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カードレース・スタンピード!!  作者: 能登川メイ
episode 10 色彩なき覚悟。千里vs???
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歩き続けた友への言葉。千里と或葉、真実への対面へ。

「ーーーー或葉!!」


「…………」


たどり着いたのは学校の屋上。


友の姿が見えなかったのでここまで探しに来たのだが……。


「びっくりしたぜ……教室にも廊下にも居ないんだからよ」


「…………、」


「気にしてんのか、マリスと対面した時のこと」


「うむ」


その姿は、いつにもまして小さく見えた。


乾ききった曇天の下、空に飲み込まれそうな程の暗さが彼女を縛り苦しめた。


「正直言って。自分にあれだけドス黒い感情が眠っているとは思わなんだ」


「或葉……」


ちいさな拳が震えるのが見える。


自責の念に駆られているのだろうか。


「だが動いた。奥底から許せないと思った。なにがなんでもこの場で切り捨てなければならぬと。誰のためでもなく。ただ自分のためだけに思ってしまった……」


「…………」


凍える程の風が吹く。


狂える熱量を冷ます空の下でこそ、彼らは冷静で居られた。


「もう、戦場を降りる」だからこその決断だ。「なにが引き金なのか。自分でも理解できなかった。不発弾を連れ歩く趣味も無かろう。事が済むまで、拙者は大人しくしていよう……」


言うだけ言って、教室へ戻ろうとする。


並の人間なら、それ以上深入りするのは難しいだろう。


しかし、先駆千里は更に一方踏み込む。


「……俺は予想つくぜ、オマエの引き金」


「えっ」


心の大峡谷さえ、あっさりと飛び越える。


「或葉。オマエは期待してたんじゃないか? 自分たちがどれだけ真実に迫っても、御旗チエカは正体不明のままでいてくれるって……」


「……それは」


「俺もショージキそう思ってたよ。俺たちなんかじゃ真相に届きっこないって……。いつまでも、この冒険を続けられるんだって……」


あるいは、それは万人の望みだろう。


ーーーーにんげん、うまくいってるうちはなにもしらないほうがいい。


知らないからこそ偶像に思いを馳せ、美化し、都合よく解釈できる。


曖昧なまま「なんかスゴい」ことは罪ではない。「なにも知らない者にも強さが伝わる」事こそが偉業なのだ。


「……でも、そりゃあ無茶ぶりってもんだぜ。どんなことだっていつかは真実に辿り着く。それを誰かが目指している限りはな……」


だが、現代の情報社会がそれを拒絶した。


全ての神秘はあっさりと暴かれ、己を天才に見せかけた者もカラクリを見抜かれ破綻する。


偉大なる冒険家クリストファー・コロンブスさえ、一般が描いた英雄の仮面を剥がされ、奴隷商人としての本性を描かれる時代なのだ。


全てのカラクリは、今や暴かれる運命にある。


だからこそ、誰もが目の前の物事を楽しめるうちに楽しもうとする。


例え……その正体を探(こうさつす)るという、矛盾した楽しみ方であっても。


「だから、その結末も受け取らなくっちゃあな。ここまで来て降りたら、オマエは自分で自分を否定することになんぜ」


「……であるが」


言葉が凍えていた。


「怖い。もしその言葉が真実なら、拙者は真実に耐えられない。覚悟を決めていたはずだったのに……なにをみても『そんなはずがなかろう』と斬り捨てかねない……」


「逃げても時間の問題だぜ。俺たちが手を引いても、どうせ誰かが暴いちまう」


「それは……」


彼女にとって、この現代は悲しみに満ちたものだろうか。


偶像を推せず、信じられるものが何も無いこの現代は。


「……放課後、一緒に来てくれ。チエカの正体を確かめに行くんだ」


「え」


「俺たちが目指したゴール、そのひとつが目の前にあるんだ。それを拒んじまったら、俺たちの道筋全てを否定することになる」


「は、ははは……おのれ。なんて、ことにござろうか」


この時点で、彼女はどうにもできなかっただろう。


自分がついて行かなくとも、千里なら真実に向かうとわかっていた。


かといって、千里を直接止めることも出来ないだろう。


暴走しかけた所を止められた負い目があるからだ。


震える背に千里は厳しく問いかける。


「……怖いか」


「怖いとも。真実へ辿り着くのは、途方もなく怖い」


彼女の、感情の堰が外れる音がした。


「いつまでも幻想に酔っていたい。でもその全てを知りたい。この矛盾を、かつては世界の限界が押しとどめていてくれた。であるが今はそうは行かない。新しい幻想が産まれても、すぐに限界なき探査力で暴かれる。現に我らは真実を目指し……お主は辿りついてしまった……」


「…………、」


「他の者に暴かれるくらいならいっそ自分で……そう思ってお主らに協力した。だが……拙者はこの先を見れない。ううん……見たくない……見とうないっ……!!」


「或葉」


「頼む。これより先は、預かりしらぬことにして欲しい。せめて一時でも長く……この状況に酔わせて欲しーーーー」






「ーーーー甘ったれたこと……言ってんじゃねえよ或葉ッ!!!!」






ちいさな肩がビクッと震えた。


千里の顔は、かつてないほどくしゃりとした表情で或葉を見つめていた。この先を語るべきか迷いながら、ただひとつだけの芯は守っていた。


このままでは、いけない。


「いいかよく聞け。なにも知らないままだったら、俺たちなんかあっさりと利用されるぞ。現にマリスは、あのゲームを、スタンピードを利用してやべー事をやる気だ」


なにも起きてないなら、なにも知らない方がいい。


しかし大概のことはそうは行かない。


「真実は必ず暴かれる。物事の終わりは必ず来る。それが今の世界だろ。そして真実を知るやつは、知らない奴に対して一方的に強いんだ。だから知らなきゃ行けない。そこから目を背けちまったら、この先生きてなんか行けねぇだろうよ……!!」


千里は一度、終わりを経験している。


始まりのカードショップ。その終わりを乗り越えたからこそ今がある。


そこから如何に立ち上がるかを、何が必要かをその身を持って実感した。


だから千里は、終わりから目を背けない。


「だから逃げるんじゃねえよ或葉!! ここで逃げてもなにも変わらない。時間稼ぎにもならないぞ。オマエがやらなくても俺がやるし俺がやらなくてもマリスがやる! もうすぐ誰かが絶対たどり着く! なんなら当の本人が耐えきれずに白状するかもしれない!!それでも黙っているのか或葉。なんの覚悟も決めないで、全ての終わりを突っ立ったまま迎えるってのかよ、丁場或葉はよぉ!!」


「せ、拙者、は…………」


「いいかこれだけははっきり言っておく。終わりから逃げるのと真実に目を背けるのは同じだ。逃げ切れるわけが無い」


そして、最後に。





「だからだ!! だから目を背けるんじゃねぇ或葉!! 自分で選んだ推しだろ、最後の最後まで全力で推し通してみろってんだよぉぉおおおおおお!!」






魂を込めて。


歩き続けた友へ、全力の言葉をぶつける。


言葉を聞き遂げた或葉は、しばらく黙っていたが。


やがて。


「……………………ははっ」


乾いた笑いと共に息を吐く。


悩むのが馬鹿馬鹿しくなったみたいに。


そして空を見上げ、息を吸い込みーーーー


「ーーーーぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「っうぉっ!?」


声高く叫ぶ。


千里含め、旧友たちに奇異の目で見られるがもう構わない。


叫ぶだけ叫んで、体の中のモヤを出し切り、新たに凛とした空気を吸い込む。


振り返ったその顔は、やけっぱち気味に晴れやかだった。


「ーーーーハッ!! まったく!! あいっ変わらずのしっちゃかめっちゃかな正しさよのぉお主も!!」


「やっぱそう思うよな! ……俺も自分でそー思う」


「であろう! だがおかげで、拙者も覚悟が決まった。ここで逃げれば、拙者は拙者でなくなるだろう」


ニィ、と笑み歩み寄る。


それに応じ、右手を差し出す。


「拙者も行こう。この旅路、結びまで見届ける」


「そうこなくっちゃ。覚悟ある世界へようこそ、てな。……最後まで一緒に行こーぜ、或葉」


「こちらこそ。ここまで来てしくじったら只ではおかんぞ」


「上等」


或葉も右手を差し出す。


力強く、握手がかわされた。


改めての、結束の誓いだ。













「思ったんだけどよー」


或葉と共に教室へと戻る最中ふとした疑問に千里が問う。


「確か良襖が暴れた時、オマエもいざとなったら新しいスタンピードを作るって言ってたよな?」


「うっ」


「そんとき、必要なら新しいチエカの擁立も厭わないって言ってたような……アレなんか宛あったのかよ?」


「それは……その……」


耳まで真っ赤にしながら、しぶしぶといった形で答える。


「……拙者自身が、なろうと思っていた」


「マジ?」


「大マジにござるよ……ホラその、あるであろう。好きな芸能人の顔に整形する的な……自分を同化するみたいなの……」


「ま……まじか……ふーん……」


「むう!? 今引いたであろう! 正直に言ってみよ今ドン引いたであろう!」


「正直けっこう引いた」


「ほ、ほんとに歯に衣着せず言いおった!?」


「でもさ」


千里はニッと微笑んで言ってやる。


「憧れの人のホントウが情けなかったら、自分がそれ以上のことやってやるーーーー!! って、ちょこっとでも思ってるのは十分スゲーと思うぜ、或葉。きっとそんだけの意思がありゃあ、正体とのご対面だって乗り越えられるだろーぜ」


「……ふむ。お主が言うのだからそうなのであろうのぉ」


そうして、なんてことないかのようにお互いに前を向く。


こきりと関節を鳴らしこの先の授業に備える。


勝負は放課後だ。


こんな所でつまづいていられない。


「さーて鬼が出るか蛇が出るか。気ぃ引き締めて行けよ或葉。SAN値チェックのダイスは気合いでクリティカルを出せわかってるよな!」


「ハハハ……もはや望む所よの。相手がおじいさんだろうと宇宙人だろうと、もう恐れはせん!」


彼らの体中に気力がみちる。


歩幅は広く、確かな未来へ向かっていた。

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