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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
◇神々からの使者◇
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お茶の試飲会2




 小さめのグラスに注がれる緑の液体。その鮮やかな色に目を奪われながらも、並べられた数種類のお茶を早く堪能したいと「どうぞ、召し上がってください」の言葉を今か今かと待ちわびている自分がいる。


 お茶がグラスに注がれるまでの工程を興味深く観察していてわかったのは、用意されたものが私の知るどのお茶とも違うこと。


 茶葉にお湯を注ぐのは変わらないが、使っている乾燥させた茶葉はアドレンスではあまり見かけない。


 元々、茶葉になりうるハーブは葉が薄くて、乾燥させると衝撃に弱く粉々になり、出来上がりが濁ってしまうので、その見た目から貴族には好まれない。

 

 それに、もとより香りと味に癖がある生葉を乾燥させることで、味や香りも強くなってしまうのだ。正直、美味しいとは言い難い。


 さらに、保存がきくので比較的安価の乾燥茶葉より、ハーブ用の温室を維持するのに多くの費用がかかる生葉の方が、高級品として貴族の権力、経済力を示すためにも好まれている。



「まさか、シオが淹れた茶を飲むとは思わなんだ」

「茶葉ごとに淹れる湯の温度が異なるのです。ギルドの職員に初見で淹れる事はできません」


「ほぅ、中々面倒だな」

「試飲会として複数用意しているから面倒なのです。一種類、気に入った茶葉を淹れるだけならそうでもないでしょう」


 顎のあたりを触りながら、シオを揶揄う(邪魔をする)のが楽しいと言わんばかりに顔をニヤつかせているセテルニアバルナ卿は、作業中のシオにいつくか言葉を投げる。


 揶揄いを含んだ視線に気づいているのかいないのか、シオは淡々と投げられた問いに答えるだけだ。


 淹れ方も湯の温度の違いだけではないよう。茶葉を蒸らしている際にカップに湯を注いでいるのにも何か理由があるのだろう。


「かなりの種類があるようですが……」


 既に作られた状態で持ち込まれたものもあるようで、それらは湯気がのぼっていない事から冷ましたお茶だと推測される。


「大きくは4種類ですが、それらに香りをつけたのをいくつかと、温かいものと冷えたものを用意しています。量が多いので、全て飲み干さずに少しずつ口をつけてもらえたらと。まずはコチラから……」


 掌で示されたのは鮮やかな緑色の茶。


「“緑茶”というそうで、お二方は口にされた事があるかと思います」



 毒味役など居ないこの空間で、シオを疑う事などなく殿下もセテルニアバルナ卿もお茶を口にする。



「……冷たい方も少し甘みがありますね。普通に冷ましたものではないのですか?」


「冷やしたものはみな、水で成分を抽出しています」



 水で出す……。それでコレ程の色が出せるのですね。生葉であれば、香りを移す程度で色までは出ない。


 世間は色がついたもの、色の濃いモノを縁起が良いとする。味の良さもあるが、この発色は貴族にもウケがいいだろう。




 次に示されたのは、緑茶と似た色のお茶。しかし、香りが明らかに違った。

 甘い花のような嗅いだことのない香りが鼻をくすぐる。


「コレは……ヒノの好んでいたあの花の??」

「えぇ、その花の香りを茶葉に移したものです。緑茶とこのジャスミン茶は、今年の生産はもう出来ないので、大規模に売るとなれば来年からになるでしょう」


 いい香りだ。と、少し頬を赤くしてグラスを手で包みこんでいる殿下はきっと、この香りを好む少女の事を思い浮かべているに違いない。


「次は“烏龍茶”ですね。コチラは緑茶と同じ茶葉を使って作られていますが、作る工程の差でこのような色になっています」



 透明のグラス越しに透き通った琥珀色の液体。



「緑茶と比べると渋みがありますが気になるほどではないですね。スッキリとしてますし、食事中に飲んでも良さそうです」


「あぁ、悪くない」




「それから、コチラが“紅茶”。妹が貴族向けに一番良いのではないかと、製品化を推している茶葉です。そのまま飲む事もできますが、砂糖やミルクを加えたり、果実やハーブの香りを移して楽しむ事が可能です」


「茶に……砂糖とミルクだと??」

「それは……」



 病気では??


 と、言葉が続かない。貴族の一部には、味など関係なく「私は高級品である砂糖をこんなに使用できるんだぞ!」と、見せびらかす為に、何にでも砂糖を多用してしまう者がいる。


 冷静な者からしたら、彼らは患っているように見えるのだ。



「ひとまず、そのままいただきますね」


 

 普段飲む茶に比べるとだいぶ癖がない。しかし、最初に飲んだ緑茶と比べると渋みを感じる。


 植物は生育が簡単なモノほど苦味や渋み、エグ味が強いというのが常識。貴族が温室で手塩にかけて育てたハーブより飲みやすいのだから、世間に求められている味は満たしているように思う。


 では、味の変更をしてみようと、砂糖を放り込んで匙でクルクルと回し、カップに口をつける。


 甘い。お茶が甘い。私の常識にはないお茶だ。


 脳が混乱してなんだコレは??

 と、戸惑っているが、普通に飲めるな。むしろ美味しい。


 ミルクを入れればどうなる??


 …………。

 

 まぁ………私はミルクを入れる前が好きかな。



「砂糖を入れるのに抵抗があるのならコチラが、良いでしょう。カナンヴェーグは気にいると思いますよ」



 差し出された新たな茶はスーッとした目の覚めるような刺激のある紅茶。



「ヒノが以前入れてくれたお茶と紅茶を合わせたのですね」

「確かに、コレはいいな。目が覚める」


「凡用性がたかく、味も見た目も問題ないですし、製品化するなら紅茶がいいでしょうね」


 

 お茶の試飲も終盤。



「最後に……、今まで出したお茶と原料が異なるお茶を」


 出された茶色のよく冷えた液体からは少し香ばしい香りがする。緑茶、烏龍茶、紅茶。全てが同じ原料と言われて信じられない気持ちは今もあるが、このお茶は明らかに今までとは違う。


 今まで出されたお茶を思えばハズレなどないと思うが、慎重に口に運ぶ。



「コレは……美味しい」



 ポツリ、私の口から感想が溢れた。

 コレから暑くなる季節に水の代わりに飲みたいと思うほど自然に体に入ってくる。


「一応お出ししましたが……それは、妹が庶民向けに広めようとしているモノです。高貴な方にはあまりお勧めはしません」


「阿保なのか。庶民に茶など手が届くわけがあるまい。日銭を稼いで食いつないでいる者も多いのだぞ」


 セテルニアバルナ卿は呆れているが、シオの妹であるヒノはおそらく賢い。何か庶民に広めようとする理由があるはずだ。


 例えば原料が安価であるとか……。安すぎれば貴族には好まれない。実はその辺りに生えている雑草で作られているのだろうか。

 いや、雑草など雑味が多すぎて口にできるものではないはずだ。



「原料がアニルの餌ですから……」


「「…………」」


 クワァ。


 頭の中にアニルの鳴く姿が浮かぶ。



 暫しの沈黙の後、三人揃って酷くむせかえった。

 アニルといえば、食用の卵を産む鳥だ。その肉も食肉として出回っているが、その餌が原料??


 餌は、確か穀物類だったと思う。

 アニルの餌で出来たお茶。それが事実であるなら確かに安価で庶民にも手が出るだろうし、貴族にはウケが悪いはずだ。


 でも、一番飲みやすくて私好みである事には変わりがない。コレを販売する事が有れば間違いなく私は購入するだろう。



「作る過程が簡単で、原料も安価で手に入ります。売り出したとしても、いずれは各家庭で自作されるのがわかり切っているので販売する気はありません」



 売らないのであれば、材料とその製法を公開するとでもいうのか??


 私がその疑問を口にしようとした時、シオが突然、窓の外へ視線を向けた。



「…………大雨が来そうですね」

「え……」


 つられて窓の外を見るが、私の席から見える切り取られた空は青い。



「雨雲です。南に立派な雨雲があります」



 殿下自ら立ち上がり窓を開放して遠くをみやる。領地に降る雨を待ちわびていた彼の表情は嬉々としてた。


 開放された窓からは、慌しく雨に備えようとする住民達の声が入り込んでくる。


 アドレンスでは、ここ数年、すぐに乾いてしまう程度の通り雨が時々降るばかり。纏った雨など久しすぎて皆が対応に追われているのだ。



「いい予感がしません。雨が降り出す前に帰らせてもらいます」



 シオが少々険しい顔で退出許可を願うが、セテルニアバルナ卿は帰す気が無いようで…………



「そういうな。お茶の販売についての話、そして、井戸の水汲み機の件、お前の妹の件、まだ話す事は沢山ある。妹の事は本人の居ないうちの方が都合もいいだろう」

「…………」


 私としても、今日、ここへ来た本題が済まない事には帰られると困るわけで。



「食事を用意すると言っていただろう」



 セテルニアバルナ卿が手をスッと上げると、後ろに控えていた執事が扉を開け、室内に数人のメイドを招き入れた。

 すぐに彼女らは茶器を片づけ始め、次々と料理の乗ったカートを運び込む。




 気づけばテーブルの上は料理で埋め尽くされていた。

 


 



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