ピンクの小鬼の怪しい微笑み
木漏れ日の差し込む窓部、色とりどりの花で飾られ、繊細に作り込まれた庭を望める部屋でフカフカのソファーにかけている私は、セテルニアバルナの使用人が紅茶を淹れるのを眺めていた。
セテルニアバルナに渡った紅茶の茶葉はほとんどないはず。試飲会のために作った僅かな量しかこの世界に存在していないのだから。
貴族用にいいと思っていた紅茶だが、本当に気に入られてしまった場合の生産は、拠点の庭だけでは追いつかないと思う。
何処かに茶畑を作らないとだな。
「温室に大事に育てたハーブがあるというのに、曾祖父様が私の誕生パーティーに来るお客様に新しいお茶を振舞ったらどうかというんですの。私、殿下が気に入られたとはいえ皆さまを満足させられるか正直不安ですわ」
アリステリアは頬に手を当てる困ったわポーズをして言った。直訳では夫人に下準備をしてくださいと伝えているんだろう。
パーティーでは殿下も気に入られた新しいお茶が振る舞われる事、そして、飲んでみての感想を広めて欲しいんだな。
夫人の反応によっては、紅茶を振る舞うのをやめる必要も出てくるだろう。
貴族令嬢のメンツがかかっているのだ。いくら新しく珍しい茶葉でも口に合わなければ提供は避けたいのがアリステリアの心境のはず。
お茶の試飲をしたのが男共だけと言うのも引っかかっているのだと思う。お茶会で活躍するのは女性だ。男性であれば味さえ良ければと過程を重視しない者もいるかもしれないが、この場合、女性が乾燥茶葉から淹れる紅茶をどう思うかが重要なのだ。
「新商品の紹介も大事でしょうけど、セテルニアバルナで育てられた茶葉にも皆様興味をお持ちでしょうし、二種振舞われてはいかがでしょう」
「そうですわね……」
はて、はて、困ったわ。
って、困ってるのは君らじゃなくて私だよ。三大貴族の御令嬢の誕生パーティーにどれだけの人間が来るか知らないが、パーティーに来るアリステリアのお友達は子供だろう。
だけど、財布の紐を握っているのはその親たちだ。彼らが紅茶を口にしない事には購入につながらないだろう。
購買意欲を上げる為に、記念に持ち帰ってもらう手土産茶葉を用意するのが理想か。
となれば、そこそこの量は必要になるし、その紅茶の茶葉を準備するのは私だからな。
なんだかんだ、シオはお茶の作り方把握してないし、私しか作れないんだぞ。カナンヴェーグはもうちょっと慎重に決めてくれよ。そして私の意見も聞け。
そんな事を考えているうちに使用人のお姉さんが淹れた紅茶がテーブルに並ぶ。
「色と香りは悪くありませんわね」
「えぇ、カップの白に映える素敵な色ですわね」
琥珀色の液体を珍しそうに覗き込む二人は香りを確かめたあと恐る恐るカップに口をつけた。
「まぁ、美味しい」
「飲み口がスッキリしているのに、しっかりとした味わいですわね」
二人はまずまずの反応。私も追って口をつけたが……もうちょっと蒸らした方が良くないか??
いや、若干抽出温度が低いのかもしれないな。少し物足りなさを感じる。自分で淹れた時の方が断然美味しいと思うぞ。
淹れ方のメモにカップを温めろとか、十分に蒸らせとか色々書いていたんだけどな。
淹れる最中に時計が見れないんだったら砂時計とか使えばいいのに。もしかしてないの??
まぁ、使用人のお姉さんも練習する茶葉はなかったろうし、正しく淹れた紅茶も飲んだ事がないのだ。正解が分からなくて当然だけど……。
私はお茶菓子に出てきた何かを手に取り眺めた。
…………見たところ花形に固められた砂糖菓子か?
少し眉を寄せて、口にするか迷った末に口に入れた。
「!!!!」
さ と う !!
ガチの砂糖の塊じゃんか。和三盆みたいな上品な砂糖菓子じゃない。ザラザラの舌触りの砂糖そのものを固めただけ。少しだけ何かの香りがつけてあるけど無理!!!
紅茶を一気に流し込んだ。
これがアドレンスの一般的な茶菓子なのか。御茶菓子革命待ったなしだろ。もっと美味しいものを提供すべきだ。
こんなに茶菓子が甘かったら紅茶に砂糖を入れるなんて考えられない。
oh……。
一人無言で悶絶していたが、二人はお構いなしにお茶を楽しみつつ意見の交換を始めている。
「曾祖父様曰く、砂糖やミルクを入れて好みの味に変えていただく事ができるようですわ」
「お茶菓子にも合いますから砂糖はわかるのですが、ミルク…………ですか。少し想像がつきませんわ」
「えぇ、私もですの」
砂糖を入れる気にはなれても、ミルクには手が出ないようだ。
まぁ、好みは分かれるものな。
甘めのロイヤルミルクティーならいけるかな?
「(紅茶の茶葉とミルク、それとセテルニアバルナで栽培しているハーブを持ってきてください。この味で満足されても困ります。正しく淹れた紅茶で意見を交わして頂きたい。あと、試飲会にシオが持参した茶菓子が残っていればそれも)」
紙に書き込んで使用人に渡す。使用人はよそ者の私のメモに従っていいのか困惑しているようだ。
みかねてアリステリアがメモを借りて内容確認した後、許可をだした。
「我が家のハーブとミルクをどうするつもりですの?」
「(紅茶と合わせます。余程クセがない限り一緒に淹れても問題ないはずです)」
「二杯分お出しするのでなく、合わせてしまえば乾燥茶葉への抵抗も少しは薄れるかもしれませんね」
「(茶菓子も砂糖菓子ではなくもっと凝った物にしてはどうです?)」
「曾祖父様が以前貴女の家で食べたと言う小麦と砂糖とバターを合わせたお菓子の事ですか?」
「(そのような物です。私の家にはオーブンが無いですから簡単な物しか作れませんが、セテルニアバルナのお屋敷の厨房ならもっと凝ったものが作れるかと)」
いっそ、ショートケーキでも作ればいいんじゃない?
ジェノワーズを焼いて、シロップをうって、生クリームと果実を挟む。それだけでも砂糖菓子より見栄えはいいはずだ。
これから暑くなるし、冷菓もありだよね。若干くどいかもしれないけどプリンならゼラチンが無くても固まるし、お金さえあれば簡単に手に入る材料で作れる。
街を見た感じ洋菓子が出回ってた風ではなかったし、そもそも砂糖が高価なのだ、アドレンスはお菓子の文化がそんなに育ってないのかもしれない。
使用人が頼んだ物を揃えてきたので、セテルニアバルナのハーブを確認して、一緒に淹れてみた。
「先程とは全く違いますわね。深みがまし、よりはっきりとした味になっています。それと共にハーブの香りが鼻を擽り、飲み終えた余韻もまた心地よいですわ」
「これは素晴らしいです。パーティーにお出しするのがよいかと。この二種を組み合わせたお茶であれば、新しいお茶も紹介できますし、セテルニアバルナのハーブを楽しみにしている方も満足させられます」
盛り上がっているところに、二人が受け付けないと言っていたミルクティーを差し出す。
ロイヤルとはいかないが、濃い目に出してミルクと砂糖をたっぷりと加えているのでまぁ飲みやすいんじゃないかな。
「…………」
ゴクリ。飲み込んだ。
言葉が出ないようで、頬に手を当ててお目々をキラキラさせている。
「こんなに美味しい飲み物が世の中にあったのですね!」
夫人が驚きの声を上げたとなりで、ニコリとアリステリアが怪しく微笑んだのが目に入り、その瞬間ゾクリと体に寒気が走った。
何?
「私、変わり映えしないパーティーの内容に飽き飽きしていましたの」
「最近はドレスの流行が変わるくらいでパーティーの内容はどこも同じような物でしたからね」
何が言いたい?
「全く新しい、誰も経験したことがないパーティーにしたいですわ」
「それは素敵ですわね」
「でしょう? 私、流行を作ってみたかったのです」
「きっと、この飲み物は流行りますわ」
「えぇ」
ミルクティーがお気に召したというのはわかった。けど、あの寒気は…………。
「後で、お部屋でお話ししましょう」
え、怖い。
不意に私にふられた言葉に体を震わせた。




