アルセリアスへの道のり
オロオロオロ…………。
苗をいくつか持って辺境の地アルセリアスに向かうのは私とシオ、アルクザード。そして身の回りの世話をしてくれるエリーゼ。
別の馬車に乗るというエリーゼを無理矢理引き留め、同じ馬車に押し込んだのはもちろん私だ。
シオさんとアルクザード。狭い馬車の中にこの二人と一緒に閉じ込められるなんて耐えがたい。気が狂いそう。
後から休暇を取ってカナンヴェーグもアルセリアスに向かうとの事。速攻で用事済ませて帰りたかったがそういうわけにもいかなそうだ。
oh……。
笑えないほど揺れる馬車。整地されているわけでもない道はガタゴト揺れるし、もちろんトルニテアの馬車にサスなんてついてないため地面の凹凸がダイレクトに体に響く。
あぁ、吐きそう。吐くものは胃に入ってないけど気持ち悪い。癒やせば良いのか? 自分に癒しを施せばこの乗り物酔いという状態異常から抜け出せるのか??
とりあえずやってみる。
「…………」
おお、神よ!!
素晴らしい!!!!
コレはリザに感謝だ。乗り物酔いが癒やせるなんて最高か。とはいえ、このまま馬車での移動を続けていては再び状態異常に陥るのは間違いない。
これは地面をならせばいいのか? むしろ綺麗にカットした石畳なら大丈夫なのか?
雨が降らないんだから道がぬかるむ心配はないけど、アドレンス王国はもう少し路面状態の改善を意識しようよ。
私じゃなくても何時間も馬車に乗り続けるのはキツイはず。もちろん途中に休憩は挟むけど、アドレンス王国の南にあるシルビナサリから北の果てのアルセリアスまではそこそこ時間がかかるのだ。
途中で無属性の魔法の恩恵に預かり、ゲートからテレポートで移動距離を縮めたとはいえ遠いものは遠い。
シルビナサリからゲートが馬車で半日。
アルセリアス側ゲートからもアルセリアスまでは半日ほどの距離。少なくともどこかで一泊する必要がでてくる。
欲を言えば街から街への直行ゲートが有れば良いと思うけど、中継地であるゲートは王都からも各都市からも少し離れたところにあるものらしい。
金を払えば誰でも通れる開きっぱなしのゲートなのだ。ま、他国に攻め込まれる可能性を考えたら防犯上当然の事なんだろうね。
「………………」
急に馬車が止まった。
いったい何事よ?
目的地に着くにはまだ早いはず。
騎士が窓から外の状況を知らせるのを聞くに、中型魔物に遭遇したとの事。
「閣下の手を煩わせる程ではありません」と騎士が言うからそこまで強くない魔物だろうとのぞき見る。そして戦慄。
二足歩行のトカゲ。ちっこい恐竜??
ユズリハ付近の森や王都南の草原では見かけないその魔物は、前足は小さいがその分後足が発達していてるようで、動きがすばやく騎士達の攻撃は避けられている。
コイツはやばい奴だ。私は速攻食われる自信がある。コレは戦闘のプロである騎士の方々に任せるのが間違いない。
しばらくはアルクザードも騎士に任せて馬車でじっとしていたが、急に剣を握り「お前たちはじっとしているんだ」と言い残し馬車のそとへ向かった。
「(何事よ?)」
「……あの魔物は群れて暮らす習性がありますから、騎士たちの攻撃を受けて仲間を呼んだようです。増えた数に対抗する為にアルクザードは加勢しに行ったのでしょうね」
「外の状況を見もせずにわかるなんて……」
シオの説明にエリーゼが小さく言葉を漏らす。
「彼も拾った音である程度の状況は判断できるでしょうから」
伏せ気味の視線のシオ。
ある程度の状況とは??
アルクザードがいれは安心的な事をカナンヴェーグが言ってたもの。大丈夫よな??
と、私は馬車のカーテンに手をかけた。
「見ない方がいいと思いますよ」
シオがそう言ったのと私が外を覗いたのがほぼ同時。
バタバタッ!!
私の目の前のガラス窓に魔物の血が降りかかったのだ。
「!!!!」
言うのが遅い!!
シオさんもっと早く言ってくれ。私の心臓がバックバクになったじゃんよ。
こっわ!!!
恐怖で力が入らなくなったじゃんよ。
「囲まれてますね……」
血飛沫の隙間から覗けた光景を見てエリーゼがボソリと呟いた。今まで見た事がないくらい顔色が悪い。暗器を使いこなすエリーゼは一般のメイドなんかよりずっと強いはずなのに、彼女が絶望感を得るほど悪い状況なの??
最悪の事態に備え、隠し持っている武器に手をかけるエリーゼ。
もしかして応戦する気です??
「…………」
私は無言で首を振ってエリーゼの服の裾を引いた。危ない事はして欲しくない。知った人が怪我するのなんか見たくない。
人の血はこわい。
うろ覚えだけど、クラリードから来た獅子の魔物の件、あの時以来、命の危険を感じる機会なんてなかったのだ。
こんな事になるなら、ウェンディを連れてくるんだった。後悔しても遅いけど。
現状、アルクザードの連れていた騎士がどれほど残っているかも、魔物があとどれだけいるかもわからない。
ドン!!
音と共に馬車が揺れて衝撃が伝わる。
確認なんか怖くて出来ないけど、魔物がぶつかってきたのか、騎士が打ち付けられたのか……。
本当に馬車にいるのは安全なの??
扉側に横転したら出られなくならないか??
てか、この状況で馬はよく暴れないな。
「(負傷者が多くてやや押されてますね)」
「…………」
押されてるって……。
全然大丈夫違うやん。
「外にでましょう!」
窓からから外をうかがっていたエリーゼがタイミングを見計らって扉を開き外に導く。
外に出た途端に目に飛び込む赤。赤。赤。
血の海。
地に伏す騎士。この人たち生きてるの??
現状がただただ怖い。
なんで、どうしてこうなった。
「……自分の身は自分で守ってください」
シオさんは剣を抜いて手近な魔物からザクザクと斬り倒してゆく。
大丈夫よね? シオさん敵なしだもの。
魔物には無慈悲だもの。こんな状況すぐにどうにかしてくれるよね。大型ブルドーザーみたいなサイズの獅子も倒しちゃったんだもの。ダチョウサイズの恐竜型魔物なんてきっと、サクサク首を落としてしまうんだ。
馬車の周りはアルクザードの指示の声が飛び交う。
私は負傷者を癒やせばいいの?
それでまた戦えって??
そんな残酷な事ある??
自分が魔物を片付けようとは思えない。こんな惨状を前にしても未だに生き物殺すのが怖い自分が情けない。本当に嫌になる。
「リヒノ様!!」
ビチャッ。
「…………」
え……??
飛沫を浴びた顔に生暖かい感覚。
は……??
赤い液体が滴る。
私の名を呼んで魔物と私の間に飛び込んだエリーゼはグッタリと地べたに崩れ落ちている。
そして、彼女の暗器が目に刺さった魔物が奇声を上げ怯んでいる所に近場の護衛騎士が駆けつけて応戦。
なんで??
なんで、エリーゼが魔物の足の鋭い爪で??
なんで。ヤダ。ヤダ…………ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ。
混乱。否定。拒絶。
治さなきゃ。治さなきゃ。治さなきゃ。治さなきゃ。大丈夫。治る。大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫。
ひたすら、過剰な程に癒しの魔法に集中した。
バクバクと心臓が鳴る。
視界が歪む。何これ。
でも、治しても魔物がいたらまた同じなんだ。
どうにかしなきゃっ………。
「止めなさい!!」
「……ッ」
シオさんの声が聞こえた気がした。
何を言っていたかわからなかった。
ただ、誰ともわからない気配を側に感じた後すぐに首付近に衝撃があって意識を手放した。




