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カードレース・スタンピード!!  作者: 能登川メイ
episode 9 愛ゆえのロンド。千里vsアルジ
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手にしたむき出しの宿命。ラストバトルの開戦交渉!

晴天背負う瓦礫の上。


「なるほど……アバター体が再生する時はおぞましい痛みが発生する、と。勉強に、なった……」


「オマエ、まだそんな事言ってんのかよ」


あれから数分。トマトジュースみたいになりながら水晶の下から這い出てきたマリスは、息も絶え絶えに……しかし満足げに語った。


「なぁに……喉元過ぎればどうってことないさ……大概の事はな。

どんな目に、あっても……そのあと目を開き、話す事さえできれば、あとはどうにでもなる……」


「…………、」


これがこの悪意の本質。


大概の事を笑って受け流し、自らの窮地すら体験として消化する。


ユリカの言葉通り、イイコトが待っているとわかっているからどこまでも突き進めてしまう子供の精神性。


言っている事は大層だが、そこに説得力は無い。仮にも小学生のはずの千里から見ても、なお子供っぽいと感じてしまう。


いわゆる『無敵の人』とやらに近い、とさえ思えた。


そうして前提を確認し、次の行動のための確認に入る。


「……ガイルロード・ジューダス。この手のひらの傷は直せるか」


するとすぐさま樹木が伸び、千里の傷跡を覆う。


「?」


何をやっているのか分からないマリスを後目に、少しの間をおいて綺麗さっぱり治してくれた。


何度か握りこんでみたが、多少痛みはあれど骨が砕ける程の傷さえも完治するようだ。


「……このカードには、切り落とされた頸をも修復する力があるし。そしてどうやら、このカードが付けた傷も直せるらしい。今確かめたから間違いない」


「? なんだ、そりゃあすごい事だが……」


「だから、この判断ができる」


すっとぼけた様子のマリスに、治った右手でジューダスを向ける。


そして迷わず。




ーーーーーーーーパン、パン……。




マリスの両足を。


ごっそりと撃ち落とした。


「あがぁあああ……てめぇ……くそ……!!」


「コレでお前も逃げられない」


静かに、ひび割れた仮面が張り付いた男を見据える。


痛みに転げ回る男を、千里は見下ろしながら告げる。


「俺たちは良襖。お前は両脚。お互いに取り返さなきゃ行けないものができたって訳だ。

俺たちに『完全な決着』がつくまで! 俺たちは互いに互いを逃がさない」


「あぎっ……ぐが……ハァ……やってくれるじゃないか、ええ?」


苦痛を堪え、膝元から欠損した体で手をつき起き上がる。


ゾンビかなにかのような不屈の精神は、この世界があくまで自分の管理下であるという自負からだろうか?


それとも。


「だが、つまりお前は俺さんにトドメはさせないってことだよなぁ?

倫理観の問題だけじゃあない。冷静さが残るならわかるだろ。俺にトドメを刺したら愛しの良襖チャンが戻って来ないもんなあ?」


「……まあな」


やはりマリスは自分の優位性をわかっていた。


交渉は相手が居てこそ。彼を考え無しに罰したら、彼が持っている鳥文良襖のデータの半分が手に入らなくなってしまうのだ。


だからと言って、相手のペースに従う義理も特にない。


二度と飲まれてなるものか。


「歩けない人間の筋力はすぐに落ちるって聞いた。再戦のリミットは二週間もない……って思ったけどどーよ?」


「……まあな。オヤジを俺さんの代わりに動かしても限度がある。この脚は、とっとと繋いで貰わなくっちゃあな……」


「なら決まりだな」


最奥との交渉は詰めに入る。


ラストバトルのセッティングが成される。


「二週間だ! 二週間以内にお前自身を裁くデータと良襖のデータを持ってこい。こっちはガイルロード・ジューダスとお前の脚を出す。

全部を賭けたレースで勝負しろ。お前が侮辱したルールの力で、今までの決着をつけよーぜ」


「いいだろう」


バキン、と紫水晶が蠢く。


マリスのコントロール下に戻った水晶が、彼の脚の代わりになるように下半身を覆っていく。


「……ルールの力、か。そこまで言うならやってやろうじゃあないか」


バランスボール大の水晶から生えているような恰好になったマリスは、同じ要領で杖を創り地を突き起立する。


カツーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン…………とした響きが、限りなく遠いふたりの距離感を表していた。


「ーーーー愚かなプレイヤー諸君」


再び。


彼を包む空気が張り詰める。


「このマリスを。タギー・コーポレーション社長の稲荷鞠守を。電子の支配人 《反目の導き手マリス》を甘く見てくれるなよ。お前は俺に止めを刺せない。何があってもだ」


「っ。そんなセリフ。なんの根拠も無いくせしてよ」


「いいや、根拠ならあるさ。……そうだろうシイカ? もういいぞ」


ぎょっとする。


声とともに、虚空から何者かが現れる。


全幅の信頼を受ける影。


新緑の長髪を流す女だ。


そういえば、社長室には三人待っていたはずだ。


マリスとアルジと、あと一人。


「……へぇ、アンタが」


「……ふふ」


笑う声は、機械的に感じた。


どこか、チエカに似た女性だった。あるいは、意図的に似せたようにも見える。


モノクロの外套を羽織り、片眼鏡をかけた姿は怪しさに満ちている。


深緑の雰囲気はあちらよりも緩く、見つめた相手を溶かして飲んでしまいそうな妖しさがあった。


あるいは、その本質を隠すために『殻』を被ってるような。


「ふふっ。わたしは 《死骨の愛で手シイカ》。このタギー社の社長に仕える秘書……って所かな?」


最後のAi‐tuba。


魔法の領域・マギアサークリットを管轄する魔女との出会いは、マアラと戦った 《若葉の試練》以来だったか。


「はじめまして……でもないが。出会い頭に悪いが、アンタの所の社長潰すぜ」


「あらあら物騒。でも大丈夫。ぜーんぶ話は聴いてたから。……ザンネン。あなたは私達にはかなわない」


わざとらしく、小首を傾げて彼女は愛想を振りまく。


「だって彼は、我らが社長マリスは全てを利用する。会長も、会社も、世界のしくみも、魔王の力も。そしてわたしも……もちろん、あなたの力も」


「…………っ」


事実が混ざってようと、その言葉には大幅な誇張が含まれている。


まるで全肯定のお人形。


マリスも彼女に頼っているようだが、彼女も『秘書にしてAi‐tubaの自分』を着込む事で己を守っているように見えた。


奇妙で歪な共依存。


不安定な足場で、そんなものがどれほど持つものか。


「だから今回だって利用する。だから全然オーケなのーそれじゃぁ……チャオ♪♪」


「じゃあな先駆千里。次会う時こそ、お互いの首に手をかけあおうじゃあないか」


パチンとシイカの指が鳴る。


すると背後から巨大な髑髏が出現しふたりを飲み込んで……消えた。


後に残されたのは、千里と彼が残したアバターのパーツだけだ。


「…………ったく。嵐みてーな流れだったぜ」


ようやっと肩の力を抜き、大の字で転がる千里。


小さな体には過ぎた試練。


しかし、彼は確かに乗り越えたのだ。


「ーーーー千里よっ!!」


そこへ、仲間たちが駆け付ける。


「……去ったか。我が子と社員ながら、騒がしい奴らじゃわい」


「大丈夫千里クン!?」


「千里よ!」


駆け引きを見届けたように、或葉達がやってきた。


「おう……大丈夫、ぜんぜんへーきだよ」


「であるが、マリスとの駆け引きは……」


「それも大丈夫だってーの。楔は撃ち込んだ。次の勝負に引きずり出して全部終わらせてやんよ」


「楔?」


「ああ。千里さんの戦利品。……なーんつってな」


千里が指刺したのは、マリスが残したアバターの脚パーツだ。


ユリカはその凄惨さに顔をしかめたが、その意味を知る或葉の顔は明るくなる。


ーーーー思えば、最初に詩葉と約束したその日から。


全員ズタボロになってまで、ずっとずっとずっとずっと欲しかった挑戦権。


「文字通り、アイツの足元を掴んだ。……これで全てが変わる」


むき出しの宿命に手を伸ばす。


ずっと手にしたかったそれを、千里は確かに手にしていた。













「ところで千里よ。どうやってリアルに帰還するにござるか」


「あ」


或葉の言葉で気がつく。そういえばそうだ。


千里達はゲームの世界に完全に入っているが、このゲーム自体の仕様としてフルダイブが実装されている訳では無い。


ログアウトボタンも呼び出せないし、ひょっとしたら帰る手段がないのではないか……?


「Noooooooo!! チックショ考えてなかったああああああああぁぁぁ!! ユリカさんかホムラHelp!!」


「いやあたしが帰り方知るわけないじゃん?」


「すまんが他を当たってくれ」


「オーマィゴッッ!! こうなりゃチエカを呼び出して帰してもらう! ……アレ? フン! フン! 出ない? 出てこいってんだよ!?」


「あー千里よ。チエカ殿なら先ほどから何度も呼び出しておるが何故か応じんのだ」


えぇ……? と状況に大してドン引いてしまう。


そういえば、秘書であるシイカは最初から社長室にいたはずだ。なのに先ほどまで顔を見せなかったのは、チエカに対してなにか細工をしてたからなんじゃないか……?


ともかく、このままでは帰還できない。


さてどうやって帰ろうかと頭をひねっていると。


『……おい千里。こっちだ』


「?」


声に振り返ると、何故か千里等が立つ高台へ一台のマシンがやってくる所だった。


《トライホーンの顎》……Ai‐tubaの一人、鉄巨人ルイズの頭パーツが独立したマシンだ。


しかし響く声は、この世界に来てすぐ敗れたはずの。


「まさか……詩葉か? 生きていたのか!」


『人を勝手に殺すなっての! ……まあ、真っ先に負けたのは事実だが』


彼らの司令塔にして、男勝りな或葉の姉。丁場詩葉だった。


「でも、なんでここに……」


『いやまあ……あの後もう一回フルダイブに挑戦したんだがまた即死してな。もう戦力にはならなさそうだから、現実世界(こっち)からなんかサポートしようと思ってな。

なんやかんややってたら、チエカが残したダイブゲートをコイツで運べる事に気がついたんだ』


「……うわぁ」


情けなく、吹っ飛ばされる姿が目に浮かぶようだった。


だがありがたい。


「ありがとよ詩葉。すっげー助かった」


『勘違いするなよ。俺はやれそうな事をやっただけだ。そこまで褒められたものじゃない……。

さあ、全員早いとこコイツの口に飛び込め。それで帰還できるはずだ』


ガッパリと開いた口の中は、入ってきた時と同じ白い渦が巻いていた。


応、と次々に飛び込んで帰還していく戦士たち。


千里も飛び込もうとするが……ふと思い出す。


「あー、ちょっとタギー社まで行けるか? 友達を一人置いてきてる」


千里と敵対した少年、化学の担い手アルジこと風間傍楽。


彼をこの世界に置いて行くのはしのびなかった。


「いや、それはいいが……質問いいか。控えめに言ってどういう状況だコレ?」


辺りは一面瓦礫の山。


タギー社は半壊し、都会的だったはずの街並みのあちこちには紫水晶が突き刺さり、そして千里の立つ場所には一際巨大な隕石が。


透明だったサーキットは深くひしゃげ、深皿みたいなクレーターを彫り込んでいた。


遠くにはなんだか、ガラクタでできたちっこい富士山みたいなものまで見える。


質問されたので、千里は事実を簡潔に述べる。


「……ああ。ドローンが死ぬほど飛んできたからコントロールを奪って自滅させた。あと社長が隕石振らせてきたからピッチャー陣返しした」


『…………!?!?!?!?!?!?????????????? 悪いちょっと解読出来なかった、もう一度頼む』


「あとこれは社長の両足な。さっきもぎ取ってきた」


『いやだから理解を超えてるからな!? ていうかなんつーことしてんだグロいしエグすぎんだろぉぉおおおおおお!?』


混迷する戦局が収束に向かう中、ただ一人蚊帳の外気味の詩葉は混迷を極めていた…………。

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