエカの行動は、オリジナルの利益になるはずなんだ」
「影響……? んな事言ったって、誰にでも優しいアイツがどんな影響を受けたって……」
「Ai‐tubaにござろう」
口を挟んだのは或葉だ。
「七人のAi‐tubaのうち、一人がチエカ自身なのも、出資したタギー社から二人入ってるのもわかる。
母親を入れるのも、いざって時の味方と思えばよくわかる。……問題は残り三人だ」
一瞬キョトンとして……すぐに傍楽は言いたい事を理解する。
「ま、まさか? 俺やユリカさんを選んだのが間違いだってのか!?」
「大間違いだろーよ。最強の味方が家にいる以上、地元で知り合いにバレるリスクは最小限にするべきだった。まぁオマエは完璧に隠しきったよーだが……実際ユリカさんはボロを出した」
「あっ……」
「この喫茶店にしてもそうよのぉ」或葉も口を出す。「自宅の近くに拠点が欲しかったのはまあわからんでもない。……であるが、正体を隠す必要がある以上は悪手よの。マップの外の町娘を演じたいのなら、わざわざ魔王城を築くこともあるまいよ」
「た、確かに……言われてみればめちゃくちゃ変だな」
すぐ近くで、ミスを重ねた魔王サマ本人がぷすぷす煙を上げてるが気にせず話を進める。
「だが、一番最悪なのはマアラの存在だ」そしてより芯へと言葉を立てる。「アイツは明らかに余計なリスクだ。現にバレるきっかけ作ったのはアイツだからな。自分の友人でもない上、向こうと同じ姿のコスプレをかますアイツをどこから引っこ抜いたかは知らないが……わざわざ近隣住民サマに見つけてくださいって言ってるみたいなもんだぜ」
「おうっふ……いや、でもそんな意味わからんスカウトをどうして」
「チエカよ」
線と線が繋がる。
あからさまな意図が、考察によって見えてきた。
「みんな彼女が勧めてきたし、そのへんは言われるままにした。……しゃーないでしょ、わたしゲーム制作以外はシロートだし。マアラなんて住所も知らなかったんだもん」
「なる……そりゃあまあ、ゲームシステムにあんだけ力入れてたら気にする余裕もないわな……」
そもそも小学五年生の身分で、最初からそんなリスクを把握しろというのが無理な話。
確実に、状況はチエカによって操作されていた。
彼女は単に無能を晒しただけか?
それとも。
「さーてとだ……もしもこれが、全部狙ってやったことだとしたら?」
「え? この無能人事がか?」
「俺を巻き込むのが予定調和だったらどうだって言ってんだよ」
「「「…………???????????」」」
頭に疑問符を浮かべる一同。
それはそうだろう。千里は天才ではないし、間違っても人の生を操ってまで引き入れるべき人材ではない。
だが。
「逆だったんだ」だから視点を変える。「ゲームのために俺を読んだんじゃない。俺のためにゲームの人員を調整したんだ」
「……はァ!? なにそれ、あたしが作ったゲームをたった一人のために贈ったってこと?」
「ああ。そーすりゃ全ての説明がつく。このゲームが俺の趣味にぶっ刺さってたことも、俺の足が届く距離にこの魔王城があったのもな」
『カードレース・スタンピード』は、千里のための遊び場だった……少なくともチエカのオリジナルは、その腹づもりで居たようだ。
「馬鹿らしーけどよ。多分それが真相だ。だって俺は、それをやりかねないヤツをたった一人だけ知っている」
「誰だ……誰なんだよそいつ、いったいどこのドイツなんだ!?」
「俺が知っている奴で、まだ戦場に出てきてない奴……そして何より、俺をゲームに誘い込めたヤツ。
……元から、候補なんて一人しかいなかったんだ」
はっとした。
彼らは、その人物を知っている。
千里のために全てをかける人間。
そして単身マリスと交渉でき、良襖を手玉に取れるほどの『大人』。
「…………もういーだろ。顔見てはなそーぜ」
数瞬の、沈黙の後。
カチャリ、音とともに鍵が開く。
すぐさま手をかけ、開こうとするも……
「…………ッ」
重い。
開こうとする力が、千里自身の心によって押し殺される。
彼もまた、恐怖に押しとどめられていたのか。
「恐れるでない」
その上にそっと手を重ねたのは或葉だ。
「拙者に勇気を与えたのはお主であろう。ならば留まる道理もあるまい……そうであろう?」
「ここまで来て止まるんじゃないわよ。……通過点なんでしょ、こんなの」
「ビビるのは俺一人で十分だろ……お前に怖気付くのは似合わないぞ」
一人、また一人。
四人の手を重ね、一斉に力を込める。
「みんな……ありがとう」
そうして、迷いを断ち切るように一気に開く。
そして。
そして。
そして。
扉の向こうに、それは待っていた。
この物語には、元凶と呼ぶべき人物が何人も居た。
一人は、ゲーム制作の天才にして天災。若さ故に脆く、辺りを巻き込んで破滅に向かう幼き魔王・鳥文良襖。
一人は、人の力を流用する悪魔。夢見がちな幼児性がそのまま権力を持って暴れ回る独裁者・マリス。
一人は、財ばかりを積み上げ身を引いた戦犯。老い故に状況を管理する力を失った老害、ホムラ。
そして。
そして。
そして……………
「……………………、」
一人は、情愛の塊。愛ゆえに戦場を掻き乱し、たった一人の愛する家族のためになにもかもを捧げる。
兄は弟を見捨てられない。|
彼は弟のためならなんだってやる男だった。
そこに立っていたのは彼だった。
黄昏色の長髪を後頭部で括り、長身ながらも弟同様の中性的な容姿。
愛用する眼鏡は、あるいはチエカというもう一つの顔を悟られないようにする仮面だったのか。
「やっぱりアンタだったんだな……アニキ」
先駆借夏。
千里の兄にして、この旅路で何度も千里を支えた青年。
彼の前にあるブラウザーには、鍵の意匠が付いた夕焼け色のUSBが刺さっていた。Ai‐tubrが共通して所有する専用のアクセスキーだ。
彼が紛うことなき、御旗チエカの原典である証明だ。
「…………立ち話もなんだろう」
その画面から見慣れたシルエットがはい出る。……生気を失っている以外は御旗チエカと同じものだ。
明らかに、借夏によってコントロールされている。
「お茶でも飲みながら……じっくり話そうじゃあないか」
「ああ、話そーぜ。じぃーっくりとな」
不気味な手のひらが迫る。
彼らの喉元に張り付き、体内の芯を掴み取り、引っ張り、引っ張り…………。
そして、彼ら五人は電子の世界に誘われた。
待ち受けるのは、御旗チエカの『真実』との邂逅だ。