エルトディーンの二番目の兄
アリステリアの誕生日パーティーから約半年。ようやくユズリハの住居が完成した。
まず、建てられたのはカナンヴェーグの隠居先と兵士の独身者の寮。土でできた住居があっただけの拠点は豪華な屋敷と素敵なお庭へ姿を変えた。庭の隅の方ある畑だけは以前のままで、私の掘った井戸も立派に造り替えられたし、ベンジャミンの家も立派な小屋が建てられた。
この村に私が移り住んだのは数日前の事。
建築期間中、これから自分の住む場所なのだから綺麗にしたい。王都の路地のような不衛生な場所は作りたくない。と、少々我儘を言ってトイレ革命を起こすことを決意した。
家庭教師に任命されたスイードサフィールに魔法の授業そっちのけで、うろ覚えの水洗トイレの仕組みと有用性を熱弁し、二人して頭を抱えて策を練り、職人を訪ね、実現可能で最も良いだろう策を絞りだした。
スイードサフィールとは彼の通う学園が休みの日に会うのだが、毎度、授業がおまけ扱いで課題が盛りだくさん書かれた紙を渡されてはひたすらトイレ革命の事ばかり計画。
カナンヴェーグに「スイードサフィールの授業はどうだ」と聞かれても「わかりやすいですよ」と適当な事を伝えてニコリと笑う。
そんな事を繰り返しながらも洋式のトイレを作り上げ、シオに呆れられながらもカナンヴェーグに設置の許可を貰い、なんとかユズリハへの水洗トイレ設置にこぎつけた。
上水道の設備がない故にタンクに水を貯めるのは人の手、もしくは魔術式を使うけど、まともなトイレが無いよりましだ。
工事開始前が更地なのをいい事に、地面をひっくり返して地中に下水管も通したし。異物の除去、水の浄化機能のついた魔術式を刻んだ下水処理施設も作ってもらった。
可能な限り魔石動力は使いたくなかったのだけれど、トルニテアの技術とこの狭い土地ではそうするしか考えつかなかったのだ。
綺麗になった処理水は外壁の外壕に排出するようにしてあるので、その水は汲み上げて村の中の小さな水路に通し、畑に利用できるようにしてある。
流れがない水は淀むけど、循環させればそこまで酷くはならないと思うの。定期的な外堀の清掃は必要だろうけど……。
まぁ、私がやれる事はやった。とにかくやり切ったと思う。
今後、兵士たちが順次引越してくるが、これだけ手を尽くしたユズリハを汚すヤツがいたら笑顔でボコるかもしれない。
いや、確実にボコる。
「…………」
「………………」
冬を越え、昼間の寒さが落ち着いてきた今日この頃。
スイードサフィールの出した課題をこなして、日当たりのいいサロンでお茶を飲んで一息。向かい合うのはシオ。
私がトルニテアに来て約一年。シオも人の姿で一年近く過ごしているけれど、一年前と比べると、身長も伸びてるし髪も伸びてるし顔つきも大人っぽくなって……神の使いって成長(老化)するんだね。と感心してしまう。
私の体も一年分成長してはいるけど、トルニテア人とは違うのでその差は開くばかりだ。
「客人が来たようですね」
「…………?」
「外壁に攻撃を仕掛けるアホが……」
ユズリハは現在認識阻害の結界は使用していない。多くの人間に明らかに異常だと認識されるべきではないし、村として存在を認められたのだから隠す必要は無いものね。
それでも、外部からの攻撃に対する対策は残してある。
自警団といえるようなものはないけれど、変な人物がやってきたらわかるようセテルニアバルナも門番くらいは置いているのだ。
私がセテルニアバルナで暮らすようになってからわかった事だが、セテルニアバルナの従事者は皆ある程度強い。メイドのエリーゼでさえ暗器を使いこなすのだ。
今はカナンヴェーグがギルドに出勤中で居ないとはいえ、ここには神の使いのシオとウェンディまでいるのだから、トルニテア中探してもこんなに安全な場所は他に無い。
落ちるはずのない村に攻撃を仕掛けるアホなお客様は無視し、そのままお茶をしていると何やらお屋敷の外が騒がしくなってきた気がする。
いや、気のせいでなく確実に騒がしい。
ドキャン、バタンとうるさい。
「………………」
何事さコレ。
サーーッと感情が冷え切って真顔になってしまう。
飲みかけのお茶をテーブルに置いてガラス越しに見たものは、楽しそうにしながら暴れて回るウェンディと赤髪短髪眼帯のガタイのいい男。
お庭……。
庭師さんが綺麗に整えてくれてたお庭の生垣が、花壇が、煉瓦の小道が……。
え??
消す??
アイツら消す????
冷めていて冷静に状況を把握しようとしていた私の心の中に怒りという熱が発生したんだけどどうしようか。普通消すよな。消すしかないよな。アイツら縛り付けて土に埋めて庭の養分にするしかないよな??
「人など殺せないくせに、どうしてそんな物騒な事ばかり考えるんです貴女は……」
いや、殺せないけどヤるよ。ちょっと、アレはいかんよ。最低ですよ。消されてもしょうがないですわ。ウェンディこのクソ。
どうするにせよ、あの戦闘を止めない事には屋敷にまで被害が出そうだ。既に被害額は大きい気がする。
私は集中して植物の魔法を使う。絡め取って動きを止めようと地面から多数の太い蔓をはやすのだけど、ウェンディは苦もなく避けるし、赤髪の男は火を纏った剣で蔓を焼切る。
ウェンディはともかく赤髪の男も人外かよ。二人して私の魔法をまるでアトラクションのように楽しみながら破壊活動を続けやがって!!
クッソ。もうやだ。
何アイツら。わけわからん。
「…………」
きっとあの客人は赤髪だから火の属性なんだよね。セテルニアバルナの色だものこの家の関係者なんだろうけど……。
もう知らんわ。
バッシャーン!!!!
大量の水を降らした。
それこそ25メートルプールの水をひっくり返したくらいの。
外堀の水はグッと減ったと思う。庭は水浸しだし、戦闘を繰り広げていた二人もずぶ濡れ。
これで頭も冷えて、戦意も落ち着いてくれればいいけど……。
「こりゃあスゲェな!!」
水をかぶった赤髪の男は、体に相当な負荷がかかったはずなのにソレを感じさせず、ずぶ濡れのまま空を見上げて豪快に笑い出した。
笑い方がカナンヴェーグだ。アイツ、多分、カナンヴェーグの孫かなんかだろ。
うわぁ……と、赤髪の男を見て引きつつ、水浸しのままの庭はよろしくないのである程度の水を外堀に戻す。
「…………」
ウェンディの拳でできたクレーターだらけの地面。庭木は炎の剣で焼き切られ無惨に丸ハゲ。花壇の花は踏み荒らされた挙句ボキボキに茎が折れて首を垂れている。
庭師さんコレ見たら泣くかもしんないな。
庭の状況を改めて見て思う。原因は私の降らせた水のせいもあるし、元に戻すのを手伝わなきゃ罪悪感ハンパないわ。
「嬢ちゃん、やるじゃねーか!! アンタもまた手合わせしようぜ!!」
「そうですわね。ぜひに」
やるじゃねーかと言われたのは私……だろう。こちらを向いてたもの。
嫌だわ。眼帯強面の盗賊の親分みたいな悪い顔した人に認められても嬉しくないわ。
スタスタとコチラへ歩み寄り、ガラスごしに悪い笑みを向けてくる男から数歩後ずさる。
「俺はアルクザード。ま、エルトディーンの兄だ。しばらく世話になるぜ!」
「………………」
「………………」
シオと二人、どう反応すべきか迷ってしばし無言になるのだった。




