やがて居場所になる世界へ。
「《鉛塊のドレーク・チャリオット》でテメェのマシンを攻撃!」
爆風が巻き起こる。
オーディエンスから歓声が巻き起こる。
ーーーーここは赤熱するサーキット。
大規模なコースを舞台としたカードゲームが、電子の世界で巻き起こっていた。
対戦者の黒服の男が笑う。
「これでお前のマシンのギアは最低値の1! 次のターンにロクな展開はできまいよ! お前に勝って、今日こそはあの日取りそこねた《必勝! ウイニングチェッカー‼》を手にしてやる!」
「へぇ、そんなに欲しいですか、アレ?」
対戦者の少女は不敵に笑う。
男は苛立ち混じりに答える。
「当然だ。あのカードは一日一枚《勝利の導き手チエカ》を生産する。
アレを売って300ベルに変えれば十枚入りパックが毎日追加で買える事になる。ログボで同様のチケットが貰えるのは良いが、入手ペースを倍化できるチャンスは掴まなくっちゃあな!」
「やん! 売り飛ばされる為にワタシの分身を作られるなんてちょっぴり悲しくなっちゃいますよ?」
金髪ロングの頭がわざとらしく震える。
高そうなマシンの上で、モノトーン調のレースクイーン衣装を彼女自身の細腕が抱く。
「……なんとでも言ってくれ。アンタのチャンネルを登録する事と、このゲームを楽しむ事は別問題だ。
これで俺はターンエンド。さて、俺は後25キロ走れば勝ちだが、あんたはまだ60キロも走る必要がある。俺の場はギア4のチャリオット含め三体のマシンが居る。しかしアンタの場はギア1のセンター一体で手札も一枚。さーてこの場をどうひっくり返す?」
「確かに、これはちょーっと厄介な状況ですねぇ?」
簡単な話だ。
自分は王手をかけていて強力なしもべで盤面を埋めているから有利。
相手はまだ詰み手に届かず、場が空だから不利。
基本は間違ってないが、このゲームではちょっと通じない。
このカードゲームは《レース》なのだ。
盤面がどうあれ、走り切った者が勝つ。
「……ワタシのターン、ドロー! ……このとき、スクラップの《レッド・オポッサム》は自身の効果で手札に戻って来ます!」
「それで三枚か。だがまだまだ……」
「ここでチューンカード《緊急サンプリング》発動! 手札一枚を捨ててカードを三枚引きます!」
「ぶ!?」
これで四枚。
勝利への準備は間もなく整う。
「ではでは場に《レッド・オポッサム》、《ホワイト・エッグ》を配置! さーって行動と参りましょうか!」
「させるかよォ! ドレーク・チャリオットの効果、手札を一枚捨ることで、相手は自分のマシン一体を破壊する!」
「ではホワイト・エッグを破壊! その破壊時の効果で手札を公開し、場にも手札にも無いギアを持つマシンを手札に加えます!」
「チィッツ!!」
舌打ちが漏れる。
彼に効果を使うための手札はもう無い。
オマケに見せた手札もヤバかった。
「ワタシは手札に加えたギア2の《パイクリート・サイドライド》をギア1扱いで配置!」
「!?」
「そーゆー効果持ちなんです! この方法で呼び出したこの子はステータスが半分になっちゃいますが…これで三体合わせて15キロ走れますね! …走行!」
「くっ!?」
これで彼女が走るべき距離は残り45キロ。
そこへ件のカードが使われる。
「さあさあ皆さんお待ちかね! センター含め自分のマシン三体が行動を終了している場合、それらをセンターに重ねる事でこのカードは発動できます!」
「あ、あぁ……ああああ嗚呼あぁあ!」
「ーーーーチューンカード《必勝! ウイニングチェッカー‼》三体を重ねた上にギア4、《勝利の導き手チエカ》…つまりワタシ自身を重ねて呼び出します!」
瞬間、彼女の…御旗チエカの姿に変化が起こる。
オーディエンスに歓声が巻き起こる。
そこに居たのは、金色のバイクを駆り、白いニーソックスに黒いリボンを巻き付けストライプ状にし、純白のレースクイーン衣装に黒い羽織を付けた少女。
細やかな金髪をなびかせ、赤みさす健康的な肌の中ごろに空色の瞳を輝かせる、決戦仕様の少女の姿だ。
《勝利の導き手チエカ》✝The_Winning_ruler_of_TIEKA……
ギア4 ステアリング/マシン
POW14000 DEF11000 RUN20
《デミ・ゲストカード》
《二回行動》
◆『このマシンがバトルで相手マシンを破壊した時』このマシンをセンターに置く事ができる。
◆『このマシンの破壊時/コスト・センターの札二枚を捨て札へ』捨て札のこのマシンをセンターの上に重ねて置く。
「お待っとーさんでした! 《カードレース・スタンピード!!》専属バーチャルAiNtubaにして勝利の導き手、御旗チエカマジモード堂々散臨でっす!」
「くそ……その姿は二回行動、走力は一回につき20だったな…」
「イエース! であれば何をするかはもちろんおわかりですね? 疾走あるのみです!」
チエカ残り走行距離…………45→25→5
一度目は追い付いた。
二度目の疾走で突き放す。
「あぁ…またなのか…また…!」
「さーってこれでワタシが走るべき距離はたったの5キロ!勝利まで後一歩です!」
「まだだ! まだ最後の手札が死に札の可能性が…」
「さっき手札見せましたよね?」
「ウッ!」
「そしてそもそもこのゲームはセンターのギアを順番に上げ、並べられるマシンの位を上げていくゲーム。センターにギア4のマシンを置いた時点で……」
チエカが最後の手札を見せる。
それは。
またしても。
「ーーーー死に札なんてありませんよ♪」
戦場に、二枚目の《勝利の導き手チエカ》が置かれる。
「ウイニングラン! 二体目のワタ持ってけ二連だぁああああああっ!!」
チエカ残り走行距離…………5→0=GOAL!!
「ちっくしょおおおおおおお!!」
叫びも虚しく。
ゴールを迎えたのはチエカだった。
少しした後、ゴールでは遅れてたどり着いた男が項垂れていた。
対照的に。
「っつふぃー! 大・勝・利! ありがとうございましたシルヴァさん! 楽しいレースでしたよ♪」
嬉しいそうにピースサインを決めるのはチエカだ。
「そうかよ良かったなだが強すぎるだろお!! いつ手に入るんだよウイニングチェッカーは!」
「一応勝てる設定なんですけどね。まーワタシのデッキは変わりませんし、次のパックが出れば対策も可能では?」
「それまで待機かよおおおおおお!!」
男の、悔しげな絶叫が響き渡る。
これがこのゲームの日常。
彼女は絶大な存在感でこのゲームに君臨し、多くのユーザーを泣かせていた。
このクエストに挑み敗れた者達はみな、異口同音にこう語る。
ーーーーまだ簡単な、チュートリアルバトルで彼女に勝っておけば良かった、と。
そしてここに、新たな挑戦者となる少年が居た。
『カードショップアーケディア 都合により閉店させていただきます 今までのご愛顧ありがとうございました』
「ウソ……だろ……?」
からっ風吹く秋空の下。
(近所のカード屋が、潰れたあああああ!?)
少年…………先駆千里はその絶望と対面した。