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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
◇セテルニアバルナの一員として◇
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お茶会の終わり


 ネヴェルディアが唯一の神だとウェンディに言われた後もフェンフェンは怒り散らしていたが、ウェンディを追って会場に駆けつけたカナンヴェーグが上手いこと王子を城に返してくれた。


「「………………」」


 しかしながら、遅刻して現れた王子が主催者そっちのけで自慢話を始め、主催者側の人間に喧嘩を売り、最終的に退場させらた……そんな世にも珍しいパーティー会場はなんとも言えない空気に包まれている。


「ワシが居ては子供達は楽しめまい。今日はアリステリアとリヒノで愉快な催しをたくさん用意しているので、皆、存分に楽しんで行ってくれ」


 そう言って、カナンヴェーグはその場を去ったけど、この空気を前に敵前逃亡したと私はとるぞ。

 こちとら、パーティー開始前からドレス云々でやる気も元気も体力もガッツリ削れてるんだよ。

 嫌々、出てきた会場でフェンフェンに嫌な事されて雰囲気ぶち壊されて、ここから司会進行?? やってられるか。私は何もすまい。全部アリステリアに任せよう。


 未だ粟立つ腕を擦りながら辺りを見回すと、メイド姿のウェンディはこの場に居座るつもりのようで、現在、私の隣りに椅子を運んでいる。

 メイドの格好はしているけれど、給仕をするつもりはなく、パーティーのお茶菓子を狙っているのは間違いないと思う。


「気を取り直して、パーティーを再開しましょう。アリステリア様。私、今日が楽しみで招待状を頂いてからずっとソワソワしていましたの」


 招待客の少女が胸の前で手を合わせ、ニコリと笑って首を傾けた。それを皮切りに次々と招待客が声を発し始める。


「そうです。少し、予定は狂ってしまったかも知れませんが、もう一度初めから始めればいいのです」

「皆様……」


 招待客がなんとか場の空気を取り繕おうとしている。フェンフェンがいなければ最初から進行表通りにいっていただろうに。本当、何しにきたんだかあの馬鹿王子。

 

 アリステリアは少し瞳をウルッとさせた後、気を取り直してメイド達に指示を出し始めた。

 それを横目に、机に置かれたプログラムを手に取ると、花柄の用紙に簡単な挨拶、お茶や余興について書かれている。


 誕生パーティーという名のお茶会だもの。まずはお茶とお茶菓子だね。

 はじめはセテルニアバルナの温室で栽培されているハーブを使ったフレッシュティーが振る舞われる予定。お茶の入れ方自体はこの国の人には馴染みのある入れ方だが、茶葉に使われた薬草はかなり貴重なものらしい。


 来場者の前にティーカップが並び、茶葉に関するアリステリアの説明が入る。


「トキワ草のお茶なんて……。私、夢でも見ているのかしら」

 

 貴族令嬢にそこまで言わせる程に珍しい物とは思いもしなかった。


 トキワ草と初めて聞いた時、私は実物を見るまで非常に困惑した。トキワグサは常緑の松を指す言葉なので松でお茶?? またトルニテアの劇物を飲まされるんじゃないのかと不安になったのだ。


 しかしながら、トルニテアでは全く違う薬草を指すらしく、生命力の象徴、飲めば癒しの効果が得られるという。実際の見た目は濃い緑色をした水菜みたいな葉の形をした瑞々しい植物だ。


「流通しなくなって久しいですもの。なんでも、水を溜め込む不思議な魔石にしか根を張らないのでしょう?」


 珍しいとは聞いていたし、私の常識がここで通用しないのはわかっていたが、岩に根を張る?? 岩が水を溜め込む?? 何を言ってるんだ?


「そもそも、その岩が大陸の最西端の国にしかないからアドレンスには乾燥茶葉でしか入らない代物ですよね」

「それを生でいただけるなんて、流石、セテルニアバルナですわ」


 温室のど真ん中にドドーンとある、青くて水晶のように透き通った石。ファンタジーにありがちな大きな宝石(クリスタル)か何かだと思っていたけど、あの石が西の国の魔石なのだろう。


「昔、曾祖父様が許可を得て持ち帰った岩が温室にあるのです。ここのところ温室の植物の調子が良くて間引く程に繁っているのでこの機会に皆様にトキワ草を味わっていただけたらと」


 ニコリと微笑むアリステリア。

 トキワ草でセテルニアバルナの財力というか威厳というか。とにかく凄いことを他の貴族に知らしめるのには成功していると思う。


 だけど、子供達が驚くのはまだ早い。


 私が指導してお茶菓子に用意したのはロールケーキ。中にカスタードと生クリームを合わせたディプロマートと、爽やか系のリキュールで風味づけした生クリームを巻き込んだ万人向けのシンプルなものだ。シンプル故に足りない華やかさは飾り切りしたフルーツで補っている。


 トルニテアにないケーキという存在はきっと、普段劇物を食べている子供たちには衝撃を与えることだろう。

 アドレンスのデザート革命待ったなしだぜ。


 それから、貴族のお茶会の余興は役者を呼んで観劇をしたり、楽士を呼んで演奏会をしたり、占い師を呼んで占ってもらったりが定番らしいが、そこに私がぶち込んだのはトランプ。

 聞けば占いはタロットみたいなカードで行うらしく、タロットカードがあるならトランプ作れるだろうと、急ぎセテルニアバルナの財力にものを言わせて用意させたのだ。

 トランプは大人数で遊ぶのにはもってこいだし、ババ抜きや神経衰弱なら難しくなく、初めての子供でも楽しく遊べるはず。


 トランプが白熱してきた頃に、紅茶と片手で食べられるクッキー類を提供するれば、完璧!!

 とまでは言わないが、娯楽の少ない子供達を満足させるには十分だと思う。

 実際、出来上がったトランプでアリステリア達とババ抜きをした時はえらく白熱していた。


「ヒノの作り出すものは皆美味しくて頬が落ちそうになりますわ」


 私の隣でウェンディが運ばれてきたロールケーキを満足そうに口にしている。彼女は似たような言葉をよく口にしては、ベンジャミンが美味しそうだと私に訴えてくるので聞き流す事にしている。


「用意された何もかもが素敵過ぎて、まるで夢のようです」


 そう言うのは、王子達が帰った後、初めにこのお茶会が楽しみだったと言っていた少女だ。トキワ草とロールケーキが相当お気に召したらしい。


「気に入っていただけて光栄ですわ」

「アリステリア様もリヒノ様も素敵ですし、今日のお召し物も可愛らしいです。私、今日、この場にいれてとても幸せです」


 大袈裟に感じるが本心で褒めているように見える。コレがおべっかだったなら、この少女はかなりの役者だ。



 その後は、トランプも大盛り上がり。

 子供相手な事もあり、受け入れられるか不安に思っていた紅茶も、ミルクと砂糖たっぷりのミルクティーだったためか好評。

 余興の最後は手作りのビンゴで景品をプレゼントしたり、帰宅後に家族で楽しむための茶葉を全員にお土産に用意した。


 最初を除けば大成功の誕生日パーティーになったんじゃないかと思う。


 皆を見送って一息。


 やっと終わった。

 

 アリステリアから誕生日パーティーについて助言を求められてから、嫌々ながらも一緒に準備してきたが、追加のお茶作りに始まり、余興についての試行錯誤、フェンフェンによってもたらされた不測の事態の末にパーティーをやり遂げた達成感はひとしおだ。

 まぁ、この後、夜の部があると思うと、何とも言えない疲労感は残るけどな。


 エリーゼに合図を送って、あらかじめアリステリアに内緒で用意していたものを持ってきてもらう。


 アリステリアに良くする義理はないとか苦手なタイプだとか思っていたけど、一緒にパーティーの準備をしていたら多少は情が移るもの。

 高価なものは用意できないけど、ささやかな誕生日プレゼントを用意させてもらった。


 この世界に存在しない花。ミモザやユーカリ、ラベンダーなんかをドライフラワーに加工して作ったスワッグ。

 

 トルニテアにドライフラワーの文化は無いかもだけど、生花の花束だと長持ちしないし、水換えとかの管理も面倒だ。

 正直、私が渡すまでの管理に困ってドライフラワーにしたのだけど、アリステリアが気に入らなければ燃やしてもらってもいいし。


 そんなわけで、会場の片付けをしみじみと眺めている年相応にみえない小鬼にリボンで飾り付けたスワッグを持って背後から近づく。


 驚かせてやろう。


 周りのメイド達にも人差し指を立てて何も無いかのように振る舞うよう指示する。


「…….ッ!!」


 そーと近づいたつもりだったけど、相手は王国の剣セテルニアバルナの御令嬢。気配には敏感だし、簡単に背後をとらせてはくれないようで……。


 勢いよく振り向いた彼女に私はスワッグを差し出した。それと同時にエリーゼを含むアリステリアのメイド達の祝いの言葉がおくられると、大きな瞳をパチパチと瞬かせる。


「改めてお誕生日おめでとうございます」

「パーティーは大成功でしたね」

「皆様、満足しておかえりでした」

「お嬢様はとてもよく頑張りました」

「えぇ、とてもご立派でしたよ」


 メイドや執事達からかけられる言葉を聞いているうちに緊張から解放されたのか、頬を赤くして「ありがとう」というアリステリアの瞳からは大粒の涙が溢れていた。

 



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