ネヴェルディアを信仰する者
紺色頭の少年を見るのをやめて、何もなかったかのように席についた私だったが、すぐに席から立たされた。
フェンフェンが私の手首を掴んで引っ張りあげたのだ。
10歳とはいえ、トルニテアの子供は体が大きい。日本人とは比べ物にならないほど成長がはやいのだ。私との体格差はかなりある。
振り払いたい。なんならぶん殴りたい。
しかし、相手は王族。そんな事しようものなら首が飛ぶ。
「お前、その瞳の色はどういう事だ」
どういう事とか言われても生まれつきですが。そもそも、私に聞いたところで声が出せないから答えられるはずもないのに、本当に馬鹿かコイツ。
詰まるところ、私が終始貼り付けていた笑みと、考え事をしていた時の伏せ気味の視線。そのせいでフェンフェンは私の瞳の色を今の今まで認識していなかったようだ。
「(離してください)」
ニコリと微笑み、唇を動かして離すよう言ってみるが伝わりはしないようで……。って、伝わるはずないか。文字以外の言葉は魔法が作用してるんだったわ。唇の動き多分違うわこれ。
穏便に離れるのは無理だと悟り、鳥肌まみれの腕に力を入れてみるが、フェンフェンはびくともしない。
彼は自分より濃い色なのが気に食わないのか、反抗した私に腹が立つのか、私の腕を握る手に更に力を込めた。
あぁ、無理だ。どうしよう。シオさん助けてください。屋敷の敷地内にいるだろうから私の声が聞こえてると思うの。
シオさん、頼むからカナンヴェーグ連れてきてよ。ガチで我慢できない。貼り付けた笑みが崩れそうだよ。そして、崩れた時には、この国の王族を怪我させそう。
「殿下、女性にそのように乱暴に触れてはなりません」
「うるさい! 平民が黒を纏うなど有り得ない!!」
アリステリア以外の子供達は怯えたようにしてこの状況をみている。誰も助け舟は出してくれないらしい。
「平民、平民と言われますが、彼女はセテルニアバルナの一員ですわ! その手をお放しになって下さい!」
「殿下」
「ルーデウス! お前まで私に盾つくのか!」
「そうではありません。ですが、先程も言いましたが、セテルニアバルナの御令嬢の祝いの席ですし、彼女の顔色も良くありません。この場で問題を起こすのは避けるべきです」
紺色頭はルーデウスというらしい。フェンフェンをコントロールするためにつけられた人材なのだろうけど…………問題を起こすのを避けるとかさ、もう、既に問題は起こってるんだけどな。本人もわかってて、フェンフェンが癇癪を起こさないようそう言ってるのかもしれないけど。
遠目から見てもわかるくらいの鳥肌。バクバクと鳴る心臓。全身の震え。もう限界だ。耐えかねる。
なんで、こんな……私が……。
人前で晒し者になって、嫌な思いさせられて、クソみたいな奴に取り繕わなきゃで……なんなんだよ。
さっきの挨拶の時といい今といい……。マジでなんなんだよ。
流したくもない涙が自然に頬を伝った時だった。
この場の空気、そして自分の体が急に重くなったような気がしたのだ。不思議と風も無いのにあたりの木々もザワザワと音を立てている。
明らかに異様だ。その場にいる誰もが異変を感じていると思う。いったい何が起こって…………。
「あらあら。馬鹿な事をしていると貴方早死にしますわよ!」
「!!」
突然現れ、わりかし強い力でフェンフェンと私の腕を引き離したのは、何故かメイドの格好をしているウェンディだ。
「なんだお前は!! 私を誰だと思っているのだ!!」
神の使いは人間の権力の影響を受けない存在。この場で何を発言しても後の問題にはならない。
だが、フェンフェンは自分の方が偉いと疑いもせず声を荒げた。
「ウェンディ様」
助かったとばかりに、アリステリアは胸の前に手を組んでウェンディの名を呼んだ。
ウェンディが来てすぐにパーティー会場の異様な空気も鳴りを潜め、もとの昼下がりを陽気を感じる庭園に戻っている。
「むしろ、殿下が私を誰だかご存知ないようですわね。カナンヴェーグ様がヒノの色の事も、私がセテルニアバルナに滞在する事も国に報告したとの事でしたが、10歳といえばまだ子供ですものね。把握していないのも仕方ありませんわ」
頬に手を当て困ったわポーズをとるウェンディ。名前、間違えてんぞ。とは突っ込まず、その背に隠れて、私はフェンフェンに掴まれていた腕を水の魔法を使いつつ執拗にこすった。
ウェンディにお子様だから不出来でも仕方がないよね。と、言われて、フェンフェンは更なる怒りを顔に浮かべている。
「無礼にも程がある。私が誰かわかっていてその態度をとるのなら直ぐにでも牢に入れてやる!!」
「…………無礼なのはどちらですの??」
「神の御使い……?」
「ルーデウス、そんなわけがあるか! 神の使いが使用人の服を着ているわけがないし、神に選ばれた者がこんなに貧相な色な事があるはずが無い!!」
“あるはずがない“どころか、私の知る神の使いは二人ともリズ。色を持たない者……。
フェンフェンの判断基準が間違っているのは明確だ。
ルーデウスはウェンディが神の使いと確信したのか、どんどん顔色が悪くなっている。
私が彼の立場ならフェンフェンに頼むから黙っていてくれ」と願うだろう。
「殿下! ……大変失礼しました。アリステリア嬢、お騒がせしたことをお詫びいたします。パーティーが始まって早々ですが退出する事をお許しください。コチラは本日持参した祝いの品です。また後日、家の者にお詫びの品を届けさせます」
ウェンディに深く頭を下げた後、アリステリアにも謝罪を入れてこの場を離れようとするルーデウス。
それがこれ以上失態を犯さないための一番の手だろう。
「何故、お前が謝るのだ。それに、まだ始まったばかりではないか」
フェンフェンもろとも帰路に着こうとするルーデウスを払い除け、まだ居座ると言い切るフェンフェン。
私は、ルーデウスが可哀想でならない。
この状況で、楽しくお茶会が再開できると思っているのだ。状況把握能力がカスカス過ぎないか?
鈍感なのか?? 害悪でしかないな。
「あらあら。わからないのなら、いちから説明いたしましょうか? まず、働かざる者食うべからずというでしょう? ですので、私はこの家にいる間は多少なりとも奉仕しようとこの姿をしているのですわ。私の善意ですの」
そう言ってはいるが、こんな姿をしているのは今日が初めてだ。
暫くお世話になるからといって、ウェンディがメイドの仕事をしたら、数日後にはセテルニアバルナの磁器、骨董品、ガラス製品、等、割れ物や繊細な品は尽く破壊されてしまうと思う。
「それから、人には役目というものがありますの。この場に招待された者は、アリステリア様を心からお祝いしなければなりませんわ。して、殿下はこの場で何か良い行いをされましたかしら? むしろ、セテルニアバルナの家の者を侮辱し、無理をさせ、不快にさせ……。さらには、神を冒涜されましたよね? ですので、彼は、何も理解されていない殿下がこれ以上の事を起こす前にこの場を離れようとしているのですわ」
「わけのわからないことばかり言うな!」
これだけ言われてわからないっていうのは、ウェンディの言葉の真偽より、自分が否定されるわけがないという謎の自信が作用しているとしか思えない。
「殿下の神はネヴェルディアだけのようですわね」
色の濃い者が偉い存在である。だから、自分は偉い。彼の謎の自信はネヴェルディアの教えなんだな。
ウェンディの言葉で、理解不能だったフェンフェンの生態が少しだけわかった気がした。




