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カードレース・スタンピード!!  作者: 能登川メイ
episode 9 愛ゆえのロンド。千里vsアルジ
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悪意の暗躍、少女の暗部。

「カードレースで戦え、だって……? 嫌だね……」


あくまでも。


あくまでも悪意からは乾いた否定が返るのみだった。


「案の定の……結果だ。やっぱり俺さんは、札遊びじゃあお前らに敵わない。

そんな負け戦に挑む道理なんて無いし、更生してやるつもりも無い……」


「状況を分かって、言ってるのか?」


ジャギン! と銃口が構えられる。


新緑の引き金が、ルイズの隙間から覗く。


ギャン!! と千里の手にジューダスの本体が移動し……握られる。


「俺は、お前のすぐ前に立って銃口を向けている。後は引き金を引くだけで、お前にトドメをさせるんだぞ?」


「ほう。だったら撃ってみるといい」


見かけ上はボロボロのはずなのに。


瓦礫のゆりかごの中にあって、まるで友達とくつろいでいるかのように、マリスの口調は軽い。


「そうすれば全てが終わる。()()()()()()()()()()()。俺を撃てば、本当に全てが終わるんだぜ?」


「…………、」


後ろが存在しない……それに関しては事実かもしれない。


彼の父のホムラは「会社を奪われた」側だし、秘書が糸を引いてるとも思えない。権力面で見ても、彼よりも上の存在は考えにくい。


だが、このまま全てを投げ出す手合いとも思えなかった。


「……どうせ。なんかの手でこの銃撃もかわすつもりのくせに」


「ああかわす。全力でかわす。だが躱しきれないかもしれない。

挑戦なくして成功は無いぞ? ……ほら、やってみろ、ええ?」


「…………くそ」


確かに、これ以上のチャンスはそうそう無い。


仮面の奥で笑い続けるこの男に、引導を渡す機会は今しかないのかもしれない。


だが。


千里にはどうしても……その決断にだけは踏み切れなかった。


「……ったくよ」


呆れ声で、銃口を下ろす。


「おい童!?」


「しゃーねーだろ。ここでドタマかちわる訳にも行かねーしよ」


呆れたように、敵意の牙を納刀する。


その表情は、どこか投げやり気味に晴れやかだった。


「ここでコイツをやっちまったら、やることがコイツと同じになっちまう。正当な司法ってやつに任せる逃すの一番だ」


「いいの? どうせ大した懲役にはなんないわよ?」


「いいんだ」


枯れ果てたような、疲れ果てたような。そんな曖昧な笑みが、


「コンテンツはナマモノ……五年もぶち込んでおけりゃあ十分だ。出てきた頃にゃ、コイツのやれることはなんもねーさ」


その決断に面白い顔をしないのがホムラだ。


「おい童よ……その言葉の意味をわかって言っているのか?」


「……ああ」


わかっていた。


彼を逮捕させるという事は、タギー社全体にとって大きいダメージを与えるだろう。


それでも、だとしてもと。


「そんでも、ここでコイツを闇に葬っちまったら……きっと、もっとヤバいことが起こる。

コイツを倒して終わるかもしれない。だが『後継者』が現れないとも限らない。

ここで勇気を出して『真実』を明らかにしねーとさ。この世界はどこまでも腐り落ちちまうんじゃねーか?」


「そ、それは……ムウ……」


ホムラが言葉に詰まると共に、暗さと水晶で満たされた広間に静寂が加わる。


ーーーーこれは、単に一企業、一コンテンツの問題では無い。


正体不明のギミックで実現されたこのVR世界は、いわば「もうひとつの現実」とすら呼べる再現度を誇る。


電子の土地は無限に増開拓できるだろうし、その気になれば年単位での生活だってできるだろう。


それはもはや、物理的に存在しないだけの「新大陸」のようなものと見て差し支えないのではないか?


そんな世界に人が大勢集まったとして……その人々の全ての権利を、たった一人の頂点が握っているとしたら?


それは明確な絶望卿(ディストピア)と化すだろう。例え見かけ上は楽しげなふりをしても、脱出も叶わず全てを管理され、少しでも頂点の気分を損ねたら封殺される……そんな時代錯誤で最悪の王国が出来上がってしまう。


この真実を、暗闇の中に放っておく事はできない。それは世界の理を砕く過失になりかねない。


「例え、さ。どんだけ辛い未来が待ってたってよ。この世界の秘密を黙っていて良い理由なんてねーよ。

この件は公開する。ここで間違えたら、きっとそう遠くないうちにもっと酷いことが起こるよ。絶対に『人類にとって良くないこと』がな」


「……やむなし、か。欲をかくは奈落に続く」


「しゃあない。すっぽんぽんの王様がムショにぶち込まれる姿でも見て、溜飲を下げるとしますか」


大人たちも、諦めたように肩の力を抜く。


そうして、その場の三人はどうにかその場を納得に持ち込もうとした。


だが。





ぽふ、と。





「へ?」


不意に千里へ、丁場或葉の身が寄せられた。


「…………」


「ん? 或葉? 外で待ってたはずじゃーーーー」


急に近ずいてどうしたんだろう、と思っていた千里だったが、


直後、指を絡められ。






ぱん、ぱん、ぱん。






その音が。


自分の手のひらから響いたと知るまでにしばらくかかった。


「……ったたた……危ない危ない」


気やすい言葉が、状況を誤認させるが。


硝煙が上がる。


「まったく……()()()()()()()()()()()()()()、くそったれめ……!」


マリスの頭部は、()()()()()()()()()()……!


確実に脳天直撃したかに見えたマリスだが、頭部から紫の破片を散らすだけですんでいる。辺りには 《マリス・クォーツ》のカードが散っていることだし、それらが身代わりになったのか。


それくらいは予想の範疇。


むしろ今の問題は。


「或葉……何やってんだよ、或葉!?」


「チ…………少し待たれよ、済んでから話す」


言って、千里の腕を掴んだまま、マリスのより装甲の薄そうな箇所……喉元に打ち込もうとする。


「済んでからって……待て! それは済んじゃ駄目なことだろ!」


「否、ここで済まさねばならぬ。……まず千里よ、お主はこの件を公開すると言った。

であればその先の結末も、当然見据えての決断であろうな?」


「そ、それは……」


()()()()()()()()、と。お主はそう言ったも同じぞ」


重い言葉が千里を突く。


「制御不可能のギミックを人は、世界は忌み嫌う。頭目のマリスが公の裁きを受けるなら、それが引きいたこの世界も『良くないもの』としてひとまとめに処分されてしまうのは道理であろう」


「…………」


改めて、外から語られると辛い。


この世界を守るためにと動いたのに、気づけば世界を壊さなければいけない立場になってしまっている、その矛盾には気がついていた。


だが、それでもやらなければならない時はある。


「それでも、手はある……。マリスを刑務所にぶち込んだ後で、仕切り直す手はある」


飲まれてはいけない。


ここで衝動に飲まれることだけは、断じてあってはならない。


「『やり直す』んだ。例え今の世界を失っても、チエカを守りきって、それに関わったみんなでもう一度『カードレース・スタンピード』を取り戻すんだ。

それが一番なんだ、じゃねーといつかコイツみたいな、悪意(マリス)を持った奴に何もかも飲み干されちまう」


「……………」


「そうなっちまったらもう最後だ。ヒトの手網を握った独裁者が、なにからなにまでコントロールする世界になっちまうんだ! それだけは、ゼッタイにあっちゃダメだろうが…………!」


「…………、」


汗が流れる音さえ霞む動悸が襲う。


息をするのさえ、苦しくなる。


そうして。


数瞬、誰も声を発しない時間が空き。


しばらく、目を閉じて開いて。


「…………お主が、そこで理性を返せる者でよかった」


「或葉…………?」


ふと、表情が弛んだように見えた。


「みなまで言うな、心得ておる。取り返しの効く問題と、取り返しのつかない問題。どちらを優先すべきかくらいはわかる」


「え……だったら……」


「だからこそ……これより先は拙者一人の我儘にござるよ」


再び。


引き金を持つ手に力が込められる。


「!? 或葉、なんで……」


「語ったことはなかったの。なぜ拙者が、件のチエカを好いておったのか」


思い出話を語る様に。


しかし、添える指には万力の如き力を込めて。


血を流しかねない程、唇を噛み締め語る。


「チエカのカラクリ……聞いた時に『そうだったのか』と思ったと共に……『やっぱり』とも思った。どこかで、言葉ではなく心で理解していた」


「え……?」


「何度も何度も、チエカ殿をカードとして呼び出し使ううち……電子の街角で語らううち……何とはなく、その在り方には感ずいておった気がする。

あまりにも人間くさく人間らしく、それでいて機械的に溢れる在り方……仕組みに気付くことは、そう難しいことではない」


その頬に、雫が流れる。


感情が溢れる。


「だからこそ。だからこそだ。そのあり方に惚れ込んだ。討死を恐れぬ侍の群れのような在り方にだ!!

役割の為にその身を投げ打ち、その一切を喜びとする。その尊い生き様、有り様にこそ拙者は惚れたのだ!!」


溢れる涙が、千里をも濡らす。


理解してしまった。


チエカの笑顔の奥に潜む『本質』……目を逸らし続けたそれをしっかりと自覚してしまった。


だから止めきれない。


彼女を否定しきれない…………!!


「それを汚した者を! 石の揺りかごに任せておける道理などどこにあろうものか!!

マリス……否、稲荷鞠守ッ! もはや許せん、その首此処に置いていけ!!」


「だめだ……やめろ、やめてくれ或葉ぁ!!」


照準が定められる。


抑えようにも、意志の力で或葉に勝てる者など居ない。


「千里よ」


最後の優しさが、千里に向けられる。


「お主は、こうなるでないぞ。その理性の力で、この世界を導いておくれ」


「やめろ……やめろおおおおおおおおおおおおおおお!」


かちりと、撃鉄が上がり。









再び、銃声が響く。


どうしようもなく重い、命を砕く音が鳴り渡った。

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