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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
◇セテルニアバルナの一員として◇
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エルトディーン温室にて爆ぜる



 温室の中は日中の暖かさを残しているためか外よりもだいぶ暖かく感じた。


 ヒノは中に入ると同時に私の手を離し、月明かりを頼りに近くの植物を愛で始める。

 多少、気を許してくれてはいるのかもしれないが、私が彼女の眼中にない事はブレないな……。


 空笑いを溢しながらランプを取り出し辺りを照らした。


 ただただ静かな二人だけの空間で、見慣れた植物に興味などない私はついヒノの横顔を見つめてしまう。植物に夢中の彼女は私の視線には気づいていない。


 黒髪、長い睫毛、きめ細かな白い肌。色づいた薄い唇はわずかに弧を描いている。



「…………」



 不思議と瞳の色が赤黒く見えた。

 太陽の光の下では純粋な黒に見えたのだが、火の要素の方が少し強いのだろうか?


 ヒノが好んで使うのは、水や土、植物を扱う魔法。水を温めて温水を浴びていたと聞いているし、火の魔法を使えないわけではないのはわかっているが、純粋な火の魔法を使用しているところを私は見たことがない。


 地に屈み、目には見えない何かに触れる動作をする。そして、視線を上げた。


 それと同時に温室内に淡い光の塊がいくつも浮かび上がり、あたりを照らしていた。

 

 ヒノは一体何をしたのだ??


 初めて見る光景は幻想的でこんな魔法が存在したのかと言う驚きもあるが、何より、目を細めて柔らかく微笑み、照らされている植物を愛でるヒノが印象的で言葉を無くしてしまう。



「…………」



 美しい。


 耳に髪をかける仕草も、服の裾が土に触れないようにする仕草も、こんなに体は幼いというのにどこか大人びていて艶かしささえ感じる。


 心臓がはねて体が熱をもったように思う。

 大きな音をたてて脈打つ心臓は今にも弾け飛びそうで、ヒノの姿を瞳に写す度に苦しいほどに激しく収縮する。


 可愛らしく、美しくもある。幼い少女を見つめる自身の体に起きた今までに無い変化が“何”なのか認めるのが怖い。


 相手はまだ幼い。自分の姪っ子と同じ歳であるし、見た目は姪よりずっと幼い。どうして自分を慕って欲しい、怖がられることなく触れたいなどと……。


 シオはこの柔らかそうな薄い唇に触れていたのだな……。頭をよぎるのは、先日扉の隙間から覗けてしまった光景。


 あの時も心臓は大きく鳴っていた。その光景を否定するばかりで受け入れる事が出来なかったのは何故なのか。


 今ならわかる気がする。

 私も触れたいと。私以外の者が触れることを不快だと……。


 そう思ったのだ。こんな感情はずっと知りたくなかったな。


 ただの親類、叔父と姪の関係のように無条件に甘やかして接する事を望んでいたはずなのに……。



 私はヒノに恋をしている。



 恥ずかしさ、照れ、それらを隠すために片手で顔を覆った。それでも目を離す事ができず、指の隙間から片目で覗く光景。

 フワリと浮かび上がった光はヒノの周りを暫く漂ったあとスーッと消えてしまった。



 再び月明かりと私の持つランプのみが温室内を照らす状況に戻ると、ヒノはコチラを向いてニコリと微笑む。


 それと同時に力を失ったかのようにその場に崩れた。慌てて抱き上げたが反応はなく、完全に意識を失っているようだ。


 なぜ?? どうして??

 私が誘ったときから体調が優れなかったのか??


 急ぎ、部屋に戻る最中、医者、それからヒノ付きのメイド、誰に声をかけて、どう対処するのか。頭が一杯一杯だった。


 そんな時、目の前にウェンディが現れて私を引き留めた。


「ヒノは私が預かりますわ」


 ウェンディの部屋も本邸、ヒノの部屋の側に用意されていたはず。ここに居るのもおかしくはない。大人しく預けて私は他の者に声をかけに行くべきだろう。


「すまない」

「いえ、構いませんわ。貴方もそのまま帰っておやすみなさいな。ヒノは大丈夫ですから」


「しかし、急に崩れ落ちたのだ、やはり何処か具合が良くないのでは……」

「原因は分かっていますの。精霊達が浮き足立っていますもの」


 ヒノが倒れて精霊達が喜ぶ??

 精霊信仰の薄いトルニテアで育った私には理解ができない。色の濃いヒノは精霊に好かれているのだと勝手に思っていたが……違うのか??


「愛ゆえとはわかっていますが、シオの選択はヒノにとって余りにも不憫ですわ。本人はどうとも思って無さそうですけれど……」


 憂いのこもった表情で抱き抱えたヒノを見るウェンディ。シオの選択がヒノに不幸をもたらすかのように言うのが不思議で……シオはヒノを大事にしているように思っていたが違うという事か??


 そういえば、先日もシオを非道徳的だと叱っていたようだったが。



「精霊は……何と??」

「"慣れ親しんだ方が帰って来た"のだと……。目の前にある事が全てで本能で感じるままの彼らは、それがあってはならない事だと判断ができないのですわ」


 帰ってきた。


 居なくなっていた誰か帰り、それがヒノに関係する?


「注告しておきますわ。想いを寄せ、愛を捧ぐのでああれば……近づきすぎない事。近づきすぎれば失う事になりますわ。シオや精霊の望む結果はきっと貴方には不都合ですから」


 それでは、失礼。


 言うだけ言ってヒノの部屋に入って行くウェンディを廊下で立ち尽くしたまま見送った。


 何とかえせば良かったのか、詳細を伝える気が無いのはわかったが、近づけはヒノに不都合などと……自覚した私の心の変化にはあまりにも酷だ。


 会いたいし、触れたいし、大切にしたい。


 何がどうヒノに不都合なのだ…………。

 私は彼女の全てを知りたいし、理解したい。


 先程まで抱き抱えていた小さく軽い体、幼い彼女が既に恋しくてたまらない。

 キュゥと切なく締め付けられる心臓を抑えつつ、顔を手で覆い壁にもたれかかりキツく瞳を閉じれば、倒れる間際の笑顔が浮かんだ。


「私は…………」



 この感情をどうすればいいのだ……。

 

 考えれど答えは出ることはなかった。

 

 

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