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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
◇セテルニアバルナの一員として◇
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ヒノという人間について



(アリステリア視点)



 ヒノという人間について…………。

 正直、良くわかりませんの。


 口を聞かない女の子。私と同じ歳なのに四つほど幼く感じる外見を持つ少女。性格も落ち着いていて騒ぐような事はほぼ無いのですけれど、他人の肌が苦手で着替えの補助をされると嫌がります。残念ですが、その点だけは見かけ以下ですの。


 ただ、その知識量は私を遥かに上回り、外見と中身のチグハグさは甚だしく、古い言葉を操るところも、誰も知らない……この世に存在しない物を作り出す発想力も、類を見ない魔力量も……。ヒノという人間がトルニテアにおいて希有な存在であることは間違いありませんわ。


 そこそこの体力そして素早さを持っている事は初めて会った際、私の傍をすり抜けて逃げようとした姿を見て確認していますが、武神の使いを連れて屋敷に来た人間にしてはあまりに普通。その点は少々期待外れです。


 彼女がどこかおかしい……。そう感じたのはヒノが屋敷で目覚めて二日目のこと。


 目覚めた初日に叔父様が温室を案内できるよう、あえて行きたがっていた温室を案内しなかったのですが、いざ叔父様を焚き付けて案内させたら途中で意識を失い倒れる始末。

 まだ、体調が完全に良くなってはいなかったのか、そのまま翌日の昼間まで目覚めませんでした。


 目覚めたヒノは全く状況が理解できておらず、険しい顔をしては窓の外の太陽の位置を確認し、なぜ、日があんなに高く登るまで寝ていたんだと混乱している様子。


 貴女は昨夜、温室で倒れたんですよ。と告げると、それもまた彼女を困惑させたようで…….。


「(温室?? 結局、昨日、案内してくれなかった)」


 紙にペンを走らせ、そう書き込みました。


 私と温室を巡りたかった。そういうわけではなさそうで……昨夜、叔父様と過ごした一切の記憶が抜け置いているよう。


「昨夜、叔父様と温室を見に行ったでしょう?」

「(エルトディーンと?? 行ってない。何も見てない)」


「……そうですわね。では、今日は温室へいきましょう。あと、忘れているでしょうけど、お菓子も作る約束ですからね。それはまた後日でかまいませんけれど」


 倒れた為に直前の記憶が消えてしまっているのか、何も覚えていない様子のヒノに、あえて事実を言い聞かせる事はしないでおこうと、もう一度案内すると伝えたらほんの少しだけ柔らかい表情をしていました。


 その後、ヒノを連れて訪れた温室はいつもとは違い何やら騒がしくて、温室の異常は庭師に話を聞くまでもなくわかります。植物という植物が道端の雑草のごとく所狭しと茂っているのです。


 庭師に聞くところ、昨日の夕方までは異常がなかったと言うのですから、温室に対して行われた普段と違う行為は、昨夜、ヒノが訪れた事くらいしかありません。


「(……管理されてないの?)」

「………………」


 きっと貴女のせいです。とは、証拠もなく断言できないので、軽く目眩を覚えながらもお茶会に使えるハーブの幅が増えたと喜んでおきますわ。


 のちに、温室のハーブの爆発的な増殖により、お客様に出すお茶を貴重なトキワ草にすることが決まりました。


 ヒノは目覚めた翌日には足りない紅茶を作りにユズリハへ行き、戻ってからは私の知らないお菓子をいくつも作り上げては厨房の料理人を驚かせ、新たな余興にとトランプやビンゴなるものを作り出し……。恐ろしい程に活躍してくれましたの。


 良くもまぁ、ホイホイと案が浮かぶものです。叶うことなら何を考えているかわからないあの頭の中を覗いてみたいですわ。


 ヒノの活躍のおかげでセテルニアバルナの人間も日々振り回されましたが、やれる事はやり尽くしました。確実に招待客を驚かせ満足させるパーティーの準備は万端で、不安要素は殿下のみ。



 そして、今日。ある程度予想はしていましたが、殿下によって開始早々にパーティーはめちゃくちゃ。



 私の尊敬する曾祖父様を侮辱した事も、殿下の言いがかりに対して自分が我慢するからと折れてくれたヒノへの仕打ちも、武神の使いという尊い存在であるウェンディ様への態度も……。私の身近な人たちへのぞんざいな扱いがパーティーを台無しにされた事よりずっと赦しがたく、相手が王家の人間であり、この国でもっとも高貴な血筋だとしても怒りを覚えずにはいられなかったのです。


 殿下が帰られて、無事にパーティーを終え片付けの最中に皆からお祝いの言葉とプレゼントをもらった時、常に張り詰めていた状態から解放されてしばらく涙が止まらなかったのは……、皆に口止めしました。



「………………」



 夜の部に向けて、使用人たちが忙しそうに準備をする中テラスで休憩をしつつ、ヒノに貰った花束を眺める。


 可愛らしく配置させていることはわかるけれど、この花束はなぜ枯れているのかしら?


 他国は知りませんが、アドレンスにおいて枯れた植物はあまり好まれないのが常。枯れることは植物の死を意味しますし、どちらかと言えば縁起は良くありません。


 お茶に生の植物を使うのも植物の生を取り入れるためとも言われています。


「その枯れ草は捨てても構いませんが、装飾のリボンは捨てないようにしてください」

「あら、それはなぜかしら」


 声をかけてきたのはトルニテアで不吉とされる白い髪を持った少年。


「妹は枯れ草を捨てられても気にしないでしょうけれど、リボンには魔除として貴女に害意を持つ物を近づけないようにする魔術を施しています」


 魔術による付与はヒノの兄であるシオの得意とするところ。リボンは彼からのプレゼントということなのだろう。


「わざわざ、教えていただいてありがとうございます」

「いえ、アレは……言葉を伝えるのを面倒がるので伝わっていないだろうと思っただけです」


 えぇ。そうですわね。

 全く持って初耳ですわ。


 魔術の付与がされたリボンなんて、この国の何処を探しても無い代物。知らずに廃棄していたらなんて考えただけで恐ろし過ぎます。


「………………」

「………………」


 沈黙。

 兄妹揃って言葉を紡ぐのが苦手なようですわね。


「アレは……だいぶおかしい生き物ですから、今後、私の手の届かないところで何か問題を起こすでしょうけれど、よろしくお願いしますね」


 彼が言う手の届かないところとは、後に通う学園の事でしょう。


 そこで問題を起こすのが確定しているような言い方が気になるところですが……。


「当然ですわ。彼女も貴方もセテルニアバルナの一員……家族ですもの。出来る限りを尽くします」

「…………」


 私の発言に面食らったかのようにパチパチと瞬きを繰り返す様は何故か可愛らしく思え、私は気づかれないようクスリと小さく笑った。

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