結末に向けたスタンバイ。進め未来の希望へと。
リアルへの帰還。
満足げな千里とは対象的に、詩葉はやつれきっていた。
「ああ……酷い目にあった。あの後まさか残った社員が出てきてサバイバルになるなんて思わなかった」
「そいつなら俺が全部やっつけただろ? あんまり強いデッキ見なかったし」
「大丈夫? 気づかないうちに環境倒してない? 心が化け物になってたりしない?」
なんやかんやいいつつもう深夜。
喫茶店の休憩室では、先に帰還した面々が先に寝静まっていた。
そこにアルジの姿はいない。
「……そりゃそうか。アイツはタギー社からログインしているはずだもんな」
「倒した相手の心配か? そんなことをしている場合でもない気がするが」
「誰を心配するかは俺が決める。例えばマリスは心配しない」
己がログインに使ったブラウザの画面を見る。
そこに浮かぶ二本の脚は、マリスからもぎ取った『戦利品』だ。
「……うぷ。そいつが最後の頂点との交渉権か」
「ああ。やっとこさ、アンタとの最初の約束を果たせそうだ」
吐き気がするほどグロテスクな物体だが……マリスは必ず、この脚を取り返しに来る。
そここそが最後の戦場。
ゲームを汚した不届き者に、引導を渡す場所だ。
「いよいよか?」
「ああ。ただ居場所を探すだけのはずが、随分と大風呂敷になっちまったが……もうすぐ終わると思う」
これまで色んなことがあった。
最初に兄に勧められ、軽い気持ちでログインして千里と出会った。
それから詩葉とともにこのゲームの謎に迫り、幾人もの強敵達と激戦を繰り広げた。
世界を広げ、居場所を広げ、傷つき挫けかけながらもここまでやってきた。
そして、今。
先駆千里は、この世界の鍵とも言うべき切り札を手に、ゲームの支配者との力の交渉に挑んでいる。
明らかに、偉業と言って差し支えあるまい。
「どうだったよ、ここまでの道」
「そりゃあ、色々しんどかったよ」
激戦を振り返り、千里は夜に思いを耽ける。
「ぶっ倒れて、もうダメだって思うこともあった。でもそんな時、いつだって支えてくれる奴がいた。
俺一人じゃあこんな所まで来れなかった。すげーやつらといっぱい知り合えたんだ。……悪くなかった、って思うよ」
「ほう。そりゃあなによりだ」
その答えに満足し、だからこそ詩葉は気を引き締める言葉を与える。
「なら最後まで気を抜くなよ? 物語の出来は結びで決まると聞く。
お前がお前自身に刻む物語。大切な記憶を、ここまで来て台無しにするんじゃあないぞ」
「ああ、わかってる」
小さな掌を握りしめる。
決着は近い。
良襖の片割れを奪還し、ゲームの本来の姿を取り戻す戦いがすぐ間近まで迫っている。
よく冷えた月夜の風すら、この熱量を止めることはできない。
「取り戻す。良襖もこのゲームも、絶対にマリスなんかに渡しはしない」
静かな覚悟が、凛とした空気に高く響いた。
「んじゃあ、寝るか」
「ああ、おやすみよ」
ひとまず猛烈に腹が減っていたので、とりあえずと冷凍チャーハンをチンしてかきこんだ後。
さすがに遅いと、とっとと眠ってしまおうとするふたりだったが。
「あー……明日。早めに起きて良襖んち行こうぜ」
「? なんでだ」
詩葉には話してなかった、重要な事実があった。
「ガイルロード・ジューダスについてだ。アイツの力は予想以上だ。あっちの世界の傷なら、どんなに深手をおってもジューダスの治癒能力で跡形もなく消せる」
「??? だからなんだって……あ」
そこで詩葉も気がついた。
精神アバターの片割れを奪われた肉体は、このゲームに関わる記憶の一切を失っていた。
しかしそれもあくまで「あちらの世界」で受けたダメージが原因に過ぎない。
だとしたら。
「治せるかもしれない」
彼女から貰った力で、彼女自身を。
「もちろん精神が半分こになってていいわけが無い。取り返する必要はあるだろーよ。
でもその前に、アイツの心を元に戻してやる事が間違いなはずがないだろ?」
「ああ。そりゃあいい。ぐっすり寝てる魔王サマをたたき起こして、現状のグチのひとつでもぶつけてやろうじゃあないか」
確かな希望が見えてきた。
運命を切り開く切り札を手に、始まりの戦士たちはようやっと眠るのだった。
翌日。
「ん……」
まどろみの中、雀の鳴き声に目を覚ます。
「おお千里よ、おはようにござる」
「お、おはよー」
隣であくびをかいていたのは或葉だ。どうやら、早起きには成功したらしい。
おいっちにーさんしーと起き上がり、とっとと良襖の家に行く準備を進めていると。
「……おおそういえば、チエカ殿から伝言を預かっておった」
いきなりとんでもない言葉が聞こえた。
「……!? チエカのやつ復活してたのか? なんて言ってた?」
「う、うむ……拙者らが寝落ちる直前くらいにやってきての。『ようやっと覚悟が決まったようです。今日の放課後にシュガーマウンテンのカフェでお待ちください』と」
「…………、なるほどな」
いよいよ、マジに全部を明らかにする時が来たってワケだ。
御旗チエカの正体。
それを明らかにする覚悟を『アイツ』もようやく決めたのだろう。
「……わかった。必ず行く」
顔を洗い、身支度を整え、朝食をささっと済ませて玄関に向かう。
記憶を取り戻した良襖と、チエカの真祖を聞くことでこのゲームの全てがわかるはずだ。
「……先に行く。学校で待ってるぜ、或葉」
だからこそ気を引き締め向かう。
ここから先は瞬き禁止。
クライマックスまで止まらない状況に、先駆千里は飛び込んで行く。