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カードレース・スタンピード!!  作者: 能登川メイ
episode 9 愛ゆえのロンド。千里vsアルジ
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傍観者に手向けを、挑戦者に暖かな許しを。

「はァ……はァ…………はは……」


「アルジ……」


決着は着いた。


運命の女神を味方につけたはずのアルジだったが、千里の方が遥かに愛されていた。


確実に勝てる手を打っていたはずのアルジだったが、そもそもラスボス級とさえ呼ばれたホムラを倒した千里の判断力に敵うはずも無かった。


アルジの完敗。


あらゆる意味で叩きのめされ、力なく転がる事しかできなかった。


なのに。


「く、は。ははははは、ははははは……」


アルジは、何か吹っ切れたように笑っていた。


「なに、笑ってんだよアルジ……」


「傍楽でいい。もう名前なんて()()()()()()()()()


そうしてハハハとしばらく壊れたように笑い……しかし、その後で。


アルジ=千里の級友、風間傍楽の表情は憑き物が取れたかのように穏やかだった。


「それに、ちょっと白々しいぞ。俺はお前が()()()()()()()をわかってる」


「…………ッ」


何故か顔を赤くする千里。


それを見て小首を傾げるのは、妲己威からの融合が解けたチエカだ。


「??? 千里サンは貴方をけちょんけちょんに叩きのめしただけのはず……?」


「カッカッカッ、わからぬか小娘よ」


その疑問に答えるのは、同じく融合が解けた老狐のホムラだ。


「そこな小童……アルジは、己の目的を『劇的な体験』を積むことだと漏らした。

だからこそ敵に回り、あえて恨み節を受ける立場に準じたとの」


「ほう???」


「とくれば。そのものにとって最大の罰とは……呆気なく葬られ、決着の後も無関心を貫かれる事。己の行動を無に帰される事じゃろう?

なのにじゃぞ? なのにわざわざ決着までの過程を過剰に積み、今なお留まり語らうという事は…………ふふっ」


「…………おっ?」


解説をされる度に、千里の頭からぷすぷすと湯気が上がる。


つまりは。


「あーっ! あーっあーっあーっ! それってつまり、アルジサンにとびっきりの体験をさせてあげるために千里サンが手間暇かけたってコトですね!?」


「左様!! まったく、可愛い面をして中々粋な事を考える奴じゃわい」


「う、うう……解説されるとむっちゃ恥ずかしい……」


耳まで真っ赤になりながら蹲ってしまう。


そんな千里に、未だ信じられないという表情でアルジが問う。


「なあ……なんでだ。なんでそこまで『合わせてくれた』?俺の行動は、お前にとって迷惑以外のなにものでもないのに……。

俺なんか、極力あっさりと撥ね飛ばして先に進んだ方がいいはずなのに……」


「え、あー……うーんとだな……」


アルジの問いかけに、千里は己の感情を言葉に落とす。


「なんつーか……別に、特別なことでもないんだ」


「え?」


「ほらあるだろ? ()()が珍しいロマンコンボを狙ってたら、あえてその条件が整うまで待ってみたり。

フレーバーテキストに感情移入してる相手のノリに合わせてみたり……さ」


つまりは、楽しむための配慮や同調。


ある視点ではまどろっこしくすらある、カードゲームによる戦いの大前提。


「だからさ……お前が裏切り者の役を望むなら、俺はそいつを全力で。

そして劇的に、苛烈に。ここまでやるんだったら清々しいってくらいの勢いでぶっ倒す!

……それが、今俺にできる精一杯の『楽しみ方』で『楽しませ方』だと思ってさ」


「…………」


ただそれだけだと言ってのけた。


フリーマッチでの魅せプレイを楽しむみたいに、ただ『友達』とのカードゲームを『お互いに』楽しみたかっただけだと……千里はそう言ってのけた。


「…………はっ。そっか、やっぱりお前には敵わないな」


アルジは、心の奥の奥で思い知った。


ーーーー打算と自己満足だけの自分とは、器のサイズも質も桁違いだ。


考査や小細工を一息で突き破る、熱い鋼の塊のような存在感がそこにはあった。


何より、むき身の感情に満たされていた。細かな損得にこだわっていたのが馬鹿馬鹿しくなるくらいの、圧倒的なココロの奔流の中で彼は満たされていた。


満たされていた、だからこそ。






アルジは。


()()()()()()()()()()()()






「なあ千里……さっきから、器械兵共が大人しくなってると思わないか?」


「え?」


「コイツらは、俺の精神と連動している。……正確には、俺が持つ『ステアリングキー』の権限とな」


アルジが、胸元の鍵のようなブローチを指して語る。


「このキーは、アバターと一体化してはいるが……お前が持つ《ガイル・ロード・ジューダス》なら。

良襖がお前に託したゲームマスター権限の『欠片』なら問題なく切り離す事もできるだろう」


「何を、言って…………おい」


そこまでで悟った。


()()()()()()()()()()()


「やるんだな……最後まで」


「ああ……」


二人が、なにかを確かめ合った、









瞬間、機銃の掃射が唸る。








「…………ッ!!」


咄嗟にマシンカードを使い、数台の車体を盾にする。


ズガガガガガガガガ!! というけたたましい音が響く。


貫通弾は皆無だが、回転翼を振り回すその脅威は全く消えていない。


犯人なんてわかりきっていた。


「器械兵タンジェント……」


「まさかアルジさ…………なんでこんな!?」


「何驚いてやがるチエカ……まだ終わりじゃないだろ」


ボロボロで仰向けのまま、殺人ドローンを支配するアルジは嗤う。


「使える手があればそりゃ打つさ……だって今の俺は、タギーの現社長に仕えている部下だ。

足掻く手段が残っている限り、俺は何度でも立ち上がる……!」


手をつき、震える膝を堪えて起き上がり、立つことすらままならない状態でなお、菓子の包みを引き裂いたように全力で笑っていた。


彼が手を翳すと共に、器械兵が巨大な電磁石を取り出す。それがマシンを一台ずつ引き寄せ、自重で押し潰していく。


「半端な決着なんて許されない。いいや誰が許してもこの俺が許さない!

俺を止めたかったら、お前のジューダスで! まともに動けない俺のキーを撃ち抜くしか無いと思うぞ?」


「アルジ……いや、傍楽、サン……」


絶句するチエカの隣、千里は静かに覚悟を決めていた。


「傍楽……」


「もちろんそれで止まるとも限らない! そんな時は手足を撃ち抜いてゴミ箱にぶち込んでやるのもアリだ!

まあ俺は何が起こっても、その体験を食いつぶして這い上がるつもりで居るがなぁ!」


「傍楽……お前って奴はよ……!」


「『敵』にはちゃんとトドメを刺さなきゃだろう!? このまま盾を全て失えば、また理不尽なミッション地獄に逆戻りだ。

さあ撃て。ちゃんと完全な勝利が欲しけりゃ、最後の最後まできっちり討ち取るんだよおおおおおおおおおおおお!」


そうして、何台目かのマシンがくず鉄と変わった所で。





タァアアン、と。


電子の幹部が撃ち落とされる音がした。





「あぁっ…………!」


「…………、むぅ」


かつての同僚が討たれるのを見たくなかったのか、チエカやホムラは目を伏せてしまう。


しかし千里は目を逸らさなかった。


器械兵が停止しても、撃ち落とされたステアリングキーがこちらへ転がっても、千里は一切慢心せずに目線を向けたままキーを拾う。


そして。


「なるほど……ガイル・ロード・ジューダス……このカードの影響なのか、このキーの使い方がわかる。

まるでずっと前から知っていたみたいにわかる……あの器械兵も、手のひらで転がすように動かせそうだ」


千里は見逃さない。


まだアルジのアバターは生きている。


「……ステアリングキーを以て命令する。《器械兵タンジェント》よ『アルジを拘束して限界高度まで上昇せよ』」


『……了解。アバター一体ヲ拘束シ上昇シマス』


電子音声と共に、つい先程まで仕えていた相手を容赦なく縛り上げて飛翔を開始する。


ともすれば、天に上って行くかのようなその光景を。


「傍楽…………」


先駆千里だけが、まっすぐに理解し見つめていた。





一方、こちらも満身創痍の戦場。


「あがああああこれで何台目よもう!! 29台目辺りから数えるのも腹たって来たんだけど!?」


「せ、拙者ももう数え切れぬ…………」


二人、器械兵達の相手を任されていたユリカと或葉だったが、その精神的疲労はピークに達していた。


倒せど倒せど器械兵にキリがない上、ミッション自体が徐々に難しくなって行ってるとあっては、もう彼女らが音を上げるのも無理は無いと言えよう。


「……もうムリ。○リカしよ。或葉ちゃん、ギア5(トップギア)のマシン呼んで。後は限界まで逃げ回りましょ」


「ウムゥ!? せ、せっかくタギー社の前に陣どれておると言うのにか!?」


「だってもうムリじゃんさもう!! 次辺りからタンジェントが二台同時とか来そうなんだもんもうムリゲーじゃない!?

だからこそここは戦術的撤退をね……」


などと語っていたユリカだったが、一歩遅かった。


ーーーーガション!


『【MISSION!!】このターンのうちに器械兵タンジェント二体を撃破せよ。ただし使用可能な手札は……』


「あああもう言わんこっちゃない!」


「南無三!? もはやここまでということか……」


「うわぁーん誰でもいいからちょっと助けに来てよもーーーー!!」


絶対絶命。


もう大人の余裕も何もかもかなぐり捨ててしまうほど追い詰められたユリカと或葉だったが…………。





『…………? ガピ、がプピプピ。攻撃中止。繰リ返ス。総員、攻撃ヲ中止シ、限界高度マデ飛翔セヨ』





「は、へ……?」


なぜか急に攻撃が停止し、器械兵達は一斉に離れて行ってしまう。


しばらくポカンとして空を見上げて居た二人だったが、やがて或葉が言語に直す。


「千里が。千里が成し遂げたのにござろう」


「やったの? 嘘? やったあああもうしんどかった助かったよおおおおおおおおおおおお!!」


恥も外部も無く泣き崩れるユリカだったが、或葉は既に別の疑問へ焦点を移していた。


「助かった、のは良いが」


「?」


「あのドローン達は、一体どこへ向かって居るのであろうか?」


「…………? そういえば……どこだろ?」


空を埋め尽くす器械兵。


その中には、アルジを捕らえた機体も混ざっていた。


と、ユリカのボイスチャットのアラームが鳴動する。


「ん……ああはいもしもし千里? ……え、なに? 防御しろって?」











「ん…………く、ハ…………」


明滅する意識の中、アルジは鉄のゆりかごの中で目を覚ます。


強靭なメタルアームが体をがっしり拘束している。権限を失った彼には、もはや拘束を逃れる術は無さそうだ。


大空を舞っていると自覚した。並行する器械兵の群れが教えてくれた。彼が操っていた戦力は、丸ごと千里のもとに下ったらしい。


このまま無期限の空の旅かと思ったが、器兵の群れは明確にどこかを目指しているようだ。


この速度ではそう長くはかからない。ひょっとして、辿り着いたあとは……と先の展開を予想したアルジだったが。


「ん………くぁ?」


その前に目撃する。


努力の報酬のような光景を。







それは、自由を幻視する大空。






青く澄み渡る空の頂点に輝ける太陽が、器械兵達を優しく照らす。


ギラりと照り返す輝きは、誰も彼もが太陽を目指し上へ上へと空を舞う。


ーーーー例え、決して届かない……届いてはいけない輝きだとしても。


それを目指す輝き。その中に、自分も居たかったのだと強く実感した。


(……そうか。俺はここに居たかったんだ)


満たされた世界なんて要らなかった。


例え何もつかめなくとも、それを追い求める過程にこそ意義がある。


(この瞬間が。例え大きな渦の中で流される存在だとしても。俺は自由を幻視する立場で居たかったんだ)


届かないからこそ追う意義がある。


それを今『敗北』を以て知った。


その道を望んだなら、結末まで受け取らなくてはなるまい。


やがて器械兵が収束し、一点を目指し()()()


緩やかに迫る『目的地』を肌で感じながら、傍楽は最後に二つ思考する。


(千里。お前はこの群れを超えた。お前はきっと太陽に挑む事になるだろう。

……恐れるんじゃない。ここまで来れたお前ならきっと大丈夫だよ。それとな千里)


だんだんと勢いを増し、嗅ぎなれた匂いに近づきながら。


もうひとつ、言葉に残す。








「こんな根っからの『傍観者』に……全力で相手してくれて、ありがとうな」







少し前。


千里は器械兵の群れにこう命じていた。








「《器械兵タンジェント》総員!! 『()()()()()()()()()()()()()!()!()』」







ーーーーズガゴシャヴガキャジャゴズガベギグシャゴガジガズガァ!! ゴガブガドゴガアアアアアアアアアアアアン!!!






「………………それで、自衛しろって言ってきたのね」


ヘリコプター大のドローンが数え切れないほど降り注いだ空っぽの土地を見据えて、ユリカが問う。その手には、煙草代わりのハルピュイアの太羽が挟まれていた。


爆風の地獄がキノコ雲を形作っていた。積み上がるオブジェクトが、化学の担い手に相応しい墓標に見えた。


「……ああ。『警備兵器を丸ごと奪って爆破処理する』……思いついたまでは良いが、どんだけの威力になるかわかったもんじゃないからな」


答える千里もまた、ハルピュイアの羽を噛み締めていた。やに臭い味が、状況に似合っていた。


彼らがどこに避難したかというと、巨大な姿となったホムラの手のひらの上だ。爆風も彼の体に盾になってもらい防いだ。


「しっかし……よくまあ協力してくれたものよねオジーチャン?」


「ハン。儂とてタギー社の現状は好ましくないからの」


枯れたような、達観したような。そんな乾いた感情が、彼らを取り巻いていた。


「今のタギーは、完全に儂の息子に私物化されておる。何を成し遂げるにしろ、満足感が先行し実利が伴わなければ待つのは焼け野原の未来のみじゃろうて」


「正しく、全てを薪と燃やす独裁者ってわけか」


目の前の光景を見据え、乾いた心の千里が吐き棄てる。


「結局、アイツは良いように使われてたんだと思う。俺たちに勝っても、元から満たされてたアイツには大した得にはならなかったはずだ。だからって負けても…………」


「流されどもエゴの反目。かつての仲間には裏切り者の謗りを受け、上に立つものからの評価も得られまい」


「…………」


精神的な報酬を、彼は得ていると認めた。


たしかにこの激突は、彼の人生にとって必要な経験だったのかもしれない。


だが。


(誰に唆されたとして……唆したソイツは、傍楽のアフターケアまで考えるような考えるようなタマか?)


企業のトップは、クビにした部下の事は綺麗さっぱり忘れるという。


平社員相手ならそれで成立するのだろうが、仮にも子供相手にそれをやられたらたまったものでは無い。


まして、自由意志に乏しい欠落を持つと知った相手にそれをやるとあっては…………


「取りこぼすでないぞ」


厳格な口調で語るのはホムラだ。


「酷だ、などと感傷に浸るだけなら誰でもできる。じゃが、友の悲劇や過ちを纏めて受け止めるとなれば、中々できる事では無い。しかしだ」


年季の籠った、嗄れた声で静かに語りかける。


「それをしてやれるのは千里、そして丁場或葉よ。お主らしかおらんじゃろう。

じゃから夢々取りこぼすでないぞ。現実の大地に帰った時、改めての戒めと……許しを与えてやるといい」


「……ああ。サンキューな、ホムラ」


「承知した。拙者とて鬼ではない。暖かく迎え入れるとしよう」


そうして誓いは交わされた。


硝煙の香り舞う戦場で、それでも日常に向けた誓いが成されたのだ。






タギー社屋の正面口。


ガチャリ、と傍楽が遺したステアリングキーを差し込む。


鍵が廻る音がした。


圧倒的な光景を目撃したはずの社内にはなんの動きもない。。中の面々にとっても「ちょっとうるさかったかな」程度の


「……静かすぎる。中は無人なのか?」


「そんなはずないんだけど。出向く度にごっちゃり人に逢うハズだし」


「そもそも施錠されてるというのが有り得ん。ここは夜でも解放せれているはずじゃからの」


「であれば、確実に罠が待つという事にござろう」


四者四様の感想を元に先を読む。ちなみにチエカは居ない。先ほど避難するあたりから見かけていないが……


(ま、いざとなったらカードから呼んだら来てくれるか)


「さて、そろそろ開くわよ」


声に身構える。


ガチャリ、と大きな音と共に。両開きの門が大きく開く。


恐らく先は悪夢の袋小路。


あるいは、希望を断つ地獄の門。


帰還不能地点を前に、しかし一同は揺らがない。


「…………行くぞ!!」


号令と共に、彼らは敵の中枢に駆け込んだ。

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