小鬼の思惑
ヘスティアたちと別れ、セテルニアバルナの屋敷に着くと、シオに宛てがわれた部屋へ向かった。
ヒノの部屋は本邸だが、シオの部屋は私の家族が住んでいる棟に用意されている。その理由は二人が共に行動できない事が今後想定されるからだ。
今はテイコで繋がっているシオがヒノの言葉を通訳してくれているが、学園に通うとなればそうはいかない。
ヒノには使用人がつく事になるのだから、今のうちから慣れていなければ、近い将来大変な思いをする事になる。
表向きはそれが理由だが、二人の近すぎる距離が考慮されていないとは言い難い。神関連の情報は抜きに考えても二人くらいの年頃の男女を同室で生活させる貴族はいない。
私は絨毯の上に布をひき、異空間収納から荷物を取り出した。
「おそらく、夕食はヒノと共に本邸に呼ばれるだろう。声がかかるまでこの部屋で待機していてくれ」
「わかりました」
「荷ほどきに人手が必要なら誰かよこすが……」
シオはあまり人に介入されるのを好まなさそうだと思い言葉を濁す。
「結構です。大した荷物ではありませんから。ただ、後でアレの荷物は運ばねばならないのでその時はお願いします」
「わかった。必要になった時に声をかけてくれ」
シオに邸内の説明を少しした後、私は自室に戻って仕事の上着を脱いだ。少しなからず体が軽くなったはずなのに、依然重く疲労感が拭えない。今日は中々忙しかったので仕方がないのだろうが、この疲れを明日に残さないためににも、ゆっくりと湯に浸かりたいところだ。
シオたちは本邸に食事が用意されるが、私は普段と同じで別の場所で取ることとなるはず。
祖父の今後の行動については、ヒノが眠っていた間に親類を集めて話し合いの場が設けられた。昨日今日で声がかかるとは思えないものの、説明を受けたヒノの返答によってはいつ祖父に呼び出されてもおかしくない状況であるのも確かだ。
「…………」
自分でもわかる汗の匂いに眉を寄せた。こんな状態で彼女に会いたくはない。これは夕食は後回しだな。
すぐに使用人に声をかけて入浴の準備をさせた。
…………………………
……………
結局、私に声がかかる事は無く月は空高く登っていった。窓際に腰掛け、明るい月光に照らされた庭の木々が風を受けてさざめいているのを聞きながら瞳を閉じる。
コンコン
響くノック音。
音源に目をやれば、返事をする前に開いた扉の先にピンク色の小鬼の姿がある。
「アリス、夜にコチラの棟まで来るなと言われているはずだろう」
「まぁ、そうなのですけど、夜とはいえ、こんな時間に寝ているのは赤子くらいですもの。心の広い叔父様は咎めたりしないはずだわ」
ああ言えばこう言う。何か言い返したところで強気に言いくるめられるのはわかりきってきいる為、私は額に手を当て深い息をこぼした。
「今し方、曾祖父様のお話が終わりましたわ」
それを伝えるためだけに態々来た筈もなく、私に声がかかったのならばアリステリアが呼びに来る筈もなく。
「それを伝えに来たわけではないだろう。一体、何のようで訪ねてきたのだ」
「そうですわね。叔父様に恩を売っておこうかと思いましたの」
恩??
「本日、ヒノと共に屋敷を回って案内をしたのですけれど…………彼女、とても温室を気にしていましたわ」
自ら栽培に努めるほどに植物を好んでいるヒノの事だ、温室を見てみたいと思うのは必然だと思える。
きっと、ほとんど変わることのない表情を変化させ柔らかい笑みをこぼしていたことだろう。少しだけ、共に巡れなかった事が悔やまれる。
「ですので、あえて案内しませんでしたの」
「は??」
「ヒノを温室には連れて行きませんでしたわ」
なぜ?? 嫌がらせか。アリステリアならなに食わぬ顔で嫌がらせをしてもおかしくはないが……。
ただただ困惑。これから暫く共に過ごす二人だが、一方的にアリステリアがヒノを嫌っているのなら、ヒノが心配だ。
「なぜ、そんな顔をするのです。私は感謝してほしいくらいですのに」
「感謝など……」
「あら、そのように言うのなら、私、明日にでも案内しますわ」
「何を言って……」
「鈍臭い。だからその齢になっても相手が見つからないのですわ! いいです? 曾祖父様のお話は先程終わったばかりです。兄のシオはこの棟の部屋にもどり、ヒノは本邸の部屋に居ますわ。ア・ナ・タがヒノを温室に案内するのよ!! 二人きりで!! 叔父様の為に敢えて昼間ヒノを焦らしてお預けしておいたのですからさっさと迎えに行きなさい!!」
私の半分も生きていない姪に捲し立てられ、勢いに耐えきれず半歩後退る。
「そんな急に……」
「今、すぐに!!」
自分の部屋を追い出され戸惑いながらも本邸に足を向ける。背後から小鬼が睨みをきかせているのが振り返らなくてもわかるが、それに対して何かするでも無く言われるがまま行動する自分が情けなくも思う。
コンコン
目的の部屋にたどり着き扉を叩く。
返事が無いのはわかりきっているが、朝のように急に入ってしまっては失礼だろう。
「エルトディーンだ。少し、時間をとってもらってもいいだろうか」
「………………」
物音は聞こえない。
病み上がりに一日中アリステリアと過ごしていたら疲れただろう。もう寝てしまったのかもしれない。
少しだけ待つものの何も変化はない。
もう、戻ろう。
そう思い、扉に背を向けた時だった。
ガチャリと小さな音をたてて控えめに開かれた扉からヒノが顔をのぞかせたのは……。
「もう、寝ていたのだろう? 起こしてしまってすまない」
左右に首を振るヒノ。まだ寝てはいなかったのだろうが服を着替えて就寝に備えているのは確かだ。
「嫌でなければ温室を案内しようかと思ったのだが日を改めよう」
温室を見てみたい気持ちが強いのか再び首を振る。そして、そのまま扉の中に消えたヒノは寝間着をすっぽり隠してしまう大判のショールを肩にかけて現れた。
どうやら、温室に行く気満々らしい。
自然に手を差し出すと戸惑いながらもそっと手を乗せてくれた事に、多少なりとも私に心を開いてくれたのだと喜びを感じた私は普段と違う彼女の行動に疑問を抱く事はなかった。




