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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
◇セテルニアバルナの一員として◇
90/109

気になるものにはなるべく早く手の内に


(スイードサフィール視点)


 セテルニアバルナにて行われた令嬢の誕生日パーティー。昼の部は少々問題は起こったものの大盛況に終わったようだ。


 夜の部への招待客の期待も大きく、多くの貴族が胸に大小違えど数多の思惑を胸に秘めてセテルニアバルナの屋敷に訪れていることだろう。


 夜の部もご令嬢の生誕を祝うのはもちろんだが、先日、セテルニアバルナ卿こと、カナンヴェーグ卿が当主の座を御子息に譲り渡したゆえ、セテルニアバルナに生まれた新たな当主を祝う席でもある。


 そして、さらにはカナンヴェーグ卿が最近作った商会の事もあり、金の動きに敏感な貴族はセテルニアバルナと関わりをもつ良い機会がないかと目を光らせているはずだ。


 普段、知識欲の化け物と兄姉から冷たい視線をもらう私も、この会場には知らないものが多くあるのではないかと彼らに負けず目を光らせているので、やや挙動が不審であることは自覚している。


「トキワ草のお茶や新しいお茶菓子、企画された余興に手土産。人伝に聞いた内容が気になる……私も幼い者達に混じってお茶会に参加すればよかった」

「それは……流石に無理というものだろう」


 何故私はあと4年遅く生まれなかったんだ。と、後悔の念に涙を流す勢いの私を殿下が呆れたように諌める。


「仮に参加していたとしても、パレアのせいで楽しむどころではなかったんじゃないかな。私は参加出来なかっだ事より、パレアの参加を止められなかった事の方が悔やまれる」

「セテルニアバルナの令嬢と武神の使いに無礼な振る舞いをして途中退場になったのはすでに貴族間では噂になってるからね」


 噂の足は早いこと早いこと。数時間前の事だというのに参加した子供の親づてで噂はあっという間に広がった。


 相手が王族というのもあって大きな声では話されないが、今も会場の何処かで囁かれているに違いない。


 そんなパーティーに殿下と共に参加した私は、カナンヴェーグ卿の養子として迎えられたご令嬢の姿を会場でさがしていた。

 華やかな貴族の令嬢に興味を示さなかった殿下が心を寄せる相手はどんな少女なのか。


 殿下やカナンヴェーグ卿、王族や大貴族相手でも不遜な態度をとるシオという名の少年の妹。私の知り得ない知識を持つ者。私の好奇心、知識欲をくすぐらないわけがない。


 後に設けられた場でその少女と挨拶を交わしたのだが……。


 可愛らしい柔らかな笑顔。言葉を発しない事以外はアドレンスの礼儀作法に則った完璧な挨拶。年齢よりかなり幼く見える容姿に、目の前の私の姿を写しとるほどに真っ黒な瞳。


 あぁ、たしかに、この娘に惹かれない男なんてアドレンスには居ないだろう。


 そう思うのは別に自分が少女に惚れたからではない。単に、彼女が利用価値の塊に思えてしまったからだ。


 となると、カナンヴェーグ卿がこの兄妹を養子にしたのは英断だったな。知識や技術を持つ人間を保護するためにセテルニアバルナの一員にするだけなら別にカナンヴェーグ卿の子供にする必要はなかったが……この容姿だものな。


 カナンヴェーグ卿、そして息子である現当主と世間話をしている間にニコリと少女に微笑むと、そのまま微笑みが返ってくる。


 大人に混ざってのパーティーはきっと退屈だろうけど、そんな鱗片を微塵も見せない。


 基本的に子供の色は父母のうち魔力の多い方の色を継ぐ事が多い。例外として混ざった色やどちらの親のものでない色を持つ事もあるが、ごく稀な話だ。


 だからこそ、その容姿の黒に秘めた全属性を扱えるだろう才能と大きな魔力は魅力的で、出世欲のある者なら彼女に自らの子を孕ませたいと思うのは必然だろう。


 そこには恋慕う感情などはなく、妾として迎えた少女を子を作る機械のように扱うのは愚かな人間の考えそうなこと。

 彼女の真価を思えばその選択は非常にもったいない。

 この兄妹の知識を使って魔石や魔力を動力としない技術の発展、己の属性に関係なく扱える魔術の普及を成し遂げたら、この国の常識はひっくり返るだろう。


 濃い色を持たない者も堂々と生きることができる。そんな国を作るためならば、私は、彼らの頭の中の知識を根掘り葉掘り洗いざらい吐かせて…………逃げないように閉じ込めるかもしれない。


 ……私も随分酷いな。


 だか、カナンヴェーグ卿の子となった事でセテルニアバルナ以下の家門、つまり、王族と三代貴族以外は簡単に手出し出来なくなった。

 強制的な婚姻や奴隷のように扱われる……そんな最悪の事態はまず回避できるだろうし、仮に第二王子殿下が婚姻を迫ったとしてもカナンヴェーグ卿であれば断りを入れることもできる。


 騎士団を引退し、家督を譲ったとしても彼の持つ地位は揺らぐことはないのだ。


 この兄妹が拾われたのがセテルニアバルナで良かったと思う。コレが我が家門、カトリアンクスではこうはいかなかったでしょうし。


「クラリードでも井戸のポンプの設置は順調に進んでいるようです」

「それはよい知らせですな。先日の長雨で少しは大地も潤ったでしょう」

「えぇ。復興のためにも早く作物の栽培ができるようになれば良いのですけれど、まだ安心して暮らせる環境にはないですから……」


 クラリードの復興は進んでいるが概ね食料などは他の地域の支援に頼っている状況。領地の運営は新たについた領主も頭を抱えていることだろう。


 ……って、殿下もそんな書面の報告で構わない内容を話すんじゃなくて、想い人の関心が高まるような話をすればいいのに!!


 さっきからずっと様子を気にしているくせに、なんでこう不器用なんだ。井戸の事よりお茶の販売について尋ねた方がまだ令嬢と意見を交わす機会がありそうなものを。


「コヤツが出向けば魔物はすぐにでも一掃できるのだろうが」

「……ご自身が出向かれた方が早いのでは?」


 むしろ、ウェンディを向かわせればいいのです。と冷たくカナンヴェーグ卿に言い放つのはシオ。

 まぁ、カナンヴェーグ卿や武神の使いにかかればクラリード以南に残る魔物はひとたまりもないのは確かだ。


「相変わらずですね。シオ」

「殿下もお変わりないご様子で」


 以前会った時と変わらず、あまり感情の起伏を表には出さない。全くもって可愛げのない少年だ。

 容姿は美しいが、やはりリズというのは貴族には受けは良くない。遠巻きに何かしら言われるのは最早仕方がないのだろう。

 私自身はリズに会ったのはシオが初めてであるし、リズへの偏見はあまりない。むしろ、謎が多く、魔術や精霊の知識など聞き出したい事が山ほどある。


 この場で聞き出すような真似は流石にできないので、次の機会を作るよう何かしら策を練らないといけないが……。


「カナンヴェーグ卿、つかぬ事をお聞きしますか、御令嬢の魔法の指導はどなたが??」


 ひ孫であるアリステリア嬢の教育に関しては既にさまざまな分野のプロが指導についているはず。

 だけど、リヒノと紹介された少女はまだなのではないだろうか。歴史や作法、経済、法律、領地運営に関わる知識、それらの教師は見つける事ができたとしても、黒を持った少女に魔法を教える事ができる人間がどれほどいるだろう。


「アリステリアの授業を見学させてはいるが、少々問題もあり誰を師とするか決めかねているところだ」

「………………」


 アゴを撫で悩む仕草をするカナンヴェーグ卿。伏せ気味の視線でコチラを見もしないシオ。何を言い出すのだ。と、ソワソワしながら私を見る殿下。そして、やたらと可愛らしい笑顔を私に向けるリヒノ。


 彼女の笑みはおそらく嘘だな。心の中ではきっと「余計な事を言うな」と唱えているんじゃないかな。

 もちろん、余計な事を言うつもりなのでニコリと微笑み返す。


「魔法といえばカトリアンクスの右に出る者はいませんから。よければ私が指導しましょうか?」


 そうすれば、私の知識欲も満たされるし、リヒノも魔力の制御を覚えられる。

 お互いに利益のある提案だと思う。


「ほう。悪くない提案ではある……が、其方は扱える魔力も属性も多くはないだろう。どうやって教えるつもりだ?」


 確かに、私はカトリアンクスの一族としては色は薄い方だ。


「今日、初めてお会いしてこの様に言うのは失礼かと存じますが、御令嬢はその才能故になんとなくで魔法を使えてしまってるのではないでしょうか。ですから、完全に魔力を制御するために御令嬢に必要な指導は、実践的な物ではなく、何故、そうなるのか。何故、必要なのか。一つ一つ理論的な解を積み重ねて魔法を理解するとこだと思います。私は魔法に関しての知識量では誰にも負ける気はありませんから適任かと」


「彼の言葉は的を得ていると思いますよ」

「うむ……。検討して後日また連絡を入れるとしよう」


 リヒノは自身の事であるのに全く口出しが出来ず、歯痒さを感じているのか、顔は素敵な笑顔を浮かべているのに、その手はシオの服の後ろの方を強く握っている。


 おそらく、彼女の意思は関係なく許可は降りるだろう。リヒノの能力は出来るだけ外部に知られるべきではない。


 カナンヴェーグ卿は少し悩んだ顔をした後、検討すると言い、パーティーを楽しむようにと笑顔で私たちを会場へ促した。


「一体、何を考えているんです」


 主催者への挨拶を終えた私たちに声をかけようと、令嬢たちが距離を縮めてくるのをさらさらと笑顔でかわして歩く。

 そんな中、不安そうな表情で私に声を掛けてくる殿下はまるで私がリヒノに惚れたのでは?? とでも思っていそう。


 リヒノに思いを寄せる殿下からしたらリヒノの指導を自ら買ってでた私は裏切りに映るかもしれないけれど、むしろ、手伝いができると私は踏んでいる。


「そんな不安な顔をしないでくださいよ。私に下心などないのは殿下ならわかるでしょう? 私を動かすのは知識欲ですから……。それに、殿下は弟殿下の事もありますから、直接リヒノに会うのが難しいではないですか。ですから、私が彼女の指導をする際、秘密裏に手紙のやり取りを手伝えば、殿下も少しは彼女と関わりを持てるのでは?」


 私の言葉でパッと花が咲いたように表情が明るくなるのだから、笑ってしまいそうになる。


 あの王族の中で暮らしているのにどうしてこの人だけはこんなに……純粋で綺麗なのか。本当に。




 常にこの人の味方でいたい。




 そう思う自分にほんの少しだけ呆れた。

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