なんちゃって有名人に群がるなんちゃってファンはいつの間にかいなくなる
どうもこんにちは。緑川 緋乃です。
現在、リヒノというなんとも言えない偽名で生活すること約半年。
初めて訪れた王都以外の土地で理解し難い現実に直面しています。
「姫様。どうかお姿をお見せください」
「聖女様〜」
「…………」
退屈凌ぎにアルセリアス領主邸を出て敷地内の庭を歩いていたのだが、塀の外から聞こえてきた多くの声に顔が引きつってしまう。
え……。
いやいやいやいやいやいやいや……。
え????
姿こそは見えないがコレは俗にゆう出待ち的なやつか??
アイドルじゃないんだから、なんちゃって聖女に対してそんな……嘘だろ??
私の瞬き回数は増えるばかりだ。
「お気になさらないでください。聖女の噂を聞きつけた領民が恩恵に預かろうと押しかけているのです」
「…………」
そんなに領民困ってるんです??
怪我人が多数なんです??
それとも領民がミーハー??
にわかファン的な??
「この領地は隣国と国境を接する北の果てですから、荒くれ者も咎人も多く流れ着く場所なのです。それらを圧倒的な武力で押さえ込んでいるのが現領主なのですが、あまりにも領民の貴族に対する振る舞いがなっていませんね」
『困っている人がいたら全員を助けたい』申し訳ないがそんな素敵な心は持ち合わせていない。私が原因であれば些細な症状でも力は惜しまないと思うけど……そうでないのならね。うん。
そりゃあ癒しを皆に施せば信仰を得るのは簡単だろう。だが、私は道具のようにコキ使われるのも、管理されるのもゴメンだ。信仰集めも程々にしか頑張る気はない。私にとってはリザの復活より自分の精神衛生の方が重要なのだ。
それに、リザが私に力を与えたからこそ無尽蔵に癒しが施せるだけであって、普通の癒しの魔法が使える人間では、無理に癒しを施し続ければ自らの命を削ることになる。だからこそ神殿では治療に高額な金銭を要求するのだ。
出来るからと私がホイホイ癒しを与えていたら、国民の反感は高額な見返りを求める神殿に向かうだろう。そうすると、神殿の癒やし手が迷惑を被るし、神殿に敵視されかねない。
「リヒノ様が心を痛める必要はありません。塀の向こうにいる者の多くは欠損箇所を再生させたのを聞きつけて来たのであって、緊急性のある大怪我を負った者達ではありませんから」
「…………」
え、私、欠損箇所も治してました??
腕無い人とかに腕生えちゃいました??
当時、必死過ぎて何が起きていたか全く記憶がない。シオさんが私を呆れて見ていたのも理解できるわ。私、ヤベェ奴じゃんか。
その後、外の声が届かない所へとエリーゼに促され、庭園の奥の方まで移動したのだけど、移動中も悶々と考えてしまう。
治してしまった事実は変わらない。無かった事には出来ないのだから利用するっきゃないよね。
領地の事業に一定期間従事することを引き換えに欠損箇所がある人を治せば労働力が見込める。治したとして素直に領地の為に働ける人がどれだけいるのかはわからないけどな。
人手が余っている状態ならこの案は見送りだろうけど……。人手が足りないのであればありだと思う。
茶畑を管理する新しい職に就く人間の確保は……まぁ、私が考える必要は無いか。
うん。
気を取り直して辺りを見渡す。知らない草花が綺麗に配置されたお庭。比較的グリーンの割合が多く、派手さは無いけどイングリッシュガーデン的な自然の風景を演出した植物の配置はいい趣味をしていると思う。
ユズリハの庭をめちゃくちゃにしたアルクザードの家にこんな素敵なお庭があるとは思いもしなかったね。
聖女云々を考えるより断然こっちを楽しむべきだわ。
可能なら庭師さんとお話ししたいくらいだね。あの赤紫色のムスカリに似た可愛らしい花とかヤブランみたいな斑入りの葉っぱがユズリハでも栽培できるのかとか色々聞き出したいよね。
そんな事を延々考えながら庭を進んでいくと庭師さんらしき人物を発見した。
植木の隙間から覗くその人は、褐色の肌に灰色の髪のガタイのいいお兄さんで、土汚れを頬に付けたまま真剣に花壇をいじっている。
力仕事をしても年配の庭師さんほど心配しなくて良さそうなのがグッドだな。セテルニアバルナの庭師のおじさん達、腰が痛そうだもの。その腰に癒しを施そうとすると恐れ多いと断られるのだけども……。
庭師さんも作業中で忙しそうだし、声をかける事なくそっと距離を取ろうとしたのだけど、前方から此方に駆けてくる人影を見つけて私とエリーゼは道の端によった。
「お前がリヒノとかいうヤツだな!!」
「…………」
目の前で立ち止まったのは知らない赤髪の少年。そして、がっちりと掴まれた私の手首。や、避けようとはしたんだよ??
だって嫌だし。でも、掴んできたんだよ。信じられるか??
誰だよお前と思いつつ、アルクザードの子供なんだろうな……と予想はつく。
身長は私と変わらないくらいか少し大きいくらい。トルニテア人が日本人の子供より成長が早いのを考えるとおおよそ7歳前後だろう。
「俺が遊んでやるからこっちに来い!」
「……」
現在の私の体は11歳だし、実年齢はその倍以上あるのだから、この少年の言葉と行動は生意気に感じるし受け入れられるものじゃない。
振り払って地面にはり付けにしてやりたいが、領主一家の子息をそんな風にぞんざいに扱っていいものか……。や、振り払いはするけどね?
「女性、ましてや年長者、聖女であらせられるリヒノ様にそのように乱暴に触れる事は許されません」
私が振り払う前にエリーゼが少年の腕を掴んで私から引き離してくれたんだけど……。
や、エリーゼさんそんな事して大丈夫なの?
それより私、聖女じゃないからね?
盲信しないでね?
「なっ!!」
腕を掴みあげられた事に驚いて、ジタバタと抵抗する少年。
「何をするんだ! メイド如きが俺に手をあげて良いと思ってるのか! お母様に言いつけるぞ!!」
逆にお前が何様だよ。確かにお前のじいちゃんは偉いかも知れないけど少年は偉くもなんとも無いだろ七光野郎!!
こっちは手を挙げたというほどの危害は与えてないし、エリーゼの行為が悪いというのなら、初めにお前が私にした事も同じだ。
更にはお母様に言いつけるって、小物感が否めないまさかのマザコン。
「貴女! 其の手を離しなさい!」
甲高い声と金髪に裾の広いやたらシルエットのデカいドレスを着込んだ女がヒステリックな声を上げて近づいて来たので、私は標準装備のチキンを発動してエリーゼの後ろに少し隠れた。
「お母様、コイツがいきなり俺の腕を掴んできたんです!」
いきなりって、自分が私に無理矢理触れたのが原因であって……決して突然というわけででもないだろ。なに自分の都合の良いように告げ口してんだよ。ガチのクソガキか!!
「何ですって!! なんて教育のなってないメイドなのかしら!!」
「失礼ですが、先に御子息がリヒノ様を無理矢理連れ出そうとしたのがのが要因です」
この人、人の話聞かない系の人っぽいな……。典型的な苦手なタイプ。そして、少年の方はフェンフェン……第二王子タイプ。傲慢な態度なんかまさにそれだ。
「口答えするなんて!! セテルニアバルナの本家のメイドとはいえ、生まれもはっきりしない余所者に付けられるメイドはこの程度なのですね。主人の色が濃いからと調子にのって!」
少年の嘘を一切疑うことなくコチラを罵倒してくる少年の母親は手にしていた扇を振りあげた。
エリーゼは凛として振り下ろされるだろう扇に備えているようには見えないが……。
「ヴェルティーナ! 止めろ!!」
エリーゼと母親の間に入って振り下ろされた扇を止めたのは赤髪の青年。ヴェルティーナと呼ばれたのは少年の母親だろう。
てか、次々と現れやがって……今度は誰だよ。混乱するから知らない人は勘弁して欲しい。エリーゼはコイツが来るのがわかっていたから堂々としていたんだね。
「すまない。彼女は息子の事になると周りが見えなくなるんだ」
「何故止めるんです! このメイドが私の可愛いレントナードに手をあげたのですよ!」
「本当にそれは事実か?」
「この子が嘘をつくはずがありません!!」
「レントナード。どうなんだ?」
「本当だよ。このメイドがいきなり俺の腕を掴んで捻りあげたんだ!」
…………捻り上げたと更に加飾してますね。この嘘つき小僧めが。
「エリーゼ、レントナードはこう言うが……」
青年は双方から事情聞いて結論を出すつもりらしい。エリーゼは一礼した後に静かな口調で語り始めた。
「先に御子息が初対面にも関わらずリヒノ様に許可なく触れ、無理に遊びに連れ出そうとされたので引き離しました。手をあげてはいませんし、ましてや捻りあげてなどいません」
「……そうか。リヒノの主張はエリーゼと同じだな?」
「…………」
そうですね。違いはないので頷いておく。
「して、リヒノは俺の顔をしきりに見ているが……何か変なものでも付いているか?」
「…………」
変な物……というか、突然現れて場を仕切りだしたお前は誰だよっていうね……。なんか私の事知ってるっぽいし。見覚えないわ。セテルニアバルナの血筋の誰かなんだろうけど、エルトディーンの従兄弟ですとか言われても知らんぞ??
「付いているのではなく足りないのです。リヒノ様は目覚めてから初めて閣下にお会いするのですから、小悪党のような人相に印象的な眼帯が無ければ閣下が誰だかわからないのも仕方がないでしょう」
…………エリーゼ。満面の笑みで毒を吐いて大丈夫なの??
で、眼帯の小悪党顔といえばアルクザードだ。……は??
や、確かに似てるような……。もしかして、癒しの影響で眼帯の下にあったお目々も見えるようになったとか??
眼帯はアルクザードのアイデンティティだろ。よく言うメガネが本体みたいな感じで眼帯が本体だと……思ってたわけではないけど、アルクザードかどうかの判断基準にはしていたと思う。
つまりだ。このとんでも親子の父親がアルクザードという事で……。
日々大変そう。
今度から、ちょっとだけアルクザードに優しくしてあげようと思った。




