突入、タギー社屋。そして悪意との邂逅へ。
「ここが、タギー社の中か……」
そこは黒が支配する世界。
闇夜の湖面か何かのよう。周囲に浮かぶ光のガイドだけが正しい道を示した。
四人は、一応は今もタギー社の会長であるホムラの案内で中を行く。
「本来、コレは夜の仕様なんじゃよ」老狐が語る。「日中は通常の社屋としてのテクスチャーを貼り、夜はこうして電脳世界や異空間を思わせる雰囲気を創る。
つまりこの状況は非常の事態。入り口が施錠されていたことも含め、いつ何が起きてもおかしくないと言えるの」
「まあ、そのくらいはわかっていたけど……ねぇ?」
静寂な雰囲気が耳に痛くすらあった。
何かしらの装飾でもあればまだマシだったのかもしれない。
「なに、ただの見掛け倒しじゃて………こっちじゃ。道は変わらん」
ひょいとホムラが飛び出し、千里達もあとを追う。
光の浮き板とでも言うべき、頼りない階段を静かに踏みしめ敵地の最奥を目指す。
そんな中で、ふと少女が視線をあらぬ方向に向ける。
「…………」
「どしたよ或葉。怖い……って目じゃねーわな。なんか気になるもんでもあったかよ?」
「ふむ、何とはなくの……」
奥行きのない黒を見つめながら、しかし彼女は楽しげに思いふける。
「このまっくろずくめの中を歩いていると……その上に、今までの旅路が思い浮かぶようでの」
「……あー、わかるわなんかそれ」
千里もまた物思いにふける。
漆黒のスクリーンに今までの情景が浮かぶ。
激戦の日々。時に助け合い、時に衝突した日々。
その中には、良襖や傍楽の姿も…………。
「なあ、或葉」
「なんじゃ」
「全部終わったらよ、またみんなで遊びにこよーぜ。この世界を……俺たちの大切な居場所を守りきったらよ」
「うむ。とても良い考えにござる」
かつんかつんと踏み締め歩きながら、明るい未来を思考する。
良襖は罪を償わなくちゃいけないのかもしれない。
傍楽ともわだかまりは残るだろう。
だとしても、と突き返す。
それは静かに熱い決意。
螺旋階段を登る度、その思いは強まる。
絶対に、絶対の絶対の絶対に取り戻す。
あの日望んだ居場所を。
「……はい、そこイチャイチャしないの。そろそろよ」
かつりかつりと螺旋階段を登る中、ユリカが制する。
「え、もうか? 十何階は登ると思ってたけど…。」
「あいっ変わらず初手だと鈍いのね? この規模のビルを本気で徒歩で登らせたらリタイア多発ものよ。
そうならないように、途中の細かい所はごっそり省いてるってワケ」
「ああ、なるほど……」
「てわけでぼちぼち気をつけて。だいたい三人くらいの気配がある。一人は我らが社長サマ。もう一人は秘書のシイカかな。あと一人誰だろ……」
と、なにやらステアリングキーを構えてなんやかんややっているユリカだったが、千里には何がなんだか分からない。
(ステアリングキーの……Ai‐tubaの特権ってやつか? そういえば、傍楽のやつが自分の領域調べられたの感知してたっけ……)
思えば、良襖の権限の欠片たるガイルロード・ジューダスをキーに使った時もそんな現象があった。
まるで、精神で直接繋がるような…。
「よし、だいたいわかった。とりあえず入口までに罠があるってことはないっぽいわ」
「では、後はゆくのみか」
言葉にはっと振り返る。
「……そうだな。行こう……それで全部終わらせて帰ろうぜ」
もういい加減、陰謀の中に居るのは懲り懲りだ。
無事日常に帰還すべく、彼らは最後の迷宮を突き進む。
「邪魔すんぜ、シャチョーサン」
カツン、と最後の段を踏みしめ最上階に辿り着く。
警戒のために、他のメンバーはついてきてない。部屋の外で待機し、急場とあれば助けに入るという算段だ。
故に一人きりの歩みの中、部屋を見回す。
「……へぇ、これが」
先程までと違い奥行きのある質感。ダークカラーながらも彩度を保ち、がらりと高くサッカーでもできそうなほど広い室内にはそれだけで居住者の位の高さが伺える。
辺りには紫水晶の結晶や彫刻が飾られ、はるか高みには虹の色彩を放つ水晶のシャンデリアが幾つか吊るされていた。
そして、その一番奥。
一面ガラス張りの壁。偽物の夜景を背負う玉座に。
彼は居た。
「やあ、よくぞここまで来てくれた」
一目で悪の首魁だと理解できた。
群青色のマントを羽織り、プラチナカラーのプロテクターをあしらったその姿は豪奢。それでいて、バックパックのようなパーツはさび切った鉄骨を組み合わせたような禍々しいものとなっている。
何より、その頭部が正八面体のメットで完全に隠れている。正面には目玉替わりの赤と空色のランプが内から灯り、呼吸口をイメージしてか折れ曲がったマシンマフラーが二本、巨大な逆さ髭のように突き刺さっていた。
逆にここまでやって「実は良い人なんです」なんてやられたらたまったものでは無い。
一人で待っていたようだ。ユリカが言う残り二人は『どこかに潜んでいる』のだろうか?
彼は、なんてことないように若めのくぐもった声で騙り始める。
「さてとだ。自己紹介から始めようか。俺の名前はマリス。嘘くさいが本名なんだぜ? そこに居る俺の親父、稲荷焔の実の息子の稲荷鞠守……ここの、タギー社の現『社長』だ」
「自己紹介ドーモ。俺は先駆千里。このゲームの一プレイヤーとしてここに来た」
「ほう」
気安い口調のやり取りだが、その間には爆裂する程の敵意が渦巻いている。
「じゃ、確認しようか。『お前はここに何をしに来た?』」
「『てめーを討つ』。少なくともこのゲームからは引っ剥がす」
「ま、だろうな」
ハッハと笑ってのける現社長。メット越しでも表情が透けて見えるように感じた。
その上、説教じみた事まで言い出す。
「まあお前が腹を立てるのもわかる。お友達を何人も苦しめ、色んな人生を操って……だからな。
だがだ。そんなことでキレ散らかしてたらキリがないと思うぞ? 人生は契約の上に成立する。誰かが誰かの利益に貢献する取り決めで回ってるんだからな」
「ジョークなら笑えねーぞ」
千里は欠片も揺らがない。
「アルジが……俺の友達の傍楽を見てはっきりした。お前アルジになんの報酬も渡してないんだってな?」
「なに?」
「精神的な報酬だけ。やりがい搾取ってやつか? そんなもん契約って言わねー。てめぇの称号は詐欺師がいい所だ」
成長の機会を与えられたと彼は言っていた。
しかし実際には、彼は級友と潰し合いをさせられただけだ。
おそらくはそんな調子で、良襖もアイツも利用し倒したのだろう。さすがに大人のユリカにはまともな給料を払っていたようだが、詳細の一切は伝えられずそれゆえの被害も受けた。
だが、そんな言葉を受けてもマリスは全く揺らがない。
「詐欺師。詐欺師ね。まあ悪い称号じゃあない。夢を見せるお仕事だってんだからな」
「お前の場合は後で奪う所までセットだろうが」
「そうかな? 少なくとも、『彼』はそうは思ってないようだが……」
「は?」
言っている意味がわからなかった。
そして不意に、水晶の彫刻のひとつが浮遊し、マリスの前方で停止する。
そしてヒビが入り、少しづつ砕け…………。
「…………え」
絶句した。
そこに居たのは。
「う……………あぁ…………」
先程倒したばかりの。
《化学の担い手アルジ》…………級友・風間傍楽のアバターだった。
「傍楽……傍楽ああああああああぁぁぁ!!」
「ダメじゃないか、お友達をほっぽり出しちゃあさ。そういうふうに詰めが甘いと利用されるんだぞー? こうやってな」
そう言って。彼はボロボロのアバターを、まるで盾でも構えるみたいに翳した。
「ん……くぁ……」
「おーおーやっぱり意識あるな。どうにもやっぱり、唯一意識を断ちうるのはお前の持つキルスイッチ……ガイルロードジューダスだけらしいなぁ?
さてとだ……お前は俺を討ちたかったんだよな?」
群青色の影が嗤う。
くもん漏らす肉盾を構えてせせら笑う。
「ならやってみろ。ただしよく狙い、そして不意を突け。でないと君の大切な友達の精神まで死んじまうぞ?
魔王の配下が唯一意識を奪った、鳥文良襖みたいになぁ?」
「テメェ……それがテメーのために戦ってくれた相手への仕打ちかよ!?」
「なーに言ってるんだか」
馬鹿にするでもない。
あくまでも、自分が語る言葉が常識であるかのように滑らかに語る。
「『契約』ってのはそういうことだ。利益を得るまで満了とは行くまいよ。
お前を討て無かったコイツには、ちゃんと最後まで活躍して貰わないとーーーー」
と、そこまでだった。
ゴガンバギドシャア!! と。
彼らに人面列車が激突した。
《グレイトフル・トレイン》✝
ギア3マシン スカーレットローズ POW10000 DEF10000
「アバターの精神を砕けるのは 《ガイルロード・ジューダス》だけ……か確かに、俺自身やホムラで試してもそうだった。
なら逆に言えば、ジューダス以外のカードだったら、致命傷を付けずに回収できるんじゃあないのか……?」
首を戻し、千里が構えるカードへと帰還したトレイン。その顋には、アルジのアバターがくわえられていた。
「千、里…………?」
「ごめんよアルジ。こんな方法でしか助けられなくてよ。すぐに戻る。そう長くは待たせない」
言葉ひとつ、トレインを室外へ出す。
できるだけ、遠くへ。
そうして送り出し……睨みつける。
壊れきった玉座の上で、なおも嗤う悪意を。
「良い目付きだ。ゾクゾクするねぇ」
「なあマリスさんよ。俺がどういう気分だかわかるか?」
「んんー? さっぱりだが?」
すっとぼける。
その気安さが千里の腹を立てる。
「丁重に弔った友を、墓場から引きずり出されてカカシ代わりに使われたような……そんな、侮辱された気分だ。
許せねぇ……こんな『正しさ』があってたまるか。お前はこの場で俺がぶっ潰す!」
「ほうほう」
むき出しの憎悪を前に、あくまでもマリスは飄々とした態度を崩さない。
「なら来い。ここから先は意志の力の戦いだ。お前の唯一の切り札で、俺を撃てるかな?」
「やってやる。出てこい、ガイルロード・ジューダス!!」
号令が、千里に贈られた切り札を呼び出す。
樹木の巨人が戦場に降り立つ。
《ガイルロード・ジューダス》✝
ギア4マシン スカーレットローズ POW9000 DEF9000
◆【このマシンの登場時/場札三枚を捨て札へ】相手の場のアシストゾーンのカードを全て破壊する。
敵意溢れ出す魔王の配下を前に、しかし悪意の権化は嗤う。
「やる気マンマンだな? なら受けて立とうじゃあないか。迎え撃て 《悪意の氾濫カルトヴェイン》」
号令により影が膨れ上がる。
悪意を具現化したような闇の魔物だ。
《悪意の氾濫カルトヴェイン》✝
ギア4マシン サイサンクチュアリ POW14000 DEF11000
◆【常時】お互いに、効果またはコストの対象を選ぶ時に 《悪意の氾濫カルトヴェイン》は選べない。
◆【自分のマシン一枚を破壊】山札から 《悪意の氾濫カルトヴェイン》一枚を呼び出す。そうできたなら、相手のギア4以下のマシン一枚を破壊してもよい。
「さあやろうか。お前は俺より『他者の力』を上手く使えるかな?」
「ああやってやる。お前みたいなやつなんかに負けない。負けてたまるか。
人の命を……人生をボロ雑巾みたいに! 使い潰して捨てるような奴にッッッ!!」
怒りが吹き荒れる。
闇の獣が牙を向く。
樹木の巨人が銃口を向ける。
激突が始まる。
正真正銘、最奥との戦いが始まるのだ。
「来い。先駆千里」
「行くぞ、マリスウウウウウウウウウウウウウウウウ!」
開戦の怒号が、一発の銃撃音に乗って響いた。