着せ替え人形は可愛くなけりゃ滑稽だろ
抑えつけられている最中に部屋の扉がノックされた。
私が返事をするはずがないからか、直ぐに開かれた扉の先に立っていたのは、エルトディーンとメイドさんのような白いフリフリのエプロンを身につけた女性。
二人とも、驚きで眼を丸くして、メイドさんは口の前に両手を添えて言葉を無くし、エルトディーンはしばらく固まった後に声を張り上げた。
「……アリス!! 一体何をしているんだ!」
「あら、同じ歳頃の女の子同士ですもの。少し遊んでいただけですわ。叔父様」
コレが遊んでいるだけだと?
アドレンスの令嬢の間ではプロレスごっこでも流行っているのかよ。
「すぐに離しなさい」
言葉を放ちつつ、アリステリアを私から無理やり引き剥がすエルトディーン。
そこまでは非常にスムーズだったが、床に、這いつくばっている私を見て急にあたふたしだした。
「何をしてるんですの?」
アリステリアのかけた言葉は、解放されたにもかかわらず起き上がらない私に向けられたものか、不自然な動きをするエルトディーンに向けられたものなのか。
グエェ。
アリステリアは急に首の後ろ辺りの服を掴み、まるで猫を運ぶようにして、引っ張り挙げて私を立たせた。
首がしまったのは言うまでもないが、人ひとりを片手で持ち上げたアリステリアに驚愕するよ。
同じ歳だと?? 体格全然違うじゃんか。ほぼ女として出来上がってんじゃんか。なんだよその胸の膨らみは。
恐るべしだなセテルニアバルナの娘。
「二日も意識のなかった者に対してそのような……あまりにも酷い」
「けれども、この子は起き上がるや否や早々にこの部屋から逃げ出そうとしましたの。私がいなければ行方をくらませていてもおかしくはありませんでしたわ」
感謝してほしいくらいです。と、エルトディーンに胸を張って言うアリステリア。
エルトディーンは小さく息を吐き出して、メイドさんに指示を出すと、私に説明を始めた。
「ここはセテルニアバルナの本邸。お爺様の屋敷だ。私は出仕する前に様子を見にきただけなので直ぐに出るが、何かあれば彼女に言いつけてくれればいい」
待って。
「"シオは??"」
声を出す事なく、シオの所在を尋ねる。
伝われよ。短いからわかるだろ。わかれよ。
「……シオはいったん拠点に戻っている。体調が整うまで此処でゆっくり過ごすといい」
伝わりはしたものの、返ってきたのは予想外の答え。
嫌だ。ちょっとまて。嫌すぎる。不安&不安&不安だよ。不安しかないよ。
一人じゃ人外なの絶対バレるよ。
「"もう元気"」
だから帰らせてくれよ。
口パクでの私の主張は、ゆっくりと首を横に振る事で"ダメだ"と否定される。
「アリス。くれぐれもヒノに無理をさせるなよ」
「あら、あら。この子のことを随分可愛がっていらっしゃるのね」
明らかにエルトディーンを揶揄うようにして。口の端を上げてニヤリと笑うアリステリア。
「アリス! いいか、頼んだぞ」
エルトディーンは、顔を少しだけ赤くしてキツめにアリステリアに言いつけると部屋を離れていく。
待ちなさい。と、エルトディーンを引き止めたくてたまらない。やだよ。こんな知らない人しかいないとこに置いていかないでくれよ。
………………。
やだよ。一人じゃんよ。
謎の寂しさ。
しんみりしている私を気にするでもなく、私の目の前にメイドさんが歩み寄る。
「本邸にいらっしゃるあいだ、お世話を担当させていただくエリーゼと申します。さ、すぐにお召し替えをしましょう。少し遅いですが朝食を準備させます」
エリーゼと言うらしいメイドさんは、美しく無駄のない動作で挨拶を済ませると、サクッとすませますよ。二日も寝ていたのです。お腹も空いているでしょう。と、ばかりにお仕事熱心な対応をしてくる。
空いてないです。空いてたとして、病み上がりの空きっ腹にトルニテア料理ぶち込んだら刺激が強すぎて死んでしまうわ。
エリーゼは子供の世話のプロなのか、いやいやしても無理やり服をひん剥きそうな勢いがある。
てか、ガチで剥きにかかってくる。
や、やめて。
ヤダヤダヤダヤダ。さわんないでくれ。自分でやるから。自分でやりますから。
フーーー!!!
エリーゼの腕を擦り抜けて距離をり臨戦態勢に入る。
「…………まるで野良の子猫ですわ」
コラそこ!
そんな可愛いものに例えない。
「困りましたわね」
頬に手を当てこてんと首を傾げるエリーゼ。
困っているのは絶対に私の方だ。
このまま筆談なしでは私の意思を彼女達に伝えるのはむずかしいな。
あたりを見回してサイドテーブルの上にある紙とペンを見つける。おそらく、私が筆談できるよう予め用意されていたのだと思う。
ペンを手に取ると、私は急いで紙に主張を書き殴った。
"ご飯、いらない。服、自分で"
「……朝食はさておき、洋服は一人では無理ですよ」
無理な事ないだろ。今まで自分で服着てきたわ。
「あぁ、服と言っても、貴女が屋敷に来た日に着てきたボロギレとは違いますのよ。私のお下がりは絶対に一人では無理ですわ」
私のワンピースはお貴族様にボロキレと言われたぜ。確かに、誘拐騒動でびしょ濡れの泥まみれになっていたとは思うが、着ていた本人を目の前にボロキレと言わないで欲しい。
てか、一体私に何を着せる気だよ。
セテルニアバニアのお姫様の服??
着ねぇよ。バーカ。
……………………。
………………。
oh…………。
屈した。負けた。
あれよあれよと言う間に2人がかりでひん剥かれて、ゴテゴテの可愛らしいドレスを着せられたよ。
「よくお似合いですわ」
「えぇ。似合ってるじゃない」
満足そうにニコニコ笑う二人が悪魔のようだ。
絶対似合わないよ。西洋人じゃないんだ、似合うわけがない。東洋人は短足なんだよ。
そもそも、ドピンクの髪の毛のアリステリアに合わせて作られた服が黒髪の私に合うわけねぇだろ。
不満で心が大荒れだ。
精神力を削り取られてげっそりしている私をよそに、アリステリアとエリーゼは「次はあれを着せよう」「アクセサリーはフリルのリボンがいいわ」と、とても楽しそう。
ねぇ、私、泣きそうなんだけど。
早くシオさん迎えに来てくれよ。
私、元気だからさ。体は元気だから。
やっと解放されたと思ったのは、一頻りもて遊ばれたあと。
しかし、そんなに簡単に開放してくれるはずもなく……。
「朝食が要らないのなら、午後まで邸内を案内するわ。貴女が目覚めたら一緒に行動するように曾祖父様に言われているの。寝起きにあれだけ動けたのだもの、もちろん大丈夫なはずよね」
大丈夫じゃないわけないよな?
そう。念を押すように私に問うアリステリア。その大きな紫の瞳の目力には敵わない。拒絶できない。逆らえない。怖っ。
私、この子の二倍以上生きてるはずなんだけど……強い圧に逆らえない自分のビビリな性格が憎い。
「午後からは作法のお勉強。終わったらお茶でもしましょうか」
ニコリと笑うアリステリアを見て、
あぁ。
可能なら隙を見て逃げ出そう。
そう、思った。




