猿は永遠にお呼びでない
私はザガルツィード・セテルニアバルナ、現騎士団長であるセテルニアバルナ当主の長男である。
長男ではあるが、自らの意思で動くしっかり者ではなく相手の出方をうかがう穏健派。才能らしい才能はない。
セテルニアバルナらしい性格と剣術の才は次男が持って生まれたし、セテルニアバルナ当主としての才……無属性の魔法適性は三男が持って生まれた。
三男のエルトディーンは性格こそは私と良く似た穏健派だが、剣術の才も魔法の才も私とは比べものにならない。むしろ、比べられたらたまらない。
大した才を持たない私は、日々努力を重ねることで騎士団での地位を得てきた。それは家族を愛する限り今後も変わることはないだろう。
最近は、エルトディーンが見つけてきた白黒兄妹を祖父が養子として家に迎え入れた事で何かと我が家はゴタゴタしている。
そんな私が今いるのはアドレンス城、第二王子の私室。
「ザガル! ソナタの娘の誕生パーティーに兄上が招待されているらしいが、なぜ私には招待状が届かないのだ!!」
苛立ちを隠しきれないままに私へ声を上げるのはもちろん第二王子以外にはいない。
護衛としての任務で此処に居るわけではなく、王国の騎士団の訓練中に呼び出されたのだ。
剣術の指導をお爺様より引き継いだ故に関わりはあるものの、訓練からしょっちゅう抜け出すので探し回る事も多く、その性格も傲慢で第二王子と接するのは少々苦手ではある。
「それは……私の娘の祝い事ではありますが、祖父カナンヴェーグが立ち上げた商会に関するお披露目を兼ねているので、祖父が取り仕切っています。主に祖父と娘本人の友好関係の深い方に招待状を送ったようですが……」
「私だって、カナンヴェーグに剣を教わっていたし、ソナタの娘とは同年代だ。兄上より私を招待すべきだろう」
祖父に剣術を教わっていたのは事実だが、その祖父を気に入らないからと解雇したのも事実。羞恥心というものを持ち合わせていたのならこんな事は言えないだろう。
第二王子の母君、現王妃殿下はメリアリーデ出身。メリアリーデは神殿関係の職に就くためか、神に愛された色の濃い子が生まれることが多く、その濃い色に誇りを持っている。
それ故に、自らの色より薄い色を持つ者に対して尊大な態度を取りがち。皇后陛下も例に漏れない。そして、王妃殿下に大事に育てられた第二王子も言わずもなが。
自身より色の薄い第一王子より劣っていること、優遇されていない事。それらが酷く気に入らないのだ。
「第一王子殿下は商会の主商品を決める際に助力をいただいた為お招きしているのだと思います」
嘘はない。商会の目玉とも言える新しいお茶の試飲会に参加されたのだから。
それに、日のあるうちに開催される幼い御令嬢ばかりの誕生日パーティー(お茶会)と、夜に開催する誕生日パーティーとは名ばかりの大人の社交場。第一王子殿下が参加するのは夜の部だ。
仮に、第二王子殿下が参加してもつまらないとすぐに飽きてしまうのが目に見えている。
「そう言って、セテルニアバルナが兄上を次期王にと推しているのはわかっているんだぞ。ソナタの娘が若い貴族の娘の中でより濃い色を持っているのは誰もが知っているし、ソナタの娘を娶った方が次の王になるのだと言われているんだ! 先日、秘密裏に屋敷に兄上を迎え入れていたのも知っているんだからな!」
ぷんぷん!
効果音がつきそうなほどに怒りを隠そうとしない様に呆れてしまうが、悟られることのないよう笑顔を取り繕った。
腹の中ではどう思おうと勝手だが、どうして、こんなに直接的で相手の事を一切考慮せずに言葉にしてしまうのだろうか。
アリステリアを妻に迎えた方の王子が次の王になるなどと……。他国から姫君を迎え入れる可能性だってあるし、妻の色の濃さで王を決めるなど冷静に考えればありえない。色が濃ければ国が治められるわけではないのだから。
そんな馬鹿らしい噂を信じて、アリステリアの父である私に敵対する気だろうと大声で叫くなんて……幼稚すぎてとてもじゃないが娘と同じ歳とは思えない。
王の器ではない。接する機会を持てば誰もがそう思う事だろう。
絶対に愛する娘を嫁になど出したくはない。
「殿下は決して私の娘に会う為に来邸されたわけではありません」
只々冷静に、淡々と答えよう。
嘘をつく事なく、真実を多少隠して。
「であれば、なんだと言うのだ」
「殿下は祖父が家督を私の父に譲り隠居した事はご存じですよね」
「あぁ」
非公式にセテルニアバルナを訪れた第一王子の動向を把握されていた殿下が知らない筈は無いだろう。
しかしながら、殿下は第一王子の側に使える者の中にスパイのように第一王子の動向を第二王子サイドに漏らす者が居るのを、自らバラすような発言をした自覚はあるのだろうか?
まぁ、無いだろうな。
「隠居宣言の後に子供を二人養子にした事も?」
「それも聞いている。平民の子供だろう?」
どんな子供なのかまでは把握されていないところから、セテルニアバルナは監視対象ではないのか??
色の濃さにこだわる殿下の事だ。詳しくあの兄妹の事を調べ上げていたのなら、妹、ヒノと婚姻するなどと言って今頃大変なことになっていてもおかしくはない。
「そうです。その子たちが第一王子殿下が進められている井戸関連の事業の技術開発に一役買っている為、権利関係、収益金の配当などを決める為に来邸されたのです」
「なぜ、わざわざいく必要があったんだ。登城させればいいものを」
「二人とも博識で、人にない発想を持ってはいるのですが、なにぶん育ちの問題で礼儀に関してはまだ教育が必要なのです。平民が城で貴族を相手に無礼な態度を取れば命はありませんから。それに、妹の方は体が弱く慣れない事をすると寝込んでしまうので、あの日は元々ギルドで会う予定だったのです」
祖父の養子となった後もヒノは度々意識を失い倒れていた。体が弱いと表現しても矛盾は無い筈だ。
第一王子はあの日結局ヒノに会っていないので、内通者もヒノがどんな娘なのか知らないし、倒れた実際の理由も知らないだろう。
ギルドでシオが少々無礼な発言をした事、武神の使いがセテルニアバルナにいる事、それらは報告されていても全く問題にはならない。
「まとまった雨が降った日でしたから、気候の変化の影響か、妹の方が体調を崩してしまったのです。兄だけでも用件を済ます事は出来たのですが、まともな家を持たない二人には妹を寝かしつけ第一王子殿下を招き入れる場所はありませんから、セテルニアバルナの屋敷を提供したまでです」
「そのように弱い平民を養子にしてまで保護する意味がわからない。まぁ、兄上が屋敷に行った理由はわかった。だが、私に招待状が届かないのは納得がいかない!!」
何がなんでも招待されたい。招待すると言うまで解放される事は無いのだと悟る。
年に一度の大事な日をめちゃくちゃにされそうで気は進まないが、こうまで言われてお断りする事も出来ないな。
「でしたら、娘に殿下を招待するよう伝えておきましょう。第一王子殿下が参加される夜のパーティーは商業関係の話ばかりになるでしょうから同年代の子供達が集まるお茶会に参加されてはどうでしょう?」
「うむ。それでいい」
アリステリアに申し訳なく思いつつも、腕を組み、踏ん反りかえって頭を上下させる第二王子を内心冷ややかな目で見つめた。




