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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
◇神々からの使者◇
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蛇を統べる者




(カナンヴェーグ視点)


 食事がテーブルに並べられ、井戸の件の話をあらかた終えた頃に、武神の使い、ウェンディは部屋に戻って来た。


 恐らく雨が降りだしたから引き上げたのだろうが、目に入った光景はある程度予想はしていたものの余りにも酷い。


「もう、全くダメですわ!! 弱い弱い弱い弱い!! こんな体たらくで国の要人を守ろうなどと自惚れが過ぎます。他国に攻められればこんな泥舟すぐに沈みますわ。骨のある者が一人もいないとはどういう事ですの?? 守る対象より弱い?? 考えられませんわ」


「……何をわかり切っていたことを」

「根性というものを見せて欲しかったのですわ」


 片手に二人。両の手で四人の騎士を引きずるようにして連れ戻ったウェンディは強者と手合わせが出来なかった事に憤りを隠せていない。


 やはり、騎士達はウェンディに全く歯が立たなかったようだ。


 この状況に殿下とカトリアンクスのせがれは動揺を隠せてはいない。


 あのように「体たらく、弱い」と言われていても、彼らはこの国のトップクラスの騎士である事には間違いが無いのだからな。


 貶されている護衛騎士達も、無駄に高いプライドがズタズタにされている事だろう。後に妙な事を考えなければ良いが……。


 最近の若い騎士は貴族としてぬるま湯に浸かって育ったゆえに、ワシらの世代の者とは明らかに違う感性を持っていたりするからな。ワシには考えも及ばないことをしでかしたりするのだ。


 こう言っては考えが古いと言われるのだろうが……。



「彼女はいったい何者です?」

「武の神に仕える者。到底人では敵わない方でございます」

「神の御使い………」


 殿下の問いに答える。シオに任せれば「ただの脳筋です」と答えるに違いないからな。


 生きているうちに出会えれば幸運。会えたなら高待遇でもてなさなければならない。そのような存在が目の前で騎士を相手に不満を漏らしているのだ。


 信じられないのも仕方がない。



「かしこまる必要はありませんのよ。私、今後、あなた方に失礼をする予定ですもの」

「ウェンディ、黙っていてください」

「嫌ですわ」


 今後の失礼とは、恐らくネヴェルディアを討つ件だと思うが、それを口に出すなとシオが警告した。


 この、シオとウェンディの関係性は謎のままだが、どうにもシオが優位に立っているように思える。

 気になりはしても、本人に答える気がないのだから直接聞いても無駄だ。

 


「それから、……外で水の精霊がコレでもかとはしゃぎ回っていますわ。騒がしくて敵いませんの」


 ウェンディは引きずっていた騎士を床に転がし、手の汚れを払うように胸の前でパンパンと二回叩いた。


 精霊がはしゃぐとはいったいどういった状況なのか。


 雷鳴の響く外の様子を窓から覗きみると、雨脚は強く、大粒の滴がガラスを打ち付けている。



「どこかの馬鹿が餌でも与えたのでしょう」



 この場では、シオとウェンディ。リズである二人にしか分からない精霊の状況。


 水の精霊がはしゃげば雨が降る?

 精霊に与える餌があれば国の水不足は解消される??


 今、国の状態に頭を抱えている殿下がほしくて仕方がない情報が二人の間で飛び交っている。



「いったい何が起こっているのです?」



 問われたシオは瞳を閉じ深いため息をこぼし、頭を抱えた。




「本当に愚かな」



 部屋の中はシンと鎮まり帰った。

 一体、誰に愚かだと言ったのか。



 再び開かれた瞳の色は深く、見るものに恐怖を与え、誰もが声を上げることを躊躇った。



「(魔力は十分に与えましょう。シルビナサリ中の精霊はアレを見つけ次第すぐに知らせなさい)」



 それはワシの知る言語ではなかった。しかし、シオの発した美しい響きの音が言葉であることはわかる。


 誰に、なんの目的で、何と言ったのか。

わからぬままに今度は部屋中にシオの魔力が満たされた。


 攻撃性は感じられない柔らかな魔力が波打つように光として流れる。


 可視化された魔力によってもたらされたのは不思議な光景だった。波にさらされる部屋の至るところに淡く発光する紐状の何かが現れ、ウネウネと床をはい壁をすり抜けていなくなるのだ。


 アレは、……蛇の精霊か??


 精霊の姿など見た事も無いのでわからないが……あの淡い光の塊を精霊以外の何かだとは思えない。


 シオは精霊に何かを指示していたのか?

 人間にそんな事ができるのか??


 それに、この部屋、いや、この辺り一帯を満たす高濃度の魔力だ。コレ程の魔力が何の攻撃性も無く、寧ろ心地よささえ感じるのが不思議でならない。

 癒しの魔力でもなければ、血の繋がりもない全くの他人の魔力にさらされるのは通常不快に感じるはずなのだから。


 おそらく、この場に居る全員がそう感じていることだろう。



「失礼、急用ができましたので」



 そう言って立ち上がったかと思えば、雨が降り続く濃い灰色の空を切り取る窓を大きく開放すると、桟に足をかけて濡れる事も厭わず通りへ飛び出して行った。


 残された人間はみな唖然としている。


 今、我々は何を目撃したのか。



「一体何が??」

「知人に預けていたヒノに何かあったようですわね」



 ウェンディは頬に手を当て少し首を傾げてそう告げた。



「何かとは?」

「わかりませんわ。でも、行方がわからないようですの」


 ヒノが行方知れず。

 ならばシオは精霊伝いに状況を知り、いてもたってもいられず飛び出し行ったのだろう。



 愚かとはヒノに向けた言葉か。

 全くもってシオらしい。


「ティアのところに預けたのではなかったか?」

「そのティアが一階に来て、ギルドにヒノを探すよう依頼しているのですわ。随分と荒れている様子です」


 眉を寄せた。

 目を離した隙に拐われたか。

 このような事態を避ける為に預けられたはずなのだがな。


 拐われたとして、向かう先は恐らく貴族の元。あの娘は貴族にとって利用価値の塊なのだ。いくらでも金を出す者はいるだろう。


 その価値故殺されはしないだろうが、どんな目にあうかは簡単に想像がつく。



「殿下、今日はココでお開きにしましょう」

「そうですね。ゆっくり話し合いをしている場合ではありません。直ぐにでもヒノを探さなければ……」


「心配かもしれませんが、殿下はここでお待ち下さい。私が出ます故」


 今にも自ら探しに行かんとする殿下を引き止めた。そのかわりにテーブルに両の手をついて立ち上がる


 今いるギルド員を総動員すれば見つかるか??

 いや、この雨だ。外での目撃者もそういないはずだ。屋内に捕われていたら見つけようもない。


 雨が降る前でさえ、皆が雨に備える為に忙しなくしていたのだ。自らの事に手一杯で子供の姿など気にも留めていなかっただろう。



「探す必要ありませんわ。今、シルビナサリ中の精霊が探していますもの。どこかで必ず誰かが見ていますわ。すぐに見つかるでしょう」



 身を守れるようにと、あれほど鍛えろと言ったのに……全く……。



 そう、ボヤくウェンディはさほどヒノの身を心配はしていないようだ。



 ワシは、シオが飛び出していった窓の外を観ては目を細めた。



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