全部が嘘だと言ってくれない
昼下がりのティータイムは終了。
夫人は帰宅の途についた。きっと夫人はアリステリアの期待に応えてくれるだろうね。随分と紅茶を気に入ってくれたようだったものな。
そして、私はアリステリアに連れられ彼女の部屋へ。
お茶について色々と聞き出されたり、パーティーについての意見を求められたり。
や、知らないし。興味ないし。
パーティーとか…………縁…………ないし。
静かに瞳を伏せた。考えることを拒絶するかのように頭痛がする。
「(厨房を使わせてくれるのなら、明日、貴女の知らない甘味を作りましょう。だから、今日はもう解放してください。疲れました)」
「仕方がないわね。いいわ。明日、必ずよ」
強い視線……約束を違えばどうなるかわかっているだろうな。そんな視線で部屋を出るまで見送られる。
…………。
やっと、解放か。
エリーゼにもといた部屋に案内してもらい、一人にさせてもらう。
広い部屋に広いベッド。うつ伏せに顔を埋めて呟いた。
「知らねぇよ…………」
誕生パーティーとかどうなっても知ったことでは無い。お茶の販路が広がるいい機会?
カナンヴェーグはそう思っての行動だと思う。
しんどいな。
帰りたい。
カナンヴェーグやエルトディーンだったなら、お世話になってるし、無い頭をフル回転させて案を捻り出したかもしれないけど、正直、アリステリアに何かをしてあげたいとは思わないんだよね。
……………………。
…………安定のクソやろうだな。
シンとした静かな部屋に一人でいると、孤独は安らぎだと思う。
瞳を閉じると頭をよぎる、縁側の猫、暖かい日差し、祖母の微笑み、植物の茂る庭。幸福だと思っていた過去の風景は、何処に居たとしても帰らない存在。
「クソ……」
小さく、小さく呟いて、ベッドに突っ伏した。
コンコン。
突っ伏してからどれだけ時間がたったか、扉を叩く音に起き上がった。
外は日が暮れて夜になっている。
「失礼します。夕飯の準備が整いました。それから、お兄様がいらしてます」
エリーゼが言ったお兄様が誰なのか一瞬考えてしまったが、シオがココに来ているのを理解すると一気に脳が覚醒した。
何故、私を置いてったんだと小一時間問い詰めたいところ。おかげでどれだけしんどい思いをしたと思っているんだ。
ドレスのシワ??
知ったことか。立ち上がりペンを握る。
「(夕飯 いらない。シオ 何処??)」
片言の文章を書き殴りエリーゼに差し出せば「ご案内します」と、すぐに返事が返ってきた。
不満ももちろんあるけど、レイティの状況とか、あのあとどうなったのかとか聞きたいことが山ほどあるのだ。
案内された部屋は思いの外離れていた。
迎えに来ただけのはずなのに何故??
疑問を感じつつも、ノックをし、どうぞと言う返事を待ってから扉を開いた。
「??」
oh…………。
なんですか? その荷物。
部屋の中には拠点に置かれていた本や物資が積まれている。
絨毯の上に引かれた布、その上には綺麗に整えられた部屋には似付かわしくない木箱が二つ、私の冷蔵庫と冷凍庫だ。広い部屋の一角だけが異様に見える。
「元気そうですね」
いやいやいやいや。
??
「ドレス……似合ってますよ」
うるせぇ。嫌味言うな。
「この荷物の事ですね。しばらくセテルニアバルナで生活する事になりましたので運びこみました」
は?
「拠点にカナンヴェーグの屋敷、兵士宿舎などを建設する為の一時的な荷物の移動です」
いやいや無理!!
声を出して拒否しそうになった。
大工の方々に拠点を任せて住環境が整うまでセテルニアバニアの屋敷で過ごすなんて無理だ。
無理な理由として、私が貴族の屋敷で問題を起こす可能性も否定はできないが、一番の問題は拠点を長期に空けること。
家を一軒建てるわけじゃない。お屋敷、商会、兵舎、その他共有施設の建設……に道やお庭なんかの外構工事もするはずだ。
となれば、どれだけの時間がかかるか検討もつかない。
私の畑ちゃんはどうなる??
毎日通う事もできないよ??
「(精霊に貴女が普段していたように畑の作物へ水を与えるよう指示しています。すぐに枯れる事はないでしょう。それに、毎日通う事はできませんが数日に一度様子を見るくらいなら問題ないはずです。その際に指示の微調整をすれば良いでしょう)」
ベンジャミンは??
「(ウェンディが連れてきました。手綱をつけて乗り回していましたよ)」
ウェンディ、なんて事をしやがる。
兎は乗り物じゃない。いくらデカイとはいえ、魔物だし、あいつら歩くっていう概念ないよね。飛び跳ねてるよね?
乗り物酔いまったなしのスーパーゲロ酔いアトラクションだよね??
「(それに、愚かな貴女が起こした先日の誘拐事件で、黒を持つ貴女の存在が貴族間に知れ渡った可能性があります。更なる面倒事を避けるためにも暫くはセテルニアバルナで過ごすのが良いかと)」
恨むなら大人しく留守番もできない愚かな自分を恨めよ。とのお言葉をいただいました。
次々と狙われないよう大貴族を隠蓑にするつもりなのね。シオさんの使えるものは使う精神に恐ろしさを感じる。、
や、冗談はよせよ。
嘘だろ。ガチでセテルニアバルナで生活するの??
「(えぇ。商社でのお茶やその他の品の扱いについてももう少し詰めておきたいですから。拠点からギルドに通うより随分楽なのでは? 貴女も王都への移動が面倒だと考えていたではないですか)」
確かに、バスみたいに馬車が定時刻運行してたらいいと思いはしてたけどさ。
「(あの土の家という衛生的に不安を感じる拠点を整えるためと思えば、セテルニアバルナでの生活を暫く我慢することなど簡単でしょう)」
うぅう。
もう、変えることのできない現実だけをぶつけてきやがる。
「まぁ、エルトディーンも心配していましたし、ひとまず移動しましょう。試飲会で決まった事の説明はカナンヴェーグからもあるはずです」
「ご案内します」
何処に?? なんて、惚けたいけどわかるよ。逃れられない夕食という流れなんだろ。
いざ、トルニテアの劇物のもとへ??
いやいやいやいや。
すぐそこに冷蔵庫あんじゃん?
私はトマトを一つ取り出して手で包み込んだ。
私に劇物を食べる趣味などはない。絶対に口にしてやるものか。
シオに呆れられながも、ゆっくりとエリーゼの後に続いた。




