捻くれ者の言葉は難しい
強い魔物に遭遇することなくシオ達の拠点にたどり着く。
「ふぅ、久々の乗馬はケツが痛いぜ」
「…………」
ヘスティアは貴族令嬢が絶対に口にしないセリフを言い放ち、馬を飛び降りると獣人の少女、レイティを両手で抱えて地に下ろした。
訪れるのは三度目。一度目は橋があったが、二度目はヒノが倒れていたために無い橋を作る事はせず、溝を超えて無理矢理中に入った。なかなか大変な作業だったので出来れば二度目は避けたいところ。
「ここがヒノ達のお家なの?」
「らしいな。私の婆さんの故郷でもあるんだけどな。廃村にしては随分と前衛的な村だな」
目の前にあるのは拠点の敷地をグルリと囲む深い溝、その先は認識阻害の結界によって森が広がって見える。
橋を渡って門をくぐり、振り返れば一体何と戦うつもりだと言いたくなる砦のように高い壁があるのだから驚くのはまだ早い。
「で、認識阻害の結界があるわけだが、何処に橋を架けるって??」
「確か、この辺りだったはずだが」
森の道に沿って橋を架ければ、その先が門であったはず。明かりで先を照らすが、憶測でしかものは言えない。
中にいるはずのシオが対岸に立ってくれたなら正確に橋を架ける事ができるだろうが……。
「資材を積んだ馬車が通るはずだ。かなり丈夫に頼む」
「普通に作ったらかなりの時間と人手がかかる仕事を酒瓶一本で済まそうとするのかよ。人使いの荒い糞爺だな」
橋を架ける場所にあたりをつけ、ヘスティアが呪文を唱え始めた時だった。
溝の先、一見森に見える場所から何かが飛び出して来たのだ。魔法に集中しているヘスティアは気づいていない。
「ヘスティア!!」
私は駆け出し声を上げたが距離が遠く手が届かない。ヘスティアの側にいたレイティがヘスティアを地面に押し倒してギリギリで難を逃れた。
溝を飛び越えて来たソレは人よりも大きく白い毛の塊のように見えた。
「あら、ごめん遊ばせ。怪我は無いかしら?」
見覚えのある黄色の髪、黄緑色の瞳。とても武人とは思えないおっとりとした表情で、頬に手を当てて声をかけて来た人物は、白い毛玉の上に乗り手綱をひいていた。
そう。武神の使いであるウェンディだ。彼女が跨っているのが角の切られた角兎である事から、ベンジャミンと名付けられたヒノのペットである事がわかる。
手綱をつけて乗り回せる角兎が存在する事にも驚くが、その大きさに唖然としてしまう。角兎とはコレ程にまで大きくなるものなのか……。
「ってーな。擦り傷だらけに決まってんだろう」
「それは失礼しましたわ。中で手当てをして行くと良いでしょう」
立ち上がったヘスティアは土を払い、一緒に倒れたレイティを抱き起こした。そして、良くやったと褒めるように頭を撫でやっている。
先日の事もあり、少しばかり表情の暗かったレイティは余程嬉しかったのか頬を染めて照れたようにして小さく微笑んていた。
「にしても、随分と可食部の多そうな角兎だな」
「えぇ、とても美味しそうでしょう? ヒノの魔力を鱈腹食べて育ったのですから実際に美味しいと思いますの」
「へぇ、捌くなら半身ばかりいただいていこうかね」
「そうするといいでしょう」
「全く良くないだろう」
二人してベンジャミンが肉にしか見えていないようだが、魔物とはいえペットが居ない間に食肉加工されてしまったら、幼いヒノにトラウマを植え付けてしまう。
「ヒノが名をつけて飼っている角兎だ。勝手に食べようとするんじゃない」
「へぇ、魔物を飼育しようなんざ、あの子は変な事ばかりするねぇ」
「この子……ヒノのペットなの?」
「あぁ、確かベンジャミンといったはずだ」
触れてみたそうにソワソワしだすレイティ。角のない角兎とはいえコレ程大きければ、踏み付けられたり噛みつかれたらひとたまりもない。
今のところ大人しくしてはいるようだが……。
「触れても大丈夫でしてよ。私がしっかり調教しましたもの。噛み付いたりしませんわ」
ニコリ。優しく笑ってはいるものの、殿下の護衛騎士複数人を一人でボコボコにした人物の調教を想像しただけでゾッとしてしまう。
「柔らかくてあったかいの……」
恐る恐る触れた白い毛玉に顔を埋めるレイティ。獣人なだけあって、獣に愛着でも湧くのだろうか??
気持ち良さそうにしているレイティをヘスティアは微笑ましく見守っている。
そうこうしてる間に日は暮れてあたりは薄暗くなってきた。鬱蒼としげる森の中にポツリと灯りがともる。
眩しく思い目を細めるがコチラを照らす明かりは揺らがない。
「いつまでそこにいる気です」
「シオ!」
落ち着きがありつつも冷めた声色は聞き慣れたシオのもの。いち早くその事に気づいた
レイティがベンジャミンから離れ灯りがともった方へ向かって名を呼んだ。
暗がりで光源を持ったシオの表情は見えないが、それをわかった上で不快そうに顔を歪めていそうだな……と、思ってしまう。
これは、私のシオに対するイメージが先日の屋敷での事で悪くなってしまっているのを認めざるえない。
いかん、いかん。と、首を振り、気を取り直す。
「坊ちゃん、そこに立ってな!」
森にヘスティアの声が響いた。
ベンジャミンが飛び出してきた場所、シオが立っている位置が同じ事から、拠点の入り口がそこにあると判断したのだろう。
シオに指示を出した後にヘスティアが呪文を唱えだした。
地響きと共に出来上がったのは石造りの橋。頑丈に見えるその橋は、荷を積んだ馬車が通ってもびくともしないだろう。
魔法は魔力と生まれ持った属性、そして想像力で威力や精度が変化する。美しい造形と機能性を備えた平らな路面、目の前の橋を見ればヘスティアが優れた魔法士であることがわかる。それでいて武術も優れているのだから、我が従姉ながら恐ろしいと思う。
危なげもなく橋を渡りきり、シオ達の拠点に足を踏み入れる。
以前訪れた時とほぼ変わらず、広い大地と高い壁、中央の土造りの家とヒノの畑があるだけだ。
「清々しいほどに何もないね」
「……でも、ここ、体が軽くなったように感じるの」
私はそう言った感覚はないが、レイティは不思議そうに首を傾げている。
「この地は外よりも魔力が濃いですもの。己の体に敏感な方はほんの少しだけ体が軽く感じてもおかしくはありませんわ」
「へぇ。言われてみればそうだな」
確かに。壁の外と中では明らかに肌に触れる魔力の量も質も違うように感じる。
「まぁ、人という種族であれば不快に感じる者は居ないでしょうね」
「己をつくる魔力に拒絶を感じるはずはありませんもの。私も武神の使いではありますが、やはりリザの魔力は心地よいものです」
体が軽く感じたというレイティは獣人ではあるが、耳と尻尾のみと獣の要素は少ない。彼女の過去は詳しく知らないが、もしかしたら人の血が混ざっているのかもしれないな。
そもそも獣人は同族の結束が強いので奴隷などそうそう出回らないのだ。彼女は人の血のせいで辛い思いをしてきたのかもしれない。
「そうだ、シオに伝えねばならない事があった。はじめに言えば良かったな。今朝方ヒノが目を覚ましたのだ。あまり接する時間はなかったが大丈夫そうだった」
「そうでしょうね。単なる魔力不足……というより、使った魔法の負荷に体が耐えかねただけですから」
シオはいつもの事とヒノの無事を喜ぶ様子もない。ヒノを大切にしているのか、疎かにしているのか時々わからなくなる。
兄妹だからこその淡白な反応なのかもしれないが、二人が兄妹でない可能性を考えると……。
「レイティ、シオに御礼をしたかったの。あの日は、助けに来てくれて……本当の本当にありがとうなの!」
照れたように体の半分をヘスティアの後ろに隠し、頬を赤らめ俯いたままシオに感謝をのべるレイティ。
絶望の淵から助け出してくれたシオに感謝以外の感情をもっているように見えて微笑ましく感じる。
「………………」
「おいおい。レイティが感謝してんだぜ? なんか反応したらどうなんだよ」
黙り込むシオにヘスティアがニヤニヤしながら言う。
「…………リーンデイルはおかしな生き物を作ったものですね」
「??」
「その点は激しく同意しますわ」
ウンウンと頷き、シオに共感を示すウェンディを見て、よくわからないとレイティは瞬きを繰り返し、ヘスティアは頬をひくつかせていたのでどういう意味なのか理解したのだろう。
私もその意味は分からないが、シオの言葉に登場した聴き馴染みのない名は、生き物を作った……と言うのだから異国の神名なのかもしれない。
「リザが蛇の女神なら、リーンデイルは猫の女神。初めに猫系統の獣人を作った神ですわ。かの種族は強かな面も持っていますけれど、多くは直情的で少しおちょくると面白いように愛を語ってくれますので個人的には好きですの」
ウェンディの言う愛を語るとは、おそらく手合わせをしたり、戦闘能力を披露するということ。戦闘狂の彼女ならではの表現だ。
「そんな事より、荷物を引き揚げに来たのでしょう? 荷物は一纏めにしています。早く済ませて王都に戻らないと屋敷に辿りつくのが遅くなりますよ」
直訳すると、さっさと異空間収納に収めろ。だな。こうして急かしてきたのは話題を切り替えたかったためだろう。
「畑と家以外何もないの」
「次来るときはきっと村が出来上がってるさ」
ヒノの畑や高い壁。
敷地内を見学して回る二人とは別行動で、元々少ない二人の荷物を異空間収納に収めた後、全員で王都へ戻った。




