なんでもいいならユズリハで
エリーゼに案内されるまま、トマトを持って入った部屋にはカナンヴェーグがいて、いかにもディナーが運ばれてきそうな長いテーブルの一番奥に腰掛けていた。
ギルドで見たことのあるカナンヴェーグの執事が椅子を引き、私たち二人に座るように促す。
「二人ともよくきた。ヒノの具合は良さそうだな。一日屋敷で過ごしてみてどうだった。アリステリアとはうまくやれそうか?」
相変わらず威厳のある顔は少しニコリと笑ったところで恐れを感じずにはいられない。
うまくやれそうか。そう言われると何とも言い難い。アリステリアは正直いうと苦手なタイプなのだ。人を利用する事に長けている人。そんな印象で、アドレンスでは人の上に立つべき魅力的な人間なのかもしれないが、私からしたら、関わりたくない対象に他ならない。
真面目に答えるのも面倒で、私は曖昧に笑ってごまかすことにした。
「まぁ、仲良くしてやってくれ。付き合いは長くなるだろうからな。それはさておき、ワシから二人に伝えねばならん事がある。今回の事件についてだが、誠にすまなかった」
突然にカナンヴェーグに頭を下げられて、私は非常に困惑した。
事件についてというのは、私の誘拐事件の事だろうが、カナンヴェーグが謝る必要なんて全くない。むしろ、ギルドに行くのすっぽかして悪かったと私が謝るべきじゃないのか?
「一体何のことです」
既に心の声を聞いて理由を知っているはずだが、シオはカナンヴェーグに問いかけた。
「あの誘拐事件、事の発端はワシの商会が関係していたようなのだ」
聞くに、あの日はクラリードに行っていた土木関係の方々の帰還と、拠点に村を作る大仕事の受注を祝う集まりがティアの店で開かれる予定だったらしい。
そこに、商会の関係者が急遽数人加わる事となり、私とレイティが追加材料の買い出しに行く羽目になり、誘拐事件に繋がったと。
「商会の関係者が少々無理を言ったようなのだ」
「最終的に無事に済んだのだから気にする事は無いでしょう」
「そう言ってくれると気が楽だ」
ま、商会の人も原因にはなっただろうけど、悪いのは人買いと貴族を仲介していたあの男達だし、原因を遡れば始まりはウェンディだ。
私もシオと同じ意思だと示すように少し微笑んで頷く。
私の意思を汲み取ったのか、無言のままニコリと穏やかな表情をしたカナンヴェーグは軽く手を挙げて執事に何か指示をだした。
「続きは食事をしながらにしよう」
はははは。食事??
遠慮するぜ。絶許だ。
トルニテア料理はいらないよ。
何故なら私のディナーは持参してるからな。
トン。と、堂々とテーブルの上にトマトを乗せた。
ふふっ。どんな料理を出してきても拒絶してやんよ。今日の私は最強。病み上がりってカードを持ってるからな。
全て拒否!
完全拒否!
「………………」
シオは見慣れた呆れ顔をしているし、カナンヴェーグはトマトを見て察したのか執事を呼んで指示を出した。
どう思われたって構わないさ。
私は絶対にあの劇物を口にしたくないのだ。
「…………」
私は、表情を変えることなくスマートな動きで空の白いお皿をスッと差し出した執事にビビりつつも、トマトを切り分けてくれるのだろうと、そっと皿にトマトを乗せた。
料理が運ばれて来るまで、今日の出来事を聞かせてもらった。
カナンヴェーグの話では、今日の夕刻にエルトディーンを拠点に行かせ、私が不在の為に架かってなかった橋をつくらせたらしい。
そして、シオと共に荷物を運び出したので、着工は明日からとなっている……と。
エルトディーンは完全にカナンヴェーグの言いなりだな……。多少、不憫に思いながらも、シオが異空間収納を扱えないものとしている現状、間違いなく適材適所でもあるので心の中で合掌しておく。
シオが言っていた通り、ベンジャミンはウェンディがこのセテルニアバルナの敷地まで運び込んだそう。
私は腹ぺこであろうベンジャミンが、セテルニアバルナのお庭の芝生を丸ハゲにしやしないか不安だわ。
「あの地は今後、住む人間の規模も小さな村のようになるだろう。して、着工にあたり、あの地に新たな名をつけたいのだが何か案はあるか?」
急だな。村の名前とかって公募で募って時間をかけて選ぶのが理想なんじゃないの??
私達が今、此処で決めていい事なの?
正直、前にあった村の名前を継げばいいと思うよ。何故ならば、私はネーミングセンス皆無だからな。
カナンヴェーグはシオの名前を付けたのが私である事を知っているはずだ。
なのに、トルニテアでは縁起の悪い二音を受け入れてるシオと、名付けた私に案を訊ねるなんて……カナンヴェーグの判断力は大丈夫かと疑ってしまうぞ。
「以前の村の名前で良いのではないですか?」
「いや、新たな取り組みをする土地だ。無くなってしまった村の名より、何か縁起の良い新しい名をつけるのが良いだろう」
拠点は兵士の宿舎にするだけでなく、魔物の素材を扱ったり、お茶を売り捌く商会の拠点でもある。縁起の良い名を付けたい気持ちもわかるけど……。
んんん。二音はNG。
セテルニアバニアを象徴する色……からとるのもありか??
赤系統の髪と紫の瞳。そういえば、マントも紫だった気もする。
トルニテアでも使えそうな発音の紫色の花とかあったかな?
できれば少し長めが縁起が良いだろうけど。
紫陽花やラベンダーなんかは村の名前にはあんまりかな。キキョウ、カキツバタ、菖蒲、クレマチス……。頭に浮かぶ花の名を次々と却下していく。
デルフィニウム?紫君子蘭?
…………いや、いや、逆に長えわ。
紫の花はいったん置いておいて、縁起の良い植物……。"ユズリハ"なんてどうかな??
新しい葉が生えそろってから古い葉が落ちる植物の名前だよ。老人施設の名前みたいで悪いけど、カナンヴェーグの隠居後の家を建てるんなら老人施設っぽくても問題ないだろ。商売っ気はあんまりないけど。
「ユズリハはどうかと言っています。子孫繁栄の象徴とされる植物の名だと。私は村の名前にはこだわりませんのでなんでもいいです」
「ユズリハ……か。聞いたことは無いが響きもわるくない」
って、ユズリハで決定ですか??
もう少し考えません?
ちゃんと、トルニテアで意味のある名前にした方がいいんじゃないの??
「ユズリハで良いかと思います。無関係な人間に変に名付けの意図を探られても困りますから」
「確かにな。繁栄を願う名を付けたとて、何かしら文句をつけてくる者はいるものだ。ワシら以外に由来がわからなくても問題は無いな。仮にユズリハの意味を知っている者がいたとて悪い意味でもないしな」
え。ユズリハで決まる感じ??
そうなら、私は拠点に戻ったらシンボルにユズリハの木を植樹することにしよう。
私のディナー以外がテーブルに並べられた頃に、拠点の新たな名前が決定したのだった。




