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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
アルセリアスでの茶木栽培
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子供を甘やかしていいのは祖父母の特権



(カナンヴェーグ視点)




 ようやくリヒノが目を覚ました。



 『魔物の襲撃により、一時アルセリアス行きの一団が壊滅状態に。シオ様の加勢とリヒノ様の癒しで無事危機を脱しアルセリアスまでたどり着くも、癒しを行った後に倒れたリヒノ様が2日たてども目覚める兆しがない』


 王都の本家より、兄妹の護衛につけていた騎士からこの内容の知らせがユズリハに届いた時、居ても立ってもいられず業務を部下に任せてワシはユズリハを飛び出した。

 

 シオの無事は疑わなかった。何があってもアレは大丈夫。剣術にしろ策略にしろシオに敵うものなどそういない。


 しかし、リヒノは違う。アレは弱い。何者にも負けない力を持っているのに、他者を害す事を恐れ、自らを犠牲にする性質で、それがまた無自覚なのが厄介だ。


 身にまとう色は誰よりも濃く、魔力量も使う魔法の威力も人智を超える存在。

 トルニテアには無い知識を持ち、さまざまな茶や、新たな食料、高い衛生観念……ユズリハに新たな文化をもたらした人物。


 精神面も知識的な面も子供とは言い難いが……魔物を育ててみたりと型破りでトルニテアの常識に非常に疎い。


 人と接するのが苦手で、小心者。警戒心があるようで隙だらけなのだが、他人と接する時は極力可愛らしく振る舞っている。


 その一方で、リヒノの演技に毎度胸を打たれている(騙されている)孫には一切の興味を示していない。


 付け込もうとしているわけではなく、ただ、物事を穏便にすませようとする姿があざとくも愛くるしいのだ。


 そんな娘と半年間も共に暮らしていて情が映らないわけがないだろう。




 最低限の荷物と最低限の人員だけを連れてアルセリアスにたどり着いた時には、まだリヒノは目覚めておらず、シオはリヒノとの面会もできずに軟禁状態。


 ワシは領主である我が弟に怒りを覚えた。

 二人はアルクザードが領地の為と迎え入れた客人。ソレを部屋から出る事を禁じていた??



「娘だけならわかる。だが、何故リズまで養子にしたのです。セテルニアバルナの家紋に傷がつくだろうに」


「お前は何も分かっておらん。リズが不吉な事などない。シオは色が無くとも多才でどんな貴族にも劣ることはない」


「魔法が使えない貴族など貴族たりえないでしょう。それに、魔物の襲撃に関してもコレほどまでの規模は今までになかった事。リズが無関係で不吉でないとは言えないはずです」


 この柔軟性のない脳筋め。強ければいいと、力さえ有れば領地を治められると思っておるのは昔から変わらぬか……。


 実際、この辺境の地には強力な魔物が多く、無法者も流れ着く。領主も領民も強くなければ魔物を排除できないし、荒くれ者を従える事ができない。

 普通の人間の手には負えない土地である事は誰もが知っている。


 ウェンディいわく魔物は魔力を糧に増えるとの事、荒れたこの土地に魔物が多いのは魔物がアルセリアスの大地の魔力を奪い増えたから。

 リザの魔力の影響は蛇の塒から離れる程に薄れる。よって隣国と接する辺境の地ほど魔物は多く……隣国との火種となっているのだ。


 火種云々はさておき、アルセリアスの大地を貪り尽くした強力な魔物達は普段から魔力に飢えている。魔物が強い魔力に惹かれるのは仕方がない事。


 リズだから狙われたのでは無く、あの場に魔力を多く持つリヒノとシオ……そして、アルクザードがいたからというのが答えだろう。


 魔物とて単体で敵わないのであれば群れで挑む程度の知性は持ち合わせているはずだ。

 

「しかし、シオがいたからこそ全滅を免れたのも事実じゃろうて」

「あの娘だけ居れば問題無かったでしょう。なんせ、魔物が侵入出来ない聖域を作り出したんですから」


 ……リヒノが際限なく魔力を使い、癒しを施したエリーゼに再び危機が訪れることを拒絶する為に作り出した空間。


 それが、アルセリアスの領民がリヒノを聖女などと似合いもしない名で呼称する理由。

 明らかに人智を超えている点仕方がないとも思うが……本人は無意識に行った事ゆえ、目覚めて領民から聖女と呼ばれていると知ったら不快に思うだろうな。

 

「リヒノの精神の安定にシオは欠かせん。リヒノ程の魔力の持ち主が魔力に喰われでもしたらアルセリアスは一瞬でなくなるぞ」

「そのような爆弾をよくもまぁ手の内に入れておく気になったものです」


「ともかくシオの軟禁は解け。不用意に出歩き問題を起こすような奴ではない」

「兄上がそう言うのならば……」

「今日はもう遅い。其方の家族への挨拶は明日させてもらおう」


 久しぶりの兄弟の会話を早々に切り上げ、屋敷の者にシオとリヒノの元へと案内を頼んだ。


 シオには軟禁の解除を伝え、リヒノの方は様子だけ見て自身も休もうと思っていたのだが、部屋に入るとベッドには汗をかきうなされるリヒノがいて……。


「……い……や…………だ……」


 耳を疑った。

 初めて声を聞いた。

 喉が焼けたわけでもないと聞き、心因的な失声症であると思っていた。

 ふとした拍子に声が出る事もあるのか??


 それでも……初めて聞いた声がこのように苦しそうな否定の言葉とは、何とも言えない気持ちになる。何がこの子をこんなに苦しめているのだ。


 汗で額に張り付いた髪を払う。

 触れられる事を嫌うリヒノには、意識があればできない行為だ。

 しなやかな直毛。柔らかく白い幼子の肌。繊細でワシが触れれば壊れてしまいそうで優しく丁寧に触れていたのだが、違和感に目覚めたリヒノは明らかに拒絶を示しワシから距離をとった。


 目覚めた事が嬉しいのに、この拒絶がどことなく悲しい。


 起きあがろうとして眩暈を起こしたリヒノは額を抱えて暫し固まるも、皆の無事を伝えるとひとまず安心したようで再びベッドに沈んだ。


 本当に……無理はしてくれるな。


「ワシは二度も娘を失いたくは無い」


 ワシの言葉に何を思ったのか、上掛けを頭まで被ったリヒノは弱々しくワシの手を撫でた。

 

 人肌は苦手な癖に……。

 再び意識が落ちるまで見守り、ワシは部屋を後にした。




 そして、翌日のこと。


 危惧はしていたが、起こるべくして起きたというか……ワシは深く息を吐き出した。


 弟家族への顔合わせを朝のうちに済ませ、リヒノが目覚めた故、弟、アルクザード、シオ、ワシの四人で今後の動きについて話し合いをしていたのだが……。


「失礼、話の腰を折るようで申し訳ないのですが……妹がこの家の方と少々トラブルを起こしているようです」


 普段より幾分丁寧な対応でシオが申し出た。相手を見て態度を変える辺りがシオらしくてなんとも憎たらしい。


「何が起きているかまでは分かりかねますが、意に沿わない接触に対して離して欲しいと……助けを求めているようです。私が行っては話が拗れてしまいそうですから、どなたか……御令嬢とそのご子息に対応出来る方を向かわせていただけませんか?」


 散歩に出ていただろうリヒノの状況をテイコで知ったようだ。


 意に沿わない接触と聞いて、ワシはアリステリアの誕生日パーティーを思い出す。無理に第二王子がリヒノの腕を掴み上げていたあの時、あの会場の異様な空気は忘れることもできない。


 到底人では敵わない、強大な何かの敵意で満ちていたかのように思う。


「ワシが行こう」

「いえ、私が行ってまいります」


 アルクザードが名乗りでて足速に退出してゆく。

 ワシが行くより波風が立たないのは間違い無いな。アルクザードの判断を受け入れ視線はシオに戻す。


 シオに伝わった情報はそれだけでは無い筈だからな。


「御令嬢とそのご子息に領主様から伝えてもらえますか。リズの私が気に食わない気持ちは理解しますが、それを妹に向けないで欲しいと……。アレは殆どの理不尽を飲み込めますが、私を理由に憐れまれたくなどないでしょうから……」


 つまり、今、リヒノがシオの色を理由に何か言われていると言うことなのだろう。


 今朝もヴェルティーナは「リズに何が出来ると言うのです」などと言ってシオの軟禁を解く事に不快感を示しているようだったからな。

 

 少なくとも其方よりは役に立つ。

 

 そう言ったワシの言葉に反感を抱いてリヒノに接触していてもおかしくは無い……か。



「夫婦二人して随分と娘を甘やかして育てたんだな。アルクザードの心労が計り知れぬわ」


 甘やかして育てられた娘は子もまた甘やかして育てたのだろう。我が弟に冗談めいた笑みを浮かべて釘をさす。



「兄上とて変わらぬでしょう。娘というのは可愛らしいものです」


 気分を害したのだろう。その返しは実の娘を失ったワシに対する皮肉のように感じる。

 それにワシは娘を決して甘やかして育ててはいない。とは言い切れないが、然るべき教育は行っていた。


 弟はワシがアリステリアを甘やかすようにして養女のヴェルティーナを育てたのだろうが、ワシと弟では決定的に立場が違う。


 躾を行うザガルツィードがいるからこそ際限無く甘やかす事ができるのだ。


 ヘラヘラと笑って自由に生きているように見えるがアルクザードは人一倍責任感の強い男だ。領内の問題を抱えて働き詰めの毎日だと言っていたから息子との時間も中々取れてはいなかっただろう。


 ここで過ごす数日間。

 孫の為にもどうにか手を打ってやりたいが……ワシに一体何が出来るのか。


「娘は確かに可愛らしいものだ」


 深く眉間に皺を刻んだ後、再び仕事に意識を戻した。

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